探求街ヘブリッチ
俺たちは街に向かう道中、モンスターの襲撃など特に変わったこともなく無事に街へたどり着くことができた。
ケントルム山を守るように広がる森を抜けた先、そこに高くそびえ立つ城壁に囲まれた街ヘブリッチがあった。
この街は周辺にある邪神を封印する戦争で滅びた太古の知識が眠る廃王都ロージアン、それと同時期に発生した特異地点フリジットステーク、ヘルファイアゲートの調査、研究をするために作られた学者の街である。
調査をするにあたり現地には危険なモンスターが住み着いていることが多く、旅路の支度をするための様々な店や冒険者ギルドの集会所が設けられている。
街の出入り口でもある検問所に着くと俺はラルフをアルバドムスに戻した。
検問所でつまらなさそうに待機していた兵士がソフィアを見るやいなや慌てた様子で俺たち一行を通してくれた。
ソフィアが労いの言葉を兵士にかけ街へ入ると、アイアスは街の警備隊に用があると言い兵士たちと共に俺たちと別れた。
「リオさん、この国の現状を知ってもらいたいので一緒に行きましょう」
「ああ、俺もそれは知りたいとこだ……って、行くってどこに?」
「あそこです」
ソフィアが指さした先は街の中心部、他の建物とは一線を画す一際大きな建物だった。
俺は言われるままルシアと共にソフィアとエマの後に付いて行く。
建物の門の両側には警備兵が立っており、この場所が重要な場所だということを教えてくれる。
エマが騎竜のハールを門の付近にいた兵士に預けるのを見ていると、ふと門の横にある表札が目に入った。
そこには『エアハート魔法技術研究所』と大きめのプレートに書かれていた。
俺はそれを見ると元の世界で〈AULA〉を遊んでいた頃を思い出し、急に懐かしい気分になった。
(懐かしいな、ゲームの頃はクエストでよく来たっけ……トラブルメーカーで筋骨隆々のおっさんが所長だったよな……確か名前はケペックだったか)
俺がそんな事を考えながら付いていくとロビーの案内役に通され建物上階の一室、長机の設置された応接室に通された。
俺たちが席に付き待っていると、よれよれの白衣を着た眼鏡を掛けた金髪の不健康そうな男が部屋に入ってきた。
「どうもどうも姫様。無事戻られて何よりです。で、魔法陣はどうでしたでしょうか?」
「ええ所長、研究どおりトラウィス城最奥の魔法陣は英雄召喚のための魔法陣でした」
「ほほお……ということは、そこにいる彼らが」
「はい、この方が異世界から来た英雄、リオさんです」
所長と呼ばれた男が眼鏡をクイッと上げ興味津々といった様子で俺を覗き込んできた。
俺は思っていた所長とは違う人物に疑問を持ちながらも自己紹介をした。
「リオだ。アルテルに頼まれてこの世界に来た、よろしく」
俺は席から立ち彼に近づくと軽く礼をし、右手を差し出して握手を求めた。
「ああ、これはこれは。私はこの研究所の所長を務めさせていただいている、アルドヘルム・エアハートと申します。以後お見知りおきを……ええと、彼女は?」
アルドヘルムは握手に応じ、力を入れたら折れてしまいそうな筋肉の少ない手で弱々しく握り返してきた。
そして、席を立ち応接間の本棚を眺めて会話に参加していないルシアを見てそういった。
「ああ、すまない。こいつは……」
「はーい、私はルシア。リオの召喚獣です」
「しょ、召喚獣ですか……いやはやなんとも……」
俺が心の声で呼ぶと俺の隣に来て挨拶をするルシア。
アルドヘルムは召喚獣という単語に反応し、顕微鏡で対象を観察するようにルシアを下からじっくりと見始める。
「……リオ、こいつ殴っていい?」
「あー、アルドヘルムさん?」
「はっ!! す、すみません……ここまで人に近い召喚獣というのはなかなか珍しいもので……それにしても……素晴らしい!! 一体何の種族なのでしょうか? その姿は擬態? 幻覚? 他に形態をお持ちなのでしょうか? もしよろしければ詳しいお話を――」
「アルドヘルム!!」
アルドヘルムがルシアに迫り、当のルシアは今にも殴り掛かりそうな勢いで拳を握りしめていたその時、ソフィアや俺が止めに入る前にエマの怒鳴り声が響いた。
「ルシアさんに失礼ですよ、控えてください」
「は、はい……申し訳ないルシア殿。珍しいものを見ると、つい……」
エマの恐ろしい笑顔に当てられ、アルドヘルムは深々と頭を下げてルシアに謝罪した。
「ルシア、この人も謝ってるし許してやってくれ……ダメか?」
「ん~……リオがそう言うなら、いいよ。許してあげる」
アルドヘルムは頭を上げてホッと胸をなでおろし、横目で恐る恐るエマの方を見ていた。
すると、気がついたように話の路線を元に戻した。
「そういえば、さきほどアルテル様にお会いしたとおっしゃっておりましたけれども……一体どのようなお話をされたのでしょうか……?」
「あーそうだな。そこらへん話さないとな……」
俺たちは異世界側とフィーリア側で対面するように椅子に座り、VRMMORPG〈AULA〉のこと、俺がアルテルに選ばれたこと、そして邪神によって世界が滅ぼうとしていることを説明した。
◆◇◆◇◆◇
「……というわけだ」
俺が説明を終えると、ソフィアとエマは真顔になっているが、アルドヘルムは子供のように目を輝かしていた。
すると、辛坊たまらなくなった様子のアルドヘルムは俺に質問を浴びせてきた。
「リオ殿! 今のお話、大変興味深い部分が多々ありましたが、まず重要な点からお聞かせください。アルテル様は本当に邪神の影響が出ているとおっしゃったのですね?」
「え? あ、ああそうだ。確かにアルテルは邪神の影響が出てきてるって言ってたぞ」
それを聞くと、アルドヘルムは白衣のポケットから取り出した手帳にガリガリと何かを書きなぐり始め、ソフィアは手で口を覆い驚きを隠せないでいた。
「……なんだ、どうしたんだ?」
「リオ殿、僭越ながら私がご説明します」
それぞれの反応に俺が困惑していると、3人の中で唯一取り乱していなかったエマが淡々と話してくれた。
「実は……邪神というのは500年前に消滅しているはずなのです」
「……え?」
俺は思わず聞き返してしまった。
邪神が消滅してる? しかも500年前?
〈AULA〉の時には聞いたこともない話が飛び出てきて俺はさらに困惑してしまう。
アルテルもそんなことは言ってなかったぞ。
「500年前、リオ殿と同じように異世界から5人の英雄が召喚されました。フィーリアの者たちは英雄達と共に永き封印から解き放たれた邪神ヴァルザを、その魂まで完全に消し去ったと伝承に残されています」
「は、はぁ? なんだそりゃ」
〈AULA〉のメインストーリーからは大きくかけ離れた話に俺は思わず心の声が漏れてしまう。
そして話された中の気になるワードが耳に残っていた。
500年前に異世界から来たやつが5人もいた? 一体どういうことだ?
俺は混乱しているのを自分で理解し始めると、いったん疑問点を保留にして冷静になるように努めた。
(クソ、あの神さま。なにも説明できてないじゃないか!)
俺が心の中でアルテルに恨み言を言っているとアルドヘルムが再び質問してきた。
「5人の英雄はそれぞれ特殊な職業についていたと言い伝えられているのですが、もしやリオ殿もそうなのでは?」
俺は気を取り直しアルドヘルムの質問に答えることにした。
「ああ、特殊っていえば特殊だな。俺の職業は覚醒職業・結約剣士、召喚獣を使役しながらこの剣と魔法で戦う攻撃役だ」
俺はそう言いながらしまっていたウィンクルムを取り出し、鞘から少しだけ抜いて水晶のような刀身をアルドヘルム達に見せた。
「おお! これは……この剣の材質はただの金属や鉱石ではありませんね! なんでしょうなんでしょう!! ぜひ調べさせていただきたいのですが……あー……」
俺が興奮したアルドヘルムからの申し出を断ろうとしたその時、エマからの突き刺すような鋭い視線を感じ取ったのかアルドヘルムは萎縮し落ち着きを取り戻していった。
「その、覚醒職業というのは一体何なのでしょうか?」
だまりきっていたソフィアが興味を持ったのか聞いてきた。
俺はウィンクルムを再びしまい椅子に座ると確認をした。
「その様子だとフィーリアには覚醒職業は無いみたいだな」
「はい、そのとおりです! 我々が呼ぶ職業とはどのように違うのかぜひお聞かせいただきたい!」
ソフィアに向かって言った言葉にアルドヘルムは再び興奮した様子で返してきた。
俺は少し驚きながらも説明を始めた。
「覚醒職業っていうのは覚醒者として目覚めた奴らが転職できる職業で、条件として指定された全ての職業のレベルを100まで上げると転職できる特殊な職業だ。全部で12種類あって結約剣士はそのうちの1つ」
「ほほお! 覚醒者! 複数の職業というと?」
「あー、そうだな……覚醒者ってのは自身のレベルが100に到達したやつが試練クエストをクリアするとなれるものだ。んで、結約剣士の前提条件には召喚術師はもちろん、魔導師、付与術師、魔法剣士、暗黒騎士、指揮官とかその他諸々あるな」
〈AULA〉で言うレベルとは、プレイヤー自身のレベルと職業のレベルが別に設定されていた。
ゲーム開始時から選べる初期職業、プレイヤーのレベルが50になると選べるようになる上位職業、覚醒職業はさらに上に位置する職業というわけだ。
俺が説明をしていると、隣にいたルシアが自慢げに腕を組み、俺の説明の節々で頷いている。
いや、そんなに自慢げにされても……
説明が終わってもまだ頷いているルシアを生暖かい目で見ていると、ソフィアが呟くように言った。
「なるほど、それであんなに強大なモンスターを複数使役していたのですね。それにあの魔法や剣技も……伝承にも英雄たちは複数の特殊な技を使いこなしていたとあります」
ソフィアが納得したような表情で顎に手を当てながら言うと、俺は少し疑問に思ったことを聞いてみた。
「その、5人の英雄ってのはそんなに知られた存在なのか? やけに詳しそうだけど」
「いえ、そうではありません。子供の寝物語程度に伝えられてはいますが詳しい資料が少なく、姫様は私と一緒に英雄に関する研究をしていたのでお詳しいのですよ。此度の英雄召喚も姫様の研究意欲と行動力がなくてはありえませんでした」
「そうなのか」
アルドヘルムの言葉を聞き俺がソフィアの方を見ると、何故か目をそらしにやけながら俯いてしまった。
「コホン。では、そろそろこの国の現在の状況についてお話してもよろしいですか?」
気を取り直すように咳払いをひとつすると、今度はソフィアがコルアンディ王国の現状について説明してくれるようだ。
不意にアイアスの『お前さんのおかげで国を救えそうだ』という言葉が頭をよぎる。
国を救うって、一体どんなやばい状況なんだ?
俺は背筋を伸ばし真剣に話を聞く姿勢になった。