第五十一話:奴隷達の入浴
※ヒッフッハがすべった感凄いので再々修正でシリアヌスにしました。
ブルメアは衣服を脱ぐと、湿らせた木の葉で付着した汚れを落してから枝に干した。露になった白い肌が、水面の水鏡に映し出され情欲が掻き立てられる。だが、私は少女と結んだ盟約でもある"エッチな事はしてはいけない"に従い、そこはグッと堪える。
エルフという美女の裸を前にしているのだ。私にとっては生殺しも同然と言っても良い。ブルメアもそこは感じているのか、顔も耳も火傷しようになるくらい赤く、熱を帯びていた。
「ねぇ、ゾンヲリ。すごく恥ずかしいんだけど」
溜池に身体を浸からせた後、ブルメアは溜まらずそんな言葉を漏らした。
(……言うな。それについては私も同じ意見だ)
ブルメアは髪などに付着したゴキブリ汁をそわそわとした手際で落していく。そして、豊満な胸に手を当てた時にブルメアの動きが止まる。奴隷紋、鉱山都市で刻まれた所有物の証をしきりに気にしていた。
「洗っても消えない……」
ゴシゴシと拭っても拭っても、紋様の周囲の白い肌が擦れて赤くなるばかりで、黒い痣は消える事はなかった。
(それ以上は肌を痛めるだけだ。もうやめておけ)
水に浸り続けて体温がすっかりと冷え切るくらいまでブルメアは努力し続けた。それでも消えない事でようやく冷静になれたのか、浅瀬に腰をかけた。
「ねぇ、ゾンヲリ。私って強くなれたのかな?」
(ああ、今の貴女なら弱い魔獣程度なら一人でも十分に渡り合う事も可能だろう)
ブルメアの技量も体力も、出会った当初からすれば驚く程に向上している。普通の人間ならばとっくに諦めても仕方がない障害に幾度も遭遇しておきながら、曲がりなりにも彼女は乗り切ってきたのだ。
「そうじゃなくって……鉱山都市に居た頃の私から変われたのかなって」
(そうやって自省出来ている事が、貴女が変われた証拠だろう)
「そうかな……」
(ああ)
「ゾンヲリって変だよね」
(私は至って自然なつもりだが、どの辺りが変なのだ?)
「だって、ゾンヲリは人間の男なんだよ? なのに、私が裸になっても痛い事しようとしないし差別もしないもん。人間の男は皆言うんだよ? 亜人如きが! 孕め! 俺の子を! って」
……それは、唖然とするような返答だった。やはり、異常性愛者の市長をあの時意地でも切り殺しておくべきだったのだろうか。
「でも、人間って本当変だよね。ゾンヲリは知ってる? 子供って好きな人同士が10年間くらいず~~~っと添い遂げると家の裏庭にあるジャガイモ畑から生まれてくるんだよ。近くにジャガイモ畑もないし好きでもないのにどうやって子作りするつもりなんだろうねって」
うむ。反応に困った。
10年というのは、エルフが長命種族であるが故に子供が作りにくい体質である事を表しており、ジャガイモ畑というのは、親が子供に子供の生まれ方を教える際に「渡り鳥が子供を運んでくるんだよ」と教える時のような暗喩なのだろうが、恐らくブルメアはそれを本気で信じている。
それを踏まえれば、本人に"真実"を伝えると酷く傷つく事になる気がする。そう、知らない方が幸せな事も、ある。その上でどこをどう訂正すればいいのかを考えた末に、私は考える事をやめた。
(……貴女が知る人間が鉱山都市の男だけしか居なかったように。私が知るエルフも貴女しかいない。案外、貴女が出会ってきた人間とは、非常に珍しい部類だったのかもしれないぞ)
「そうかな?」
(ああ)
「でも、家族以外でこうやって私に親しく接してくれたのってゾンヲリ達が初めてなんだけどな……」
(それは、貴女がまだ故郷に居た頃を含んでの話か?)
「……うん」
両腕で膝を抱え、浮かない調子でブルメアは返事をしていた。ブルメアは純粋なエルフではない。その生い立ち故の並々ならぬ苦悩があった事は推し量れた。
「そう言えば、ゾンヲリにはまだ言ってなかったよね。私が鉱山都市に捕らえられた経緯」
(そうだな)
「ゾンヲリはハーフエルフって知ってる?」
(今の所会った記憶はないな。それについて、さほど興味があるわけでもない)
エルフと人間の混血をそう呼ぶのだろう。人間はエルフや獣人をまとめて呼称する際に"亜人"という言葉を用いる。ベルゼブル風に淫魔の事を呼称するならば、"劣等種"と呼ぶようなモノでもある。
鉱山都市でのエルフや獣人の扱われ方を見る限り、人間領内で生活する亜人とはつまるところ、奴隷階級扱いが関の山と言った所。ともすれば、その混血たるハーフエルフもまともな生活が出来るとは思えない。
一方、エルフという種族的観点からハーフエルフを見れば、人間によって血を征服された証のようなものだ。人間とエルフ、どちらにおいても疎まれても仕方のない境遇。それがハーフエルフだ。
「私のお母さんは帝国貴族って人の所から逃げてきたんだって。それでね、ある日、お母さんを追って人間達の軍隊が里に襲ってきた事があるんだ。お父さん達は戦ったけどいっぱい殺されて、お母さんや他の女の人とかいっぱい連れて行かれちゃったみたいなの。私は隠れてから助かったらしいんだ……でも……」
ハーフエルフであるブルメアの母を追って人間が里に現れた。事実がそうならば、里としてとり得る対応など最初から決まっている。
「穢れた血が混ざったお前とお前の母が森に災いを呼び込んだ。って里から追い出されちゃったんだ」
(それで?)
「それからのこと、あんまり覚えてないんだ。ただ怖くて、人が居る場所を必死で探して、気がついたらあの場所にいたの。だから……ゾンヲリがあの場所から助けてくれた時、運命ってあるんだなって思ったんだ」
○
「ググッ龍の逆鱗に触れたニンゲン共の一族よ。天をも焦がす我が憤怒の業火に抱かれながら燃え尽き果てるがいい。その血肉、その嘆き、その魂一滴残す事無く全てを我への贖罪の為に捧げよ。それが貴様ら愚か者共の辿るべき運命なのだ」
「おう、お前、明日は百人切りだったな。生意気だったお前もこうなっちゃどうしようもねぇな。ドブネズミみたいに糞尿に包まれながら死んじまうのがお前の運命なんだよ。ゲッハハハッハッ」
○
脳裏に浮かんだのは忌々しい記憶。私の憎悪の根本にある存在、龍。ただそれを殺す為だけに己をひたすら鍛え続けてきた。故郷を無くし戦奴の身に堕ちようとも、より多くの戦場を渡り歩く為に獣人を切り刻もうとも。
(……運命、か。そんなモノ、抗う事を止めた弱者が理不尽に納得する為の方便でしかない)
「え?」
だが、復讐の果てに、私は死人と化していた。そして、記憶にある龍が行ったように、私も獣人に対し憎悪に任せた暴力を振るう鬼と化していたのだから。運命とは皮肉なものだ。
(ああ、すまない。少し"昔"を思い出しただけだ。聞き流してくれ)
「昔と言えば、ゾンヲリも私と同じ奴隷だったんだよね」
(と言っても用途は違うのだが)
「もう! その時ゾンヲリはどうしてたの?」
耳を熱くするブルメア。
(戦った。自分よりも弱い者も、自分よりも強い力を持つ者とも)
「……そっか、私には出来そうにないな」
(そうでもないだろう)
「ほんと?」
(ああ、貴女は自覚していないだろうが、常人では耐えられない程の苦行を既に乗り越えている。その経験があれば、これからは一人で生きていく事も十分に可能だ)
滝の洞窟から獣人国の間を一日で往復すれば馬は潰れる。それだけの距離を全力で走るだけでも常人には耐えられない。ブルメアは今まで耐えてきた人生があるからこそ、私の行った無茶な行軍に付いてこれているのだから。
「……でも、一人は嫌だよ……。ゾンヲリ」
ブルメアはぎゅっと身体を強く抱いた。
(私にそう言われても、困る。第一、今の貴女はもう一人でもないだろう。孤児院の者達やベルクト殿も頼めば無碍にすまい)
「うん……。孤児院の皆は優しく歓迎してくれたよ。奴隷エルフである事をすっごく同情してくれて、優しすぎて怖くなってくるくらいだもん。だからなのかな、甘えたままだと対等って感じがしなくって……何か落ち着かないの」
(それで、薬草採りに置いていかれた時、一人で武器工房に向かって弓を無心してまで薬草採りにでかけようとしたのか?)
「うん……。そうしたら、私の事普通に接してくれるようになるのかなって思ったの」
対等で在りたいが為に、特効薬の原料を採りに未踏の地に一人で出かけるような苦行を遂げようとするのだ。
(呆れた話だな)
「あ、ひどい! 結構本気で悩んでるのに、そんな事言ったらゾンヲリだってそうでしょ!」
(違いない)
それから、水浴びを終え、服に袖を通し、荷物を担ぎ上げ、帰路に着く手前になってもブルメアは私に身体を明け渡そうとはしなかった。
「あのねゾンヲリ。今度は私が走ってみようと思うの」
(そうか、なら気が済むまで走れば良い。骨と肉片くらいまでは拾ってやる)
「もう、その言い方! やっぱりゾンヲリはイジワルだね」
夕日の差し込む山道を、ブルメアは己の足で走り出した。
背景重すぎて無理矢理ねじ込んだギャグがギャグになっていない不具合。
ゾンヲリさんといい、ブルメアさんといい、ネクリアさんといい、皆故郷焼かれてる件について!
なお、エロフは月経もとい10年径という周期から、そんなポコジャカ人口が増える事はありません。それと、そんな感じで人口が増えにくいのでエロフは子供をすっごく大切にしてます。
ブルメアさんはハーフではなくクオータです。人間の血が混じってるせいでオウガパワーを持っています。そのせいで戦い続けると割と"短期間"で強くなります。
なお、純粋なエルフをハイエルフと呼び、そうじゃないエルフを"混じり物"と蔑称する流れもちらほらあります。血の差別が横行していたり、いなかったりします。なので、"混じり物"のブルメアさんの行くあては、実の所何処にもないのだ。ゾンビよりはマシだけど悲しい生い立ちである。