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第五十八話:ヤンでデレない


 銀甲冑との隔絶とした実力差を見せつけられながらも、サフィは諦める事はしなかった。膝を着く回数が七十を超える頃には、両の足で立つ事すらもおぼつかなくなろうとも、武器をひたすらに振るい続けた。


「当たれ、当たれ、当たれ!」


 ヤケクソであろうとお構いなし。その一方で、サフィの技のキレは徐々に冴え始め、膝を着くまでの時間も伸びていた。そのサフィの変化を外野から見届けていたベルクトは唸るように声を漏らした。


「……今のサフィを見ていると、かつて一緒にグルーエル様に(しご)かれていた頃を思い出しますね」

「ほ~ん?」


 淫魔少女は興味半分といった形で聞き返す。


「グルーエル様も厳しい方でした。極限に身を置いてこそ人の真価は問われるものだ。と申されては日が暮れて足腰が立たなくなるまで剣を振るわされたものですから」


 ベルクトは昔を懐かしむようにして語る。


「今そんな呑気な事言ってていいの!?」


 ハラハラした様子で事の成り行きを見守っていたブルメアだが、周囲のあんまりな呑気さに我慢しきれずに食ってかかった。そこで淫魔少女は首を横に振ってみせたのだ。


「なぁブルメア、ゾンヲリの奴が今何を思ってるのか教えてやろうか?」

「何って?」


「切り刻まれるのが内心楽しみで楽しみでしょうがないみたいだよ。さぁ、すかさず喉元に致命の一撃を切り込んで来い! とか本気で思ってんの。もはや病気だよ」


 【ソウルコネクト】によって銀甲冑の思念が読める淫魔少女は呆れ半分に戦闘の実況解説を始める。それは、サフィの二手三手先の行動を完璧に言い当てるというものであり、もはや予言の域に達していたのだ。


「えぇ……」


 何とも筆舌にもし難い光景を見せられている事を理解した外野一同は絶句する。


「ほんと、馬鹿みたいだよ……」


 気が狂わんばかりに見つめ合っている二人を尻目に、淫魔少女は玩具を取られた子供のようにムスっとしながら言葉を漏らした。


 そして、サフィの膝を着く回数が八十を超える頃、ベルクトは席を立つ。


「……今回は危険も無さそうなので私はそろそろ軍務に戻ります。ネクリア様、夕刻には兵長達を集めて鉱山都市方面軍に向けた作戦会議も開きますので、ゾンヲリ殿にもご参加下さるようお願い頂いてもよろしいでしょうか?」


「いいよ。私の方から後で言っとく」

「ご協力感謝致します」


 竜王が退室した後も、白き一角の娘による剣の舞踏は飽きる事なく続く。閑散としてた舞踏会館も今となっては観客で満員になりつつある。サフィが膝を着く度に、観客達は残念そうに野次を飛ばした。


「……そろそろ周りも煩くなってきたが、まだ続ける気か?」

「はぁ……はぁ……まだだ! 私はまだ、もっと早く、もっと鋭く動ける」


 呼吸を整え、銀甲冑を見据える。次の一手をより研ぎ澄ませる為に。


「確かに、最初に比べれば無駄が削ぎ落されて大分見れるようになった。だが、いくら武器を振るう速度を速めた所で、お前の刃が私に届くことはない」


「なんだと?」


「戦いとは、相手を観察し、相手の弱点を見抜き貫く事で勝機を得るものだ。なのにお前は、私の眼前で素早く踊る事ばかりに腐心しているな」


 銀甲冑が踊りと称したように、サフィの攻撃はあまりにも型に忠実すぎた。始動から終わりにかけて、決まった場所から決まった場所に目掛けて最速の攻撃を繰り出す。その一連の動作は定石と呼べる程に合理に適うからこそ型となりえるのだ。


 しかし、こと戦においては合理の裏を突かれる事もある。


「そもそもお前は本気で私を殺す気などない。だから必殺の刺突を繰り出す度に目を瞑れるのだ」


 サフィは薄々と感づいていた。既に目的である復讐ではなく、その手段である一撃を当てる事に意識が向かっている事に。


「なっ!? 馬鹿にするなっ」


 図星を突かれた事を悟らせまいと攻撃に転じたサフィは床を強く蹴って肉薄し、これまで幾度となく繰り返してきた必殺の刺突を放ったのだ。しかし、焦燥に駆られながらの攻撃は明らかに甘く、銀甲冑であれば容易に体軸をずらすだけで躱してしまう。観戦していた聴衆達の誰しもがそう思っていたのだ。


 しかし、皆の予想に反して銀甲冑は微動だにせず、喉元に迫る短刀を受け入れていた。


「うわっ!」


 ここにきて初めて銀甲冑の首筋に短刀が掠めた。その事実に一番困惑していたのは、刺突を放った当の本人であるサフィだった。


「どうして避けない!」


「これが答えだ」

「あっ!」


 銀甲冑はサフィの顎を掴みあげると、サフィの瞳を兜の内側から覗き見る。


「どうした、今なら私の喉元に簡単に短刀を突き刺せるぞ。何故刺さない!」


「は、放せ!」


 一矢を報いる絶好の機会を与えられても尚、サフィの両手は拘束から逃れる為に使わるばかり。それを見た銀甲冑が諦めたように拘束を解くと、サフィは地べたにへたり込んでしまった。


「やはりお前は、"お人よし"だな。憎む相手にすら本気の刃を向けられないでいる」


 サフィが人を殺した経験は一度しかない。それも、子供を守る為に咄嗟に動いたあまりに獣人狩りを殺してしまったという状態に近い。


「君だって、どうして私に手心を加えるの。君のやってる事だって訳がわからない事ばかりよ! 何で獣人狩りから私を助けたのよ。何でお婆ちゃんを助けようとしたのよ。何で今更になって、獣人の為に戦おうなんてするのよ! 全然訳がわからないのよ!」


「今のお前は私の敵に値しない。そんなもの切った所で無意味でしかない」


「そんなの詭弁よ。君は嘘を言うばかりで何一つ語ろうとしない」


 上目遣いで見上げるサフィを銀甲冑は見下ろす。


「死人に言葉など必要ない」


 それは対話の放棄、明確な拒絶だった。サフィは静かに目を伏せ、唇を噛む。


「ねぇ……ネクリア。何でゾンヲリはあそこまでサフィさんに辛く当るの?」


 エルフの娘ブルメアは、たまらず淫魔少女に理由を問う。


「単に復讐されたいマゾなだけだよ」


「ええぇ……でも、私には復讐するのやめておけ~って、すご~く周りくどく諭してきたのに……あれじゃ恨んでくれって言ってるようなものだよ」


「単に素直じゃないだけだよ、アイツ。割と昔の事思い出しては後悔してるっぽいし」


 人間、獣人、エルフ、魔族。場所を変えれば差別や殺し合いの絶えぬ者達が一か所に集っていた。その中でも人間とは、最も世に栄えたが故に最も異種族を排してきた歴史を持つ種族である。とりわけ人間の勢力圏を広げる程に活躍した英雄ともなれば、異種族の立場からすれば単なる大量殺戮者と言えよう。


「そっか……」


 サフィが膝を着く回数は百を優に超える。もはやサフィは両の手で身体を支えるだけで精一杯であり、立ち上がる事すらも満足に出来ない有様だった。


「もう身体も動かない……やっぱり君は強いね。まだ勝てない」

「そうか」

「だけど、いつか、いつか絶対に、この手で殺してあげる」


 サフィは妄執のおもむくままに次なる再戦を訴える。


「望めば何時いかなる時でも相手をしよう。例えこの肉体でなくともな」

「いえ、父を殺した君を越えなければ、何の意味もないわ」


 ゾンビウォーリアーという存在の性質を知る者ならば、彼を滅ぼす事自体は決して難しくはない。だからこそ、白き一角はせめてもの意地を示したのだ。


「好きにすればいい」


 こうして、二度目の決闘もサフィの敗北に終わる。そんなサフィを観戦者達は嘲笑せず、むしろ銀甲冑を相手に(おく)さず挑み続けた健闘を称えたのであった。

晴れてストーカー宣言を果たしたサフィ嬢の今後に期待……?

恋と憎悪は実の所よく似ていると思うんだ。


 サフィ嬢自身、獣人達の中では女なのに十本指に入るくらいに強いせいで、一人でセコセコ稽古するしかなかったという裏事情が存在する。なので娼婦生活の合間に親父の教えを守ってひたすら素振りをし続けてきたという実績が存在するのだ。


 なので、彼女は実戦経験に乏しく、"敵を観察して対応する"という観点が抜けていたりする。さらに基本的にお人よしなので、いまいち本気で敵に切りかかれないという欠点も抱えているのだ。


アラ〇スは強い……まだ勝てない。

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