第八話:奴隷市場での再会
首から値札だけを下げた人間達が並んでいる。男も、女も、子供も、老人も、色々だ。手足は縛られ、重りを着けられている。鞭の音は止まず、叱責の声は後を絶たず、奴隷達の怨嗟と慟哭が限りなく続いていた。
一方、道中で見かけた見世物小屋の中は異様な熱気で賑わっていた。道行くハゲのデーモン達は興奮を隠さず下卑た笑いを浮かべているのだ。
なるほど、これが奴隷市場か。私も巡りが違えばその辺の台の上で値札を下げていたのかもしれないな。それはそれで興奮する話だが、今の私には値段を付けられる程度の価値すらもない。
前を見る。このような場には不釣り合いで可憐な少女が目の前を歩いていた。周りを見てばかりのせいですっかりと離されてしまっていたのだ。
少女は後ろを振り返った。
「おい、ゾンヲリ。遅れてるぞ」
「申し訳ございません。ネーア様」
「ここではネクリアでいい。それで一応通ってるんだから」
「わかりました。ネクリア様」
歩みを早める。
ネクリア様は奴隷市場の常連だ。可愛らしい仕草を見せてくれる少女だが、当たり前のように人を資源として扱う一面を見せるのだ。
それが、魔族という種族と環境によるものなのか、少女自身の性質からきているものなのかは分からない。ただ、これまでのネクリア様を見る限りでは前者の方だと思う。若干願望も入っているのかもしれない。
少女の隣に並ぶと、ネクリア様は私を見上げてくる。
「なぁ、やっぱり私の事、幻滅したか?」
肝心なところで小心者を発揮する辺り、やっぱり前者だったなと思う。
「いえ、流石はネクリア様だとむしろ感心してしまいました」
「む? 何だその顔は、腐りかけてるせいか無性に殴りたくなるぞ」
「それではどうぞ、ご自由にお殴りください」
「くっ……最近のお前は私に対する敬意が全くなってないぞ」
「申し訳ございません」
「ふん」
少女は愛くるしく頬を脹らませるのであった。最近、ネクリア様の方から気さくに話しかけてくれるようになった。軽い冗談を返したりしても怒ったりしない。何だかんだで一人で居る事が多いためか、寂しいのかもしれない。
だが、一点疑問が浮かぶ。私のような汚物を飼うよりも、従順な奴隷を飼う方がネクリア様にとってメリットのある話だと思うのだ。
「ネクリア様は奴隷をどのような用途で使われるのでしょうか?」
「私だと死霊術の実験に使う事が多いかな。死霊や死体を扱う関係上、術の研究が大変なんだよ。だから、決して変な目的のために使ったりしてないからな!」
変な目的、というと見世物小屋の中で行われている『アレ』のような事を言っているのだろう。術研究の方がどちらかと言えば問題があるような気もしないでもないが。誤差なので気にしない事にした。
「ええ、分かっております」
「……まぁ、物好きな連中は愛玩用にしたり、食糧にしたりもしてるな。ブサイクだったり死体とか病人になるとかなり安くなるから私はそっちを買ってるんだけどさ。ほんとだぞっ!」
「ええ、分かっております。ネクリア様」
少女は何故か言い訳を述べ始める。後ろめたい何かがあるのだろうかと思うのは下衆の勘繰りだろう。私に出来る事は少女の言葉を信じるだけだ。
ふと、ハゲのデーモン達が集まっている台座に目を引かれた。台座の上に拘束されて乗せられているのはほぼ半裸の女。それを囲み、ハゲのデーモン達は狂気的な歓声を上げているのだ。
「ん、あれは……」
「ああ、あれは奴隷オークションだよ。まぁ……見ても面白いモノでもないと思うぞ。変態共ご用達って奴さ」
オークション会場のすぐ横が通り道であったため、気になって見てしまう。道化師調のメイクが施され、シルクハットを被ったデーモンが半裸の女の横で高らかに声をあげた。
「さぁさぁ、今回の品物はこちら、先日入手しました人間の奴隷少女。お名前はシィザちゃん。それもなんと"処女"なんです!」
道化師は手をかざした先には、ボロきれで局部だけを隠している少女がいた。目は濁りきり、生気や意思を殆ど感じられない。見る者が見れば欲情を掻き立てるには十分過ぎる程に美しい容姿と言える。
場が一斉に歓声で沸き立つ。
女の名前には覚えがあった。殺して身包みを剥いで同僚達の餌にしたはずだった女の一人か。
「それではまず、一千Dからいってみましょうか!」
1500、2000、4000、と我先にと値段は吊り上がっていく。その最中、元神官服の少女シィザと一瞬だけ目が合った。
「ただいま2万Dですが。まだいらっしゃいませんか?」
「処女と言っても壊れかけじゃつまらねぇよなぁ」
ハゲのデーモンのうちの一人が呟いた。
「カイ……ル……? ねぇ、カイルなの?」
元神官服の少女の曇りきった瞳に光が宿った。カイルとは今の私の肉体の名前だ。つまり、元神官服の女は私に対して声をかけている。
視線を外しても、こちらを縋るような目で見てくる。
「おい、ゾンヲリ……あの奴隷女、ずっとお前を見てるぞ」
「……以前、鍾乳洞で殺したと思われた連中のうちの一人です。生きていたようですが」
あの時、間違いなく致命傷を与えて同僚達の餌にしたのだと確信していた。だが、死亡確認をして止めまでは刺してはいなかった。
あの場ではディスペルされた同僚と気絶者の見分けがつかない。つまり、同僚達に食べられるまでには時間がかかる事も十分にあり得る。意識さえ取り戻してしまえば回復魔法と解呪で打開することも可能だろう。
……完全に油断していた。
「カイル! お願い助けて!」
「ああん? 何か女が喚きだしやがったぞ」
「気に入った。4万出してやるぜ!」
「へっへっへっお前も好きものだな」
急に生気を取り戻した神官服の女を見て、ハゲのデーモン達の間からどよめきが広がる。
「おい、ゾンヲリ、どうする? 一応5万までなら出せるけど……」
「アレは神官です。私やゾンビ達の天敵ですよ」
「なぁ、本当にいいのか?」
「アレにネクリア様が金銭を出す程の価値はありませんよ。面倒な事になる前に早く去りましょう」
「やってやる! やってやるぞ! 10万だ!」
「おおおおおお!」
聞こえてきたのは予算をオーバキルするだけの額面だった。
「……そうだな」
フードを深く被り、顔を隠し、ネクリア様と共に早々にその場を駆け去る。
「20万だ」
「おおおおおおお!」
恰幅のよさそうなハゲのデーモンの一言でオークションの決着が着いた。
「待って! カイル! カイル!」
「シィザちゃんの御主人様はこちらの方に決定しました! 大事に扱ってくださいねっ!」
「俺からの奢りだ。折角だからこのまま公開ショーと行こうぜ!」
「さっすがハゲ様は話がわかるぅ!」
「ハゲっていうな!」
「いやああああああああああああ!」
背後から聞こえてきたのは元女神官奴隷の叫びだった。完全に女の声が聞こえなくなるまで離れた後、軽く休憩する事にした。
「……私もな、こんなんでも一応女だからな。ああいう見るのは結構キツイんだよ」
そう言って少女は慎ましやかな胸に手を当てて見せた。
「私がきっちりとあの女の息の根を止めておかなかったばかりに、ネクリア様に不快な思いをさせてしまいました。本当に申し訳ございません」
「ゾンヲリ、お前……」
「奴隷の身なら運が良ければ命は繋げるでしょう。それに、ああなりたくないのならば戦いに身を置かなければいいのですよ。少なくとも彼女は自分でそれを選択できる立場にありながら、あえてそうしているのです。同情の余地など一切ありませんよ」
自分でも不思議なくらいに冷酷な事を言っている。その自覚もあった。
奴隷ならばまだもう少しマシな生き方が出来る。媚びれば運が良ければ生きていける。同情を誘い、良心に訴えかければよい。その程度で生きていけるのならば、私なら、いくらでもやる。
負ければ全てが奪われる。
そんな話はどこにでもある事だ。だから負けないために強くなり続けるしかない。なかった。
「なぁ、ゾンヲリ、今のお前、何だか……凄く怖いぞ」
少女は小さな手で私の裾を掴み、見上げる瞳には恐怖がこもっていた
「……? そうでしょうか?」
「そうだよ……お前らしくないぞ」
「私らしい、ですか」
時折、生前の残滓が頭に浮かんでくる事がある。そこから、かつて自分がどういう人間だったのかを考え、一つの答えが導き出された。
私は恐らく"殺し"で生計を立てている類の人間だったのだろう。と。
敵を切り殺して勝利した時に感じた気持ち。奴隷に対する気持ち。どれも真っ当な部類ではない。もしも、完全に記憶を取り戻し、本当の意味で自分らしさを取り戻した時、私は目の前の少女を今と同じ気持ちで見ていられるのだろうか。
記憶など、要らないのではないだろうか。
デートしながら人間オークションだなんて魔族でしかやれないぜ! ゲッハハハハッ