第五十七話:心折指南
「うわあああああああっ!!!」
サフィの雄叫びと共に放たれたのは全体重を乗せた疾風突き。
鏡銀製の全身鎧を短刀で切り裂く事は困難を極める。故に、装甲の薄い繋ぎ目部分、それも一撃で致命に追いやれる部位である喉元に向け、我が身を省みない捨て身の一撃を放ったのだ。
しかし、銀甲冑は体軸をずらして突きを紙一重で躱すと、優しく撫でるようにサフィの背を押した。 その弾みでサフィは前のめりに体勢を崩しかけたが、すぐに振り返って二刀を構えた。
「くっ何のつもりだ!」
「これでもう、お前は一度死んでいる」
「舐めるな!」
サフィは怒りに任せて二刀を振るい、左右から同時に襲い掛かる。しかし、銀甲冑は寸での所で首を振り動かして避ける。
「まだだ!」
絶え間なく五度の斬撃をサフィは振るい続けたが、その全てが空を薙ぐだけに終わった。見る者が見れば、指の関節一つ分でもサフィが前に踏み込んでいれば掠めているように見える程の絶妙な間合い。
六度目の斬撃の終わりに、無反撃で避け続けていた銀甲冑の体幹が少し崩れた。その隙をサフィを見逃さない。
「もらった!」
再び必殺の一撃は喉元に向けて放たれた。
「これで二度目だ」
しかし、膝を着いていたのはサフィの方だった。背中に触れた冷たい金属の感触だけが、実際に何が起こったのかを物語っている。
そう、また背後から優しく撫でられたのだ。まるで癇癪をおこした子供をあやすように。
「どうした。立たないのか?」
「う、うわああああああああ!!」
サフィは屈しかけた己と膝を奮い立たせて我武者羅に刃を振るう。もはや人体の弱点である喉元を刺そうなどという気は毛頭もなく。どこでも良いから刃よ当れと願いながら、刃を振るう。振るう。振るう……。
そして、気がつけば膝を着いていた。何度も、何度も、何度も……数を機械的に数えていく銀甲冑の無機質な声が、場内へと木霊していく。
「ゾンヲリの奴、女相手だからって手加減してて優しいよなぁ」
壊れたオルゴールのように繰り返される寸劇の一部始終を見届けていた淫魔少女は、呆れ半分といった様子で皮肉を漏らした。
「ネクリア様には本当にアレが優しく見えるのでしょうか?」
「ゾンヲリは敵相手には本当に容赦しないからなぁ……血とか臓物が飛び散ってないだけマシだと思うけど?」
銀甲冑の四肢は全身が武器になるといっても過言ではない。その鉄拳が振るわれれば骨が砕けるし、蹴りが放たれれば脆い部位なら千切れるし、掴んで投げ落とせばヒトは潰れた果実のように弾ける。
普段の銀甲冑の素行と戦闘力を知ってる淫魔少女からすれば、サフィに対して精一杯に優しく接しているようにしか見えないのだ。
「背後から切りつけられるのは戦士の恥です。それも丸腰相手に正面から挑みかかってとあれば、それはもはや最大級の侮辱にも等しいです。まだひと思いに足の一つでも折られた方がマシですよ」
「私にはそういうのよく分からないけどさ、そう思うならやめておけば良いのに」
屈辱の涙を浮かべながらも、依然として空を切り払い続けるサフィの姿は哀愁を感じさせる。二十五度目の膝を着く頃には、反撃に転じる動きも疲労から遅れが生じ始めていた。
「……ええ、その通りです。ですが、今のサフィは妄執に取り憑かれていて聞く耳を持ってくれませんから」
「そう言うベルクトはゾンヲリを恨んでないのか? サフィの怒りようを見ると過去にゾンヲリがやった事って獣人にとって相当悪い事なんだろ?」
「全く、と言えば嘘になります。ですがそれは、戦場で相見えるなればお互い様な話ですから」
戦人として戦場に趣けば、殺し殺され合うのは普遍の摂理。しかしそれは、戦人の常識であって、元々戦人として生を望まれなかったサフィにとっての常識ではなかった。
「それに、私はそれでも一応"竜王"ですから……大切なモノを守る為に、必要あらば毒を飲むくらいはやります」
「ま、私にもその気持ちは分かるよ」
少女達が事の成り行きを見守っていると、足を引きずりながら会場内へと踏み入る者が現れた。その者は翠色の長髪とふくよかな胸を揺らしながら、質素な麻服に身を包むとんがり耳が特徴の人物。
「ん、ブルメアじゃないか。どうしてこんな所に」
「わ、私がゾンヲリの居場所喋っちゃったせいでサフィさんが敵討ちに出かけちゃったから止めなきゃっ……ってもう始まってる!」
「ゾンヲリの事は見て分かるとおり大丈夫だからいいよ」
「ええっ!?」
もはや、銀甲冑が仇討ちされる可能性を考慮している者はこの場においてブルメアを除いていないのだ。
「それより、ブルメアの方こそ安静にしてないとダメだぞ。回復のために軟膏や【生命活性】を使ったとは言え、肉離れの全治までにまだ数日はかかるんだからさ」
「うっ……でもっ……」
「はい、いいから座ってみてろ」
こうして、サフィの復讐遂行を見守る観客が一人増える頃には、既にサフィは武器を構えたまま、わなわなと震えるばかりで動けなくなっていたのだ。当初は激情から血走っていた瞳も、今や感情が抜け落ちたかのように焦点が定まっていない。
「六十四、これで終わりか」
膝を屈した回数を銀甲冑から告げられるが、サフィが実際に全力で振るった刃の数はその十倍以上にもなる。それ程の数の刃を振るっても、その全てが完璧に見切られ寸での間合いで躱されていた。
「どうして……どうしてこの刃は届かないの」
震える手で短刀を見つめるサフィ。完治していない腕の傷は開ききっており、包帯からは血も滲んでいる。
「数日見ない間に戦士として多少は腕を上げたらしいな。恐らくその腕の傷は魔獣、それも夜狼の類を十数体狩る間際に付けられた傷なのだろう?」
「何故。キサマがそれを知っている」
薬草採りに向かう過程でサフィは夜狼の群れと遭遇した。普段、外に採取しに向かう時は魔獣避けの香草をお守りとして身に付けるが、修行の一環であえてそれを持ち歩かなかった。
「カンだ。見る者が見れば、他者の実力やこれまで得てきた経験などは大よそ検討がつく」
「……何が言いたい」
「わざと隙を見せれば、お前はここぞとばかしに刺突を繰り出してきたな。そうやって私に背後から殺された回数が五十六回だ」
サフィは黙したまま何も言葉を返さない。
「憎悪と怒りに任せて強くなった気になるのは大変結構だが、それならまだ魔獣の方が賢い戦い方をするぞ?」
「黙れ、お説教なら沢山だ!」
サフィは再び銀甲冑に向けて刃を振るう。幾度となく斬撃を繰り返しても、その全ては銀甲冑に避けられる。だが、決まって一定の頃合に大きな隙を晒すのだ。
当然サフィはこの好機を逃すつもりはなく、渾身の刺突を繰り出そうと……。
「っ!」
サフィは思わず後に飛び退いたのだ。さっきまでは迷わず喰らいついていたはずの隙が、既に隙ではなくなっていたから。
「六十五回目にして、ようやく気付いたか」
「……どうして……私に"その事"を教えた」
「今、それを理解した所でどうにもならない程度に実力差が開いているのくらい、今のお前なら観察できるだろう?」
サフィは確信していた。今、考えうるありとあらゆる攻撃を仕掛けようとも、銀甲冑には児戯のようにあしらわれてしまう事を。身体能力は圧倒的に劣り、思考も全て見透かされている。
それに気がつかないフリをしないと、サフィは刃を振るえなかった。
復讐を遂げようとしていたら、いつの間にか戦闘訓練に変わっていた。何を言っているのか分からないと思うが(AA略
ゾンヲリさんはフェイントしているだけだが、ジンオウガさんなんて怯みカウンターで反確とりにくる時代ですしおすし……。クシャルダオラさんなんて閃光に耐性付けてそもそも地上に降りてこないか竜巻の中に引きこもる始末。
魔獣の方が戦い方が賢いのである……。
なお、サフィさんの攻撃は某炎の紋章風に言うと命中0%必殺0%状態です。それでもボスチクを100回繰り返すとレベルが1上がる……。最近の作品はボスチク対策されてレベルが上がらなくなった気もするが、まぁいいか……。