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第二十二話:ゴキブリですが、何か?


 鉱山都市の屋根裏。光があまり差し込まない闇の領域。ここに至るまでの間色々あった。確かに、"人間"は小さな私の事を気にはしなかった。だが、それ以外の生物は私に興味深々だった。


「カチカチッ」


 最初に遭遇したのは大怪鳥。突如、空中から私に目掛けて強襲突撃を仕掛けてきたのだ。当然、私という餌を捕食せんが為だ。


 一度丸のみにされかけたが、幸いにも近くに物影があり、そこに隠れて事なきを得た。


「カチカチッ」


 次に遭遇したのは巨大な毛虫だ。顎に備え付けられた双牙を打ち鳴らしながら、恐ろしい速度で這いずりながら追い回してきたのだ。


 当然、私という餌を捕食するためだ。幸い、速度は互角であったために逃げおおせる事が出来た。


 ここまでで二度も死線を潜った。それでようやく気がついた。ゴキブリの身体は人間には無視されるが、天敵が異様な程に多いということだ。


「カチカチッ」


 実に、迂闊だった。


 今もまた、私の眼前で大顎を打ち鳴らすのは一城の主、()の者の吐く白亜の糸で囚われた者は一切の慈悲を与えられる事を叶わない。ソレは六足の足で上体を起こし、二本の大足を闇空に広げて見せる。捕食する側とされる側、その上下関係を誇示し、明確にしようとしている。


 威嚇だ。


 巨大蜘蛛は今まさに、私を捕食せんとしていたのだ。


「……ッ! カサカサッ」


 強襲、その体格からでは想像もつかない程に出鱈目な速度で、彼の者は広げた二本の足で逃げ場を無くしながら、私に飛びかかる。


「カサカサッ」


 全速で六足をカサカサと動かして横に避ける。辛うじて顎を躱し、蜘蛛の二足の間を潜り抜けて躱す。


 足棘が胴体を掠めた。強い……。しかし、好機、素早く彼の者の背後に回って腹をよじ登り、顎を背腹に突き立てる。


 青冷めた血が、飛び散った。


「ッ!?」


 巨大蜘蛛は暴れまわり、私を振り落とさんとする。必死に食らいつくが、膂力と体格差の違いから牙が抜けてしまう。


「カサッ」

「ガチガチガチッ」


 仕切り直しと言わんが如く、巨大蜘蛛は凄まじい速度で私から距離をとり、威嚇を再開する。これまでよりも圧倒的な殺意を、私に対して浴びせかけてくる。


 どうやら私を敵と認識し、戦いという土俵に登ってくれるようだ。ここから先は一瞬の油断が命取りになる。


「…カサカサ……ブブブブッ」


 負けじと背羽を広げて威嚇する。


 私の方から巨大蜘蛛に対して攻撃を仕掛けるのは不味い、背後をとってから攻撃しなければ、間違いなく私の方が先に顎を深く撃ち込まれるからだ。


 巨大蜘蛛の八足が一瞬収縮する。飛びかかりが来る。


「カサカサカサッ」


 音速と見まがうが如くの突進、広げられた二足、これらすべてを潜り抜ける。


「!?、カサカサ」


 鞭のようにしなる巨大蜘蛛の大足で私の一足を踏みつぶされた。折れ曲がった足はもう満足に動かない、千切ってでも這って出る。


 ようやく掴んだ好機。もう二度と外さない。


「カサカサッ」


 再び、膨らんだ腹部から背中によじ登り、牙を立てる。


「ッ!?」


 暴れる彼の者。今度振り落とされれば二度と回避する事は叶わない。これが最後のチャンスだった。


 死して屍となるがいい。


 より深く牙を突き立て、柔らかな腹部からしたたる蒼血を一身に浴びる。暴れる力が多少弱まっているためか、振り落とされなかった。

 

「!?ッ!?ッ」


 死ね。


 頭を抉った腹部の中に突っ込み、致命的な部位に顎を食い込ませる。まだ死なないのであれば、より深く致命的な部位に顎を刻み込む。何度でもだ。


 死ね。


「!?ッ!………」


 やがて、巨大蜘蛛は動かなくなった。単なる肉の塊と成り果てたのだ。


「カサカサカサ……」


 勝利の余韻に浸っている暇はない。この身体でいる限り、次なる天敵との戦いは何度でも起こりうる。ネクリア様のために、なんとしてでも情報を持ち帰らねばならないのだ。


 だが、虫の戦いは戦士として非常に参考になるものだった。


 魔獣よりも、常識はずれな敏捷性で動く者共。常に食うか食われるかの戦いで生き延び続けるには、これ程の力を身に付けなければいけなかったのだろう。


 千切れた私の一足はもう二度と戻らない。それ程までに虫の戦いは苛烈極まるものだった。彼らの世界は、人の身には過ぎた領域なのかもしれない。


「カサカサ……」

 

 木板の床の間から僅かに漏れる光。そこから、屋敷の部屋を覗く事ができた。


 この身体は目があまり良くないが、代わりに音に対して非常に敏感だ。鍛えられた戦士であらば、気配や殺気を空気の淀みとして感じ取る事が可能だ。それをさらに鮮明に、色や形として認識する事が出来るのがゴキブリの強みだ。


 故に、巨大蜘蛛の突進や大怪鳥の強襲も躱す事ができる。人の話し声も鮮明に聞き取る事もできる。


 そして今、中年の男と、妙齢の女が下の部屋で会話している。そっと触覚を垂らし、音を全身で感じ取る事にした。


 〇


「それで、何時になったら実験体を提供してくださるのかしら? 折角提供したグールも全滅してしまったようだけど」


「お、お待ちくだされ、きっと何かの事故です。獣人共如きにグールを倒せるはずがありません」


 フードを被った女の催促に対し、中年太りのハゲ男はしどろもどろに応対していた。


 市長は事前の偵察によって獣人の戦力を大よそ把握していた。その上で、グールが4体も居れば獣人国に十分な混乱をもたらせると判断していたのだ。だが、市長の目論見は外れ、獣人国には目立った混乱は起こっていなかった。


「そんな事はどうでもいいの。別に貴方の代わりは幾らでもいるのよ? 市長」


 フード女は眼光だけで殺せる程の冷たい視線を市長に送った。それを死の宣告と捉えた市長は深く固唾を飲み下す。


「わ、分かりました。近日中に傭兵団を組織して獣人国に宣戦布告致しましょう。獣人奴隷農場(プランテーション)ではグールによる被害も受けております。これを獣人共が蜂起したことのせいにすれば十分な宣戦理由となりえます。戦闘に入ってしまえば、多くの獣人共を捕獲して奴隷とすることで貴国に提供する事が可能です」


「まぁ、いいわ。あまりオルヌル様の期待を裏切るような真似をしないようにね?」


「ははぁ。この忠誠は帝国のために」


 否、市長は帝国に忠誠など全く誓ってはいなかった。面従腹背、市長の不誠実極まる態度は既に見破られていた。侮蔑に塗れた冷めた目で、フードを被った女は頭を下げている市長を見下していたのだ。


 扉が叩かれる音が鳴った。


「市長!お話がございます」


 扉越しに声をかける男の声。


「おい、今は大事なお客様が来ている所だぞ!」


 声を荒げて声の主を咎める市長だが、フードを被った女は首を横に振る。


「入れてあげなさい」

「わ、分かりました。入れ」


 扉を開け、市長室の中へ入室した男は一礼し、姿勢を正した。


「都市内に魔族の子供、恐らくサキュバスが潜入しようとしていましたので捉えました」


「サキュバスがか? それも少女か、ほぉ……」


 市長の鼻穴が膨らんだ。その様子を、フードの女は心底軽蔑したような顔で睨んでいた。


 しかし、淫魔という響きを前にして市長は色欲の虜となっていた。取り繕うような素振りも見せない。


「はい。武装はしていましたが、全然使える様子もなかったので、一先ず持ち物ごと奴隷用独房の中に入れておきましたが……」


「そうか、良く教えてくれた。後で私が個人的に"調査"する事にしよう。もう帰っていいぞ」


「はっ」


 市長室から男が去り、扉が閉められる。


「市長? 本当に分かっているのでしょうね?」

「え、ええ、分かってます。分かっておりますとも」


 鼻の下を伸ばしていた事をようやく自覚した市長は、フードの女に頭を下げた。突如、屋根裏でドタドタと音が鳴り始める。

 

「フニャーッ!」


 猫の泣き声だった。

ゴキブリの突進って人間の等身大に換算すると新幹線と同じ速度が出るらしい。

蜘蛛もその領域の速度を出す事が可能だ。

虫同士の戦いとはまさしく修羅の戦いなのである。


大怪鳥=鳩

巨大毛虫=ゲジゲジ

巨大蜘蛛=アシダカ軍曹


ゾンヲリさんの器なら十分過ぎる程の修羅達である。

そして次回、獣の上位者の爪と牙がゾンヲリさんに襲い掛かる……ッ!

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