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第四十一話:ブルモルト入手大作戦


 少女の小さな掌から照射されていた【紫色の滅菌光】(ヴァイオレットレイ)が消えていく。これによって黒死病の二次感染の事後処理を終えた少女は、小さく息を吐いてみせた。


「これで、黒死病の殺菌は済んだかなっ」


 見ている分には全くの人畜無害な光なのだが、これが不治の病と(うた)われる病原菌を滅殺するというのだから、世の中何が役に立つのか分からない。


(太陽術とは意外と便利な魔法なんですね)


「ま、私は平気(へーき)なんだけど。このまま他のヒトに接触しちゃうと感染(うつ)っちゃうからな。こう見えて私は結構気を使ってるんだぞ」


 死霊術と太陽術、一方は死に最も近き魔法であり、もう一方は生きとし生ける者達へと恵を与える太陽を象徴とする魔法。互いに相反する性質を持ちながら、少女はどちらも使いこなしてみせる。


 まさしく、少女が持つと生に死が備わり最強に見えると言った所か。


(流石です。ネクリア様)

「ふふんっ」


 少女は嬉しそうに胸を張って見せる。今回は少し照れているのか、少しもじもじしながら横髪をいじっていたりする。唯一無二の長所を褒められると案外くすぐったいのかもしれない。


 などと無駄に思案を巡らせているのだが、少女は慎ましい胸を張ったポーズのまま動かない。


(……どうかなさいましたか?)

「もっと褒めろ」


 そう、少女は少しだけ欲張りなのである。大魔公なのだから当然かもしれない。


(凄いです。ネクリア様)

「うむ。それじゃ礼拝堂まで戻るかっ」


 こうして、満足した少女は礼拝堂でブルメア達と合流し、"ブルモルト入手作戦会議"が開かれる事になったのだ。少女も私も周辺の地理には疎く、地図が無ければ何も始まらない。


 そんな問題を議題にあげた頃、ストネが思い出したように物置へと駆け出したのだ。


「はい。淫魔のおねーちゃん。地図持ってきたよ」

「でかした!」

「えへへ」


 ストネが大急ぎで持ってきたビースキンの周辺地図がテーブルの上に広げられる。少女はじーっと地図を凝視した後、ビースキンから北上した所にある水源地付近にある目星を付け、指差してみせる。


「この岩山なら水源も近いから"ブルモルト"が入手できる洞窟があるかも」


 もっとも、川の源流付近まで山登りしなくてはならない。そのような険しい道のりを一日で往復してくる必要があるのだが。


「ねぇ、ネクリア。この距離を一日で往復してくるなんて無理だよ……。鉱山都市からビースキンまでの距離の半分くらいはあるもの」


「はぁ……正直、これってまずいよな。今私がここを離れちゃったらおばちゃん達の看病出来なくなるし……」


 少女は蝙蝠の翼をうな垂らせており、獣人の少女ストネとエルフの娘のブルメアも顔を見合わせるばかりである。


 今この孤児院に集まっている者達は非力な女と子供ばかり、体力に自信があって戦える者達はサフィが薬草採りに連れ出してしまっている。そして少女曰く、精密な薬の調合には機材と時間を要するのでこの場を離れるわけにもいかないとのこと。


 私が夜狼の肉体を使えば半日とかからずとも往復は可能だが、群れからはぐれた一匹狼は臆病な個体も多い。昼に確実に遭遇して戦闘できる保証がない以上、少女を連れまわして市外に出るのは確実性のかける方法だろう。


(ネクリア様)

「どうしたゾンヲリ。何かいい案でも浮かんだのか?」

(難民キャンプの死体を使いましょう。それで私が山まで走って参ります)


 難民キャンプに行けば、飢えた病死体ならば文字通り腐る程存在する。はっきり言って質は良くないので戦闘には不向き。しかし、現時点で最も確実性のある方法とは、肉体の限界と痛みを"ある程度無視"できる私が岩山まで一人で休まずに走り続ける他にないのだから。


 少女の望む結果が得られるのならば、是非もない。そう思っていた。しかし、少女は首を横に振って見せる。


「それはダメだな」

(何故でしょうか)


「お前さ、前に私を一人にほっぽりだした時にどんな格好して帰って来たか覚えてるか?」


(……それは)


 餓死した子供獣人の身体を借り、獣人狩りを狩った後の夜の話だ。私は獣人狩りに臓物を刺されて負傷し、そのまま垂れ流し続けた血の匂いに釣られてやってきた魔獣と滅びかける寸前まで戦い続けていた。


「大体、末期の黒死病患ったまま走るとか馬鹿な事も休み休みに言えよ。鎮痛剤がなければ激痛で失神してもおかしくないんだからな」


(しかし、ネクリア様が老婆を救いたいと願うのであれば、誰かが痛みを背負わなければ助けられません)


「まぁ、それはそうなんだけどさ。でもなぁ。最低でも狼よりはマシな身体じゃないとゾンヲリ1人には行かせらんないよ」


 八方塞がり、結局のところ他者を救うのは容易な事ではない。こうして平行線のまま時間だけを消費していても老婆は死に近づいていく事になる。


「ねぇ、ネクリア」


 思ってもいなかった方角から手が上がった。翠玉色の瞳でじっと少女を見つめていたのは。


「ん? どうしたんだ。ブルメア」

「私にゾンヲリを入れてみたらどうかな?」


 ……?。何故そのような発想に至ったのか理解が追いつかない。少女も同様なのか、戦士の投石を頬に食らったワイバーンのような顔をしている。暫くの沈黙の後、少女は深くを息を吐いた。


「あのさぁブルメア。今自分が何を言っているのか理解してるか?」

「私の身体をゾンヲリが使えば、お婆ちゃん助けられるよね」


「ああ……。うん、まぁそうなんだけどさ。一応出来なくもないし。だけど良いのか? 色んな意味で」

「色んな意味って?」


 私は少女の身体に関しては大抵の事は知っている。チーズなどの白い乳製品が好きな事。身長、体重、スリーサイズ、生理の周期、筋肉の付き具合、お腹が最近出始めて気にしている事から骨密度に至るまで。そう、それくらい把握できなければ戦士として十全な動作を実現できない。


 他意はない。


「うっ……一瞬悪寒が……」

「大丈夫?」


「ともかくだ。アレだぞ? 魂直結しちゃうとゾンヲリに尻尾触られるレベルのイヤラシイ事されたり、色々恥ずかしい事知られたりしちゃうんだぞ? お前それでいいのか?」


 ……心外だ。私は邪な行動は一切していない。偶々知ってしまっただけなのだ。それに、少女のプライバシーを守るために最近はゴキブリの身体に退避するよう心がけている。


「私に尻尾は生えてないからよく分からないけど……。じゃあ何でネクリアはゾンヲリに今まで身体貸してるの?」


 見事なカウンターで返されてしまった少女は赤面しながら口籠る事しか出来ない。


「う、うう……。な、成り行きだしぃ……? 行きずりエッチするようなもんだしぃ……?」


 辛うじて言い訳を絞りだしたと思ったら、少女はよくわからない事言いながら掠れた口笛を吹きだした。どうやら少女は少し混乱しているらしい。だが、誤解は解かなくてはならない。


(ネクリア様、私はそのようなふしだらな行為をネクリア様にした覚えはありませんが……)


 この身ゾンビとして朽ちようとも、超えてはならない一線を越えるつもりはない。それが死者として現世に留まる者のせめてもの矜持だ。


「ああああああ、もう。話がややこしくなるから今はゾンヲリは黙ってろ」

(はい)


「クスっ」

「何だよ。急に笑い出したりしてさ」

「やっぱりネクリアって面白い子だよね」

「うるさいよ。ばか」


 少女は照れ気味に悪態をついて見せた。


「でも、私は本気だよ。折角の強くなれるチャンスだもの」


 真剣な眼差しで少女を見つめるブルメアを見て、少女も表情を引き締めた。


「……そうだな。でも、さっきまでのは冗談みたいなものだけど、これだけは言っておくぞ。一つの身体に二つの魂を宿らせるのは色々リスクが付き纏うんだよ」


 以前少女が言っていたように、魂は肉体に影響され、肉体も魂に影響されていく。邪霊に憑依された人間は、少しずつではあるがその人格を歪められていく。少女曰く、魂が交じるのだそうだ。


「それで、数あるリスクの中で最も危険なのは、魂の拒絶反応なんだよ」


「どういう事?」


「肉体の持ち主の魂と別の魂では、力関係が段違いなんだよ。よほどの力量差があって肉体の持ち主が弱ってたり、因果の結びつきが希薄だったりしない限りはまずこれが覆る事はないんだ。で、コレが何を意味するのかと言えば、お前がゾンヲリを拒絶したら下手すればゾンヲリが消えるんだよ」


 死者が安直に生者の身体を乗っ取る事は出来ないし、簡単に蘇る事もない。つまるところ少女はそう言っている。仮に邪霊が霊的接触(ゴーストタッチ)を仕掛けてくる事はあっても、精神が影響される程度に留まるのだ。


 だからと言って、受けて気分のよいモノでもないだろう。


「私は慣れてるし、信用もしてるからゾンヲリに身体全部渡しちゃってるけど。お前は違うだろ?」


 ブルメアが固唾を飲みこむ音が聞こえた。


「でも、私は……」


 という事でブルメアさんとの魂直結フラグが立ち、ちょっとだけ大冒険という名の浮気デートとエロフについての話が挟まるらしい。折角弓貰ったのに使わないのは勿体ない。そういう事である。


 なお、肉体のダメージは魂直結中は共有する。当然ゾンヲリさんが重装備を着込んでフルマラソンを開始した場合どうなるのかというと……。


 自衛隊のレンジャーがやる山籠もり訓練以上の苦痛が"マゾではないブルメアさんに"襲いかかってくるのだ。パワーレベリングの道は険しい。

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