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第五十話:血溜まりのブロブ


 アレから、三度に渡って黒い津波がなだれ込んで来た。私にとってはソレらの処理は誤差の範疇で済むのだが、肉体の持ち主にとってはそうではなかった。


「ひぐっ……もうやだぁ……ゴキブリはいやだよぉ……」


 三度目の発狂から正気に立ち直ったブルメアの口から発せられる切実な思い。もはや心身共に限界まで磨耗してしまっている。


(目を開けろ。ゴキブリはもういない。大丈夫だ)

「ほんと? ほんとに本当?」

(ああ。本当だ)


「良かった……本当に良かったよぉ……ふぇええええん」


 やっぱり泣き出す始末である。


 洞窟という暗い場所に孤独の状態で長時間過ごし続けるのは精神衛生上良くない。火種になりそうな乾燥したモノを燃やして周囲を明るくしておき、ブルメアの正気を保つ為にとにかく言葉をかけ続ける。


「……ごめんねゾンヲリ。結局色々と迷惑かけちゃって」

(大丈夫だ。むしろ貴女はよくやっている)


 戦闘経験もロクにないただの妙齢の女性であるブルメアが、魔獣の領域を一人でうろついて致命に至る程の"恐怖"を味わっているのだ。半狂乱で出口を目指したとしてもなんらおかしくはない。


「うん……」


(ただ、少しばかし"休憩"に時間をかけすぎている。ここから先は急ぐぞ)

「うん。頑張るっ」


 ブルメアはぐっと両手拳を握り締めて決意を新たにし、改めて暗い洞窟の奥底へと踏み進めていけば、通路の出口に見える空間には光源のキノコが群生していた。


「ねぇゾンヲリ! もしかしてアレがブルモルトじゃない?」

(記憶が正しければそのようだ)

「それじゃ早くとりにいこっ」


 はやる気持ちを抑えきれないのか、ブルメアは滑る床の上を駆け込もうとする。だが、奥から漂ってくるのは鼻腔を焦がすかのような強烈な刺激臭。


(まて、すぐに下がれ。様子がおかしい)

「ウッなんだろ……この臭い」


 よく目を凝らせば、奥の空間の天井から血のような何かが滴り落ちていた。


(これは恐らく、酸だ。それから推測するに、粘体生物(スライム)種のブロブが居る可能性が高い。か……)

「ブロブって?」


(全身が強酸性の粘液で包まれた血のような色をしたスライムだな。内部にある核に攻撃を至らせない限り、倒すことが出来ない)


 槍や大剣であれば、内部の核を直接攻撃する事も十分に可能だ。だが、今使える攻撃手段は素手か短剣か弓。近接攻撃は論外だとして、弓矢による投射攻撃も粘液の壁に阻まれては十分な威力を発揮する事が出来ない。


(うっかり直接触れようものならば肉は焼け焦げて骨だけになるのがオチだろう。つまるところ、今の私達はブロブに対して有効な攻撃手段を持ち合わせていないのだ)


「どうしようゾンヲリ。急いでブルモルトだけとって逃げちゃう?」


(対策なしではそれもオススメはしない。ブロブが厄介なのは"倒せない"事ではない。真に恐ろしいのは周囲に撒き散らされた強酸ガスと"胞子"なのだからな。部屋内で呼吸する事自体が死に至る要因となりえる)


 ブロブは胞子を生物に寄生させることによって生殖する。一度でも胞子を吸って体内に取り込んでしまえば、発芽した子ブロブに臓物を内部から少しずつ溶かされて行く。


 そうやって宿主を完全に溶かしきった子ブロブは、血と臓物と肉の色と混ざって赤くなるのだ。


「この場所は諦めよっか……でも、ここまで来るのに大分探索してきたから、残りがあるかどうか不安だけど……」


(せめて"精霊魔法"が使える者がこの場に居るなら打開できなくはないのだが、高望みか)


 遠距離から【ファイアーボール】のような魔法で爆破してしまえば周囲の胞子毎まとめて処理できるので手っ取り早い。岩や氷などの質量で直接押しつぶしてしまっても問題はないが。


「……ゾンヲリでも、どうにもならない事ってあるんだね」


(ああ。戦いとは事前の準備こそが全てだ。勝てない。あるいは苦戦を免れないような相手ならばそもそも戦わない事が最善だろうな)


 やはり多少無理をしてでも大剣を持ってくるべきだったか。だが、女性であるブルメアの膂力で持ち運ぶにはダインソラウスは重過ぎるし、荷物を大幅に圧迫する。


 万策尽きたと思われた時。


「ねぇねぇ。ご主人様、魔法(まほー)使えるよ。使えるよ!」


 意外にもフリュネルの方から声が上がった。


「フリュネルが? でも、魔法使えなかったんじゃなかったの?」

「"いっぱい食べた"からちょっとだけ使えるようになったんだよ!」


「幼精が魔法を使うだなんて……今まで聞いた事ないよ」


 多くの戦死者達の亡骸を食らっていたフリュネルは、いつの間にか精霊魔法が使える程に成長していたのだ。ブルメアの反応からするに、そのような前例は今までになかったようだが。


(フリュネル。どの程度の魔法が使えるんだ?)

「えっとね。風をぴゅーって吹くくらい」


 ……。


(十分だな。頼んだ)

「うん!」


 

 フリュネルは一生懸命パタパタと羽ばたくと、ふわりとした心地の良い風に包まれる。今、フリュネルに施してもらったのは、風の防護迎撃魔法【風膜(エアスクリーン)】を模したものだ。


 本来ならば、矢の軌道を逸らす程度には強力な防護効果を得られる魔法だが、当然の如くフリュネルの使用したものにはそんな効果はない。精々紙吹雪を飛ばせる程度のものだ。


(ん、ふわふわしてて気持ちいい風)


 ブルメアから肉体を借り受け、周囲の胞子を吹き飛ばしながらブロブの住まう領域に踏み入れていく。


 慎重に周囲を目星していけば、洞窟内の天井に血溜まりのような大きな粘液が蠢いているのが見えた。体内には何かの魔獣の頭蓋骨を取り込んでおり、意志もなくうぞうぞと動き続けているばかり。


(うっ……夢に出てきそう)


 直視していて気持ちのよいモノではない。出口をブロブに封鎖されないうちに早々にブルモルトの採掘に取り掛かり、程なくして回収を終えると、無事にブロブ部屋を脱出する事に成功した。


「私ご主人様の役に立てたかな? かな?」

「ああ、よくやったぞ。フリュネル」


 上目遣いで見上げてくるフリュネルに手を差し出すと、頭の位置を少しだけ下げてきた。どうやら撫でて欲しいように思える。しかしながら、今のブルメアは全身ゴキブリ汁塗れである。


 そんな状態でフリュネルの綺麗な翠髪に触れようものならばベタベタにしてしまうのでやめておく事にした。が、フリュネルは少し残念そうにしている。


(ねぇ、ゾンヲリ。何かすご~く失礼な事考えてない?)

「それほどでもない。それより、早く洞窟から脱出するぞ」

(うんっ。そうだね)


 洞窟の外まで抜けてみれば、空はすっかりと朱色に染まっていた。滝壺から登る水煙と下流へと続く清流は相変わらずといった所だろう。


 滝の洞窟周辺に魔獣の気配がない事を確認した後に、制御権をブルメアと交代しておく。


「やっっっと外に出られたぁ。もう暗いところとゴキブリが居る所は沢山っ」


 ブルメアは大きく背伸びをすると、すんすんと袖や襟元の臭いを嗅ぐ仕草をしてみせる。そこからむわっと漂ってくるのは生体濃縮したゴキブリ汁の匂い。


 言い表すならば、かつての"少女臭"とは別の何か。


「ううっ……酷い臭いがする」


 そう言ってブルメアは何度か自身に纏わりついた匂いを嗅いでは顔を背けていた。一度気になってしまうと何度も確認してしまうというのが女性の(サガ)なのだろうか。



 正直、私はこの手の匂いは嫌いではない。むしろ好きだし興奮もする。などと思うだけで声に出さない事にした。経験上、この話題は口にして百害あっても一利ないからだ。


 私もまた、少女と接してきた事で日々成長しているのだ。


「あっゾンヲリ。今は臭いとか嗅がないでね。絶対だよっ」


 人は何故、態々言わなくて良い事を言って退路を断ちに来るのだろうか。いや、兵法では退路を断つのは常道ではあるのだが……だが、この誘いに乗る気はない。


(ああ。"私は"嗅がないので安心してくれ)

「ほんと?」

(ああ)


 ブルメアはちらちらと水場を気にしている。


(……このまま帰還すると死体漁り共が返り血の臭いに釣られてくる可能性がある。そこの水場で臭いを落したらどうだ?)


 というのは建前だが、実際に死体漁り共は血や腐肉のように死の臭いには敏感だ。弱った獲物、あるいは誰かの食い残しは魔獣に狙われやすい。仮にゾンビの肉体で魔獣の領域を歩けば、それだけ魔獣と鉢合わせる可能性が高くなる。


「そ、そうだね。全身がベトベトしてるからちょっとだけ身体洗いたかったの。でも……」


 さて、ここで問題が一つ発生した。私はブルメアと肉体を共有している。そんな状態で臭い落しのために水浴びをするというのはどういう事を意味するのか。


(私は別に、そのままの状態でビースキンまで走っても構わないのだが……)


 暫く悩んだ末にブルメアは結論を出した。


「絶対。見ないでね? 絶対だよ?」

(私が見てしまうかどうかは、貴女の目線次第なのだが……)

次回、濡れ場(殴


設定捕捉

 ブロブについて。


 なろう界隈ではスライムは雑魚扱いだけど、スライムを実際の生物にしてみると相当強い。まず、消化の為の強酸ボディで包まれている所が強い。


 強酸はそこに在るだけでガスを発生させる。そしてそのガスとは、塩化水素ガスである。吸引してしまえば人間は死に至るように、ブロブの付近を人間は歩く事自体が困難なのだ。だが、それ以上にブロブは生物である以上"生殖"もする。


 どうやって生殖するのかといえば、粘菌と同じように"胞子"で増える。ブロブ菌である胞子を吸った人間はどうなるかといえば、次のブロブになるのだ。そうやってブロブは周囲の生物をガスと胞子で弱らせて食い散らかしていく生き物なのである。


 決して服だけを溶かすエッチなスライムではない。



 また、通常は全長1m~2m程度の固体が多いが、飢餓状態になると周囲のブロブと合体してビッグブロブになる。その時は全長5~10m程の大きさになることもある。そして、新たな餌場を求めて胞子を撒き散らしながら大移動を始める事になる。


 この際、まれによく人間の集落付近を通りすぎることがあるのだが、その時は集落に奇病が蔓延してしまうこともまれによくある。


 だが、回復魔法ではその奇病を治す事は出来ない。何故なら、完治させるには体内に取り込んだブロブを殺すしかないからである。肉体の治療速度を速めた所で、ブロブの成長速度も速めては本末転倒であるからだ。



 余談だが、スライム種を食べる料理も存在する。弱酸性くらいの酸を持ってるスライムならば、ミカンのような柑橘類をスライムに餌として与えておき、その後と殺することでスライムゼリー(ミカン味)にして食べる事が可能だ。


 魔獣食の中では美味な部類だぞっ!



 キリングマシーンのブルメアゾンヲリさんでは逃げの一手しかうてないほどの強敵なのだ。だけど魔法を使えばブロブにはあっさり勝てる。でも、魔法使いはビースキルズパンサーさんに不意打ちされて殺されやすい。なのでやっぱり互いの弱点を補えるパーティは重要なのだ。

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