第五話:イケメン戦士にゾンビ転生
少女と共に地下の暗室へと足を運んでいた。その目的は以前の戦いで獲得した戦利品を少女に引き渡すためだ。
「ふぅ~ん、女二人引き連れていただけあって結構なイケメンじゃないか。死体の状態もまずまず新鮮だし」
心臓に穴の空いた戦士の死体を見て、少女はイケメンと評したのであった。私の顔はボロボロに腐り落ちそうになっているが、戦士の顔はとてもフレッシュで爽やかであった。
あくまでゾンビの視点から見れば、だが。
「この死体をどう致しましょうか」
「ふ~む」
口元に小さな指をあて、考えこむ仕草を見せるネクリア様のお姿はとても愛くるしく映る。やがて、名案が思い浮かんだのか、少女は目を大きく見開いてみせた。
「そうだ、ゾンヲリ、お前がこの身体を使え」
「私がですか?」
「折角のイケメンの身体だぞ? うーうー言うだけの役立たずの木偶の坊に変えるより、それなりに役に立つお前がなった方が断然お得だろ?」
ネクリア様からの評価が『廃棄物』から、それなりに『役に立つ』に変わった事が素直に嬉しかった。
「そ、そうですね」
また、あのおみ足で頭を踏み潰されるのかと思うと身体がそわそわしてくる。
「ん、ゾンヲリ、お前なんか少し挙動不審だぞ? 何を考えている」
「い、いえ、また頭を潰されるのかと思いまして」
「ああ、それはもうやらないから安心していいぞ。流石に何度も死ぬのはお前だって嫌だろうし」
「え?」「ん?」「い、いえ、何も」
身に染みるネクリア様の優しさと、踏みつぶされない事による残念さから、ついうっかりと口に漏らしてしまった。流石に、また踏みつぶしてください等と言えるわけがなかった。
ネクリア様は訝し気に私の表情を覗ってくる。
「変な奴だな……まぁいい。その場に寝て、目を閉じて力を抜け」
「はい」
言われた通りの姿勢になり、ゆっくりと目を閉じる。
ゾンビは眠らない。なので目を閉じるという行為を必要性としなかった。というのは建前であり、私は意識的に眠るという行為を忌諱していた。かつての黒一色の虚空に戻ってしまうのではないかという恐怖が、未だに消えない。
……肉の檻と痛みがある。それだけで安心感が違った。
ネクリア様が何か詠唱を始める。鈴のような旋律が、心地よい子守唄のように奏でられる。
「……汝の魂を我が糧とする【ソウルスティール】」
「うあっ」
思わず間抜けな声を出したのを最期に、強烈な脱力感に見舞われ、肉の中から無理矢理に意識を引き剥がされるような感覚を覚えた。浮遊感を感じた瞬間、ネクリア様の右手に吸い込まれてしまった。
「ふふ、どうだ? このまま握りつぶしてしまえばお前は消滅するぞ」
そう言って悪戯っぽく笑いながら私をにぎにぎして弄ぶ。暖かい触感に包まれ、思わずそのまま消滅したい気持ちにさえなってしまう。
ふと、どんどんと意識と感覚が希薄になって……。
「あ、おい! ばか、本気で消えたいって思うと消えるから止めろ!」
言われてしっかりと意識を持ち直す。実体感が戻ってきた。なるほど、これが魂の死というものなのか。生への執着を失った瞬間に魂は消滅するのだろう。
「ふぅ…… 不死者となりて偽りの生に縛られるがいい【ネクロマンシー】」
ネクリア様は手に掴んでいる私の霊魂をイケメン戦士の胸に押し込んだ。戦士の身体に染み渡っていき、肉の感覚と痛みが戻った。
身体を起こす。今までの腐乱死体の肉体とはまるで別物だった。
「今度の身体は凄く動きやすいですね」
人は死後、数日も経てば腐って異臭を放ち始め、一週間も過ぎれば体内に発生したガスで身体が膨れ上がり、やがて破裂する。
戦場から人間の死体を担ぎ上げ、ここまで運びこむには早くて1日、遅ければ1週間以上はかかる。現地で人間を直接狩らない限り、新鮮な死体の入手などほぼ不可能だ。地下の暗室に積まれた腐乱死体がそれを物語っていた。
「そうだ、今の状態のお前はまだ腐ってないから防腐加工もしておこうか」
「そんな事が出来るのでしょうか?」
「うむ、今からやってみせるぞ」
ネクリア様は私に向けて手をかざしてみせる。
「日輪よ。紫光となりて彼の者を照らせ【ヴァイオレットレイ】」
ネクリア様の小さな手の平が紫色に発光し、光線が私に向けて照射され始める。
「……?」
黙々と光線を浴び続けているが、特に何かが変わったような感じはしなかった。
「不思議そうだな? これはお前を腐らせる雑菌を焼く魔法だ。私が開発したものだが、ただちに人体への影響は無いはずだ。多分」
「何か、今までの魔法と違うような気がします」
うっすらと記憶に残っているのは以前少女が『精霊魔法』と呼んだ体系の魔法だ。これらは発動の際には周囲の気が淀む。焼く魔法の中でも最下級の魔法ともなると【発火】になる。小さな火を焚き、着火石の代用として使える程度のものだ。
それよりも下位の魔法は記憶にない。だから、不思議だった。
「こっちは『太陽術』だからな。私が直々に開発したものなんだが。まぁ、細かい原理は置いておくと『死霊術』とは根は同じものだ」
照射される紫の光は消え、ネクリア様は手を下ろすと一仕事を終えて軽く息を吐いてみせた。
「結局、これで何が変わったのでしょうか?」
「ま、腐り落ちるまでの時間を気休め程度に伸ばしただけさ。本当はゾンビ如きに一々かけてやったりしないんだからなっ! 特別なんだぞ?」
「ありがとうございます」
特別、という響きで嬉しくなる。それは、少しでもネクリア様に気にかけて頂けるようになったという事だ。少女の期待を裏切らないよう、より一層励まなくてはならない。
「あ、ああ。分かったらこんな部屋さっさと出るぞ。また服に臭いが移るからな!」
「はい、ネクリア様」
地下室を後にし、リビングルームでネクリア様に後回しにしていた報告をする事にした。
ネクリア様は足の届かないソファーの上に座りながら、頬をつきながら私の話を聞き続けてくれた。時折、テーブル台の上に置かれているイチゴ皿に手を伸ばし、ひょいっとイチゴをつまむと一口で頬張っていたりする。
それがまた、嬉しく感じる。
「ほむほむ、それで、冒険者か賞金稼ぎが鍾乳洞にやってきたというわけか。それに1人で3人倒すって……ゾンヲリ、お前って意外と強かったんだな」
「いえ、同胞達が居なければ非常に危ない戦いでした。ですので次が来ると……」
「ああ、お前はもうあそこに行かなくてもいいよ」
「それはどうしてでしょうか? 鍾乳洞に来る侵入者共を皆殺しにしなければ、魔族国西地区への進入路を帝国へ伝えてしまう事になってしまいます」
同僚達には襲撃者を撃退できる程の力はない。私があそこで戦い続けなければ、ネクリア様の治める魔族国西地区に危害が及んでしまうのだ。
「……なぁ、ゾンヲリ、お前ってさ。結構物騒な事言うよな」
「そうでしょうか?」
ネクリア様に害を成す人間に慈悲など与えてやる必要はない。皆、肉と成り果てるべきだろう。
「まぁいいか……。コホン、あそこを通って来る連中に疫病をばら撒くためにゾンビを投棄しているのであって、元々ゾンビを戦力として勘定に入れてないんだよ。だから防衛は国内に住んでる脳筋共に任せておけばいいの」
「そう、だったんですね」
多くの同僚達の大半は、ただ、捨てられていくのが定めだ。何も成さず、誰にも与えず、産まれる事すらも望まれず、ひっそりと二度目の人生を終える。それがゾンビに転生した者の末路なのだ。
それは少し、物悲しく思えた。
「それよりだ。アノ事は忘れろ。いいな? 町で私を見かけても"ネクリア"と呼ぶのもやめろ。私は町では"ネーア"で通っている。それが一番重要だ」
「あ、ハイ」
何となく察して黙る事にした。
「なんだ、ゾンヲリ。その顔は」
可愛らしいジト目で思考を読まれてしまった。ネクリア様の名誉と尊厳をこれ以上傷つけないために黙殺するつもりではあったが、どうしても気になってしまうのだ。
「どうしてネクリア様はあのような事をしておられるのでしょうか? その……」
猫撫で声で媚びる少女の姿が浮かんだ。そこにあまり触れて欲しくはなかったのか、ネクリア様はぷんぷんと頬を膨らませたのだ。
「ああ、もう。今の家にはお金がないんだよ。それに私はサキュバスなんだしさ……」
以前もゾンビの処理にはお金がかかると言っていた。ネクリア様が"あのような事"をするのは、お金を稼ぐのと同時に食事代を浮かせるための措置なのだろう。
しかし、大魔公と呼ばれる程の役職であれば、多少の財はあってもおかしくはない。
「どうしてお金が足りないんでしょうか?」
「以前、親父が家運を賭けた先物取引で失敗してな…… あと領地から取れる税金は全部魔王様に献上するから収入がないんだよ」
「先物取引? と言うとゾンビに関わる何かでしょうか」
「そうだ、安価な消臭スプレーと防腐剤を大量に生産しようとしたんだ。腐らないゾンビならば労働力にも使えるはず。という理屈でな」
ゾンビを役立たずと評するネクリア様だが、それでもゾンビを活用しようと四苦八苦していたのだ。ネクリア様は立ち上がると、棚に置かれた真っ赤な缶を一つ取り出す。
「これが防腐消臭スプレー、通称『レッドスティンガー』だ。原材料は獣人国からの輸入で賄っていたものだ」
『レッドスティンガー』を手渡される。引き金があり、引く事で細い筒から中身が散布されるような仕組みになっていた。
「その原材料というのは一体」
「かけてみれば分かるぞ」
「そうですか」
ネクリア様は悪戯っぽい顔でほくそ笑んでいた。多分、何やら良からぬ事を考えている。自身に向けて、レッドスティンガーをシュっとかけてみる。
肌に付着した瞬間、灼熱と見まがうが如く激しい刺激痛に襲われる。
「おっおおおっ♡おっぼぉ♡おおおおおおおっほおおおお♡、こ、これは!」
「うわ、気持ちわるっ!」
跳びのくネクリア様に注意を払う余裕もなく、だらしなく涎をたらし続け、妙な声を出してしまった。
これは、すごく、クセになる。
刺すような痛みではなく、じんわりと馴染むような優しさある痛みが、イイ。悶絶し続けて数分後、ようやく気分が凄く落ち着いてきた。
「その、大丈夫か?ゾンヲリ。悪かったよ」
「だ、大丈夫です。ネクリア様」
「こほん、これはな、香辛料が原材料なんだよ。家で色々思考錯誤した結果、香辛料と炭には腐敗と臭いを抑制する作用がある事が分かってな。とびっきり強烈な奴で作ればゾンビを労働力に出来ると踏んで大量に輸入したんだが……。結局捌けなくて不良在庫を大量に抱えるハメになってしまったけどな…… 刺激が強すぎて使えたモノでもないし、肝心のゾンビの腐敗抑制効果も塩と同程度しかなかったからさ……」
「そうだったんですね。でも私は好きですよ。これ」
「え?」
商品のフォローをしたつもりが不審がられてしまった。実際に本心から述べた言葉であるので嘘偽りはない。
「あ、いえ、何でもありません」
「それで、家が金欠になったから従者が皆逃げてしまったんだよ。ゾンビと関わる都合上、掃除とかが凄く大変でな。高給にすることで無理矢理やらせてきた連中ばかりなのさ」
金の切れ目とは縁の切れ目、酷く残酷で、疎かにしてはいけないもの。人は皆、優しさだけでは生きていけないという事なのだろうか。皆、ゾンビになってしまえば優しさだけで生きていけるのではないだろうか。
という思考が一瞬頭をよぎる。
「親父も兄上も1年前の帝国との戦いで蒸発してしまってな。今は私が党首になったってわけさ。私は戦闘はからっきしだから前線に出て恩賞なんてもらえないし、術研究で引き籠ってたからコネなんてモノもない。結婚だってこんな身体と立場じゃな……」
ネクリア様は、少女にしては成熟した身体に視線を落とした。
魔族的感覚で言うならば、ネクリア様の身体は幼すぎたというべきなのだろう。私の感覚では十分過ぎる程に可愛らしいと思う。だが、魔族の男性の体格は人間ゾンビ換算だと1,2回り程大きい。小さなネクリア様が隣に立った場合、色々な意味で危険性が生じる。
立場も同様、上流階級の者が汚らわしいゾンビと一緒に過ごす生活は耐えられるモノではない。
「でも私はネクリア様は可愛らしいと思いますよ」
「え? おまっ!」
自身を卑下するネクリア様をフォローしたつもりが不審がられてしまった。実際に本心から述べた言葉であるので嘘偽りはない。
ネクリア様は少女らしく顔を赤らめていた。
「あ、いえ、何でもありません」
「いや、その顔でそういうセリフをいきなり言うのは止めないか?」
「浅慮が過ぎました……」
すっかり忘れてはいたが、今の私の顔はネクリア様基準ではイケメンなのだ。
そのうち腐り落ちるのだろうけれど。
「そうだな、罰としてお前には屋敷の掃除を任命する。腐り落ちるまでの間、存分に働け」
「はい、喜んで!」
「うむ」
結局、私に出来る事というのはそれ程多くはない。
帝国の進行を止める事ができるわけもなく、戦闘で恩賞を貰える程の活躍ができるわけもなく、少女の境遇を変える程の起死回生の一手を思いつくわけもない。
新しく手にしたこの力で屋敷に巣くったヘドロを浄化する事だけだ。
設定補足
【ヴァイオレット・レイ】
通称紫外線レーザー。30秒くらい照射し続けると滅菌できます。それだけ。
作中では太陽術としてネクリアさん13歳が開発したことになってます。
ゾンビの防腐加工技術を高めた結果ここに行き着いた。と言っても気休め。
【サンライト・レイ】
近赤外線レーザーで熱を集中させオーブンを焼きます。太陽術。
ネクリアさんのピザを温めて食べたいという欲求に基づいて開発された魔法。
ヴァイオレット・レイの下地になった魔法でもある。
【レッドスティンガー】
香辛料と言っているけど、ようは唐辛子。
唐辛子には防腐効果と消臭効果があるらしい。
ただ、スコビル値が高いモノは刺激性が非常に高く、
ジョロキアレベルになると素手で触るだけでも悲惨な事になる。
ゾンビは意識がないとはいえ、唐辛子を傷口に刷り込む行為は犯罪なのでやらないように。
という形で涙ぐましいゾンビ活用のための試行錯誤が行われているのだ!
もうスケルトン使えよってツッコミは……やめようね。