第二十八話:『オウガバトル』
※ゾンヲリさんの過去の話をご老公の語りでお送りします。
帝国領より西にある歓楽都市の地下闘技場内で武勇を競う『オウガバトル』と呼ばれる催しが開かれていた。それは、今の魔道帝国が建国されるよりも前からずっと行われてきた伝統と歴史ある戦場だ。
今も変わらず、地下の闘技場内は屋根を叩く豪雨の如く歓声で賑わっていた。
闘技場の中央に立っているのは血塗れのスケイルメイルに身を包んだ竜鱗の大剣使いの戦士。その男は付着した血を払い、大剣を肩に乗せると、歓声を上げる観客席に向けて、やる気のなさそうに左手の篭手を掲げてみせる。
「おおおおおお!」
一層激しく闘技場内は沸き立ち、一つの剣闘が幕を下ろした事を告げるべく、会場の司会は叫んだ。
「第3746回、百人切りを征した今期のオウガは、飛竜狩りのハルバだ!!!!」
「おおおおおお!」
飛竜狩りのハルバと呼ばれた男の周囲には、百の死体から成る血肉の湖が広がっていた。金属の防具ごと真っ二つに引き裂かれた人体の数々。誰しもがその凄惨な戦いの最期を見届け、熱に浮かれていた。
しかし、争いの中心に居た男は詰まらそうに呟いた。
「ちっとばかし暴れ足りねぇな」
飛竜狩りにとって、そこは合法的な虐殺を楽しむ場でしかなかった。
ハルバは開かれた鉄扉の先へと消えていった。
「つまらんのぉ、今年の百人切りもつまらんのぉ……」
特等席から試合を冷めた目で見届けていた老人の一人が呟いた。その周囲に座っている観客の一人は訝しげに老人を見ていた。
「誰だ、アイツ?」
「知らないのか? あの方こそが闘技場の主、ご老公だぞ」
「ご老公って?」
「かれこれ数十年間ずっと闘技場を見続けていると噂の暇人の類だよ」
「へぇ…… ちょっと興味が出てきたな。ご老公!」
興味を抱いた観客の一人は、酒瓶を持ったままご老公に声をかける。
「なんじゃお主は?」
「俺ッチは最近この闘技場に来たばかりで良く分からないんでさぁ。何でさっきの試合がつまらないのか教えてもらっても?」
観客は酒瓶を開け、グラスに酒を注ぎ、ご老公に受け渡そうとする。ご老公は不躾にグラスを受け取ると、グビっと口に含む。
「ふん、不味い酒じゃな。まぁいい。飛竜狩りとか言う大層な名声と装備を持った冒険者が淡々と雑魚狩りしていった様子を見てお主はどう思ったのじゃ?」
飛竜狩りのハルバが一度大剣を振るえば、戦場には鮮血が飛び散り、後に残るのは寸断された金属の残骸と肉だけだった。それ程の威力の斬撃が暴風雨の如く振るわれ、その後に深紅の血雨が闘技場の土を汚して行った。
観光客のおっさんは疑いようもなく、ハルバという戦士が引き起こした嵐に魅せられていた。
「すげーよな、人体を鎧毎真っ二つにだなんてフツーじゃ考えられないよな」
「はぁーーー……これだから最近の若いモンは……」
ご老公は深淵よりも深い酒臭い溜息を吐いた。
「うっクサッ」
観光客のおっさんは顔をしかめる。
「49人じゃ」
「あん?」
「アレが実際に切った人数はたったのそれだけじゃて」
「どいうことだってよ?」
要領を得ないといった風なおっさんを見て、御老公は呆れかえっていた。
「おつむが足らん奴やの~。半分以上他所が殺すの待っておいて何が百人切りじゃ。情けない」
オウガバトルにおける百人切りとは、闘技場のチャンピオンを含めた101人が同時に殺し合い、最後に生き残った勝者を"オウガ"とするものである。そして、百人切りにおいて生き残るにはセオリーが存在する。
最初に強者を複数人で一斉に囲んで狩りに行く事だ。
真っ先にチャンピオンに挑み殺される者、チャンピオンが弱るのを待って戦場の端で傍観する者、徒党を組んで生き残りに賭ける者、強者の暗殺を狙う者。色々な思惑を持った101人がそこで戦いを繰り広げる。
「腕に自信がある者からチャンピオンに挑み、先に死ぬ。後釜狙いなど雑魚しか残っておらぬわ。そんなもんを切って勝った気になられても興醒めじゃよ」
飛竜狩りのハルバがチャンピオンに挑んだ時、既に40人程死傷者が出ていた。それがチャンピオンが殺戮した数だったのだ。しかし、戦い続ければいずれ消耗する。セオリー通りに弱ったチャンピオンを狩ったのが、ハルバだった。
「ほえ~、御老公はよく見てるんだな~」
「ふん、褒めても酒は返さんぞ」
御老公は伸びた白髭を指でいじりながら、酩酊して赤らめた顔をはにかませた。
「へいへい」
「まぁ、ついでじゃから聞いていけ。十数年近く前の話になるのじゃが、面白い奴隷剣闘士のガキがおったわ」
「ん、身寄りのない奴隷のガキなんてそこいら中にいないか?」
「そうじゃな、奴隷剣闘士の大半は丸腰で魔獣の前に放り出されて踊り食いの目に遭うか、百人切りの人数合わせの賑やかしにされるのがオチじゃ。1ヶ月どころか1日も生き延びられれば御の字じゃろうな」
「ま、そうだよな。さっきの試合の最後なんて端で怯えてるだけのガキが切り刻まれてたもんな……」
今回の百人切りでは3人、10代前半の子供が闘技場の端で串刺しにされて死んでいた。開催される度に百人の死体が増える事から、この催しは繰り返される度に質がすり減っていくという性質を持つ。どうしても人数合わせのために、実力不足の者達が少しばかし集められる。
その多くは、死んでも誰も悲しまないような身寄りのない奴隷剣闘士だった。
「じゃがな、十年間、闘技場を生き延びた奴隷剣闘士のガキがおるんじゃよ」
「はぁ? なんだよそりゃ。奴隷剣闘士の身分じゃ装備なんて丸腰同然なんだろ?」
装備持ち込み自由で参加可能な冒険者とは違い、奴隷剣闘士には衣服すらもボロ切れ程度しか与えられない。ただひたすらに死ぬまで戦う事を義務付けられる。
「そやつはやり遂げおったぞ? 文字通りの百人切りをな。当時最強のチャンピオンを相手に一人で真っ先に挑んだ上でな」
「流石に冗談きついぜ~御老公さんよぉ~」
「槍を奪っては折れるまで敵に突き刺し、剣を奪っては折れるまで切り崩し、武器が全て使い物にならなくなったら拳が壊れるまで殴り倒し、拳が壊れたら相手の首元に噛みついて殺しとったぞ? おお、今でもあの試合を思い出すだけで股ぐらがいきり立って来るもんじゃて」
「ええっ……」
顔を紅潮させながら、興奮しながら酒臭い息をまき散らして語りかける御老公。おっさんは若干引き気味でそれを聞いていた。本当に若干こんもりさせているのだから御老公は元気一杯である。
「ま、結局、七年の間不動のチャンピオンとなり、それ以降百人切りではロクに賭けが成立しなくなってのぉ。結局百人切りすら出場を出禁にされ、その後の3年間はエキビシションマッチ担当にされておったな」
「ほ~ん、どんな戦いがあったんですかい?」
「色々な企画があったのお、ゴリラと素手で殴り合ったり、空を飛べる熟練の魔導士を含んだ冒険者PTを相手に、拘束具付きの状態で素手で戦ったりかの。ま、いずれも圧勝じゃったが」
「いやいやいや、素手で空飛ぶ奴を相手だなんて無理だろ」
「普通は無理じゃな。じゃが、どうしたと思う?」
槍の届かない上空から弓で矢を射られたり、ファイアボールなどで攻撃されれば普通は抵抗する術もなく倒される。観光客のおっさんですら、その程度は想像できたのだ。
「同じように魔法で空に飛んだ、とかか?」
「まぁ、それもある意味では正解じゃが、不正解じゃな」
「は?」
「跳躍で飛んでる魔法使いを蹴り落とし、震脚で地面を破壊して作った瓦礫を目にも止まらぬ速度で投擲して撃ち落したのじゃよ。優れた戦士の筋肉は魔法などという軟弱な物なんぞ軽く凌駕するというわけじゃな」
「そいつ本当に俺らと同じ"人間"かよ。化物じゃねぇか!」
「だから"戦鬼"なんじゃよ。結局、主催側は企画に見合う強さの魔獣を捕獲出来なくなってしまっての。闘技場から追放されてしまったわけじゃが。あの頃は面白かったのぉ……」
ご老公は過去を懐かしんでいた。
「それ以降、そのソイツはどうなったんだ?」
「戦を求め、かつてコボルトが支配していた鉱山都市を侵攻する作戦に参加しとったらしいのじゃが、それ以降どうなったのかは知らんのう。噂じゃと数百という獣人を斬殺して回ったそうじゃがな」
「それが本当ならまさしく戦狂いの狂戦士、いや、戦鬼だな」
〇
闘技場の勝者が歩く廊下の出口付近の壁際で、出口をずっと見つめて立っているエルフの女性がいた。その女性は、首輪が取り付けられており、胸元には烙印が押され、男の視線を誘う扇情的な服を着せられていた。
出口から飛竜狩りのハルバが姿を現した時、すぐに駆け寄っていったのだ。
「ハルバ様~」
「おう、イサラ。勝ってきたぞ」
ハルバはイサラの腰に手を回し、抱き寄せる。そう、イサラはハルバの所有物だった。それを理解した多くの男達は、イサラに向けていた下卑た視線を外していった。
「ガハハッこれだけ金があればもう一人女が買えるなっ!」
大量の金貨が詰まった袋を掲げ、ハルバは勝ち誇ったように大口を開ける。勝者はあらゆる物を手にする事が出来るのだ。金も、名誉も、女の愛も。
だが、イサラにとって、それは面白くなかった。
「む、ハルバ様には私がいるじゃないですか」
イサラは頬を膨らませながらハルバに身体を密着させるが、ハルバは気にした様子もみせない。
「最近お前の身体にも飽きてきてなぁ~。マンネリって奴だな」
公衆の面前で赤裸々に破廉恥な事を言ってのけるハルバを咎める者は何処にもいない。百人切りを達成したハルバという暴力を前にしては、誰しもが傅く事しか出来ないのだ。
「……ううっ」
不安そうな表情で上目遣いでハルバを見つめるイサラ。
「お前買うのに態々聖白金貨幣まで叩いてやったんだからな。そんな1番奴隷を捨てたりゃしねーよ。2番奴隷のエルフを買うだけよ。ガッハハハッ」
ハルバは豪気に笑いながらイサラの頭を撫でた。それで安心したのか、強張った表情から元の笑顔に戻る。
「よかったぁ……」
「分かったならこれ持ってきびきび歩け。俺はち~っとばかし疲れたからなっ。宿に戻ったら早速励むぞ。ガハハハッ」
「はいっハルバ様!」
ハルバは大量の金貨が詰まった袋と宝石の付いたチャンピオンベルトを雑にイサラに渡すと、がに股歩きで闘技場の出口に向かってズンズンと歩き出す。イサラはその後ろを駆け足気味で付いていった。
その後ろ姿を恨めしそうに見ていたのは、イサラに下卑た視線を向けていたうだつの上がらない冒険者達だった。
「クソ、女見せびらかせやがって。夜道は気をつけやがれよ」
唾を吐き捨てるみすぼらしいおっさんを制止したのは、中年風の厳つい冒険者だ。
「やめとけやめとけ、飛竜狩りに関わると野郎はぶっ殺されるし女は犯されるぞ」
「ハァ、何であんなのが金も女も強さも持ってるんだよ……納得いかねぇ」
飛竜狩りのハルバはまさに絶頂期にいた。冒険者にとって、強力な飛竜を狩り、その素材で作られた武具で身を包むのは最大級の名誉だった。一方で、名声は時に嫉妬を呼び起こす。闇討ちして富を奪おうと考える者もさえも現れる。
しかし、依然としてハルバは健在。つまりそれだけの強さを持っているのだ。
「それより聞いたか、鉱山都市で獣人共の征伐に多額の懸賞金をかけたそうだぞ」
「それは本当か?」
「ああ、噂じゃ獣人奴隷の反乱が起こったそうでな。事態を重く見た市長が大規模な掃討を行うのだそうだ」
「それに参加すりゃあ暫くは食い扶持に困らなさそうだな。どさくさに紛れて俺も獣人の女奴隷でも狩るのも一興だな」
「へへっそうだな」
敗者達は再び下卑た笑いを浮かべる。あのエルフ程の奴隷は手に入らずとも、現地調達する方法は幾らでもあるのだから。
投石……いいよね。タクティ〇スオ〇ガでも高レベルキャラクターの放つ投石はめちゃくちゃ痛い。
音速の領域を超える投石であればソニックブームすらも発生させる。
※鍛えた筋肉は魔法や軍事技術を凌駕します。