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第六話:錬金術の悲劇


 ネクリア様からお屋敷の掃除を任命されたので、麻袋を片手に手当たり次第にゴミを拾っては詰め込んでいる。ゴミの内容は様々だが、特に多いのが肉片だ。腐乱死体の域に達したゾンビは歩くだけでその身をそぎ落としてしまう。その肉片はカーペットやドアに付着して異臭やヘドロの原因となる。


 とにかく一か所に集めて隔離する必要があったので、地下の暗室にまとめて放り込んでおく事にした。屋敷の外に放り出すと異臭騒ぎで怒られるらしい。世知辛い話だ。


 これで第一のノルマは完了した。少女に報告するためにロビーに向かうと、そこには羽根ペンを片手に持ちながらイチゴを頬張っているネクリア様がいた。


「ネクリア様、屋敷に散乱している肉片を地下室にまとめておきました」


「うむ、掃除ご苦労、大儀であったぞ。そこに直るがよい」


「ははー」


 ネクリア様は腰に手を当て、慎ましい身体を胸いっぱいに張って見せ、【ヴァイオレット・レイ】を正座待機している私にかける。紫の光に照らされながら可愛らしいご尊顔を崇めるのが最近の日課だ。気休め程度の除菌作用とはいえ、こうやって気にかけてもらえるのは嬉しい。


 少女の掌から紫の光が消える。


「ネクリア様、ですが大量の肉片をどうやって処分しましょうか……」


「それなら燃やせばいいじゃないか」


 少女の案は実に手っ取り早い方法だった。埋めるにせよ投棄するにせよ、運ぶのは大変だし場所も取る。燃やしてしまえば後に残るのは遺灰だけだ。


「ネクリア様は【ファイアーボール】等を使えるのでしょうか」

 

「何で私がそんな暴力的魔法を使えると思ったんだよ」


 ……ネクリア様が使うには確かに似合わない。だが、魔法に対する造詣の深さはこれまでの会話から推し測る事が出来た。だからなのか、少女が【ファイアーボール】を使えない事に驚きを隠せなかったのだ。


「てっきりネクリア様ならその程度の魔法なら使えるのだとばかり……」


 微かに思い出した記憶では【ファイアーボール】は人間の魔法使いであれば容易に使用できる部類の魔法だ。熟練した者であれば無詠唱で連続発動できる者さえもいた。はずだ。


「ゾンヲリ、私は【精霊魔法】は殆ど使えないんだよ」


「それはどうしてでしょうか?」


「だって普通に生活してればあんな魔法役に立たないだろ?」


 ネクリア様が【精霊魔法】と呼んだモノは実生活上では滅多に役に立つ事はない。その殆どが戦争や加害を目的として使用されるものだ。火を焚くには威力が強すぎるし、魔力を使い果たした状態で身に余る魔法を使おうとすれば逆凪(バックブラスト)し、術者自身は己の発動しようとした魔法で焼かれて致命傷を負う事になる。


 魔法の使用は少なからず危険を伴う。戦闘に携わらないのならば使う事もない。


「そうですね。ではどうやって燃やしましょうか」


「う~ん、そうだ! あそこにイイ物があったな。ついでだし丁度いい、一つお前に頼みがある」


「なんでしょうか、ネクリア様」

「とりあえずついて来い」

「はい」


 言われるがままに少女の後を付いていくと屋敷の中ではかなり清潔な一室に案内された。まず印象に残ったのは匂い。腐臭とは違う独特な薬剤の香りが部屋中に立ち込めている。辺りを見渡せばガラス張りの棚があり、その中にはたくさんのガラス製の暗色瓶が置かれている。


 暗色瓶にはラベルを張られて色分けされており、中には『危険物取扱注意』と書かれているものもあった。


「此処は錬金室でな、ゾンビ対策グッズの開発が行われているんだよ」


「何やら調合された薬がたくさん置かれてますね。これ全てネクリア様が作られたのでしょうか」


「うむ、尊敬してくれてもよいのだぞ?」


 年頃の少女が得意げに胸を張ってるのを見ていると何だか心が洗われる。少女に対して誠心誠意を尽すべく、正座して伏してみせる。


「ははー、敬服致しました」


「むむ、そこまで畏まられると、何かちょっと照れるな」


 はにかみながら後ろ髪をいじってる様子が愛くるしい。やがて、少女はガラス棚から一本の蓋付きの試験管を取り出し、私に差し出して見せる。

 

「これは何でしょう?」


「私が新しく開発した香水なんだが、コイツをちょっと嗅いで欲しいんだ」


 試験管ラベルには『ベリアピール105号』と書かれている。105という号番にはネクリア様の試行錯誤と歴史が積み上げられているのかもしれない。


 ネクリア様は小さな指で試験管の蓋を開けて目の前に差し出してくる。すると、揺らめくように香りが立ち昇り、鼻先をくすぐってくる。


「柑橘系の香りがしますね」


 嫌な臭いではないが、少しばかし刺激が強いかなとも思わなくはない。


「うんうん、そうだろうそうだろう。それでだな、ゾンヲリ。今からこれを私に付けてみるから匂いを嗅いでみてくれないか?」


「よろしいのですか?」


「うむ、やっぱり自分で付けると自覚が持てないから人に嗅いでもらわないとな」


「分かりました」


 少女は『べリアビール105号』を指に一滴だけ垂らした。すると、芳醇な香りが周囲に立ち込め始める。香水は揮発することでより強い香りを発するのだ。


「じゃあ、塗ってみるぞ。後あんまり顔は近づけるなよ!」


 ネクリア様は後ろ髪をかき上げ、自身の首筋に香水を塗って見せる。その仕草は少女ながらにも色と艶を感じさせるモノだった。


「どうかな? 正直に言ってくれていいからな!」


 少女の匂いを嗅ぐ、それは少しばかし背徳的な行為に思える。しかし、ネクリア様に頼まれてしまったのだから仕方がない。湧き上がる興奮を抑えながら冷静さを保つ事にした。


「それでは失礼します」


 すんすん、とその場の残り香が嗅いでみる。


 香水の力とは、ただの少女に使えば愛らしさに香りが備わり最強に見える。だが、ネクリア様がつけると死臭に強烈な刺激臭が交わり頭がおかしくなってくる。衣服と身体にこびり付いた死臭は香水如きで簡単に消せるものではない。



 一言で控えめに言って、臭い。



 どれくらい臭いかと言えば、腐った果実をオルゴーモンで煮詰めたような臭い。何を言っているのかが分からないと思うが、そういう臭いだ。


 だが、そういう臭いは、嫌いじゃない。むしろ好きだ。だから正直に答える事にした。


「"私は"、ネクリア様の"(にお)い"、好きですよ」


「ゾンヲリ、今の間は何だ。はっきりと言え」


 どうやら見破られてしまったらしい。

 ジト目で疑われては仕方がない。

 もはや退く事も叶わず、覚悟を決める。


(くさ)いです……ネクリア様、どちらかと言えば脱臭方面に工夫を…グハッ」


 心臓の位置を目掛けた音速の鉄拳が私の皮鎧を叩いた。


「あああああああああああ!」


 咆哮する魔獣の如く少女は叫ぶ。この結果は分かっていた。


 しかし、見事なハートブレイクショットだと感心するがどこもおかしくはない。ネクリア様は戦闘が不得意だと自称している。だが、放たれたその威力は並みの人間であれば心停止してもおかしくはない程のものだ。


 やがて、我に返った少女は半泣きな様子で私を睨んだ。


「嘘でもいいから臭いって言うのだけはやめてくれよ……」


 ネクリア様は自身の臭いに対して相当にコンプレックスを抱えていた。


「また、次がありますよ」


「……そうだな。グスッ」


 正論は時に人を傷つける。誰しもが悩みを抱えている、それをずけずけと指摘するのは必ずしも正しい事だとは言えない。現に、ネクリア様の尊厳を傷つけてしまっただけで誰も得はしなかった。


 そうして、一つの香水の一生はひっそりと幕を閉じ、錬金室から入手した燃焼する液体を使用して死体を焼却処分する事にしたのだ。


 

精霊魔法を実際の生活に使うのは案外難しい。

一番役に立つ魔法は最下級の魔法である【発火(イグ)】だったりする。

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