第四十九話:英雄のグルメ ケイヴローチをマルカジリ
※うん。あれだ。人によってはグロなんだすまない。
「いただきまーす!」
洞窟内に反響していくフリュネルの歓声。その声の向かう先で仰向けに倒れているのは、3本の矢が突き刺さった魔獣の死骸。ブルメアが己の力で手にした戦果だ。
しかし、勝利を手にしたはずのブルメアは釈然としない様子で立ち尽くしていた。
(ここに来て初めて自分で敵を倒したというのに、随分と浮かない様子だな)
「ねぇ、ゾンヲリ。私ね。フリュネルの"お食事"には大分慣れてきたつもりなの」
(それに何か問題があるのか?)
「大有りよ。ゾンヲリはアレを見てなんとも思わないの? 何であんなのを食べさせたの? 信じられない!」
フリュネルの口元から、女の細腕程ある太さの黒い節足が零れ落ちるのが見えた。
(魔霧を含んだ物なら鉱石も含めて"何でも"食べる。そうフリュネルが言ったのだから問題ないだろう?)
鉱石を丸ごと平らげてしまった件で流石に気になったので、フリュネルに対して食事の理由を問いかけてみると、"成長の為にはより多くの魔霧が必要"とのことだった。そして、その魔霧の摂取に最も効率が良い方法が、"食べる"事なのだそうだ。
「そういう問題じゃなくって……ああ、もう」
焦れたのか、ブルメアは大きく息を吸った。そして。
「あの巨大"ゴキブリ"を食べさせるってどういう事!? もう見てられないっ」
口ではそう言って顔を両手で覆っているブルメアだが、実のところ興味本位か怖い物見たさからか指と指の隙間から覗いている。
巨大ゴキブリとは巨大ローチ種であり、その中で洞窟での生存に適した進化を遂げた者達をケイヴローチと大雑把に呼ぶ。そんなケイヴローチのハラワタに、フリュネルは無我夢中で食らいついていた。
尻部からはみ出た卵鞘も余す事なく豪快に平らげていく様は中々壮観だ。
(密林に生息している種はパンサー種に比べる美味だったと記憶しているのだが……)
「はっ……? ゾンヲリも食べた事あるの?」
(ああ、ゴキブリは非常に優れたな食料だ。貴重な肉になるし、乾燥した物をすり潰せば妙薬にもなる。昔はよく世話になったものだ)
生前の頃に生食したジャングルローチの味を思い浮かべる。意外とプリプリとしていて肉厚で旨かったと思う。契約の代償で味覚を失った今となっては、もう二度と味わえない珍味ではあるのだが。
しかし、どうも私が知る女性達は皆何故かゴキブリを嫌悪しがちだ。だからこそここはしっかりとフリュネルにゴキブリの良さを宣伝してもらおう。
(フリュネル、味の方はどうだ?)
「うん、美味しいよ! すっごく美味しいよ!」
どうやら私の味覚は正常だった事が証明されたのでこれ以上の問答は不要だろう。ただ、ジャイアントローチ種は雑食性だった気がする。果実や三菜などを餌にしている個体は美味だが……。"はずれ"を引くと結構悶える事も稀によくある。
ゴキブリも色々居る。そう、色々だ。
「本当……? 本当に美味しいの? 嘘言ってないよね?」
「本当だよ! ちょっぴり"苦い"けど」
……フリュネルは良い子だ。好き嫌いせずに文字通り何でも美味しく食べてくれる。これ以上食事の話題を続けていると、またブルメアが発狂しかねない。
(それより……先ほどのケイヴローチに放った速射は見事だったな)
強靭な顎で噛まれるのもそうだが、ケイヴローチの俊足から繰り出される爆発的な突進は相当の脅威だ。高速で自身に迫る重圧にも怯まずに、矢を正確に射るのは中々勇気がいるはず。
「あ、うん。今まで一杯ゾンヲリが戦ってきたのを見てきたからかな。ちょっぴり慣れて来たんだと思うの。それと、ゾンヲリがやってた三本同時に矢をつがえるやり方とか、弓を構える姿勢とか色々真似してみたの。そうしたら結構上手く出来たんだ」
ブルメアが私から曲がりなりにも模倣して放った戦技とは『三連速射』。
一度の攻撃機会で三度の矢を連続で放つ技であり、三本の矢を指と指の合間に挟むようにして握り込むことで、"矢筒から矢を引き抜く"という動作を省略する事で連続攻撃を実現するというものだ。
反面、連続で速射するという性質から命中精度を大きく犠牲にし、慣れない持ち方をするが故に矢を落す危険性もあった。そんな中、ブルメアは見事にケイヴローチを3本の矢で葬って見せたのだ。
(普通の者は見ただけで真似などできまい。もしかすれば貴女は弓術に天性があるのかもしれないな)
「えへへ、そうかな? そう言ってもらえると嬉しいな……」
耳の辺りが火照ってくる。ブルメアはそれを隠そうと無意識で耳に手を当てるような素振りをしていた。エルフは耳に感情が出やすい。
「あ、でも。多分真似できたのは、きっとゾンヲリが私の身体を動かしていたから何だと思うの。体感がそのまま伝わるって凄いよね。口でコツを教えられても中々わかんなかったりするもん」
(そうか)
以前、少女も似たような事を言ってた気がする。ブルメアのこの異常なまでの成長速度は、私の戦闘経験を継承しているという事なのだろうか。
逆もまた、然りか。
実の所、主に少女の身体で女性らしい立ち振る舞いをするように心がけてきたせいか、内股歩きが板についてきて困っている。男の身体が恋しい。
そう思った頃、視界の隅をカサカサと横切る小さな影が見えた。
「このままならもうゾンヲリに頼らなくってもいけちゃうかも」
(そうか。ところで、貴女はゴキブリについての格言を知ってるか?)
「もう、なんで急にそんな話に戻すのよ……えっと……何だっけ?」
(ゴキブリは一匹見かけたら百匹は居るらしいな? それと、雌は死に瀕すると雄のゴキブリが沢山寄ってくるという話もある)
カサカサ、カサカサ。
「えっと……ゾンヲリ?」
カサカサ、カサカサ、カサカサ、カサカサ。
そう、彼等はそうやって這い寄ってくる。闇の中に彼等を見つけた時、彼らの方からもまた見つめられているのだから。
カサカサ、カサカサ、カサカサ、カサカサ。
「ねぇ……ゾンヲリ……あのね……?」
ようやく周囲の存在に気がついたブルメアは、目じりに涙を浮かべていた。
(逃げるな。目の前にあるモノをしっかり見据えろ。それが戦場だ)
カサカサカサカサカサカサカサカサ……。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ……。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ。
その、圧倒的過ぎる黒の暴力が、闇の深淵の中を犇きあっていたのだ。今の彼等は雌のテンプテーションにあてられて非常に興奮している状態にある。もはや松明に灯された微かな火の光は彼等を退ける希望の光と成り得ない。
その漆黒は全ての光を闇で埋め尽くす為にある。その暗黒は希望を絶望に塗り変える為にある。
「い、いや……」
ブルメアはまるで世界の終わりがやってきたかのような表情をしていた。
「わぁ、ゴキブリさん達が一杯だよ。一杯だよ!」
暢気に喜ぶフリュネルの声を口火にして、子ケイヴローチ達が雪崩こむように一斉突撃を開始する。そう、黒き津波による"蹂躙"が始まったのだ。
「や、やだーーーーー!」
ブルメアが意識を手放す際に縮み上がった膀胱を緩めなおす。これも名誉のためだ。
「はぁ、やれやれ……」
まとわりついてくる子ケイヴローチを踏み潰し、身体にまとわりついてきた一匹を素手で握りつぶす。ビチャりと体液の飛沫が顔にかかる。
「小さい方は割と無害なのだがなぁ……」
グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。千切っては投げ、千切っては投げ、千切っては投げ――……。
フリュネルが全部美味しく頂いていった頃には、既に全身ゴキブリ汁塗れになっていたのでそっとブルメアに肉体を返しておく。
「あはっ。あははははっ。あははははははっ」
ブルメアは狂っていた。
枯れるほどの涙を流し続け、洞窟内には響き渡る慟哭は止まる事を知らない。戦いという環境に一度身を置いてしまえば、誰しもが一度は到達する領域。
それは狂気だ。
命をいとも容易くすり潰していくという行為を無慈悲に繰り広げて行く一方で、心がその行為の残酷さを理解して拒否してしまう事から発症してしまう。だがしかし、戦士としての高みを目指すのであれば、それすらも越えていかなくてはならない。
(戦いの終わりとは、いつでも虚しいものだな)
「ん~? ブルメアのご主人様、何が面白いことでもあったのかな? かな?」
(フリュネル。こういう時は放っておいてやるんだ)
「はーい」
子ケイヴローチだった肉塊が、フリュネルの口元から零れ落ちていった。
唐突に始まるダ○ジョン飯
設定捕捉。
ゴキブリ料理自体は実の所存在する。だが、ゴキブリを食用に利用する際には、ゴキブリをあらかじめ絶食させておくらしいぞ?
で、ケイヴローチの味は? というとはっきり言って不味い。
理由は簡単。雑食性なので動物の糞やその他ヤバイ級の物を食べて体内で科学合成してしまうためだ。逆に言ってしまえば、果実や山菜を食べているゴキブリは美味しくなる。
洞窟にはコウモリなどの糞がたっぷりだし、下水道に生息する種も以下(ry
余談だが、ゴキブリなどの虫を食料とした場合、豚ロース肉よりかなり栄養(主にタンパク質)の摂取効率が良いらしいぞ? ごま塩程度に覚えておいてくれ……。
え、知りたくもなかった? すまぬ……。すまぬ……。
戦士なら虫食うくらいふつーだな! でも女の子がやるには絵面がキツイかもしれない。