トラックを異世界転移転生の便利な道具として使うな!~ある元トラック運転手の怒りと悲しみの手記~
今日、俺は決心をした。真実を何らかの形で残す事も無く、この先の長い人生を送る事など、許容出来る訳が無い!
俺の名前は、犬飼 剛34才の元フリーのトラック運転手だ。
俺は現在、被害者死亡と言う、とんでもない事故を起こした、加害者として【交通刑務所】に服役させられている。実に理不尽極まり無いと俺自身は思っているのだが、現実は無情であり、この閉鎖的な監獄の中で、刑期が終わる日を、指折り数え待ち望んでいる。
刑務所の中に収監されているから、当然のように、大好きなタバコを吸う事も、仕事終わりに、5才になる愛娘が、お酌してくれるビールを味わう事も出来ない。
何故、俺がこんな目に合わないといけないのだろう?
確かに、若い頃にはヤンチャな事もした。清廉潔白な人生では無かったと思う。
でも、世の中に、一片の曇りも無い人生を送っている奴など居ないはずだ。
俺は、高校を卒業すると、直ぐに免許を取り、トラックの運転手と言う仕事に就いた。
そして、当時付き合っていた、現在の嫁と結婚をして、慎ましながらも、毎日、幸せに暮らしていた。
子供も生まれ、責任が増した俺は、これまで以上に仕事を頑張り、家族の為に支えてきた。
そんな普通の人生を送っている俺なのに、何故こんな目に合わないといなけないのだ!
今日、嫁から1枚の手紙が送られて来た。
手紙の中で嫁は、残された自分と娘の置かれている状況を、淡々と書き綴っていた。
読み進める内に、俺は自然と涙を流し、手紙の文字が滲んでくる。
嫁と娘は【人殺しの嫁】【人殺しの子供】と言う立場に、望んでもいないのに、置かれてしまい、日々暮らす事ですら、ままならない日常に晒されているらしい。
そして、手紙と一緒に1枚の緑の紙が同封されていた。
その紙には、嫁の名前と捺印が押されており、紙の上に緑色の文字で、ハッキリと【離婚届】と書かれていた。
待っていてくれると言ってくれたのに……。
裏切られた! と言う思いも感じたのだが、嫁からの手紙に書いてある一文を読んだ時に、俺は自然とペンを握りしめ、離婚届に俺の名前を書いていた。
手紙の一文には、こう書かれていた……。
『桜が人殺しの娘と幼稚園でイジメに合っている』
と……。
俺と嫁が離婚して、娘も名前を嫁の旧姓に変え、実家のある嫁の地元に帰り、ゼロから人生を再スタートして欲しい。
俺の事など早く忘れて、幸せな人生を娘には歩んで欲しい。
しかし……何故、俺なんだ? どんな理由で俺が選ばれたんだ?
俺が現在、刑務所の中に収監され、愛して止まない、嫁と娘との慎ましくとも幸せな生活を奪われた経緯を、聞いて欲しい。
あの日、俺はいつもの様に、決まった時間に家を出た。
自家用車に乗り、トラックを駐車している場所まで行き。
いつもと同じように、出発前の簡単な点検を済ませ、どこにも異常が無い事を確認してから、トラックを走らせ、いつも荷物を受け取る、集配所に向かった。
普段と何も変わらない日になるはずだった……。
あの時の俺は、まさかこんな目に合うなどと、思ってもいなかった。
娘が生まれた事を契機に俺は、家に帰る時間が不定期になってしまう、長距離の運送や深夜の運送等から、夕方には仕事が終わり、晩ご飯を愛娘と一緒に食べられるようにと、仕事の形態を変えていた。
いつもの様に、仕事を終わらせ、駐車場に向かいトラックを走らせていた。
あの日、俺は何故か、いつも通る道では無く、少し遠回りになる道を、何かに操られるかのように、何の疑問も感じずに選んでいた。
既に、この時から俺は、俺の知らない何かが仕組んだ運命に狂わされていたのだろう……。
とある交差点に差し掛かった時に、1人の男が、信号を無視して飛び出してきた。
男とトラックの距離から考えて、思いっきりブレーキを踏めば、事故になる事が無い、瞬時にそう判断をした俺は、右足でブレーキペダルを思いっきり、床が抜けるような勢いで踏んだ。
そう……確かに俺はブレーキペダルを思いっきり踏んだんだ。
トラックと言う乗り物の性質上、大型のトラックには、普通の車とは違い、油圧式のブレーキでは無く、ブレーキの効きが圧倒的に良い、空気圧を利用した空圧ブレーキが使われている。
通常であれば、絶対に間に合うはずの距離だった。
だったはずなのだが、何故かその時だけは、ブレーキが間に合ってくれる事が無く、俺の運転しているトラックと、飛び出して来た男とが、接触してしまった。
時速50㎞程のスピードしか出していなかったのだが、質量の大きなトラックとぶつかり、怪我無く済む事など、奇跡でも起きない限りは無い。
男をはね飛ばした後、慌ててトラックを路肩に停め、トラックから飛び降りて、男の安否を確認しに走った。
男は数メートル程、はね飛ばされて、道路に見るも無惨な姿で寝転んでいる。
男の体と頭からは、夥しい程の血が流れ出し、道路を赤黒く染めて行く。
『もうダメだ!間違いなく死んでいる』
俺はそう思ったが、車と言う凶器にもなり得る物を使い、お金を稼ぐ事を仕事としている、謂わばプロとも呼べる者が持つ、矜持に従い、直ぐに、119番へと電話を掛けた。
交通事故の場合、119番に通報すれば、同時に消防の方から警察にも連絡が行く事を知っていた俺は、110番より先に119番に通報したのだ。
通報を終えた頃には、周りには、事故を目撃した人、車輌の運転手等に加えて、野次馬の人だかりが出来ていた。
俺は、はね飛ばしてしまった男の側から離れる事も出来ずに、起きてしまった事、起こしてしまった事に、呆然自失に佇む事しか出来なかった……。
通報から、どれ程の時間が経過したのか分からないが、救急車のサイレンが聞こえてきた。
到着した救急隊員の手により、担架に乗せられ運ばれて行く男。
かぶせられた白いシーツに広がる赤いシミ。
それらを、眺める事しか出来ていなかった俺は、不意に救急隊員から掛けられた言葉に、即座に反応する事すら出来なかった。
救急車に遅れる事数分。現場へと駆け付けた警察官に対して、俺がトラックを運転していた事と、通報した事を告げた。
事故の状況等の簡単な調書を受けた後に、俺はトラックをその場に残し、パトカーに乗せられ、管轄の警察署へと向かった。
犯罪では無く事故だからだろうかは、不明であるが、幾分穏やかに取り調べは進む。
取り調べが終われば、家に帰る事が出来ると思っていたのだが、そんな事は無く、そのまま俺は留置所に入れられた。警官に話し、嫁に連絡する事は出来たのだが……。
警察により拘束されてしまった俺は、連日。
警察の取り調べ。取り調べの中、男が既に死亡している事。即死に近かったであろう事を、改めて知らされた。
被害者家族が依頼した弁護士との賠償に付いての話し合い。
嫁が雇ってくれたであろう弁護士との話し合い。
保険会社の調査員との話し合い。
目まぐるしい日々を過ごした。
そんな普通に生きていたら、有り得ない状況の中、起こしてしまった事への責任を、俺に出来る限りやろうと思っていた。
俺は、警察署から拘置所に身柄を移された。ここで、裁判により、俺が起こしてしまった事への罪が決まるまで、検察の取り調べを受ける。
そして、拘置所に身柄を移されてから、俺は変な夢を毎晩見るようになっていく……。
その夢の中では、俺がはね飛ばして殺したはずの男が、必ず現れ、この世界では無い、どこか別の世界で今も生きていて、幸せそうに過ごしていた。
罪の意識からか、男がまだ生きていて、普通に暮らしている。事故など起きていない。これは夢なんだ。そう思いたいと言う俺の気持ちが、そんな夢を俺に見させるんだと、初めは思っていた。
それからも毎日のように、男が現れる夢を見続けた。
ある時は、怪物や化物と呼べるような異様の生き物と戦い。
ある時は、地球での知識を使い、大金を儲け。
ある時は、沢山の可愛らしい女性達に囲まれ。
そんな夢を見続けていた……。
ある日、これまでと違う夢を見た。
それまでの夢は、無声映画を見ているかのように、音の無い夢を見ていたのだが、その日見た夢には、何故か男の話す声が聞こえていた。
夢の中で男は、1人でどこかのホテルの一室に居て、何やら独り言を言っていた。
その内容は、忘れたくても忘れる事は出来ない、今でも一字一句間違える事無く、言えるであろう。
それほど、俺にとっては、衝撃的な内容だった。
男はこう言っていた……。
『いやぁ~トラックにはねられて人生終わったと思ったが、神様のおかげで、転生する事が出来、しかもチートまで貰えて、ハーレムも出来たぜ。死ぬまでの人生は、ニートでオタクで、女にモテた事なんか無かったのに、今は毎日が幸せだな。あの神様にも、俺の事をはね飛ばしてくれたトラックにも感謝しないとな』
俺は、その夢を見て、男の独り言を聞き終えた時に、眠りから飛び起きた、そしてどうしようも無い程の怒りと憤りを覚えた。
たかが、夢だと理解していたが、その時は、俺の置かれている状況や嫁や娘の置かれている状況、男の家族達の深い悲しみ。
色んな想いが、ごちゃ混ぜになっていた。
そして、若いトラック運転手仲間が言っていた言葉を、思い出していた。
そんな事が現実に起きる訳が無いと思っていても確かめずには、いられなかった。
俺は取り急ぎ、弁護士との接見を申請して、弁護士に嫁に向け、とある調査をしてくれるように伝えて欲しいと願った。
数日後に面会に訪れた嫁は、俺の頼みを聞いていてくれた。
手渡された手紙には、俺が頼んだ調査結果が載っている。
俺が思っていたよりも、遥かに多い調査結果だった。
若手トラック運転手は、こう言っていたのだ……。
『最近は、トラックにはねられて異世界に行くラノベが、流行っている』
と……。
俺は、今回起きた事故の真相を知ってしまった……。
当然、検察にも弁護士にも嫁にも話したのだが、信じて貰える訳が無かった。
そして迎えた裁判の日……。
俺に告げられたのは。
【過失運転致死傷罪】と言う罪名と【懲役6年と6ヶ月】と言う服役義務。
そして、道路交通法違反による、免許証の取り消し失効。
民事裁判により告げられた、被害者家族への慰謝料2000万。
俺は今、交通刑務所に収監され服役している、世間で言う犯罪者だ。
残された刑期は、まだ5年以上残っている。
刑期を終えて、社会に出ても、きっと厳しい目に晒され続け生きるしか無いだろう。
さいわいにも被害者への慰謝料は、保険が適用されたが、だからと言って、金を払ったからチャラには、ならないだろうし、そんな事は俺自身が許せない。
今日届いた離婚届。
俺が一体何をした?
何故、神様とやらは、俺が運転するトラックを選んだ!
そもそも、何故、加害者を生み出す事になるトラックにはねられて異世界に。なんだ?
慎ましくとも真面目に日々を働き過ごしていた俺が、こんなにも苦しめられて、毎日毎日、親のスネをかじって働きもしないクズオタクニートが、異世界とは言え、大金を手に入れ、沢山の女に囲まれて、幸せを謳歌してるんだ!
やり場の無い怒りを抱え、今日も過ごす……。
鉄格子のほんの僅かなすき間からは、淡いピンク色の花びらが見える。
もう桜が咲く時期なんだな……。
桜が満開だった春のあの日に生まれた娘に会いたい……。
会って抱き締めてやり、肩車をして、桜並木の中を散歩したい……。
お前の名前の元になった桜の花が、どれだけ多くの人から愛され、美しいと感動させる花なのかを、教えてやりたい……。
もう1度でいいから……嫁と娘の温もりをこの体で感じたい……。
もうきっと叶わないと知りながら、そう思わずには、いられない……。
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