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第四十八話:初めてのおつかい


 滝の洞窟の中に足を踏み入れようとした時の事だった。


(ゾンヲリ、洞窟内の探索は私にやらせて)

「何故だ?」

(私考えたの。このまま全てゾンヲリに任せちゃったら、私は結局何にも変われない。だから――)


 ブルメアは自分で道を歩む事を望んでいる。


「戦い方は分かるのか?」

(えっと……弓だったら、昔お父さんから習ったからちょっとは使えると思う)

「近接戦闘は?」

(ゾンヲリみたいに動くのはちょっと無理かも……)

「そうか、なら"その時"が来たなら身体の力を抜いて私に委ねるといい」


 肉体の制御権をブルメアに受け渡す。お互いに慣れてきたのか、この一連の流れも大分スムーズに行えるようになってきている。


「反対しないの?」

("貴女の生存"は私の達成するべく目標には含まれていないのでな)


 最悪死体となったブルメアを動かして獣人国まで帰れば良いのだから。当人の意志を捻じ曲げてまで反対する意味も理由もない。


「む、そんな言い方しちゃうあたり、やっぱりゾンヲリってイジワルだよね」


 むすっと頬を膨らませ、エルフの娘は悪態をついてみせる。


「でも、ちょっと不安だから、その、色々教えてくれるかな?」

(ああ。危険な気配を感じるようならすぐに伝えよう)


 こうして、ブルメアの初めてのおつかいが始まった。目標はブルモルトを入手する事だ。


「ううっ……外と違って洞窟の中ってすっごく冷えるね。それに暗い……」


 ブルメアは水遊びの代償を早速支払わされていた。という割りとどうでも良い事は差し置いても、暗所に対する備えが松明一つでは心許(こころもと)ない。周囲の殆どは水場、天井から落ちてくる水滴、一度火が消えてしまえばもう一度火の加護を得る事は困難だろう。


 闇の中でも索敵が可能な私には大した問題ではないが、弓しか使えないブルメアには死活問題だ。急な戦闘で松明を投げ捨てようモノなら、闇の中で途方に暮れるしかなくなるのだから。


(フリュネル、お前に頼みたい事がある)

(なになに?)


 戦闘能力は皆無でも実体を持ち、空を飛べるというのはそれだけで大きな武器になる。


(ブルメアの松明を持ってやることは出来るか?)

(うん、任せて! ゾンヲリのご主人様)


 実体を具現化したフリュネルはブルメアから松明を受け取ると、前に浮かぶようにして道を照らしていく。


「ありがとうフリュネル」

「私もご主人様達の役に立つんだよ! 役に立つんだよ!」


 幼精は一般的に"役立たず"だと言われている。だからなのか、フリュネルは"役に立つ"をしきりに強調していた。契約の破棄とは幼精にとっての死を意味するも同然なのだから、自分の価値を証明できる機会があれば逃したくないかもしれない。


 もっとも、殺戮しか取り得のない私も人の事を言えた義理ではないか。


「あ、ちょっと広い場所に出てきたかも……」

(天井が高くなってきたなら。"上"には注意しておけ)

「どうして?」


 ヒトは無意識に足元を注意する事があっても、上は意識しなければ注意することがない。だから、魔獣の類は時折その隙を突いてくる事がある。


蝙蝠(コウモリ)の気配がない。こういった場所には粘体生物(スライム)が巣食っている可能性がある。もし、スライムを頭から被ってしまえば比較的無害の種でも窒息しかねない)


 洞窟内によく生息している魔獣といえば、コウモリ、ワーム、そしてスライムだ。ワームが沢山存在する洞窟には目立つ空洞があり、コウモリならば糞がそこいら中に撒き散らされている。それらの兆候が見えないならば、スライム種が洞窟内での生存競争における勝利者となっている可能性が高い。


 勿論例外もあるが、そういった例外はあからさまな異常となって現れてくる。今はそこまで気にする必要はない。


「うっ……そんな事もあるんだ」


 ブルメアは不安からか、壁際に寄って手をかけようとする。


(それと、壁や狭い隙間にはなるべく近づかないようにしておけ。触手(テンタクル)種が潜んでいて奇襲される可能性がある)


 触手(テンタクル)種は、主に密林地帯や洞窟内に生息している事がある。細長い刺胞付きの触手を無数に持つ軟体動物であり、物陰や狭い場所によく潜んでいる。


 もし、うっかり触手に触れようものなら刺胞から麻痺毒を注入されて身動きが取れなくなり、そのまま生きたまま養分となる体液を排出するだけの苗床に変えられてしまう。


「ひうっ……ココってそんなに怖いところなの?」


(あくまで可能性でしかない。だが、ここは既に"人の領域"ではない。注意するに越したことはない)


 直接襲ってくる魔獣よりも、罠を張って気配を殺してじっと潜む者達の方が厄介な事が多い。文字通り、一瞬の油断が命取りとなる。


「ゾンヲリって詳しいけど。何処でそういうの覚えたの?」

(さて、な)


 今までに殺してきた魔獣の数など一々覚えていられないように、印象にも残らない場所の事など答えようがない。


「教えてくれてもいいのに……」


 細長い通路を抜けると、広い空間が広がっている。そこに先行したフリュネルの持つ松明の光に照らされたのは、淡く光るキノコの類ではなく鮮やかな碧玉色の原石だった。


「何だろう、これ。綺麗……」

「うわぁ……この石、魔霧が一杯だよ。一杯だよ!」


 各々が周囲の警戒を忘れて宝石に目を奪われていたが、幸いにも敵性生物の気配はなかった。


(それは、水や風属性の魔法の感応性を僅かに高める効果がある"魔石"だな。恐らく碧風石(アクストロン)と呼ばれる物だろう)


 私が最初に遭遇した冒険者達が装備しているようなアクセサリや武器に加工される事がある鉱石だ。魔石の中では比較的入手がしやすく、効果や硬度はそれほどでもない。


 私から見れば、綺麗な色をしただけの石ころと言った所だろうか。だが、こんなモノでも売ればそこそこの値段になるので回収しておく価値はある。


(身体を貸してくれ、採掘してみよう)

「うん」


 ブルモルトを採掘するために持ち込んだピックと釘で脆そうな箇所を削ってやると、ボロっと拳くらいの大きさの碧風石が地面を転がっていく。


「ねぇねぇご主人様~、これ食べてもいい?」


 幼女の食欲は底なしなのだろうか。無機物は流石の私でさえも食事した記憶がない。


「……食べられるのか?」

「うん!」


 フリュネルは満面の笑みで返してくる。ならばもはや何も言うまい。


「いいぞ」

「やったーっ!」


 その後行われた"惨劇"をありのままに見届けていた。


 フリュネルは地面に降り立つと、採掘したての小さな碧玉石の方ではなく、岩盤の方にかぶりついたのだ。そして、バリバリと音を立て、見る見るうちに大人の等身程あった碧玉色の美しい壁が崩されていく。


「はっ……? なんなのだこれは…… 一体どういう事なんだ……」


 時価にしてみると少女(ネーア)と一年中は夜を共に出来るほどの金額になるだろうと思われた鉱石の塊が溶けていく様は、実に筆舌にもしがたい光景だった。


(ええっ……)


 岩石を嚙み砕く幼女の牙の頑丈さだとか、身の丈以上の質量を収納する異次元に直通した胃袋だとかそんなチャチなもので断じてない。精霊という存在が持つ本来の恐ろしさの片鱗を味わったのだ。


「ふぅ……美味しかったぁ……」


 満足げにお腹をぽんぽんと叩いているフリュネルを見て、私は何もかもがどうでもよくなった。


「先を急ぐぞ」

「うん!」


 残された小さな碧風石を拾い、道具袋の中へと突っ込んでブルメアに肉体の制御権を返し、洞窟の奥へと足を踏み入れていく。

設定捕捉

 よくゲームでペッドモンスターが成長するためにアイテムをモッシャモッシャと食べたりするのだが。それと同じようなものだったりする。英語で言うとエ○トポ○ス伝記のカプセルモンスター。


 また、仲間になったばかりの仲間用の装備をダンジョンに配置しておくのはゲームマスターの義務でしょう? ボスモンスターとクエストアイテムだけが配置されたダンジョンとかつまらんですしおすし。


 この話はそういうものだったりなかったりします。レベル1のポンコツ達の冒険は続く……。


 触手はロマン。

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