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第二十七話:廃村に横たわるのは百の豚と犬

 空気読めないほのぼの系な話を丸々カットしたので大分シリアヌスな話になってしまったなぁ。


 ギャグに戻るのはいつの日か(遠い目)

 鉱山都市から脱出した日の早朝、追っ手が来ないうちに獣人国の支配地域内にある人里まで逃げ込む事を目標に旅を開始した。


「私、この辺の生まれなの、村まで案内させて」


 奴隷だった若い獣人の娘が自ら案内を買って出てくれた。少女も私もこの地域の地理にはそれ程詳しくはないので、彼女に任せる事にした。


 そして、日が傾きかける頃には、獣人の集落らしき建造物を発見した。


「村だ!」

「やった、これで私達助かるのね!」


 楽観する元獣人奴隷達は沸き立ち、我先にと集落らしき建造物の元へと駆け込んでいった。だが、遠くから漂ってくる濃厚な死の気配は、屍狼の嗅覚を誤魔化す事は出来ない。


 無論、獣人達も気づいていないはずがない。否、気づきたくないのだ。彼らには余裕がないから。


「ワン、ワフッ、ウウッ(ネクリア様、集落の方角から血の匂いがします)」


「……分かってる。ロクでもない奴が通った後なのは空気で分かる」


 少女は顔をしかめていた。


「いやあああああ!」

 

 突如、集落の方から先行して行った獣人女性の甲高い悲鳴が上がった。少女とブルメアと共に、集落内へと急いで踏み入った。

 

「そんな……村が……」

「いや……なんなの……これ……」


 そこには、崩れ落ちた獣人達の嗚咽で満たされていた。


「おーい、誰かいないの!?」


 中には叫ぶ者もいるが、それに返事を返す住人は誰一人としていない。


 見渡す限りに広がっていたのは、暴力の嵐が過ぎ去った跡だった。無残に食い散らかされて野晒しにされた獣人と家畜だった物。倒壊した家屋に潰されて滲み出てくる赤黒い液体。そして、未だに多くの死魂が廃村の中を漂っていた。


 集落は全滅していた。元奴隷獣人達を受け入れてくれる家も、しばしの安息も、崩れた集落は与えてくれる事はなかった。


「酷い……、うぐ……っ」


 吐気を訴えるブルメアをよそに、少女は浮かぶ死魂の一体に近づき、『ソウルコネクト』を試みると、死魂は苦悶の表情を浮かべながら何かを訴え始める。

 

 存在感の希薄な霊体を認識出来る者は少ない。死霊術師である少女を除けば、死の先を知る私しかいない。死ねばその場に取り残され、痛みを誰にも共感してもらえぬままに孤独の時を過ごすのだから、救えない話だ。


 やがて、話を終えた少女は、青白く光る小さな手で死魂を握り潰し、向き直った。


「これをやったのはグールだよ。深淵の気に侵された魂が教えてくれた」


 市長の放った3匹のグールのうちの一体は城塞都市ビースキン近郊の難民キャンプにまで現れている。それまでの通り道であるこの農村は、絶好の餌場だった。


 深淵の化物が通った後には、何も残らない。ロクに力も持たない者が遭遇すれば蹂躙されるのは想像に易い。


「ゾンヲリ、私はもうしばらくこの辺の死霊と話をするから、お前は周囲の警戒を頼んだぞ」


「ワン、ウウッバウッ(はっお任せ下さい)」


 その後、廃村に残った生き残りや資源の調査を続けると、グールから逃れて井戸に落ちた水死体を発見したので、少女に【ネクロマンシー】をしてもらう事でその身体に魂を移し替えた。


 人体を取り戻した私に出来る仕事と言えば、死臭を嗅ぎつけてやってくる死肉漁りの駆除とその対策だ。警戒ついでに臭いの酷い死体を村の外の森まで引き摺って歩き、埋葬する事で夜に村自体を襲撃される可能性を減らす事が出来る。


 死体を一体処理し終えた頃、ずっと後ろから感じていた気配に対して振り返る。


「何だ?」


 表情を見ると、ブルメアの翠玉の瞳には冥い感情が宿っていた。


「あの、お願いが……あるの」


 この手の"お願い"は聞いていたらキリがない。


「断る。他所に当たれ」


「あっ……」


 周囲に魔獣の気配がないので、ブルメアをその場に置いて村に戻ると、やはり付いて来る。廃村にある腐乱死体を10体埋葬する間、ずっとブルメアは私の後ろに付いて回っていたのだ。


「しつこいぞ。魔獣に殺されたくなければ村の中にいろ」


「……聞いて」


 穴を掘ってる最中に話しかけてしまったので、聞かないわけにもいかなかった。ブルメアは勝手に話を続けていく。


「私、人間に酷い事されたの、仲間もいっぱい、酷いことをされた」


 そんな事はどこにでも起こり得る。それに、戦に限った話でもない。


「それがどうした」


 大剣をシャベル代わりにして穴を掘り進めていくと、ブルメアはどこからか拾ってきたシャベルで穴を掘るのを手伝い始めた。


「私、強くなりたい。貴女みたいに……」


「それで、自分や仲間がやられたのと同じように、市長を切り刻んでやりたいか?」


「ぁ……っ!」


 ブルメアはシャベルを手から滑り落とした。


「図星か」


「だって、アイツは! アイツは! 私を……っ」


 言葉にならない声を上げるブルメアには、己の感情すらもロクに整理出来ていなかった。


 ブルメアの身体に刻み込まれた奴隷紋や、殴打の跡を見れば、どういった人生を歩んできたのかは想像はつく。恐らくは、奴隷同然かそれ未満の扱いを受けて来たのだろう。


 そういった悲惨な体験は人を歪める。そして、一度歪んだ価値観は二度と戻りはしない。だからこそ、あえてブルメアの腕に触れた。


 男性死体の冷たい手で。


「いやっ、いやあああ!?」


 ブルメアは手を振り払い、後ずさる。ガチガチと歯をかみ合わせながら、恐怖の混じった瞳で私を見てくる。


 ブルメアは、男そのものを恐れていた。


「言っておく。俺もお前が最も嫌う"人間の男"の一人だ。理解したなら金輪際私に近づくな」



 それ以降、ブルメアが私を追ってくる事はなかった。臭いの目立つ死体の処理と、やってくる死体漁りを蹴散らし終えた事を少女に報告をする頃には、真夜中になっていた。


 廃村内で私を発見した少女は駆け足でちょこちょこと近づいてくる。


「お、探したぞ。ゾンヲリ」


 廃村の中を浮かんでいた死霊魂の数が随分と減っていた。恐らく少女が死霊術によってあるべき場所に還したのだろう。


 少女は明るく振舞ってはいるが、魔力欠乏のせいか少し眠そうにしていた。


「お疲れ様です。ネクリア様」


「ん、百人以上の死霊をまとめて相手したから、ちょっと疲れたな。褒めてくれてもいいんだぞ」


 少女はそう言って私の顔を見上げてくる。ちょっと一仕事したので褒めてもらいたいようだ。


「流石ですネクリア様。迷える魂もこれで眠れるはずです」


「うむ」


 少女は満足そうにすると、私が着ている下服の裾を小さな指でつまんだ。


「ネクリア様?」


「いや、ちょっとばかし不安になってさ。ほら、お前なら分かるだろ?」


 ここで少女が葬った百体以上の死霊、彼らはどのような言葉を少女に語ったのか。幾百という恨み、つらみ、嘆きを聞き届け、それでも尚も平静を装っていられるだろうか。


「ほんと、どいつもこいつも……どうしてここまで惨い真似が出来るんだ」


 少女は今までに行く先々で見て来た。生まれ故郷である魔族国西地区が焼かれる様を、迎え入れてくれた魔族の農村が焼かれる光景を、そして今ここでも、グールに壊されて残る残骸を見たのだ。


「何も考えてはおらぬのでしょう」


「どういう意味だ」


「私が魔獣を狩る事や、魔獣が糧を得るために得物を狩るのと何ら変わりません。戦場に立たされた弱者の末路とはこういうものです」


 ベルゼブルは政敵を排除するために焦土戦術をとり、帝国は将来の敵国の弱体化を図るために騎士団を囮にし、鉱山都市の市長は己の富のために亜人を奴隷化して金に変えている。彼らは人が家畜を喰らうように、ただ尽きぬ食欲を満たしてるだけにすぎない。


 ただ、彼らにはそれを通す事が可能な力があり、焼かれた者達にはそれに抗う力がなかった。それだけだ。


「ゾンヲリ、お前がベルゼブルやハゲ市長と一緒なわけないだろ」


「……ネクリア様、私はもっと性質の悪い"人間"かもしれませんよ?」


 今、この村が焼かれる原因の一端となったのは、かつての私なのだから。


「なぁ、ゾンヲリ、お前は過去に一体、何してきたんだ?」


 これを引き起こした市長に対して義憤を覚える少女であれば、きっと私を嫌うだろう。


「言いたくはありません」


「今更お前の事なんか嫌ったりしないから、教えろ。命令だぞ」


「嫌です」


「主人に隠し事する気なら嫌うぞ。もう二度と口聞いてやらないし、背中にも乗ってやらないぞ」


 ……少女はあまりにも、卑怯だった。


「分かりました。まだ、完全に思い出せたわけではありませんが――」

 

 かつて、私が"オウガ"であった頃の記憶の一部を少女に語る事にした。私の手が初めて血で汚れたのは、少女よりも幼い年齢の頃からだった。

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