冒険者ギルド
窓から覗く太陽が地平線に沈みきる間際、俺たち4人の帝国軍についての情報共有が完了した。
しかし、集められた情報だけではどうしてもわからないことが幾つかあった。
まず帝国軍を構成しているやつらのレベルについてだ。
〈AULA〉では遠目であっても特殊な道具を使えば相手の簡単なステータスを知ることができたが、どうもこちらの世界にはそういった道具が無いらしい。
レベルを確認するには帝国軍に至近距離まで近づく必要があり、見つかり襲われでもすればその時点で戦争が勃発してしまう恐れがあるため確認をしていないそうだ。
次に帝国軍の国内への侵入ルート。
帝国軍は海や空からの侵入を察知されることなくルズコート平原に突然現れたそうだ。
30万もの大群に果たしてそんな事ができるだろうか?
今現在、スルーフ帝国とコルアンディ王国の間の海域ではタイラントリヴァイアサンという〈AULA〉での高難易度レイドボスが暴れており、海をわたるのはとても危険だそうだ。
巨城獣ゴライアスは六本足の亀のような姿をした陸棲生物であり、動きはとてもゆっくりで海を無事に渡りきるのはまず無理だろう。
仮に渡りきれたとしても、海から向かってくるゴライアスは容易に発見できるはずだ。
帝国軍が国内に侵入した経路を特定しない限り、平原にいる連中を倒しても増援を送られてしまうだろう。
最後に指揮役のハイオーガに関してだ。
偵察が目視で確認した特徴と通信魔法でなされた引き渡し要求時の声から、指揮役についているのはアルクトスという将軍らしいのだが、彼は1年前に戦死しているそうだ。
見間違いや聞き間違いなのでは? と思ったのだが面識のある人間が間違いないと言っているらしい。
死んだやつが生き返る……職業的に考えると敵の中に高レベルの死霊術師でもいるのだろうか? そうなってくると下手に死体を増やすのは敵の戦力を増大させかねないので非常にマズイ。
そしてこれらの情報は8日ほど前のものであり、それ以降の詳しい情報は王都に行かないとわからないそうだ。
しかし、30万か……
俺は今わかっている情報だけでは不足していると思い、自分の目で帝国軍を確認したいと思っていた。
「今分かっていることはこれくらいですね、あとは王都に戻って新しい情報がないか確認しましょう」
「姫様、今日はもう日が落ちてしまいましたし、王都へは明日の朝に出発しましょう。食事と宿は以前に泊まっていたところを使うのでよろしいですか?」
「ええ、そうしましょう。……あっ! そうだリオさん。あなたに渡したいものがあるんでした、これから一緒に冒険者ギルドに行ってもらえませんか?」
ソフィアはエマと話していると急に思い出したかのように俺に言ってきた。
ギルドというのは〈AULA〉にもあった単語だが、冒険者とな?
俺は聞いたことのない単語に疑問を感じたが、それを質問する前にソフィアが俺の手を握り、すぐにでも部屋を飛び出したそうな顔を俺に向けた。
「あ、ああ。ちょっと待ってくれ。ルシア起きろ、出かけるぞ」
「んんっ……んあ? ……おはなし、終わった?」
「終わったよ、次は冒険者ギルドとやらに行くぞ」
ルシアが欠伸をしながら返事をするとエマがソフィアに呼びかけ制止した。
「姫様お待ち下さい。それでしたら私も」
「護衛ならリオさんがいるから大丈夫です。それよりもあなたは所長とお話があるでしょう?」
エマは恥ずかしいような、困ったような顔をして狼狽えると、アルドヘルムをキッと睨みため息を1つすると少々心配そうな顔でソフィアに視線を戻した。
「……わかりました、私も後から合流します。リオ殿、姫様のこと頼みましたよ」
「ああ任せとけ」
「別に合流しなくてもいいんですよ……フフッ」
ソフィアは悪戯っぽい笑顔を見せると、ルシアの支度が整ったのを見て俺の手を引き部屋を後にした。
走っている途中、ソフィアにエマたちのことを聞いてみた。
「なあソフィア。あの二人なんかあったのか?」
「えっとですね、エマと所長は婚約者同士なんですよ。最近なかなか会えてなかったのでちょうどいい機会なんです」
「へぇ……」
ああ、なるほどそういうことね。それは積もる話もありそうだ。
俺はそう思いながらいま出てきた部屋の扉を見ていると、ふと視界にルシアが入ったのだがどういうことかどこにも武器を持っていない。
「ルシア、お前武器はどうした?」
「ん? 武器ならしまったよ。リオのウィンクルムと同じようにいつでもしまえるんだ」
あ、お前もそういうことできるのね。
後を付いてきているルシアを見ながらそう思っていると、俺は背の低いソフィアに連れられ足を縺れさせないよう気をつけながら夜のへブリッチへと向かっていった。
◆◇◆◇◆◇
俺とルシアが連れてこられたのはへブリッチの中央から少し離れた場所、人通りの多い商店通りからほど近い煉瓦造りの館のような店だった。
入り口には看板がかけられており、そこには「冒険者ギルド」と書いてあった。
ソフィアがドアを開け中に入ると、受付として姿勢正しく立っている女性がカウンター越しに挨拶をしてくれた。
俺はソフィアに引っ張られ館の中に入るとルシアも後を追うように中に入った。
そのままカウンターまで来ると女性は要件を聞こうとしたが、来たのがソフィアだと気づくと女性はその場で少し待つように言い受付の奥の扉へと消えていってしまった。
俺が店の中を見渡すと受付の近くには幾つものテーブルが置かれ酒場のようになっていた。
そこには様々な装備を身に着け顔と同じくらいの大きさの容器で酒を飲んでいる者や、虫眼鏡でなにかの素材と思われる物を熱心に見ている者などがいた。
そしてそこにいる者達全員が共通して身に着けている物があることに俺は気がついた。
皆首から板の首飾りをぶら下げている。
しかも不思議なことに身に着けている者によって板の色が違うのだ。
あれは一体なんだろう、と思っていると戻ってきた女性とここの責任者らしい小奇麗な男に案内され俺たちは酒場の奥、二階に続く階段を上がり丸い机の置かれた部屋へと通された。
「んで、そろそろここで何をするのか聞いてもいいか?」
「その前に改めまして冒険者ギルド、ブリッチ支部支部長ジャンと申します、以後お見知りおきを。これから英雄様には冒険者であることを証明する認識票の製作にご協力していただきます」
「認識票?」
ジャンが俺にお辞儀をするとそう言ってきた。
さっき下の奴らが着けていたあの板のことだろうか?
俺はそう思い男に聞いてみた。
「もしかして、下にいた奴らが首から下げてたやつのことか?」
「はい、その通りです。認識票とはその者が冒険者であることを証明するものであると同時に、冒険者としてどれほどの実力を持っているかの指標になるものです」
「リオさんは身分を証明する物がなにもないので、認識票を持っていれば単独で行動していても安心です」
ソフィアがそう笑顔で言ってきた。
なるほどな、たしかに自身を証明できるものがあれば便利に越したことはない。
俺はもうひとつ気になっていた色についても聞いてみた。
「冒険者の実力の指標ってのは、もしかして認識票の色で分けてるのか?」
「いえ、正確には材質によって分けられています。下から銅、鉄、魔法銀、神製合金、幻透鋼の順に等級が上がっていきます」
「へぇ……なんか結構贅沢なんだな」
俺は幾つかの材質を〈AULA〉で聞いたことのあり、思わずそう言ってしまった。
特に幻透鋼なんて俺の剣、最上位製作武器であるウィンクルムの作成素材として要求されたものだ。
特定モンスターからのレアドロップ品で集めるのにかなり苦労した覚えがあるが、それを身分証明の品に使うのか……
俺がそんなことを考えているとジャンが話を続けた。
「もちろん、上位の冒険者ほど数は少ないので神製合金や幻透鋼など高価な材質の認識票はめったに与えられないのですが……」
あ、やっぱり高価なものなのね。
俺はその言葉を聞き少しだけホッとすると、ジャンは言葉を続けた。
「今回、異世界から召喚された英雄様の使用される物ということで、過去の歴史に則り幻透鋼の認識票を差し上げたく存じます」
「え、いいのか? だって幻透鋼って話からするに一番上の等級なんだろ」
「もともと幻透鋼という等級は、勇者と5人の英雄のために作られたものという記録が残っています。だからリオさんが貰っても何もおかしなことはないんですよ」
「そうなのか……じゃあ、ありがたく貰っとくよ」
俺はソフィアの言葉に戸惑いながらも理解を示した。
しかし初手で最上級の認識票をもらえるとは驚きだ。
こちらに来てからやったことと言えば、モンスターを倒して人を助けただけなのに……
伝説の勇者さまや前に来た英雄に感謝だな。
俺がそう思っていると認識票を作る段取りについて説明してくれた。
「それでは認識票をお渡しする前に、英雄様の能力測定をさせていただきます」
「能力測定? なんだ、外に出て走ったりするのか?」
「いえ、こちらの水晶玉に手をかざしていただければそれで完了でございます」
そう言うとジャンは腰を低くし俺の視界の妨げにならないように移動していった。
ジャンのいた後ろ、部屋の中央には腰くらいの高さの丸テーブルがあり、その上にはクッションに置かれた水晶玉があった。
テーブルには魔方陣が描かれており、中央には円が2つあった。
ひとつの円には水晶玉が置かれ、もうひとつには高価そうな箱に入ったガラスのような認識票が見える。
そして、認識票の方には受付で会った女性が移動し、魔法陣に手を付き準備ができたとジャンに目配せする。
「英雄様、準備が整いました。それではどうぞ、水晶玉に手をかざしてくださいませ」
「ああ、わかった」
俺が水晶玉に手をかざそうとすると、テーブルの反対側にいる女性がとても緊張しているのか、額に汗を一筋浮かべながら構えているのが見えた。
なんでそんなに緊張しているのか疑問に思いながらも俺は水晶玉に手をかざした。
すると水晶がぼんやりと光り、俺の手から何か光の粒子のようなものが水晶玉の中に入っていくのが見えた。
水晶玉は俺の手から出た粒子を受け取ると、空中に四角い画面のようなものを映し出した。
そこには俺の能力値やステータスなんかが表示されていた。
・パーソナル
名前:リオ 種族:人間 年齢:20 覚醒者レベル:10 職業:結約剣士
所属:なし 称号:殃禍を統べる者
熟練度:採取MAX 釣りMAX 錬金MAX 料理MAX 筆写MAX 探検MAX
習得言語:メディウム大陸公用語 ウォンディア大陸公用語 ラグナリア大陸公用語 スアルド語 トルフォリ語 ハリシュ語 ユノシヴ語 ヘスライ語
・能力値
筋力862 知能865 耐久力860 精神力871 敏捷876 回復862
・ステータス
HP53,651、MP54,259
物理攻撃力1171 魔法攻撃力1192 物理防御力575 魔法抵抗力1925
回避率81.1% 最高速度5.5m/s 詠唱速度50% 再使用時間50%
物理ダメージ軽減50% 魔法ダメージ軽減0%
属性耐性値 火30 水30 風30 地30 光30 闇30 重力30 雷30 氷30
エレメントスコア2700
うげ、ステータスってHPやMP、エレメントスコア以外も出ちゃうのか。
俺は驚きながらも自分のステータス画面と水晶玉から映し出された大量の情報が間違っていないか確認をした。
(あーうん、間違ってはいないな。しかしこんなにたくさん情報が出るものなのか認識票ってのは)
〈AULA〉の時は他プレイヤーの称号なんかは見えるものだったが、回避率やダメージ軽減率といったものはどうやっても知ることができない情報だった。
俺はこんなに重要な情報を記録するのかと渋い顔をしていると、ジャンやソフィアが出てきた能力測定の結果を見て目を丸くして固まっているのが見えた。
そんなに俺の情報に変なところがあるのだろうかと少し心配になると、テーブルの魔法陣が仄かに光り認識票へ光の流れを作っているのがわかった。
へぇ、こうやって記録するんだ。と俺は呑気なことを考えながら目を固く瞑り頑張っている受付の女性を見ていた。