第四十四話:キャットファイト
突如強襲を仕掛けた山豼に対し、ブルメアは反応も出来ぬまま呆然と立ち尽くしていた。悲鳴をあげる事すらも忘れてしまう程に。
「ひっ……」
ブルメアが息を呑む音と、山豼の爪が風を裂いていく音がやけにゆっくりと聞こえる。それは、死に瀕する脅威に直面した時に程よくみられる現象。
「だが」
ブルメアは他人事のように身に降りかかる凶爪を眺めるばかりで微動だにしない。そう、次の瞬間には狩られる事を理解してしまったが故に、死の恐怖から逃れようという無意識的な防衛本能に委ねてしまった。
だからこそ、私が指を動かせる。
「遅いな」
すぐ喉元まで迫っていた山豼の両爪を腹部側に潜りこんで寸での所でかわし、回避ざまに山豼首元を掴みながら地面に目掛けて投げ落とす。
「グギュア!」
狩りの成功を確信していたのだろう。だからこそ油断が生まれる。倒れてもがく山豼にすかさず跨り、拳を振り下ろす。
「オオッ」
獣の固い頭蓋に拳を打ち付ける。
「ギュアッ!」
山豼は顔面を殴打され苦悶の声をあげる。だが足りない。動けなくなるまで殴打を続行する。
殴る度に女の綺麗な拳の皮が剥げ、骨が軋む。山豼の鼻を潰し、目も潰す。山豼の前足が動くのが見えた。
「ぐッ」
苦し紛れの反撃で振るわれた爪を避けるために、マウントを解いて一旦距離をとる。山豼は体勢を立て直すと、コチラの動きを見定めるようにしてゆっくりと回り込もうとする。
「グゥウ……」
唸る魔獣に対して、先ほど抜きそびれた短刀を手に取って相対する。拳も使い過ぎれば壊れる。鍛えてもいない柔らかな拳では尚更だ。
「ようやく戦いらしくなってきたな。来い」
「グルゥゥアアッ」
再び、山豼は姿勢を屈め、後ろ足の筋肉を隆起させると、高速の突進を繰り出し一瞬で肉薄してくる。迫る前足の爪と口腔から覗かせる牙、どちらが来たとしても私がとる対応は変わらない。受け流し、攻撃の切れ目を狙って致命の一撃で刺し貫く事。
「っ!?」
「ガゥ」
山豼がとった選択は抱擁。左右から同時に迫る爪で掴まれてしまえば、この膂力に劣るブルメアの肉体では二度と振り払う事は出来ない。
「オオオオッ」
速度では圧倒的に劣るヒトの身体で魔獣に背を向ける事は即ち死を意味する。ならば正面から制圧し前身する他に活路はない。
大口を開け、牙を見せびらかす山豼の喉元に勢いに任せて短刀を突き刺す。
「グギュウウアアアッ!?」
「浅いか」
山豼が怯んだ隙に突き刺さった短刀から手を離し、すかさず拳で頬を殴り、追撃のソバットで頭を蹴飛ばす。
ブルメアの身体能力で振るわれる格闘では、魔獣を死に至らしめる程の殺傷能力を発揮する事が出来ない。そして、こちらに残された攻撃手段は合成弓で射貫く他にない。
倒壊した古木に立て掛けてある弓を手に取り、矢筒から三本の矢を一気に引き抜く。
「ギュウゥ……」
一方体勢を持ち直した山豼は、私に背を向けて茂みの中へと逃げ込もうとしていた。すぐに3本の矢を握りこぶしに挟み、人差し指に挟んだ矢を弓につがえ、弦を引きしぼる。
「逃がさん」
一矢が放たれ、続けざまに中指の矢、薬指の矢と連続で放つ『三連速射』を放った。そして、放たれた矢が山豼の後ろ足を貫く。
「グギュウ!」
山豼は痛々しい叫び声をあげ、後ろ足を引きずりながら森の茂みの中へと消えて行った。
(お、終わったの?)
ようやく正気を取り戻したブルメアが、そんな声をかけてくる。茂みの奥に逃げた山豼は放っておいても遠からず他の魔獣に食われて死ぬ。魔獣が住まう生態系を生き残るには致命的なダメージを負ってしまっているのだから。
「まだだ。短刀を回収するためにトドメを差しにいく」
山豼の追跡は血の匂いと跡を追って行けば済む。
修羅と化した魔獣であれば、痕跡すらも撒き餌にして逆襲を謀る事もありえるのだが、ブルメアの肉体でも対等に戦える今の個体からはそれ程の脅威を感じない。
別の魔獣の気配を十分に警戒しつつ、木々をかき分けていくとソレはいた。
「ミャーッ」「ミャーッ」
「グゥゥ……」
血を流し力無く横たえる雌の山豼と、傷口を舐めようと群がる二頭の子山豼。人間が構成する事のある関係性で示すのであれば、"家族"と呼ぶのが最も近しいだろう。
パンサー種の魔獣は、雄獅子が既にいない場合は母親が狩りをして子育ても行う。
(ま、待ってゾンヲリ。まさか、アレを殺そうとしてるの?)
「ああ、それが勝者の義務だ」
何気なく母山豼の元へと近寄ると、二頭の子山豼が目の前に立ちはだかった。
「ミャーーッ!」「ミャーーーッ!」
一頭を蹴飛ばし、もう一頭を踏みつぶす。
「グァアアッ!」
子に危害を与えられて激昂する母山豼の脳天に目掛け、弓を引き絞る。
「死に果てろ」
一矢を放つ。それが致命傷となり、母山豼の生命活動は停止。死んだのだ。そして、横たわる死体から短刀と矢を引き抜く。
「ミャーーーーーーッ」
踏みつぶされていた一頭の子山豼は起き上がり、成長しきっていない小さな牙を覗かせながら飛び掛かってくる。
私はソレの首根っこを掴むと、母を殺されて憎悪に歪む魔獣の表情がよく見えた。憎しみを抱くのは"ヒト"の特権ではない。生ある者全てが持ちえる権利だ。
(待ってゾンヲリ。もう止めてあげてよ)
「恨むのなら、弱い自分を恨むんだな」
「ミギャッ」
地面に叩き落とし、這いつくばった所を今度は頭を踏み潰した。もう起き上がる事もない。
(どうして……?)
「さて、お前はどうする気だ?」
家族を二名、目の前で殺害された子山豼がとった選択は。
「ミャーーッ」
逃げる事だった。それが、弱者に残された最後の手段だ。だが、それを許してやるつもりもない。
(もうやめてよ!)
「死に果てろ」
一矢を放ち、小さな後頭部を穿つと、最後の子山豼も動かなくなった。
(酷い……ここまでする事はないじゃない!)
ブルメアの言う事は尤もだろう。
「だが、貴女は私を糾弾するだけで止めはしなかった」
(それは……)
「魔獣は賢い。そして、一度覚えた"人間"と憎悪を決して忘れない。あの子山豼が成長しきった時、アレは貴女の喉元に牙を突き立てるためだけにその一生の全てを捧げるだろう。その過程で、別の多くのニンゲンを糧にしてな」
(……何が言いたいの?)
「貴女の進む道というのはそういうモノだ」
(……うぐっううっ……)
脳裏には延々と続くブルメアのすすり泣く声が響いていた。その間に、私は淡々と魔獣の皮を剥いでいく。その作業工程の7割を終える頃に、ようやく声が止んだ。
(ゾンヲリは、私に当てつけるために"わざと"こんな事したのね)
「さて、な。だが、貴女が憎むであろう"あの市長"にも家族がいれば、慕う人間も居る事だろうな」
(じゃあ、私は一体どうすれば良いの……? あれだけ酷い事もイヤな事もされてただ黙っていろって言うの?)
「貴女の好きにすればいい。だが、悩むようならばやめておけ。戦士になる事もな」
戦う為には正当な理由が求められる。だが、"復讐"がその理由と足り得る事などありえない。それでも尚も戦う事を選ぶというのは。
血と闘争に飢えているのだ。
それに目を背けて戦いを始めたとしても、いずれは直視する時がやってくる。
(ゾンヲリは酷いヒトです)
「戦鬼に向けて言うには、いささか平凡も過ぎる言葉だな」
(⌒\ ノノノノ
\ヽ( ゜∋゜)
(m ⌒\
ノ / /
( ∧ ∧
ミヘ丿 ∩∀・;)
(ヽ_ノゝ _ノ
↑こんな感じで巨乳エロフが魔獣相手にマウントポジションをとって「オオッ」とか野太い声をあげながら暴打フォンしてるわけなんだが、こんな展開で大丈夫か?
別に問題ないか……。
ビースキルズパンサーさんの見た目は某最終幻想作品に出てくるク〇ールっぽいイメージで見るといいかもしれない。




