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第三十話:紅い月が照らす夜狼の群れ


「――それで、私は先代竜王のグルーエルを単身で討ち取り、鉱山都市を攻め落としたのです……が……」


「んん……すーっすーっ」


 私の話が終わる頃には少女は寝息を立てていた。机の上に寝そべり、涎を垂らして眠っているのだから案外器用なものである。


「……既に眠られてしまいましたか」


 奴隷剣闘士としての生活を語っていた時点で、既に少女は寝ぼけ眼で私の話を聞いていた。それ以降の血生臭い話の方は殆ど聞いてなどいないのだろう。


 それはそれで良かった。つまらない話でも子守唄程度にはなるのだから。


「ネクリア様、そんな恰好で寝ていては風邪をひきますよ」


 入り込んでくるのは冷たい風。それを遮る扉は既に損壊しており、窓も開け放たれたまま閉じる事は適わない。他の元奴隷獣人達が休んでるような場所も似たようなものだ。


 寝ている少女を優しく抱きかかえ、枯草の布団のある部屋まで運んでいく。


「ん……」

「っ……!?」


 不意に、少女が私の胸に抱き着いてくる。唐突だったので思わず声を上げそうになるが堪える。大丈夫、私は正気だ。決して、邪な感情を抱いたりはしていない。


 そう、少女が快眠できるように布団まで導くだけだ。他意はない。決して。


「おと……さん……」


 時折、少女はそんな寝言を漏らす事がある。夢の中で私の事を父親と誤認しているのだろう。なのだとすれば、父親は随分と少女に対して過保護だったのかもしれない。


 茣蓙の上に少女を寝かせ、枯草の布団をかける。


「お休みくださいネクリア様。私は夜の魔獣共を蹴散らして参ります」


 廃村を守る防壁が現状機能していない以上、夜通しで見張って死肉漁り共を狩る必要がある。それを担えるのは、私だけだ。


 その場から離れようと立ち上がると、指を掴まれる。


「置いていかないで……おと……さん」

「ネクリア様……」


 人は極限状態で眠ると悪夢を見やすい。死霊の浄化のために魔力を限界まで使い潰した少女は、何時ぞやの悪夢の続きを見ているのかもしれない。出来れば以前と同じように、少女の見る悪夢を止めてやりたい。


 だが、それは出来ない。


「ネクリア様、申し訳ございません。必ず戻りますので」


「やだ……よ」


 明日、少女が目覚めた時、助けようとした獣人達が全滅していたとすれば少女はどう思うだろうか。きっと少女は悲しむ。


 私も、少女も、既に両手は塞がっている。その状態で何かを掴もうとすれば、何かが零れ落ちる。なるべく零れ落ちない未来を選ぶならば、ここで平凡な目覚めと明日を守る事こそが、最善だ。


 少女の指をそっと外した。


「うう、待ってよ……」

「ネクリア様……」


 私は単なるゾンビ戦士であって少女の父親ではない。少女の敵を狩る事こそが私の使命。そして、この血で濡れた手で繰り出す暴力こそが私の存在理由だ。今さら人に触れる事もない。


 死肉に誘われた夜狼の遠吠えが聞こえる。今夜は随分と多い。

 

 〇


 幾十にも重なる夜狼の咆哮に、獣人の怒声が混じる。


「オオオオッ」


 その獣人が一度銀麗の大剣を振るうと、夜狼の首が一つ跳んだ。大剣の放つ銀色の輝きは、既に深紅色に変貌している。


「ワォーン」


 大剣の振り終わりを見計らい、夜狼は四方から一斉に飛びかかる。男は大剣を切り返さず、尚も勢いを乗せ、流れ凪ぐように血濡れの大剣を振るい旋風を巻き起こす。


 大剣にこびり付いた血は赤い飛沫となり、吹雪のように舞い散る。四匹の夜狼は触れる事もすらも叶わぬまま、肉の塊と成り果てた。


「これで、13匹」


 男の周囲の草木は既に血の潮で染め上げられている。男は血に飢えた瞳揺らめかせながら、物怖じする夜狼の群れに突っ込んだ。


 地を擦りながら走る大剣は残月を描くと、再び夜狼の首が舞う。


「14匹」


 狼は哭いていた。今宵の狩りも楽に終わるはずだったのにと嘆いていた。夜狼達に誤算があったのだとすれば、格上の魔物が先に狩場に巣くっていた事だった。


 夜狼達は四方八方から男に目掛けて一斉に飛びかかる。だが、全て切り落される。続けざまに飛び掛かるも、全て無駄な努力でしかない。


 全て、血錆びに混ざって溶けたのだ。


「26匹」


 少女の眠りを害する者共へ剣の挽歌を捧げる事。それが獣人の毎晩の日課だった。


「ワォーーーン」


 群れの長は全てを悟ったのか、残る夜狼達に退却の号令をかけると、小さな狼達は森の奥へと散り散りに逃げ帰って行く。


 それを好機と見た男は手に持つ大剣を下段に構え、夜狼の長を見据える。


「貴様で終わりだ。死に果てろ!」


 男は大地を蹴り、深紅の大剣を地に走らせながら加速する。相対する夜狼の長も剣牙を見せびらかすと、瞬足で跳んだ。


 夜狼の長は大口を開け、一直線に男の喉元へ目掛け牙を突き立てんとする。だが、その牙は届く事はなかった。地を擦る紅い残月が闇夜に消える時、血飛沫が舞い、夜狼の長は大地に平伏した。


 戦場に立っていたのは血濡れのゾンビ獣人ただ一人。大剣に付いた血を払い、血に飢えた目で茂みの奥を睨んでいた。

 

「隠れてないでさっさと出てきたらどうだ」


 男は地面に落ちている夜狼の首を掴むと、茂みの音がする場所に放り投げた。


「きゃあ!」


 悲鳴をあげ、茂みの中から慌てて飛び出て来たのはブルメアだった。


「何故、また私に近づいた」


「ね、眠れなくて……それに、狼の遠吠えが聞こえてきて……だから、家の中に一人でいるのが怖くなって……」


「ならさっさと村に戻れ、そこが一番安全だ。じきに次の獣がやってくる」


 ブルメアは村の方角へ戻ろうとしない。翠色の瞳で闇夜に立つゾンビ獣人をじっと見つめていた


「違う……。あなたの傍が一番安全だもの」


「お前は私の姿を見て、尚もそう思うのか?」


 満月を覆う雲が晴れ、月明りが周囲を照らすと、全身返り血で染まった化物の姿が浮かび上がった。周囲には狼の血と肉で飾られた紅花が添えられ、幾重もの死がそこに積まれている。


 ブルメアは思わず喉を鳴らした。


「綺麗……」


 恍惚とした表情で、そう呟いた。


「お前、狂っているのか?」


「分からない。地下じゃこんなの見た事も無かったもの」


 ブルメアは死に絶えた一匹の狼の前まで近づくとしゃがみ込み、まじまじと見出した。


「狼ってこんなにあっさり死んじゃうんだね」


「それ以上に容易く死ぬ者もいる」


 現に丸腰のエルフがこの場を出歩けば、何も出来ず夜狼の糧となる。化物はそう言ったつもりだった。


「そうだね……仲間も皆、人間に捕まって、酷い目に遭わされて簡単に死んじゃった」


 他人事のように語るブルメアの翠色の瞳には、狂気が宿っていた。


「ねぇ、ゾンヲリ、潰して、刻んで、バラバラに引き裂いて、どうすればアイツらもこんな感じに変えられるの?」


「……」


 血濡れの化物は絶句していた。


「黙ってないで教えてよゾンヲリ。あなたは知ってるんでしょ? ネクリアに話してたのだって私全部聞いてたんだから、あなたいっぱい人間や男を殺してきたんでしょ? 怖いのも殺して来たんでしょ? ねぇ」


「……っ! この刃で首を刎ねられたくなければ村まで戻るんだな」


 化物は上段から大剣を振り下ろしてみせるが、ブルメアは引き下がらず詰め寄る。


「いや。ヤリたいなら好きにヤレばいいじゃない。折角手にした復讐の切っ掛けだもの。お願いよ……教えてよ……」


 ブルメアは涙を流しながら、化物の胸を何度も握り拳で叩いた。自身を奴隷に堕として汚した人間に対する復讐を果たすために、暴力に魅入られたエルフは力を渇望していたのだ。


 化物は手でブルメアを強く押し返す。


「あっ!」


 尻もちをつき、見上げるブルメアの前に、化物は深紅の大剣を突き刺した。


「ならばソレを振るって生き残ってみせろ」


「……えっ?」


 茂みの奥から現れたのは人の丈程ある大きなトカゲだった。

地擦り残月をやりたかっただけな回。

ブルメアさんが男嫌い拗らせてやべー奴化しました。


難民キャンプまで進める予定が、もう一話挟む事になりそうです。

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