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第三十三話:逃亡の果てに広がる難民キャンプ


 城塞都市ビースキンへと続く林道を抜けた先には難民キャンプが広がっていた。


 最初に目に留まったのは上空に立ち昇る煙だ。視線を火元に移せば炊き出しが行われており、ボロボロの身なりをした獣人達が石と塩と僅かな具だけが入ったスープを貰うために並んでいる。しかし、飢えを凌ぐにはあまりにも質素な食事だった。


 地べたを見下ろせば、伏したまま動かない獣人達が散らばっていた。肩口から血を流し、既に死に絶えている者さえも居る。だが、通りがかる者達は蠅の集る死体に対して気に留める様子を見せない。


 それが、この難民キャンプにおける当たり前の光景なのだ。


「……ここも、酷い状態だな」


 少女は呟くと、私の毛並に触れる。少女に付いてきた元奴隷獣人達は呆然と立ちすくんでいた。救いを求めて逃げた先にある新しい生活に、希望など無かったからだ。


「私達……これからどうなるの?」


 小さな元奴隷獣人の女の子は不安そうな調子でそんな言葉を漏らすが、少女は返す言葉を失っていた。彼らの生活全てを賄う事など、今の少女には到底できうるはずもないからだ。


「えっと……ここで生活してもらうしか……」


 非情であっても、こう述べるしかない。申し訳なさそうに、少女は頭を下げた。


「ふざけるな! それじゃあ、ボク達は一体何のために鉱山都市から此処まで逃げて来たんだよ!」


 勝手極まりない怒声を飛ばす元奴隷獣人の青年。このまま放置すれば不満は爆発し、怒りの矛先は少女に向かうのは明白だ。


「ワウッ!」


 牙を向け、怒声を飛ばした獣人を咎める。暴動を治めるならば暴力をちらつかせて脅すのが一番手っ取り早い。


「ヒィッ」

 

 少女は威嚇に怯える青年と私の前に割って入る。


「やめろゾンヲリ。元はと言えば、私がお前に奴隷を助けるように頼んだせいなんだから。その……この毛皮で少量だけど金と衣服くらいにはなるはずだから、それで暫くは凌いで欲しい」


 少女は私の腰に取り付けた毛皮入れ用の麻袋から黒い狼の毛皮を取り出して見せる。


「……分かったよ。ボクも少し強く言い過ぎた。すまなかった」


 元奴隷獣人の青年は毛皮を手に取ると、難民キャンプの中へと混ざって行った。他の獣人達も青年に続き、毛皮を持ち去っていく。


「おねいちゃん。ありがとう」

「貴女のおかげで私達は地獄から救われました。今の私達には何も返す事は出来ませんが、このご恩は忘れません」


 礼を述べる余裕のある者が居たのは、救いだった。


「あっ……うん、そうだなっ。辛いだろうけどこれから頑張れよっ」


 落ち込みかけた少女だったが、持ち前の笑顔で手を振りながら獣人達を見送って行く。やがて、獣人達が難民キャンプの人込みに完全に溶け込んで行ったのを見届けると、少女は小さく溜息を漏らした。


「ゾンヲリ」

「ワウ(ネクリア様?)」


「私さ、やっぱり間違ってたのかな……。アイツら助けるつもりで、私は結局何にもしてやることができないし……。あの毛皮だって、元はと言えばお前が用意してくれたものだよな」


「ワウ、くぅ~ん、ワウ(ネクリア様、それがあの者達の選択です。それに、彼女達がネクリア様に向けた感謝は本物です。誇っても良い事だと思います)


「それだって、本来はお前が受けるべき報酬だろ? 私は何もしていないよ」


「ウウ……ッワウ、ウウ……、ワウッ!(暴漢に襲われた人が見え、目の前に剣が落ちていた時、その手で剣を拾い、戦って救う意思を見せたのはネクリア様です)」


 武器を振るう者の心持ち次第で如何様にも状況など変わる。少女は奴隷獣人達を救おうとしたが、私は助けるつもりなど毛頭もなかった。その気になれば奴隷獣人達を無理矢理盾にする事もできたのだから。


 単なる(ロングソード)でしかない私に感謝の言葉を述べるだなどと甚だおかしい話だろう。


「ん……、でもさ、お前はそれでいいのか?」


「ワウッ(構いません)」


 少女の剣に成ると決めて以来、そう在れるならばそれで良かった。所詮私はゾンビだ。死者は死者でしかなく陰の中でしか生きる事を許されない。


 今さら日の目を見るべきでもない。


「せめてもの礼だ。撫でてやるから頭をちょっと下げろ」


 少し寂しげな表情を見せた少女は手を差し出して来たので、言われた通りに頭を下げる。


「くぅ~ん……」


 少女の完璧なまでの調教技術に悶えるのも何度目だろうか。下顎を撫でられたり、額や鼻先を弄くり回される度に、支配される事の心地よさを身体に刻み込まれてしまう。


「よし、それじゃ私達も行くか」

「ワン(はっ)」


 少女は慣れた様子で私に跨ると、進路方向を指し示してみせる。私はそれに従って難民キャンプの地をかき分けながら進んで行く。向かう先は城塞都市ビースキンだ。


「……」


 獣人達がすれ違う度に一度足を止めてコチラに振り返ってくる。魔獣に騎乗する淫魔とその背後をじっと付いて来るエルフの娘という異様な面子は嫌でも目に付くからだからだ。


 狼の姿のまま人前に出ると混乱を招きそうではあるのだが、鎖付きの奴隷用首輪を取りつけているので問題ない。どう見ても私の事は完璧に飼いならされた人畜無害な家畜にしか見えないだろう。


 どちらかと言えば、ブルメアの方が問題だった。


「お、そこのエルフ、そこのテントで俺と一緒に愛の巣を育まないか? 金や食料なら結構出すぜ?」

 

 体格が良く健康的な獣人の男が指し示した先にあるのは仮住居の白いテント。中からは行為に励む音が漏れており、野次馬達が中の様子を覗こうとしていた。


 難民キャンプのような治安の悪い場所ならば、当然の如くこの手の輩は現れる。比較的余裕のある者は金と食糧を餌にして春を買うのは別に珍しい事ではない。


 男はブルメアの元に近寄って肩や肌に触れると、その手は勢いよく払い退けられた。そして、ブルメアは鋭い目つきで睨み返したのだ。


「男が私の身体に触らないで」


 男はブルメアの胸元に刻まれた奴隷紋を見て、舌打ちをする。


「チッてめぇ。奴隷上がりのエルフの分際でお高く留まりやがって」


 場は剣呑な雰囲気に包まれていく。プライドを傷つけられ、怒りを露わにした男はブルメアに掴みかかろうとする。


 見かねて威嚇を考えたが、すぐにその必要はなくなった。


「おい、そこの! 何をやっている!」


「クソ、警備兵か」


 聞き覚えのある威勢のいい声が響いて状況は一変したのだ。状況を察した男は脱兎の如く逃げだし、人込みの中へと紛れて行った。


 遅れてやってきた声の主は当代竜王、ベルクトだった。


「大丈夫ですか。この辺りは婦女狩りが現れる事もありますので、一人で出歩くのは気をつけてくださいね」


 ベルクトは優し気な調子でブルメアに言い聞かせる。


「ええ、ありがとう」


 ブルメアはベルクトからも数歩距離をとり、余所余所しい態度で礼を述べた。


「ベルクトがこんな所でどうしたんだ?」


「今はネクリア様、の方でよろしいのでしょうか? どうもご無沙汰しております。私はここで難民キャンプの治安維持のため、警備をしているのです」


「ふ~ん、獣人国の将軍である竜王なのに、下っ端みたいな事もするんだな」


「竜王である私が見回るからこそ、辛い生活を強いられる民達の不安を少しでも和らげる事が出来ると思うのです。……大変お恥ずかしい話ですが、今の私には、民達に対してそれくらいしかしてあげる事ができませんから」


 国の守り人であるベルクトが難民達を見捨てていないという姿勢を示す事で、希望を捨てて自棄になる難民達を減らしているのだろう。獣人国の民達の安全と安心を守る為に奔走する彼の姿は、正しく竜王として恥じないものだった。


 少女が少し感銘を受けている程である。


「すごいな……。今までは単なるロリコンだとばかり思ってたけど、私、見直しちゃったよ」


 少女にとってのベルクトとは、スラム街で春を売っている少女にご飯を奢ってくれる青年くらいの印象だった。


 人の業とは、簡単に清算出来るものではないのだ。


「あ、あの……ネクリア様。あまりそういう事は言わないで下さいませんか……その、少し前に注意されたばかりですので……」


 小声で少女に耳打ちするベルクトの姿は先ほどの立派な状態から程遠い物になってしまった。ブルメアのベルクトに向ける視線が、あからさまに汚い物を見るような冷たい物に変わっていく程である。


「そ、それで、ネクリア様が鉱山都市から戻られたという事は、何か情報を掴まれたのでしょうか?」


 ベルクトは取り繕う事を諦めて、本題を切り出したのだ。

ロリコンの業は、消えない!

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