第六十話話:亡霊部隊
お知らせ。……四十話が二話あるせいで話数がずれていた事に今更気がついたらしい。本来の話数は60話が正しいです。
議事堂での事件の後に少女以外の者達とは別れ、ビースキン中央区の公衆広場で羽根を休める事にしたのだ。
公園中央に見えるのは、獣人の救世主である偉大な龍を模した石像、その周囲には石碑や獣人の竜王と思わしき彫像が建てられている。素朴ながらも職人の技術が凝らされた獣人史的文化財ではあるのだが、ここまで戦禍が迫ってしまえば取り壊されるか石材の足しにされる定めにある。
そのうち、少女は目ざとく石畳で築かれた縁台を見つけると、駆け足で飛び乗っては腰をかけた。
「ふぅ……なんだかどっと疲れたよ」
「元老議会の件では大変にお疲れ様でした。ネクリア様」
普段通りに少女へ労いの言葉をかけると、腕を掴まれ上目遣いで睨まれてしまう。
「いや、疲れの原因の大半はお前のせいだからな! 何も無かったからいいけどさ、お前最近トラブルばっか起こしすぎだろ!」
「も、申し訳ございません。ネクリア様」
「ふん、まぁいい。突っ立ってないでさっさと隣に座れ」
「はっ」
少女から丁度一人分挟んだ位置に座ると、よじよじと身体を動かして間隔を詰められてしまった。
「なぁ、ゾンヲリ。サフィと戦ってるのを見て思ったんだけどさ。戦いってそんなに楽しいか? 私からすれば、大乱交穴兄弟している方が断、然、楽しいし気持ちいいと思うんだがなぁ」
大乱交穴兄弟という少女のお言葉は、恐らく淫魔という種族的な性から来るのだろう。その言葉によって指示された事象が一体どのような意味を持つのかを考え、結論を導き出すのに多少時間を要してしまった。
「ネクリア様……戦に負ければ図らずとも、えっと……大乱交ホールブラザーズになると思いますが」
いっそ、敗北を認めて家畜や奴隷として生きるのもまた、一つの道ではある。多くの者達は飼われる事を理不尽だと悲観して拒もうとするが、少女にとってその未来が望ましい事なのだとするのならば、案外悪くは……。
「……ゾンヲリ。私が悪かったから真面目に返さないでくれ。その、戦うと痛いし、痛いのとかって普通嫌だろ?」
世の中には、苦痛や痛みを快楽に変える事が出来る物好きな人間が稀によく現れる。ヒトはそれを"マゾ犬"と呼ぶのかもしれないが、その想いに共感や理解を示してもらおうとすると、案外言葉に詰まるものだ。
「う~ん、そうですね……ネクリア様にとって、えっちなのはいけないと思いますか?」
「いや、サキュバスの私にとっての楽しみやアイデンティをダメな事だと言われたらたまったものじゃないぞ」
「ネクリア様にとってのエッチである事が、戦士である私にとっての敵を討ち果たして勝利する事なのですよ」
「なるほど、まるで意味が分からんなっ」
サキュバスと戦人では戦に対してこんなにも意識の差があるとは思わなかった。だが……。
所詮、戦人から戦を取ってしまえばそれはただの人。戦が終わり後に残った暴力は新たな不和を産むのに利用されるのが世の常。平和の築かれた世には敵を殺して悦楽を得る戦士のような存在は不要だと言えるのだから。
「ネクリア様はそれで良いのだと思いますよ」
「くっ、またお前は意味深風な事言ってるな! ゾンヲリのクセに生意気だぞ。このっこのっ」
ポコポコと鏡銀製の甲冑を叩かれるが、案外凹んでいたりするので少女の攻撃力は相当な域である。尤も、私自身が素手で敵の胴体に風穴を開けるのに活用するくらいなのだから当然か。
「……それより、ネクリア様。お客様のようです」
「ん? 何だお前達? ゾロゾロと集まってさ」
五十人前後の身なりや身分がバラバラの集団が少女の前に整列していた。軍務関係者と思わしき背格好も幾つか見えるが、その多くはボロボロの衣服を身に纏っている事から難民キャンプやスラム等に住んでいる者達だと思われた。
その代表と思わしき青年獣人が前に出る。胸に覗かせる焼き印から、鉱山都市奴隷の生き残りの一人である事だけは予想は出来た。
「なぁ、あんた達だろ? 近頃話題になっているニンゲンをヤってくれる協力者ってのはさ」
噂とは本人の預かり知らぬ所で広がっているものだ。それに、元老会議での決定は既に"周知"されているのだから。私が戦う事自体、市民に認知されていた所で不思議ではない。
「だとしたら、何だと言うのだ?」
「俺達もあんたと一緒に戦わさせてくれ!」
見た所、目の前の青年同様に武器を"最低限扱える者"は極一部。つまり、志願兵という名目の自殺志願者達の集まりなのだ。
「不要だ」
「どうしてだ!」
「私の向かう場所は補給も休息もままならない死地だ。そのような場所に"足手まとい"を連れて行く理由があると思うか?」
ゲリラ戦術は敵陣地の後方まで隠密を維持して潜り込むという性質上、味方からの後方支援を通常なら一切受けられない。敵から先に索敵されてしまえば最期、そこにあるのは死かそれ以上の悲劇のみ。
練度が低く、体力もない者達が私の行軍速度に付いてこれるわけもないのだから、彼らを指揮する為には行軍速度を落とさなくてはいけなくなる。つまるところ、文字通りの足手まといでしかない。
「あんたからすりゃあ足手まといなのは分かってる。都合が悪くなったら俺達は見捨てて犬死にしてくれて構わねぇ。今ココに集まってるのは皆同じ気持ちなんだっ! だから頼むよ」
窮鼠猫を嚙むと言うように、死を前にした弱兵は時折思わぬ反撃をする事がある。だが、命を懸けてまで成し遂げるには、あまりにも勿体ない使い方だ。
「今はどこも人手不足。何故私の元に集う必要がある? それ程の勇猛さがあるのなら、現竜王ベルクト殿の指揮するであろう前線戦列に志願し、矢避けにでもなった方が有意義だと思うがな?」
「あっちで戦ってもニンゲンは殺せねぇ。その分、アンタの元で弾避けになれば一人でも多くのニンゲンの死に目が見れそうなんだよ」
彼らの暗き瞳に宿っていたのは、力への渇望と憎悪の炎。いわば、私と同類だった。
「俺達は鉱山都市出身なんだ。そっから逃げて来た奴もこの中には沢山いる。それによ……俺達にだって分かってんだよ。この先俺達元奴隷にゃ、結局、この先居場所も食うモノもなにもねぇんだよ!」
自暴自棄にも似た破滅的衝動に全てを委ねた哀れな者達。家族や愛する者達を奪われ、ヒトとしての尊厳も奪われ、生きる為の僅かな富すらも奪われた彼らには、もはや失うモノなど命以外に何もない。
即ち、無敵だ。
そして、そのような者達が憎む敵の足を引っ張り上げ、少しでも長く苦しめてやりたいと願い、その為だけに全身全霊をかけて命を消費しようとしているのだ。
少女はそんな彼らの悲痛なまでの覚悟に触れ、まるで理解できないモノを見るかのように恐れを抱いていた。
「……命を捨てたければ勝手にしろ。だが、やるからには俺の指示には絶対従え。人質にされて敵に利用されようものならその場での総自決すらも私は命令するぞ。その条件が飲めないのならば今すぐこの場を立ち去る事だな」
「ああ、勿論だとも。家畜暮らしに浸りきった俺達ににゃ、どの道戦い方を考えるだけの頭なんてねぇんだからさ」
最後通達を受けても尚、踵を返す者は誰一人としていない。それが憎悪という感情が持つ本来の強さであり、致命にも至る弱さだ。
どの道彼らは戦場に出る事を止めず、私が断った所で誰一人として救えぬ命だ。それに、戦力が圧倒的に足りないのもまた、事実なのだから。
「これよりお前達は皆死人となる。その死人だけで構成された部隊の名は、『亡霊部隊』。これは、この先一切の望みを捨て去り、ただニンゲン共に夜と死の恐怖を刻みつける事だけを目的とした部隊だと知れ」
死者の強さとは、死に臆さない所にある。それ程の士気があるなら戦術として取り得る選択肢も幾つか増える。いずれも正道やまともとは程遠いものになるのだが。
「ああ、やっぱあんたに頼んで正解だった。俄然燃えて来たぜ」
「……後でお前達に相応しい装備を用意させる。その為に"多少"働いてもらう事にもなるだろう。それと、お前達の名前も聞いておこうか」
「ああ、俺の名は――」
青年獣人を始めに『亡霊部隊』は名を連ねていく。その中には女性やストネのような年端もない子供も混じっていた。だが、今後死に行く彼らの名前が呼ばれる事はないだろう。洞窟に投棄されたゾンビのようにうち捨てられ、土に還るのだから。
大乱交穴兄弟! で一応ググったら一字一句違わず同名の十八禁コンテンツが出て来てすごーーーーーく微妙な気持ちになった今日のこの頃。
世の中一人変な事を考えれば同じような事を考える奴がいっぱいいるって事だな!
自身の生存を無視して全身全霊をかけて敵に嫌がらせする。それはマリオカート風に言うなら逆走してアイテムの上に居座ってひたすら一位にトゲ甲羅をぶち込み続けるような戦術をとる事が出来るという事だ。
友人相手にそんな事をやればリアルファイト不可避である。