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第三十八話:ドラゴンスレイヤー


 その場にいる者全てが、襲撃者の方角に向き直る。そして、襲撃者の影は燭台の灯火に照らされて徐々に消えていく。代わりに浮かび上がってくるのは、雪のように白い毛並みを持つ一角の獣人だった。


「サフィ!? どうして貴女がここに」


「そんなの決まっている。そこに居る父さんの仇を討つためよ」


 普段のお人よしのサフィを知る者であれば、驚く程に冷たい声色をしていた。サフィが仇と呼んで刃を向ける先に居たのは、亡き父であるミイラと化した竜王の身体を操っている何か。


 ソレは仇と言われても、殺意を向けられても、尚も黙していた。


「君、何か言ったらどうなの?」


「俺が憎いのだろう? ならば俺から言う事は何もない」


 ミイラ男は最初から対話する事を諦めきっていた。


「正直に言うと、今でも何かの聞き間違いだと信じたい。だって君は……」


 短い一時ではあるが共に卓を囲んで時間を共有し、一度は獣人狩りから助けてもらった恩もあった。それが僅かにサフィの決断を鈍らせ、迷わせた。


「化物なのだろう? それともこう言った方が良かったのか? 何か仕方のない理由があってやむを得ず竜王グルーエルを殺したのだとな」


 僅かながらに対話の意思を見せたサフィに反し、ミイラ男は挑発的な語調を強めていく。


「だがそんなモノはない。俺は単に殺したかったから殺しただけだ」


「どうして!?」


「龍を狩るため」


「えっ……?」


 ミイラ男の返答にあったのは、獣人国という獣人(コボルト)の土地にそぐわない存在だった。誰しもが理解に追いつけず、困惑していた。


「龍の王がこの地を守護しているとの噂を聞き、かつての俺は獣人国を目指した。もっとも、実際にそこに居たのは龍の名を語っていただけのあまりにも脆弱な生き物だったわけだが」


 天空を自在に飛び、火炎ブレスで辺り一面を焼き払う飛竜(ワイバーン)。大地を駆け、巨大な体躯で全てを圧し潰し喰らう地竜(レックス)。そして、どちらの性質も合わせ持ちながら、大いなる叡智と精霊をも統べる膨大な魔力を持つ存在を(ドラゴン)と呼ぶ。


 彼らは時折、人の元へと現れては気まぐれで抗えぬ災厄をもたらしていく。故に、龍殺し(ドラゴンスレイ)は人間にとっての最大級の名誉となり得た。


「……まさか……コボルトの将である竜王の噂を聞いて、誤って……殺したって……事?」


 サフィが震える言葉を紡ぎ終える頃には、声から抑揚が抜け落ちていた。


「つまるところはそうなるな」


「ふざけるな! そんな、そんな下らない理由で! 父さんは殺されたの!?」


 サフィは歯を剥き出しにして吠える。


 父を殺されて家を無くし、その身を娼婦に堕とす切っ掛けを作った男が、単なる勘違いで殺戮の限りを尽くして行ったのだ。噴出する怒りを抑えられるわけが、なかった。


「そうだ」


 そして、ミイラ男の感情の籠らない肯定が、サフィの憤怒と憎悪を逆撫でする。


「ッッ!!!! 殺してやるッ!」


 サフィは二つの短刀を引き抜き、己の身を省みず、かつての父の亡骸に切りかからんと飛び掛かる。一方でミイラ男はひび割れた折れかけの銅剣をその場に捨て、無手のまま構えを取る。


「遅いな」


 ミイラ男の喉元をサフィの短刀が貫く事は叶わなかった。軽い金属が地面に落ちて弾ける音が、2度に分けて無情にも鳴っていった。


「あぐっ」

「それに軽い」


 サフィはミイラ男に両手元を掴まれて宙吊りにされていた。


「クッ放せっ! 放せぇッ!」


 サフィは身体を振ってもがく。ガムシャラに叫びながら幾度か蹴りを入れてみたりもする。しかし、ミイラ男は一切怯む様子を見せない。それは、むなしい努力でしかなかった。


「お前はまだ、何も積み上げてはいない。それに、何も捨ててはいない」


 ミイラ男は狂ったように頭を震わせるサフィの顎を完全に固定し、顔を近づける。


「フーッ! フーッ! 何が言いたい! あっああああっ!」


 ミイラ男はサフィの着ている皮服の襟元に手をかけると、一気に下まで引き千切る。ビリビリと繊維は破れ、女性的な部位を守っていたはずの防具は損壊してしまっていた。


 そして、ミイラ男は両手を離してサフィを地面に落す。


「いやあっ!」


 サフィは露出した胸部を隠しながら後ずさる。その様子を、ミイラ男はじっと見下ろす。


「憎悪に身を任せればそれで俺に刃が届くとでも思ったのか? その為にお前は今まで一体何をしてきた」


 獣人狩りに暴行されかけた時の事を想起させられ、女である事を自覚してしまったサフィの戦意は喪失していた。小娘のように、恐怖に引きつった表情で見上げている。


「俺は積み上げて来たぞ? 幾百の屍と、幾千の犠牲をな」


 ただの少年がオウガに至るまでに築き上げた死者の数は既に千は下らない。そして、オウガと成って戦場を駆け抜け、ゾンビと成り果ててからも死体を作り続けていった。


 人も、魔獣も、分け隔てなく平等に。そこには一切の例外も存在しない。人間の英雄が一人作られるのに、それだけの数の犠牲と業を背負っていく必要があった。


「女すらも捨てられないお前に、殺されてやる道理はない」


 サフィに背を向けたミイラ男は、地面に落ちている折れた銅剣を手に取ると、ベルクトに向き直った。


「手間を取らせたな。続きを始めるか?」


「……いえ、もう充分ですので止めておきましょう。サフィの事もありますし……」


 ベルクトは、その場で泣き崩れているサフィに目を向ける。状況はもはや決闘どころではなかった。


「それと、この場でゾンヲリ殿と立ち会って分かった事があります」


「それは?」


「やっぱり貴方はとても恐ろしい人だと言う事です」


「そうだな。だが、俺以上の才と実力を持つ者など幾らでもいる。そういった者達と剣を交えていく気があるのなら、後ろに下がるのだけは止めておけ。ベルクト殿の悪い癖だ」


「……忠告、心しておきましょう」


 

 訓練場を後にするミイラ男と、その後ろを微妙な表情を浮かべながらチョコチョコとついてくる淫魔の少女。そして、その背後からは「絶対に、絶対に殺してやるんだからっ!」という怨嗟に塗れた女の慟哭が続いていた。



「なぁゾンヲリ」

「何でしょうか? ネクリア様」


「正直、『ソウルコネクト』で心を読んでなければお前の事、嫌いになりかけたぞ」


 ミイラ男は少女に返す言葉を失っていた。


「お前は嘘が苦手なのは承知であえて聞くけどさ。何で態々あんな言い方したんだよ。もっとやり方や言い訳は色々あったはずだろ?」


 お人よしのサフィには僅かに気持ちを傾けようとする意思があった。しかし、ミイラ男はそれを真っ向からへし折る形で、過剰と言ってもいい程に追い詰めたのだ。


「仮に、ネクリア様の御父上を斬殺した者が私だったのだとしたら、ネクリア様は私を許す事が出来るのでしょうか?」


 淫魔少女は言われてハッとする。


 最も大切なモノを無残に踏み散らされて、怒りに震えない者は多くない。目の前に仇がおり、復讐を遂げる機会があるのだとしたら、その手に掴まない者も多くない。


「……おい、ゾンヲリ、その質問は卑怯だぞ」


「……一度過ぎ去った過去は二度と変えられません。それに、彼女にとって、私は恨むべき敵である方が後腐れもないでしょう。そして何よりも、アレを誤魔化そうものならば、私は自分で自分を切り刻みたくなってしまいますので」


 人間側という立場から、魔族や獣人側に立ってしまった時、英雄であった者はいかなる理由があろうと単なる大量殺戮者へと変わる。そこに至る過程で踏み潰されて逝った多くの者達が、ゾンビウォーリアーの行動を縛っていたのだ。

 

「じゃあ、お前はこれからサフィの事はどうするつもりなんだ? あの様子じゃもう一悶着くらい事が起こっちゃうぞ」


「彼女が私を殺すに足る程に積み上げたのならば、その時は……」


「あ~あ~止めだ止め。そういうの全部無し」


 淫魔少女はブンブンと顔を横に何度か振ってみせると、頬を膨らませながら上を見上げ、腕で大きくバツ印を形作った。


「第一、勝手におまえに死なれたら私はどうなるんだよ」


「ネクリア様が私を必要としている間はその時はやってきませんので、ご安心下さい」


「なら、いいけどさ……」


 淫魔の少女は渋々といった形で見上げていた目線を下ろした。二人は神妙な空気のまま、借りた肉体を元に戻すために誰も通りがからない共同墓地への道を進んでいく。


「あのさ」


 ぎゅっと、小さな白い手の平がミイラ男の枯れた一指し指を包んだ。


「何でしょうか、ネクリア様」


 不安げな表情で、淫魔の少女は再びミイラ男を見上げる。


「記憶、全部取り戻しても、お前はお前のまま、ずっと私の味方で居てくれるよな……?」


 それは、祈るような少女の願いだった。


「はい。私はネクリア様の敵にはなりませんよ。きっと」

困った時は「敵を殺して経験値を溜めてレベルを上げて物理で殴れ」 んっん~、RPG界の至言だね。


この辺に煽るだけ煽ってサブヒロインの服をアーマーブレイクしていく主人公がいるらしい。

作中の範疇ではまだ一月すらも経っていないのに、魔獣の斬殺死体を2百から3百程度作った奴もいるらしい。


飛竜とタイマンしちゃうようなハルバ殿も、ゾンヲリさんと同じような事を素でやってたりするので、大体皆クレイジー。

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