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第三十五話:のぶれすおぶりーじゅに目覚めるネクリアさん十三歳


 一悶着はあったものの、鉱山都市で連れて来た全ての奴隷達とも別れ、少女を背に乗せて久しぶりの二人きりの旅をしながら城塞都市ビースキンを目指していた。


 到着までに数刻とかからない程度の道のりではあるのだが、少女は運動を嫌うので狼の背に跨りたがる。


「……ふぅ」


 上体を起こした姿勢のまま、少女は謙虚で慎ましい胸を撫でおろしてみせた。


「ネクリア様、どうかなさいましたか?」


「なんかどっと疲れたな~って」


 少女は難民キャンプで獣人達と別れるまでの間、薬草を摘んでは傷薬を調合して手当てをしたり、不安そうに怯える子供獣人を明るく元気づけてきたのだ。


 少女の献身が喜び褒め称えられるべきなのは確定的に明らかだろう。


「色々ありましたからね。お疲れ様です。ネクリア様」


「ん、うむ。お前もお疲れだぞっ」


 少女は少し照れ臭そうに返事をするや否や、急に私の首元の毛皮をガシっと掴みだす。そして、二日ぶりの密着感を背中で感じる。


「うっ、ネ、ネクリア様」


 思わず悶えそうになるが、少女は気に留めてくれない。


「ふふん、やっぱりこの姿勢の方が楽だなっ」

 

 舗装された土道を渡る者も今となっては私と少女しかいない。人目が無くなってしまった以上、少女は背筋を伸ばし続ける理由がなくなってしまったのだ。


「さ、先ほどまでのように姿勢を正された方が凛々しく見えますよ」


「いや、だって、スカート敷かずに跨るとお前の体毛でチクチクするし、実は股関節だってずっと痛かったの我慢してたんだからなっ」


 確かに、騎乗生物は正しい乗り方をしなければ股関節を痛める。少女の体格では寝そべりながらしっかりと抱き着いた方が色々な意味で安全なのかもしれない。


 主に私の精神衛生上の問題を除けばだが。


「ですが……」

「お前だってこうした方が嬉しいだろ? にひひ」


 少女は小悪魔のように笑いながら強く身体を押し付けてくる。た、確かに、暖かな感触を全身で味わえるのは……いかんいかん。


「お、おふざけは止めましょう。前みたいに振り落としてしまいますよ」


「むぅ……わかったよ。ゾンヲリはかれこれ3日間働き詰めだし、久しぶりにご褒美くらいくれてやろと思っただけなんだけどな」


 少女は少しだけ身体を離してくれた。


「ネクリア様、私の事は気にせずとも大丈夫です。慣れてますので」


 それに、奴隷に褒美など必要ない。


「はぁ……お前は毎回そう言うけどさ。上の者は下の者に与えてやる義務って物があるんだよ。『のぶれすおぶりーじゅ』って奴だなっ。それに、ベルクトだって国を守ろうと必死に頑張ってるのに、私は相変わらずお前に頼ってばかりで何にもできないし……」


 鉱山都市から元獣人奴隷達を連れて来た事で、少女は人を率いる事の難しさと背負う物の重さを知ったのだ。そして、竜王ベルクトが国守として見せた覚悟は、魔族国から逃亡する事しかできなかった少女に眩しく映ったのかもしれない。


 だからなのか、少女は少し気負い気味だった。


「それは違います。ネクリア様は自分の出来る事を立派にやっておられます」


「ふえ?」


「ネクリア様は悲観に暮れる獣人達を励まして笑顔にしてきました。それに、ネクリア様の作られたポーションで命を繋いだ者もおります。それは、人を殺す事しか能のない私には到底成し得ない」


 私の剣は壊す事は出来ても、何かを創り出す事は出来ない。私が通った後には悲しみに暮れる者達しか残らない。それが、私の持つ暴力の限界だ。


「ネクリア様の優しさは人々の明日を創り出す事が出来るのです。だからこそ私は、今もネクリア様に仕え、その先を見届けたいと思っているのです」


 ……実の所、私はその気になれば少女の元を離れる事が可能だ。私は死霊でありながらも生者の身体を操作出来る。即ち、手頃な肉体を探し出し、それに憑依して身体を乗っ取ってしまえば自由を得られるのだ。


 もっとも、そのような事をしてまで生きる意味を見いだせずにいるのだが。


「なぁゾンヲリ……お前ちょっとそのキザな台詞どうにかならないのか。その……困るぞ。色々と」


 首を後ろに回して見上げると、頬から汗を伝わせる少女の顔が見えた。


「申し訳ございません。ですが、少しネクリア様に元気になって欲しかったので、頑張りました」


「……私はお前の事を童貞だとばかり思ってたけど、そうやって今までに何人の女を泣かせてきたんだ。言ってみろ!」


「ああ、おやめくださいネクリア様。それはっ! ああっ♡♡! いけません。ああああっ♡♡♡♡!」


 

 凄く落ち着くまでに時間がかかった。本気になった淫魔の絶技をその身に受けてしまえば男など無力にも等しい。


「ふふん、他愛もない」


 足腰が完全に砕けてしまって横たわる事しかできない私を、少女は傲慢謙虚な胸を張りながら見下ろしていた。


「ネ……ネクリア様……も……もう少し手心を頂けると……」

「ば~か。これに懲りたら私以外の女に対してキザな台詞を吐くのは禁止だ」


 少女はスカートを抑えながら私の眼前にしゃがみこみ、私の鼻先を指で弾いた。


「はうっ……」


 少女は満足そうに笑っていた。どれだけ辛い出来事があっても笑えるのは、少女にしか持ちえない強さなのだ。


「なぁ、ゾンヲリ。私はお前が戦いの時以外で笑う所も見てみたいよ」


 思い返してみても、私は戦い以外で笑っていた記憶がなかった。表情の作り方を意識した事など一度たりともない。私は少女と違って、そのようなモノを必要とはしてこなかった。


「申し訳ございません。狼の顔での笑顔の作り方が分からないのです」


「そういうつまらない冗談は不要だ」


 少女は少し残念そうに目線を下げてみせる。


「……申し訳ございません」


「ま、それは今後の課題にしておく。笑い方くらいは今度練習して思い出しておけよ。私の顔でいつまでも怖そうな仏頂面をされてたら私の品位まで下がってしまうからなっ」


「善処致します」

「うむ、よきにはからえ」


 私は身体を起こすと、少女は私の背によじ登ってしがみ付いた。


「早い所ビースキンの宿まで行こうか。お腹も減ったし、臭いだって気になるし早くお風呂に入りたいよ」


 少女はすんすんと片腕を嗅いでみるような仕草をしてみせる。今の私が使用している狼の肉体は聴覚と嗅覚が非常に優れている。そして、少女は私に触れ続けているせいか強い獣臭がこびり付いてしまっている。


 しかしながら、熟成した腐乱死体(ゾンビ)の臭気を放っていた頃と比べると少々物足りない。だが、その匂いも嫌いではない。むしろ好きだ。


「勝手に人の匂いを嗅ぐなっ変態」

「はうっ!」


 迂闊な思考を巡らせると『ソウルコネクト』で読まれて咎められる。もう幾度ともなく繰り返した流れだ。


「しかもロリコンな挙句にマゾだとか、本当、お前って救いようがない変態だよなっ」

「はうあっ違います! 不可抗力です。」


「ふふん、嘘つけっ」


 それから暫くの間無言のまま道を駆け抜けていると、少女の黒くてしなやかな尻尾が私の短い尻尾に触れた。その時間はそれ程長くはなかったが、少女が小さく身悶えたような気がした。


「ネクリア様?」


「なんでもない」


 気になって少女の方へと首を回すと、少女は何故かぷいっと顔を反らしてしまった。

設定補足

 サキュバスにとって尻尾とは弱点であり、パンツは脱いでも尻尾は触れさせるなという格言まであるくらいなのだ。つまるところ、尻尾を触れさせるのは非常に親しい間柄だけなのである。


 なので、ネクリアさん十三歳はパパ活エッチの際に無理矢理尻尾を握ったりするとすごーく怒る。という非常にどうでもいい裏話がある。

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