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第五十三話:ネクリアさん十三歳と精霊

※一話前を分割した結果なので三人称めいてます。


 


 エルフの女性は滝の洞窟でブルモルトを回収するまでに至った出来事を語り始める。最初はうんうんと相槌を打ちながら話を聞いていた淫魔少女だが、その機嫌は徐々に悪くなって行く。特に、風精のフリュネルが登場し始めた辺りでご立腹度が有頂天に達した。


「――といった理由から、フリュネルと契約したのですが……」

「おい。ゾンヲリ。お前精霊契約が一体どういうものか理解してやったのか?」

「ひうっ……」


 淫魔少女の大魔公としての年季と凄味を利かせたメンチを受け、説明の為に一時的に具現化していたフリュネルは怯えてしまった。


「いえ……。それよりネクリア様、フリュネルが怖がっています」


「どうだかな。大方猫でも被ってるんじゃないのか? 大体、よりにもよって幼精だぞ? 食うか寝るか遊ぶかしか考えてない穀潰しの為にお前は一体何を代償に支払ったんだ? まさか五感のうちのどれかとか言ったりしないよな? ええっ?」


「それは……」


 答えを渋るエルフの女性から察した淫魔少女は、非常に深く溜息をついたのだ。


「はぁーーーー。分かった。ならそんな精霊なんてさっさと契約破棄してその辺に捨ててきなさい」


「やだ……やだよ。ご主人様と離れたくないよ! 離れたくないよ!」


 風精は涙ぐみながらエルフの背中に抱きつく。


「うっ……何でいつの間にこんなに懐いているんだ」


 悲痛な様相で泣き叫ぶ風の幼精を見て居た堪れなくなったのか、エルフの女性は割って入った。


「ネクリア様、流石に可愛そうです。フリュネルのおかげで回避できた危険もあります。せめて、彼女が健やかに過ごせる場所まで……」


 フリュネルによる貢献があったからこそ、滝の洞窟内で"両手"と弓を使用することができ、ブロブを安全に対処する事が出来た。だからこそのエルフの言葉だった。


「ゾンヲリ……あのさぁ……。そいつは幼女の見た目で言葉を発するだけの獣同然の存在だぞ? 獣は野に帰すのが最も自然な事なんだよ」


「お言葉ですが、獣にも魂があれば感情もあります。そこはヒトと変わりません」


 そう、フリュネルの見た目が"幼女"だった。庇う理由はそれだけで十分過ぎたのである。淫魔少女は自身も今までその恩恵にあずかってきただけに、呆れ半分諦め半分といった様子で怒り心頭の表情をおさめた。


「ああ……そうだよな。お前って"そういう奴"だよな……うん。でもさ、私が態々こうやって口を酸っぱくして言うのは、他でもないお前が心配だからなんだよ。そこだけは分かって欲しい」


「ネクリア様……」


「なぁゾンヲリ。死霊はどのようにして生まれるのか、考えた事はあるか?」


「死した際に強い激情を持つ事、でしょうか?」


「それだけだと半分当たりかな。人の感情と思いの強さは言わば"魂の核"となる要素なんだ。卵で言うと黄身の部分でしかないと言ったら?」


 エルフは思案に暮れるが、答えはでなかった。


「……分かりません」


「ではもう一つヒントを出そうか。精霊と死霊は存続する為にあるモノを原料にして動いていると言ったら? それが白身の部分だ」


 エルフの女性は思案を巡らし、風精が契約時に何を"食らった"のかを思い出した。


「魔力……ですか」


「そう。現世で死霊が活動していく為には魔力が必要なんだよ。なのに、契約の代償でお前を存続させる為の魔力がソイツに喰われていくんだぞ」


「ですが、私はまだまだ平気です」


「平気なモノか、死霊も精霊も肉体を持つ生者と違って"自力で魔力を生成する事が出来ない"んだぞ。つまり、精霊に喰われ続ければ幾らお前が魔力を持っていようがいずれは枯渇する。そうなったらお前もそこの可愛そうな奴も両方消滅するのがオチなんだよ……。」


 一般的に生物の魔力は時間経過によって自然に回復すると言われているが、"死者"はその限りではないという事実は、魔法を扱う術者達にもあまり知られてはいない。死霊術師であり、死霊と関わり続けてきた少女だからこそ、魂が保持する魔力は有限である事を知りえる。


 淫魔少女は切実な様相で戦士の"延命"を望んでいた。


「……どうにかして魔力を維持する方法はないのですか?」


「あることはあるよ。魔力を持つ物体を体内に取り込み続ける事。つまり、後天的に魔力量を伸ばすなら"生きたまま食事する"事が効率の良い方法なのさ。だけどそれだって、契約者が一日に自然と生産する魔力と比べれば微々たるものさ」


 フリュネルはただひたすらに殺した魔獣を喰らい続けていた。それは、生物に刷り込まれた生存本能に忠実に従った結果であった。


「それと、生命が絶命したり、精霊魔法が行使されるとその周囲に魔粒子となって放出される。それで、空間内に残留する魔粒子が濃くなってくると、属性や性質を帯びた"色の霧"……即ち魔霧(ミスト)となって現れる事がある。そういった場所でなら死霊や精霊は存在を保ち続ける事が出来るんだ」


 魔霧とは、生命における円環の理の一つである。


 強者は弱者を食らい続けていく事で強大な魔力を得るが、強者が死に絶えると溜め込まれた膨大な魔力は魔霧となって周囲の大気や土、植物等に還元される。そして、弱者達は魔霧を含んだ空気や餌となる植物を摂取する事によって少しずつ魔力を得ていく。


 循環(サイクル)を繰り返す度に、魔力は土地や強者の下へと集約される。そのため、霧が濃い土地からは魔力を含んだ鉱石や古木などが産出され、強者が潜んでいる可能性も十分にありえる。


「……ネクリア様、もしや、"殺しても"対象の魔力が得られるのではないでしょうか?」


 生命が死んだ際に放出される魔粒子は、その場所に最も近い生命体によって吸収される。余す事なく生命の持つ魔力を奪い尽くしたいのであれば、"生きたまま食事する"事が最も吸収効率のよい方法であり、次点では"近接攻撃"で対象を"殺害する"事になるのだと、エルフは推察した。


「ま~~たお前は物騒な考え方してるな。だけど、その答えは正解だ。ゾンヲリ」


「それを聞いて安心しました。ならばフリュネルが居たとしても今までと私のやる事は変わりません。迫る敵を糧として喰らい続ける限り、私に"時間切れ"は訪れないのですから」


 そう言いきったゾンビウォーリアーと呼ばれるアンデッドは狂っていた。いや、アンデッドとしての正しい在り方を体現しているのである。アンデッドとは生者を憎み、生者に嫉妬し、生者から何もかもを奪おう事で自分を保とうとする。


 戦って勝利し続ける限りは不滅の存在。裏を返せば、戦という災いの渦中の中でしか己の存在を保ち続ける事が出来ない哀れなアンデッド。それがゾンビウォーリアだった。


「あーーもう、分かったよ分かった。戦闘ばっか大好きなお前にとっちゃ毎日何十匹も生き物ぶっ殺すくらいどうって事ないもんな。そいつを連れるのだって好きにすればいいよ。ふんっ」


 淫魔少女はプリプリっと頬を膨らませつつ、鼻息を荒げていた。


「はい、ありがとうございます。良かったな。フリュネル」

「やったー」


 喜びに打ち震えるエルフと風精。それを見ていて面白くないのは淫魔少女。


「全っ然っ褒めてないからな! ほんと、私の気も知らないで無茶苦茶ばっかしてさ……」


「ネクリア様が私の勝手を怒るのは大変ごもっともです。ですが、【精霊魔法】を手札に加える事が出来るというのは非常に魅力的なのです」


「そんなの私だって分かってるさ。分かってるけど……やっぱり私は精霊って奴が死ぬほど大っ嫌いなんだよ」


「それは、【邪精霊魔法】の開発で事故を起こしたからですか?」


 少女が【精霊魔法】を一切使えなくなってしまった心的外傷(トラウマ)の原因。死霊術と精霊魔法を組み合わせた呪術実験で逆凪(バックドラフト)を引き起こした事で生まれた悲劇だ。


「というかゾンヲリ、何でお前がそんな事まで知ってるんだよ」

「以前、イルミナ様が教えて下さりました」

「チッ、あの雌豚め、余計な事を……」


 今は何処にいるのかも分からない義妹に対し、淫魔少女は心底からの恨み節を述べる。


「ネクリア様」

「なんだよ」

「フリュネルは良い子です。いえ、良い子に教育します」

「だからどうしたんだよっ」


「もう一度【精霊魔法】と向き合ってみませんか? 今後の事を考えても、きっとネクリア様には必要になることだと思うのです」


 ゾンビウォーリアー一人で戦い続けるには色々な意味で"限界"があった。それを見据えての言葉だ。


「やだ」


 精霊魔法への断固とした拒絶の態度をとる淫魔少女。そう、少女は本気で精霊魔法が嫌いなのである。それ程までにトラウマは根深く少女に刻み込まれている。


「ネクリア様……」

「嫌なモノは嫌なの。ゾンヲリ、それ以上精霊魔法がどうとか言うなよ。そしたらお前とも二度と口利かないからな」

「ネクリア様……」


 それで淫魔少女は不機嫌なまま黙ってしまった。精霊と淫魔少女との間に掘られた溝の深さは、簡単に埋まるモノではなかった。

 ネクリアさん十三歳のトラウマはそう簡単に治らないので、暫くはフリュネルちゃん一人がマジックユーザーとして頑張ります。


設定捕捉

 魔霧について。敵を殺してレベルアップする的なアレの理由付けみたいなものです。


 こう設定を開示されると多くの読者が疑問に思うのは、魔族みたいな強力な連中が住んでる場所が何で魔霧に覆われていないのかという点だろう。


 一言で言ってしまえば、"土地"の相性にもよる。それと、殺生が頻繁に行われない限りは魔霧が濃くなる事はあんまりない。なので、法が存在する場所(魔族国)では意外と魔霧が濃くなる事はない。魔獣の領域では毎日のように魔獣同士の生存闘争が行われているので、裏で行われている殺生の数がそれだけ半端ではない。(ゾンヲリさんが毎晩2桁以上殺害している位なので)


 さらに、人語を話したり精霊魔法が使えるレベルの大魔獣クラスになると貴族悪魔(ノーブルデーモン)を軽く超える戦闘能力と知能を有する連中もいる。それこそ(ドラゴン)とかそれに準ずる存在もいるわけである。



 話の本筋的にはあんまり関係のないフレーバーだったりする。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公の性質と主人の経緯、独特で最高です。主人公の過去の謎がだんだん解けてくるのが感情はいる
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