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第二十六話:反乱


 赤い星が輝く時、薄い星明りだけが鉱山都市を照らし、人々には一時の安息と静寂が与えられる。しかし、今宵は獣人達の喧騒(けんそう)によって静寂(せいじゃく)が破られた。


「ニンゲンめ、よくも今までやってくれたなっ!」

「うわ、やめろ。俺がお前らに何したってんだ」


 獣人の男は手に持ったメイスで酔っ払いに殴りかかる。飲みすぎてフラフラの酔っ払いには素人の拙い打撃であっても避ける事はできない。獣人の怒涛(どとう)の攻撃を受け、酔っ払いは地面に倒される。


「ぐわっおい、やめろ。おまっぐわっ」

「未だ、囲め!」

 

 それを見ていた他の獣人達も樹液に群がる虫のように酔っ払いを囲み、殴り蹴る。幾度となく繰り返される殴打の音。酔っ払いはただひたすら身体を抱いて耐えていたが、やがて青痣だらけになって頭部から血を流して絶命した。


(なんだよ、これ)


 少女は目の前で繰り広げられた理不尽な暴力を前にして呆然としていた。彼は酒場帰りに浮かれていただけのただの酔っ払いであり、たまたま脱走中の武装した元奴隷獣人達に見つかっただけの不運な男だ。


「ネクリア様、気にしてはいけません」


 元奴隷獣人達は憎悪の対象は"ニンゲン"と一括りにしている。誰が自身を悲惨な目に遭わせたのかなんて分からない。だが、彼らに理不尽を強いてくるのは決まって"ニンゲン"だった。だから、彼らは己の尊厳を取り戻すため、自身よりも弱い"ニンゲン"を探して叩き伏せ、復讐を遂げるのだ。


(いや、おかしいだろゾンヲリ。早く止めてやれ)

「それは無理でしょう。それよりもこのまま混乱に乗じて鉱山都市を脱出します」


 地下牢で少女は奴隷獣人達に手を差し伸べた。それによって引き起こされた混乱の一端がこれだ。少女に見せないようになるべく人通りの少ない路地を選んだのが裏目にでた。


「ねぇ、あれを見て」


 エルフの女性ブルメアが指差したのは遠方にある獣人奴隷収容区画。そこに火の柱が立ち昇ったのだ。建物の焼き討ちで発生した火災と騒動は一斉に燃え広がり、夜の都市は昼間と変わらない程の活気に満ち溢れていく。


 鉱山都市内で獣人奴隷の反乱が始まったのだ。


(……なぁ、ゾンヲリ。これは、私のせいなのか?)


 大通りに出て、眼前に広がっていたのは獣人奴隷の死体だった。衛兵に鎮圧(ちんあつ)されてそのまま放置された惨状は見るに()えないものだ。少女の魂の声は震えていた。


「元々、火種として燻っていたのでしょう。遠からずこうなってましたよ」


(ゾンヲリ、変に誤魔化すなよ。私だって流石にそこまで馬鹿じゃないぞ)


「そうですね。確かに我々が火を付けた事になります」


 誰かの為にと手を差し伸べる事、それは必ずしも良い結果を産むわけではない。"獣人国"というモノに手を貸すというのはとどのつまりそういう事になるのだ。誰しもが崇高で正しい心を持ち合わせているのならば争いなど起こったりはしないのだから。


 両手から零れ落ちるモノは救えないし、救った者共が清く正しい心を持っているとも限らない。


(こんなはずじゃなかったのに……)


 少女は嗚咽を漏らし続けていた。


 それから、驚く程に呆気なく鉱山都市を脱出する事が出来た。その最中で銀麗の大剣を振るう事は多少はあったが、それだけだった。


 当初は一人で脱出する予定だったが、今は随分と大所帯になってしまっている。エルフの女性を含め、街で合流した逃亡奴隷達は助けを求めて勝手に付いてくる。別段、相手にする理由もないので放っておいた。


「助けてくれてありがとう」


 そう感謝を述べる者もいる。


「何でもっとニンゲンをやっつけてくれないの!」


 と無責任に怒る者もいる。


 いずれにせよ、私にとってはどうでもいい事だった。助けるつもりで助けたわけではないし、自分で勝手に助かっただけなのだ。鉱山都市からくすねた物資を皆で分け合い、食事をとり、夜の森の中で身体を寄せ合って眠った。


 夜の森は大変危険だ。皆が寝静まった頃を見計らって、魔獣は襲撃を仕掛けてくる。今宵も決して少なくない数の魔獣を切り殺した。


「ネクリア様、そろそろお身体に戻られてはいかがでしょうか? 後は私が獣の身体を借りて夜通しで見張りますので」


 先ほど寝込みを襲って狩りを仕掛けて来た夜狼の死体がそこら中に散在している。これも少女がお気に入りの身体の一つだ。少女は私と違って夜通しで見張り続ければ疲れてしまうし、その小さな身体にも大きな負担をかける。


(ああ、ごめん。じゃあ頼むよ【ネクロマンシー】)


 憑依した狼の身体を起こして身体の感触を確かめた後に、いつものように少女に(こうべ)を垂れる。すると、少女はそっと手を差し出してくる。


「ネクリア様?」

「ちょっと触らせろ」

「はい」


 少女は私の頭部を執拗に撫でまわす。これも最近は随分と慣れて来た。少女がこうやって私の毛並みを弄くり回す時は大体二通りの目的がある。一つは私をからかう時、もう一つは落ち込んでる自分を誤魔化す時だ。


 後者の時の少女は触り方が優しいので分かりやすい。


「む、私の事を知った気になるとはいっちょ前に生意気だぞ。うり」

「はうっ!」


 喉元を白い指でなぞられると身体が震えてしまう。少女はソレを見て小悪魔のように笑って見せた。そう、こう見えても少女はサキュバスだ。男の扱い方にかけては並ぶ者はあんまり居ない。多分。


「何でこうなっちゃうんだろうな。ゾンヲリ」

「こういうモノだと割り切るのも必要ですよ。ネクリア様」

「お前はこうなる事を最初っから知ってたのか?」

「経験上、ですが」


「そっか、もうちょっと触らせろ。このっ」

「はうっ!」


 少女は再び私に罰を与える。身体と一緒に尻尾も震える。獣の身体は感情と肉体の制御が凄く難しい。このまま弄られ続けるのは危険だ。

 身をよじって少女から逃れようとすると、腹部に手を回されてしまった。


「む、逃げるのは許さないからな」

「はい」


 私は観念する事にした。


 今宵の少女はかなり堪えている。魔族国ではがむしゃらに逃げて来ただけだったが、今回になって初めて少女は己の意思で行動を起こした。その結果、鉱山都市内で反乱が引き起こされた。別に少女には混乱を引き起こす気は毛頭もなかった。単に周りの者達が勝手に混乱を引き起こしただけなのだ。


 時間だけが過ぎていく、少女の柔らかさを全身で感じていると気が気がでいられなくなってくる。


「ネクリア様、そろそろ……」

「やだ、もう少しこのままがいい」


 少女は子供のように振舞う。


「……ネクリア様、安穏と過ごす事は悪い事ではないと思いますよ」


「何が言いたい」


「誰かの為を理由に戦うと、また今回みたいに傷つきますよ」


 少女は自身の身に余る領域に関わり過ぎている。魔族国の件、深淵(アビス)の件、獣人の件、どれも個人でどうにかするべき問題ではない。今回の潜入にしても、危うく市長の毒牙にかかりかけた程だ。


 可能であれば、時間が解決する事をじっと待つ方がずっと安全だろう。


「お前だって私の為にず~っと戦ってず~っと傷だらけじゃないか。じゃあ、お前はそれを嫌々やってたのか?」


 見事なカウンターで返されてしまった。


「滅相もございません。ただ、時には選ぶ事も重要だと思います」


「そうだな……でもさ」


 少女は視線を横に向ける。そこに居たのは、疲れて眠っている元奴隷だった獣人の少年少女達。


「私が助けろと命令すれば、お前はコイツらをし・か・た・な・く助けちゃうわけだ」


 獣人の少年少女の命を救う事は、ネクリア様の生存を優先する事と真逆の行為になる。普通ならばそんな判断はしない。だが、少女がそれを望むなら、それもやぶさかではない。


「まさか、お見通しでしたか」


「ゾンヲリ、あまり私を見くびるなよ? ロリコンのお前の気持ちくらいはお見通しさ。何だかんだでお前って面倒見いいもんな」


 少女は、私の行動や思考を理解した上で、あえて合理的ではない命令を下してみせたのだ。


「ネクリア様……」


「ふふん、完全論破して気分が良くなったからもう寝るっ。明日も頼んだぞ」


 結局、少女は好き放題言うだけ言って、私に背後からベアハッグをキメながら眠ってしまった。


「ネクリア様、私はぬいぐるみではありませんよ……」


 結局、それ以降返答はないまま、夜は更けていった。

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