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第二十一話:地を這う者共

※人によっちゃグロかも


 獣人の親方は火の炉にくべられた黒剣をじっと見つめていた。赤熱の黒剣は溶ける事なく、ただひたすらに佇んでいる。


「親方!」


「うるせぃ、黙ってろ!」


「ううっですが仕事、大分溜まってきてますよ」


「ならお前が代わりに打ってみろ。前に教えたろ。その通りにやりな」


 親方と呼ばれた獣人の男は黒剣に夢中になっていた。弟子の青年獣人の顔すらも見ず、額から汗を流しながら、ただひたすらに火入れの様子を見守っているのだ。


「そんなにその剣って大事なんですか? ボクはそんな不気味な剣さっさと返したいと思いますよ」


「分からないのか?」

「分かりませんよ!」


「魔剣をこの手で鍛えられる機会なんて一生来ないぞ。これ程の機会、鍛冶師の端くれとして逃せるわけがないに決まってるだろうが。見ろ、火の中を」


 親方の瞳に宿る狂気を前にして物怖じしながら、獣人の青年は灼熱の炉を覗きこんだ。だが、獣人の青年にとっては単なる火入れの様子にしか見えない。

 

「何の事もない、タダの火入れじゃないですか」


「聞こえないのか?」

「何がですか?」


「叫びだ。窯湯で茹でられた亡者の嘆きが聞こえないか」


 赤く灼けた黒剣の表面に、一瞬だけ悲痛に歪む顔が浮かんだ。そのように見えてしまった獣人の青年は、身を抱いて震える。


「親方、急に怖い事言わないでくださいよ」


 親方は口角の吊り上げながらも恍惚とした表情で剣を見つめる。魔剣に憑りつかれ、心ここにあらずといった風である。


「一体何を切ったらこうなるのやらな。そう考えただけで面白くなって来ないか?」


「ボクは親方の事を尊敬してましたけど、今日でその思いが冷めそうになりました」


「なら鍛冶なんて仕事、さっさとやめちまえ」


「それはあんまりですよ。あのお客さんに業物まで渡しちゃうし、変ですよ。親方」


 淫魔の少女に渡したコバルトクレイモアは売り物だった。この工房で作られる武器の中ではかなり上等な部類である。


「アレは本当に失敗作なんだよ」


「え?」


「人を切るためにしか作ってない。その意味が分かるか」


 考えこんだ青年の獣人は親方の教えを思い出し、答えに至る。


「人以外は切れないって事ですか?」


「そういう事だ。武器は目的があって初めて作られる。そして、この剣の使命は鏖殺だ。一度戦場で抜いたら最後、己の命尽き果てるまで永遠と振り続け、あらゆる敵を切り刻むために作られた血塗られた剣だ」


 銃器という武器は一般的に遠距離から"人間"を無力化するために作られる。速度と強度を極限まで伸ばせば小さな弾丸はいとも容易く鎧を貫通し、人体をも貫通する。だが、貫通してしまえば与えるダメージも落ちる。そのため、あえて威力が落とし、人体に弾丸が残るように設計される。


 切れ味の高い剣とは、極限まで研ぎ澄まされ薄くなった刃で鎧や皮膚を切り裂くためにある。反面、非常に脆く、折れやすい。血でぬめれば切る事も叶わない。



 ダーインソラウスとは、分厚く、重く、膂力によって無理矢理敵を捻り潰すための剣だった。重量のために非情に振りにくく、並の使い手では剣としての役目すらも果たせないようななまくらだが、何よりも永遠に戦い続けられるように設計されていた。


「……末恐ろしい話ですね」


「火の中で叫ぶんだよ。もっと切らせろってな」


「親方……本当に大丈夫ですか? ボクは心配になってきましたよ」


「これが分からないうちはお前はまだまだ甘ちゃんなんだよ」


 親方はニヒルに笑って見せる。その後、金属を打つハンマーの音は止まる事なく工房から響いた。


 〇


 鉱山都市、何層にもなる崖のように切り立つ段差で区間の分けれられた都市。崖には柱で支えられた巨大な洞窟が点々と開いており、足枷を着けられた獣人達が出入りをしている。

 

 そこは元々獣人達の住まう土地であった。人に奪われ、富と労働力を人の為に生産する都市へと変わっていった。誰のせいとは言わない。単に彼らが弱かった結果に過ぎないのだから。

 

「これが鉱山都市か、ビースキンよりも坂が沢山あってデコボコしていて住みにくそうだな。しっかしフードを被ると窮屈だな……」


 少女はそんな愚痴を漏らす。蝙蝠の羽根を畳みこみ、尻尾と小さな角をフードの中にしまう少女。


 確かに窮屈だ。

 

 だが、人の目に映ってしまえば淫魔の身体的特徴は特に目立つため、仕方のない措置だった。


「ネクリア様、人の身体がない以上、都市に入るのは少し難しいかもしれないですよ」


 私は道中で襲い掛かってきた所を切り殺した大狼の身体を借りている。少女は犬が好きなのか、やたらとこの格好になる事を勧めてくる。


「う~ん、困ったな」


 少女は困った。と口では言うが私の毛並みを弄んで遊んでいた。


 鉱山都市に侵入するには、街の出入口の門を抜ける必要がある。だが、普通に侵入しようとすれば検閲に引っかかる恐れがあった。淫魔である少女が人間に見つかってしまえば、その末路はどうなるか。知れたモノではない。


「ネクリア様、街からでる人間を狙って襲撃しますか?」

「なんかそれはそれで可哀想だよなぁ……」


 狼の身体は人間の認識では魔獣である。街に侵入するには、それに適した身体が必要だった。だが少女はそういう殺傷を余り好まなかった。しかし、このままでは埒があかない。


「う、うわっ!」


 急に少女は驚きの声をあげる。何かと思って目をやると、黒くて、大きくて、カサカサする虫が少女のポーチから飛び出してきたのだ。


「ゴキブリですか。面と顔を合わせるのは久しい気がしますね」


 かつての屋敷には蠅の子供の他にこれらのようなお客様が沢山いた。彼らは何処にでもいる。魔族国でも、獣人国でも、樹海でも、地下霊廟であっても。


 逞しく、生き延びているのだ。


「ゾンヲリ、見てないで早く潰すなりどこかに放り投げろ」


 少女の命令を果たそうと前足で潰そうと思ったが、カサカサする黒光りするソレを肉球で優しく掴み取る事にした。


「おい、ゾンヲリ、そんなモノ掴んでどうする気だ」


 モゾモゾと肉球から逃れようと暴れるソレを抑え込む。


「ネクリア様、私がこの物の身体に入り込みましょう」

「は? ゾンヲリ、お前……気でも狂ったか」


 少女から心底から軽蔑されたような気がした。だが、鉱山都市で市長の情報を集めるという目的の為ならば、私は何でもやる。


「ネクリア様、この者ならば怪しまれる事なく市長の館へと潜入する事も可能です」


 彼らは何処にでもいる。故に、人であっても入れないような場所に居ても不思議ではない。少なくとも、死臭を垂れ流す人間よりは遥かに偵察には適役だった。


「なぁ、ゾンヲリ、別にさぁ。私はお前にそこまでして欲しいわけじゃ……」


「やるます! やらせてください」


「ええっ……知らないぞ? ていうか帰りはどうするんだ」


「……とりあえず葉っぱかチーズでも背中にくっつけておきましょうか? それで気がつかないようでしたら私はネクリア様の視界に入るようにカサカサしてみせますので」


「なんか、嫌だな、それは。とりあえず私はこの木の上でお前の帰りを待ってるよ」


 少女は渋々といった顔で、ゴキブリと私に対して【ソウルスティール】を唱えた。虫であっても五分の魂を持っているのだ。


 そして、【ネクロマンシー】によって、私はゴキブリに転生した。慣れない身体であるために、少し練習が必要だった。


 カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…ブブブブブッ……


「あああああああ、やめろ、気持ち悪い。動くな!」


「はい」


 飛べる程に背羽根を高速で動かすのが難しい。仮に敵に襲われたとしても、私は飛んで逃げる事ができないだろう。


 ひたすらに地を這いずり周りながら、どうにかするしかなさそうだ。


「それでは行ってきます。ネクリア様」

「ああ……」


 カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…カサカサカサ…


 地を這い続け、私は鉱山都市の中へと潜入した。今の私に対して気を止める者は、あんまりない。


獣の次は虫。それも世界の支配者であり、恐怖の象徴であられる。

ゾンヲリさんの業はより深まるばかりである。


それに、人外が人間の都市に侵入するには、

ヒャッハーするのでなければこれくらいやらないと難しかったというのが実情である。

ゾンヲリさんは至極真面目に市長の館への潜入方法を考えたのだ。


貴方の住居にカサカサ這いよるのはもしかしたらゾンヲリさんなのかもしれない。


次回、ゴキブリVS〇〇。対人類リーサルウェポン同士の戦いが、今、始まる……っ!

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