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第二十話:滅殺剣ダインソラウス


 正午、ベルクトから資材と紹介状を貰い、向かった先は鍛冶場だった。先日のグール騒ぎによるものか、以前と違って工房の中に活気が生まれていた。奥の部屋からは竈の熱気が溢れ、ハンマーで金属を叩く音が聞こえてくる。 

 

 私は受付の青年獣人に対して紹介状を見せる。


「ベルクト殿からこちらの紹介を受けたので、剣を鍛えて貰えないだろうか」


「お嬢さんにしては、随分と大きな剣ですね。手に取っても?」

「ええ、どうぞ」


 血錆びた黒剣。魔族国で最初に手にしてから、今までに多くの者共を切り刻んできた剣。


 艶めかしくこびり付いた赤黒く乾いた血が、ヒビが入って割れ、欠けた刃渡りが、これまで、この剣を血で鍛え上げて来た歴史だ。


 剣を手に取った瞬間、受付は身震いしてみせた。


「……底冷えする程、嫌な感じのする剣ですね。親方! すみません! 来てもらっていいですか!」


「なんだ、仕事中にうるせぇぞ!」


 奥の部屋からのっそのっそと歩いてきたのはエプロンを前にかけた初老の獣人。全体的に筋肉質な図体だが、特に腕周りは非常に太く発達している。露出している部位の至る所からもそもそと伸びた茶色の毛並みが印象的だった。

 

「親方、見てくださいよ。この剣」

「アアッ? 何じゃこりゃ」


 親方はまじまじと剣を見つめ、私を睨みつける。


「おめぇ、どれだけ人を殺して来た」


 至極、正直な感想だった。


「覚えているので二十から三十人程でしょうか」


 最も、人に限定しなければ数は有に3桁を超える。


「コイツはそんな生半可な数じゃねぇぞ。暗重金属合金(ダークヘヴィメタル)が血で錆びるってのは尋常じゃねぇ。腐食の呪いか、もしくはずっと血に漬け続けでもしねぇとこうはならねぇ」


 黒剣の芯材はダークヘヴィメタル。どのような金属なのかは今の私には知る由もない。熱気の籠った親方の瞳に一筋の狂気が宿ったように見えた。


「ん、よく見りゃあ銘が彫ってあるな。『ダインソラウス』、死の光、あるいは、輝き果てる。か。ロクでもない銘だな。こりゃ」


 死を前にした生命は最も強く光り輝く。それを魂ごと砕き割るために振るわれる滅殺剣『ダーインソラウス』。数多の血と魂を吸い続けた剣に相応しい名だろう。


「所で知ってるか?」

「何でしょうか」

「長く使い込んだ武器には念が宿るんだよ。呪いにも似たようなもんだがな」

「それに何か問題があるんでしょうか?」


 確かに、不思議な縁を感じなくはない。正直な所、切れるなら何だって良かった。 


「はぁ……大物だな。アンタ」

「それで、鍛えては貰えないのですか?」

「やらせろ」


 即答だった。まだ依頼料に関する話すらもしていない。


「ではこちらのコバルトインゴットでお願いしてもらってもよろしいでしょうか? 余った分は依頼料に含めてしまっても構いません」


 コバルトインゴットと薬草売却で得たコバル銀貨をテーブル台の上に置くと、親方は片手で一つインゴットを掴みとって持ち上げた。


「もっといい金属を使いたい所ではあるがな。まぁいい。二日後くらいにまたきな」


「ありがとうございます」


「そうだ、手ぶらもなんだろ。失敗作で良けりゃあ一本好きなのをもってけ。貸してやる」


 黒剣に近い形状のコバルトクレイモアを一本拝借する。真銀製の業物だ。軽く振るってみる。軽く、しなやかでよく切れそうな刃だ。


「よい剣ですね」

「世事はいらねぇ。さっさといきな」


 鍛冶場を後にした。


(なぁ、ゾンヲリ。あの剣ってそんなに価値ある物だったのか?)


 見た目は単なる血錆びた剣なので価値があるようには見えなかった。


「さて、どうなんでしょうね。私にはアレしかありませんでしたから。ただ、折れにくくはありますね」


 以前、風の魔剣で大魔公ルーシアの【ソニックスラッシュ】を切り裂こうとした時、あまりにも呆気なく剣がへし折れた。それは別に珍しい事ではない。本来、剣が錆びるまで使い込む事は出来ないからだ。


 それに耐えうるだけの強靭な武器でなければ、魔族の使用する魔法に太刀打ちすることなど到底出来はしない。恐らくアレは、斬魔を目的とするために作られた武器なのだろう。


 元の使い手がどういった者なのかは知らないが。私と同様、きっとロクなものではない。


(そっか、私は剣の事はよくわからないからなぁ)

「ネクリア様には似合いませんよ。きっと」


 ありとあらゆる意味で、少女には似合わない。そう思った。


(む、お前は私の身体を使ってブンブン振り回してるじゃないかっ)

「私は戦士ですから」


(でもなぁ、最近思うんだよな。このままお前にだけ戦いを任せて良いのかなってさ)


 少女の言葉は私に対する不信なのだと思われた。

 

「私では至りませんか」


(違う、ゾンヲリは十分過ぎる程によくやってくれている。けどさ、お前が必要以上に怪我するのって私が弱いせいだよな……)


 少女は自身の生命を維持するだけならば、戦う必要のない相手とも戦っている。確かに、私が単独でソレらと戦うのであれば、"別の手段"をとる事も出来る。護る事を気にしなくても良いからだ。


 人を一人護るのと比べれば、その10倍以上の敵を殺す方が遥かに楽だ。迫る敵を鏖殺(おうさつ)してしまえば、結果一人は護れる。


 簡単な理屈だ。

 

「なら、深淵(アビス)の事を忘れてしまえば良いのではないでしょうか?」


 獣人国で生活基盤を手に入れた以上、もはや少女が戦う必要はない。全てを忘れ、細々と生きていくだけならば私の事も必要とはしない。今の少女を戦いに駆り立てるモノは復讐ではない。


 課せられた使命によるものだった。


(それはダメだよ。ゾンヲリだってあの連中を見ただろ? 放っておくわけにはいかないよ)


 使命に縛られた少女に自由がなかった。


 ならば私の結論は一つ。全てを叩き切ってしまえばいい。ただ、少女が自分の身を自分で守れる手段を覚えてもらった方がよい。


 今の私は弱い。恐らくは少女の敵を全て叩き切る事は叶わない。私が壊れた後の事も考えておく必要があった。


「ネクリア様、でしたら今度、私に肉体がある時で良ければ剣について教えましょうか?」


(私に出来るのか?)


「大丈夫ですよ。元々ネクリア様はお強いはずですから」


 少女が十全に肉体を駆使すれば、少なくとも並の戦士には劣らない程には強くなれる。鍛え続ければ、今の私よりも強くもなれる。


(そうか、そうだよなっ! なら、今度私にも剣の事を教えてくれよゾンヲリ)


「結構痛い思いするかもしれませんよ」


(……それはちょっと嫌だな)


「なら止めますか?」


(やる)


 普段、物臭な少女がこれだけの決意を見せたのだ。今のうちに教えられる事は教えておくべきだろう。


 これより先、少女の往く先は覇道となる。


 その過程で多くの者が血を流し、理不尽な暴力に涙を流し、足掻きながら汗を流すだろう。戦い続ける限り、その途は続く。私の知っている途だった。

血と汗と涙を流せ~

剣に名前が付きました。


・設定補足

『ダーインソラウス』直訳では死の光。

 何故錆びているのかと言えば、鍛冶屋のおっさんの感が大体当たっている。


コバルト銀鉱:真銀なので銀貨としても利用される。

       それがCコバルなのである。

       コバルト自体はコボルトが掘って残していくという伝承の元から。

       普通の銀よりは武器に向いているので価値が高い。

       獣人国は鉱山を奪われているのでコバルト鉱石の採取が出来ない。

       ようは結構死活問題だったりする。


暗重金属(ダークヘヴィメタル):暗鉄

 その素材は色々と謎に包まれている。非常に頑丈で重く、耐蝕性もある。

 普通は錆びたりしない。そんな素材なのだ。

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