第四十話:見事な仕事だと関心するがどこもおかしくはない
火窯に焼べられていた鏡銀の塊が取り出され、叩き台の上に乗せられる。紅く淡く光るソレは、鍛冶職人の手で振るわれる金属製のハンマーによって叩かれる度に、徐々に輝きを放つようになっていく。
汗ばむ程に室内は熱気に包まれており、口を出すのは少し躊躇いたくもなる程に、鍛冶職人の獣人は目の前の仕事に集中していた。
こうして新しい武器に生まれ変わっていく様子を眺めてるのは嫌いではない。むしろ、時間が許すのであれば、今しばらく見続けていたいとさえも思える程に、見事な仕事だと関心するがどこもおかしくはないな。
「嬢ちゃんよ。たった三日でよくもまぁここまでボロボロにしてくれたもんだな」
ソレは元々、私が鍛冶屋から借り受けたコバルトクレイモアであった物だ。
「すまない。少しばかし切りすぎてな」
「なぁに、コイツも本望だろうよ。嬢ちゃんが使えばそこいらのロングソードでも魔剣に成っちまうかもな」
「ご冗談を」
剣にまつわる逸話について語ればキリがなくなる。百人切れる剣ならば魔剣なのか、誰かが百人切った剣だから魔剣なのか、あるいはその両方なのか。どうでもよい話だろう。
やがて、鍛冶職人の獣人が一仕事を終えると、預かり品を立て掛けておく棚にある一本の鏡銀の大剣を手に取り、私に手渡してくる。
「ほら、嬢ちゃんの剣だ。ウチにある"赤熱の種火"じゃ、錆びを軽くとってコバルトで表面をコーティングして誤魔化しただけのやっつけ仕事が限界でな。悪いな」
手に取ると懐かしい重量を感じる。
銀の光沢を帯びたその剣は、かつて血と錆びで汚れていた物とは同一であるとは思えない程に、丁寧に研がれ、打ち直されていた。
「いえ、よい仕事凄いですね」
「それ程でもねぇよ」
そう謙遜する鍛冶職人の獣人ではあるのだが、髭をいじって照れは隠せていない様子だ。
「では、私はここで」
「まぁ何かあったらまた今度も来な。貴重な鉱石や種火を持ってきたら割安で鍛えてやるからよ」
軽く礼をしつつ、鍛造場を後にする。少女以外のヒトに心から歓迎されたのは久しぶりだが、悪い気はしない。
(お、ゾンヲリにしては珍しく機嫌いいなっ)
などと少女から魂の声で無粋なツッコミを受ける程に気が緩んでいたので改めて引き締め、工房の出口に向かう。すると、商品売り場のカウンターの方から口論が聞こえた。
「この弓を貸して欲しいの」
話題の中心であるカウンターの上に乗せられていた弓とは、鏡銀や魔獣の腱などの素材からなる複合弓だ。小動物を狩ったり木の実を落すのを目的とするには明らかに殺傷能力過多な代物だろう。
「いや~幾らおねーさんが綺麗でも流石に貸すのはね~。これでもウチは結構経営厳しいんですから」
「そこを何とかお願い。代金は狩った魔獣の素材で返すから」
「ダメな物はダメですよ。250コバルもするんですよそれ。それに、前に親方が気分でお客さんに貸しちゃったコバルトクレイモアなんて使い物にならなくなって返ってきてるんですから」
それは私の胸に刺さる言葉だった。竜王ベルクトの1ヶ月分の給与に相当する金額を踏み倒したのは少女だけではなかったのだから。
実に世知辛い話だ。
「あっネクリア……いや、ゾンヲリの方ね……」
そう言葉を漏らした口論の主は、翠玉色の瞳で私を視界に捉えたようだ。
「え? こちらのエルフのおねーさんはお嬢さんのお知り合い? うちは武器の貸し借りなんて本来やってないんですから。困りますので変な噂広めないでくださいよ~」
売り子の青年獣人に対しては身振りで無実を訴え、場を治めるべくブルメアの居るカウンターの元へと歩み寄る。
「貴女が何故ここに? 確か施設に保護されているのだと思っていたのだが」
先日、厄介払いするような形でベルクトに引き渡しているためか、ブルメアは少し気まずそうに私から目を反らした。
「……その……」
そして、決心したかのようにブルメアは口を開く。
「また、ゾンヲリに助けて欲しいの」
私に助けを求め、複合弓を欲するブルメアの目的は"暴力"だろう。少なくとも、安穏とした暮らしをするには程遠い道をブルメアは通ろうとしている。
(なぁゾンヲリ)
「……一応話だけは聞いておこう」
(うむ)
ブルメアの強張っていた表情が少しだけ緩んだ。
「その……話すと長くなっちゃうんだけど。今私が居住している孤児院を管理しているお婆さんが今朝に血を吐いて熱で倒れちゃったの。それから――」
要領を得ないながらも、ブルメアは置かれた状況を語っていく。
(う~ん、症状や先日の難民キャンプで見かけた病死体の状態から見るに、もしかしたら伝染病が蔓延しているのかもしれないな)
周囲に奇病が流行り、病に倒れて行くヒトを助けたいという想いから、魔獣の跋扈する外に出て特効薬を探すために、ブルメアは武器を求めていたようだ。
孤児院で支給されたボロボロの麻服という、防御能力など皆無にも等しい恰好のまま。
「……疫病の治療に必要な薬草を採るために一人で……か。自分の身も守れもしないのに浅はかさが過ぎるのではないか?」
「むっ……私だって一度は魔獣をやっつけたわっ」
ブルメアは子供のように頬を膨らませる。一度魔獣を倒せてしまった成功の体験は"慣れ"を産み、慣れは油断を産む。
一度きりの命をいとも容易く葬り去る悪病と言ってもいい。
「……一先ず、貴女を一人にして放っておくのは危険だという事だけは理解した」
「それじゃ……?」
ブルメアは見る見るうちに表情を緩めていく。どの道、薬草摘みは少女の寝床を確保するための金策として必要な事だ。
「ただし、貴女は孤児院で待機だ。私が薬の素材を取りに行こう」
「えっ……? どうして?」
「武器は兎も角、防具すらもない魔獣の餌を連れて行く気はない。足手まといだ」
「私だって少しは役に立てるわ。物持ちくらいなら……」
人助けに執心して食い下がるエルフ娘を説き伏せるのは困難を極めていた。ブルメアはどうも相当に意地っ張りな性格をしている。
「はぁ……一体何が貴女をそうさせるんだ」
「強くなりたいんだもの! 私はもう、誰にも縛られたくないの」
魔獣や亜人狩り。そういった暴力を振りかざさす者達が後を絶たないこのご時世。非力な者は壁の内側に籠るか、強者の庇護の元で身を守るのが普通だ。
だが、その生き方は、一度自由を知ってしまえばえらく窮屈さを覚えるものだ。ブルメアは誰の手にも摘まれる事のない高値の花として返り咲きたいのかもしれない。
「なら、そこのエルフの姉ちゃんにコレを貸してやるよ」
「親方ぁ~~! 何で出てきちゃうんですかぁ~~~! 仕事場に引きこもってて下さいよぉ~~!」
鍛造場側の通路から姿を現した鍛冶職人の獣人は、売り子の青年獣人の反対を押し切りながら複合弓を差し出そうとする。
「いいの……?」
ブルメアの目線は、鍛冶職人の獣人と受け取った複合弓を支える自身の手元を行ったり来たりしている。
「貸すだけだぞ貸すだけ。あと代金は後でちゃんと全部払え。な?」
「本当にウチが潰れちゃいますからやめましょうよ~~。親方ぁ~~」
「このべらぼうが。この嬢ちゃん達が健気に頑張ろうって時にテメェは貸し借りの判断すらもロクに出来ねぇのか?」
……時折、忘れそうになるのだが、私は一応男なはずなのだ。しかし、今の見た目はとてもが三つ程つくくらいに可愛らしい少女だ。そして、少女の姿は割と得をする事が多い。
「ま、どの道。今となっちゃ客足も殆ど途絶えちまって潰れる寸前だからな。だったら俺の打った武器を欲しがる奴に恩を売った方が将来的には得策ってもんだ。覚えときな」
「親方ぁ……」
涙目になっている売り子の青年獣人が少し哀れに思えてくる。これが狙いなのだとすれば、鍛冶職人の獣人も中々に食わせ者なのかもしれない。
この場でブルメアを説得する機会を失ってしまった。
「それと、ついでにこれももってけ。やたらと夜狼の皮を売りにくる妙な連中が多くてな。在庫を余らしてンだ」
そう言って鍛冶職人の獣人が持ってきたのは、狼皮で作られた黒い胸当てだ。
「……ありがとうございます」
「ま、頑張んな」
そうして、鍛冶工房で職人と別れ、ブルメアと共に疫病患者の集まる孤児院に足を運ぶ事にした。
鍛冶職人おじがやさおじ過ぎる気がするが、人の善意に付け込む営業をしているだけなので無問題。いわば新聞の訪問販売で洗剤を売る営業のようなモノなのさ……。
余談だが、『魔王物語物語』というオヌヌメのフリーゲームがあるのだが、そのゲームでは『闇を切り裂く聖剣』という最高クラスの武器の攻撃力が80で、単なる『ロングソード』の攻撃力が105になっていたりする。
ゲームでは実際のところクリティカル倍率がある聖剣の方が強いのだが、英雄が使っていたロングソードなら聖剣に準ずる何かになってしまうというお話。
例えば、ド〇ク〇3だと『タケヤリ』で大魔王ゾーマを倒したら〇ラ〇エ1で入手する『ロトの剣』がプレイヤーにとって『タケヤリ』になってしまうというギャグなのだ。逆にド〇クエ2では『王者の剣』であるはずの『ロトの剣』が『おおきづち』より弱いというギャグなのさ……。
え、どうでもいい? そうですか……。
設定補足
・種火
金属を溶かすのに使う魔法の炎を作り出すのに使う。
赤熱、蒼炎、紫焔と色々種類がある。赤熱ならばコバルトくらいまでは溶解出来る。
しかし、ダークヘヴィメタルを溶かしてインゴットにしたりは出来ない。
・病気
細菌やウイルスが身体の中で頑張ってるせいで悪くなるので、回復魔法で治したりはできない。(むしろ細菌や異物も元気になって死期が早まるもある。ガンとかもそう)
むしろ、病気を治すならドラゴンのブレスに飛び込んで菌ごと滅殺するか、別種の"毒"を飲んで中和したりという手順が必要。