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第三十四話:臆病者が意地をみせる


「この先にある仮設テントで話し合いましょう。難民達に聞かれてしまえば動揺が広がる事になってしまいますから」


 ベルクトに案内された先には、治安維持部隊が駐屯する区画に設立された会談用の仮設テントがあった。そこで私は少女の身体を借り、鉱山都市で見聞きした事の全てをベルクトに伝えたのだ。


 近日中に人間の傭兵団が派兵される事、鉱山都市で獣人達の蜂起が起こった事、奴隷となった獣人達の末路、市長の野望、その背後に居る帝国の存在。いずれにおいても素面で話せば荒唐無稽と一蹴されそうなものだが、ベルクトは真剣に聞いていた。


「……ゾンヲリ殿、それは本当の事なのでしょうか?」


 私が話終えた後に返されたベルクトの問いに余裕を感じられない。まるで悪い冗談であって欲しいといった願望にも似た感情が見え隠れしている。


「事実だ。ベルクト殿が信じるも信じないも好きにすればいい。だが、近いうちに戦争になる事だけは覚悟しておいた方が良いだろう」


「……いえ、信じましょう。鉱山都市を監視させていた伝令から受けた報告とも内容が一致します。グールの件も含めて合点がいきました」


「それで、獣人国は今後どうするのだ?」


 獣人国の戦力はお世辞でも戦争に耐えきれるモノではない。ベルクトを頂点とした武力、大量の難民を抱える事による食糧事情の困窮、孤立無援の外交状況、誰が考えたとしても"通常の方法"ではどうにもならない事は確定的に明らかだろう。


「……それは、二日後に開かれる元老会議によって審議される事になります。ただ、何事も無ければ元老達はニンゲンに降伏するという方針をとる事になるでしょう」


 人間の支配からの解放と自由を望み、元奴隷獣人達は難民キャンプを目指した。降伏という手段をとった場合、彼らは深い絶望の底に沈む事になる。


 勿論、元老やベルクトがそれを理解していないわけがない。


「ならば、お前達はここまで逃げて来た難民達を見捨て、更なる重苦を課すのを是とするのか。戦わずして、ただ奪われる事を受け入れさせるのだと」


「……ゾンヲリ殿。我々は弱者です。我々がニンゲンと戦って敗北すれば、降伏する時以上の重い代償を支払う事になります。元老達はそれを恐れているのです」

 

 "元老達は"と述べたベルクトに納得の様子は見られない。


 獣人国の最高意思決定機関が『元老会議』であり、竜王ベルクトは軍人であって政治家ではない。国家運営に関しては強く口を出す事は出来ないのだろう。


「敗北を前提とするならば、降伏は早い方が犠牲が少ない……か。それにベルクト殿は納得しているのか?」


 しかし、ベルクトが今この場に居る事こそが、降伏を諦めていない証拠だ。


「いえ、そのような未来は認められません! 我々は、なんとしてでも自由を勝ち取らなくてはならないのです。例え、我々がどれだけ弱くても。抗ってみせなければ先代竜王のグルーエル様に申し訳が立ちません」


 ベルクトの瞳に戦意が灯る。


「だが、現状無策のままでは元老の決定は覆られないのだろう?」


「……そこで、ゾンヲリ殿にお願いがございます」


「力が欲しいか?」


「はい。ゾンヲリ殿にはグルーエル様の身体を用いて私と戦って頂きたい」


 ベルクトからの返答は私の予想に反していた。


「理由を聞いても?」


「仮に、ゾンヲリ殿がグルーエル様の身体を用いてニンゲン共と戦い、勝利を納める事は可能でしょうか?」


「手段を択ばないのであれば、出来なくはない」


 竜王グルーエルは"英雄"の肉体だ。それで大量の弱者を同時に相手にするのはそれ程困難な事ではない。


 戦場で脅威となり得る遠隔攻撃に対する有効な対処法は同士討ちを狙って混戦に持ち込む事。つまり、奇襲を仕掛け不死の防御力に任せて肉薄してしまえば、敵の火力を一気に削る事が可能だ。


 敵部隊の強力な後衛さえ蹴散らしてしまえば、獣人達の練度や武装でもある程度は戦えるようにもなるだろう。


 私以上の強者や神官を含んだ編成と遭遇した場合や、奇襲を見越して罠を張られていた場合には素直に諦める他にないのだが。それもまた、時の運だ。


「仮に私がゾンヲリ殿に勝利する事が出来るならば、私は竜王としてニンゲン共から獣人国を守り、務めを果たす事が出来ると言えるのではないでしょうか?」


「それが本当に可能ならば、な」


 ベルクトの戦闘評価はグールと同程度とみている。記憶に残る竜王グルーエルの強さから判断すると、水準は1段階は落ちる。


 『軍』を相手にするには明らかに力不足であり、『隊』を相手に苦戦を強いられる程度だ。


「ゾンヲリ殿」


「何か?」


「あれから考えたのです。貴方に頼ってニンゲン共を追い払った先に、獣人国の未来はあるのだろうかと」


 少女も私もいつまでも獣人国に留まるわけにはいかない。何より、自国の防衛力の全てを他国の強者一人に委ねるような真似をすればどうなるか。


 外交や政治に疎い私程度ですらも簡単に『破滅』が思い浮かぶ。ましてや、そのような下らない重りを少女一人に背負わせるつもりはない。


「無いだろうな。支配される先が代わるだけだ」


「はい。その通りです。誰かに全てを委ねた先に真の自由は得られないのです」


 獣人コボルトは弱い。


 帝国の魔道銃のような兵器を製造する技術はなく、魔族のように強力無比な魔法を放てるわけでもなく。豊富な資源もなければ、人口も多いわけではなく、一人で戦局を変えられる程の英雄もいない。


「だからこそ、グルーエルの肉体を持つ貴方に私が勝つ事で、獣人(コボルト)が自身の力で国を守れる事を証明したい。これ以上奪われる事のない未来を作りたいのです」


「そうか」


 ベルクトは意思の宿る瞳で真っ直ぐと見据える。彼は自身が弱い事を自覚しても尚も抗う事を選び、獣人国の英雄となる覚悟を持っていた。


「決闘は受けて頂けますか?」


「構わない」


「でしたら、明日の未明、ビースキンの兵士詰所にある訓練場まで来てください。人払いを済ませて施錠は外しておきます」


「承知した。それと一点ベルクト殿にお願いがある」


「何でしょうか?」


「天幕の外に居るエルフの娘、ブルメアというのだが、彼女の保護をお願いしたい。鉱山都市で暴行を受けているためか、男性に対して非常に強い嫌悪感を持ってしまっているのだが――」


 ブルメアが難民キャンプで過ごしていくには複雑な問題を抱え過ぎている。孤立無援の異種族であり、男性恐怖症を患っており、人間に対する強い復讐心を持っていた。


 そして、私や少女が現状のブルメアをどうこうしてやる事は出来ない。


「同じ精霊信仰の民として、我が国はエルフ族とも僅かですが国交もあります。ブルメア嬢については私の方から取り計らってみます。安全に住める場所くらいでしたら用意できるかもしれません」


 エルフは風、コボルトは地の精霊を信仰し、僅かながらも対応する属性の精霊魔法を行使出来る者もいるのだそうだ。そして、土木建築や狩りといった生活の為に使用され、文化の形成を担っている。


 一方で人間は魔導兵器を製造し、魔族は大量殺戮を目的として精霊魔法を行使する。少女が"野蛮な物"と称するソレもようは使いようなのかもしれない。


「ベルクト殿のご厚意に感謝する」

「いえ、こちらこそ奴隷を解放して連れて来て下さり、ありがとうございます」


 ベルクトとの会談を終えて天幕の外へ出ると、夕日が差し込んできた。ブルメアは私を発見すると、休憩用の簡易椅子から立ち上がり、近づいてくる。


「終わったの?」


「ああ、これで私達とお前との関係も終わりだ」


「……え?」


 ブルメアは開いた口が塞がらない様子だった。

ベルクトさんがアップを始めたようです。

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