第十八話:ディスペアーカーヴ
最近シリアヌス気味でギャグがかけていない。悲しい。
兵舎の中にあった個室は、作業机に簡易ベッド、着替えの服を収納するスペースがあるだけの質素な空間だった。
「ははは、お恥ずかしい所をお見せしてすみません」
愛想笑いを浮かべながら左手で頭をかいているのは竜王ベルクト。彼は利き腕には血の滲んだ包帯を巻いていた。
「その怪我はどうしたんだ?」
少女は腕に巻かれた包帯をしげしげと見つめる。
「近隣の村で黒い化物が暴れまわっているとの報告があったので、討伐隊を率いて戦ったのですが、仲間達の犠牲の上で何とか勝つことができた。という所です。竜王として面目ない話ですが」
「ふむ、やっぱりグールか」
「それで、ネクリア様がこちらに参られたという事は、もしや」
「うむ、お前たちに協力してやろうと思う。有難く感謝するといいぞっ」
少女はいつものように慎ましい胸を張ってみせた。
「おお、ありがとうございます」
「ただ、協力するにあたってゾンヲリから条件があるみたいなんだ」
「条件とは?」
少女は私に制御権を受け渡してくれる。ならばさっさと本題に進めよう。
「竜王グルーエルの肉体。それが獣人国に協力するために必要な条件だ」
「それは……」
ベルクトは困ったような顔をして見せる。当然だろう。獣人国の英雄を墓から暴いてよこせと言うのだ。これに喜んで「はい」と頷く者など居るわけがない。
「私が戦うためには死体が必須だ。それも戦争に耐えうる程の者ともなれば、生半可な死体ではお話にならないな」
「でしたら討伐したグールの死体ではどうでしょうか」
魅力的な提案ではあった。確かに、あの身体であればある程度は戦える。
「それならーー」
(ゾンヲリ、それはダメだ。グールの身体を使うのは私が絶対許可しないからな。アビスの力によって変質した肉体を使うって事は、グールに変貌する苦しみと魂に対する汚染をその身に受けるって事だぞ。お前だって不死隊の件でいい加減に懲りたろ)
力には代償を伴う。私はそれでも構わなかった。昔も、今までもそうやって生きて来たからだ。私の魂がどれだけすり減ろうが、それは大きな問題にはならない。
だが、少女にとってはそうではなかった。
「……ネクリア様が許可しません」
「そうですか……」
沈黙のまま時が過ぎる。無理な話だ。何か別の手を考える方が建設的かもしれない。
「であればこの話はそれまでという事でよろしいですか?」
ベルクトは思い悩んでいるように見える。まだ迷っているのだ。
「大変ですベルクト様」
急に個室に慌てふためきながら駆け込んできたのは衛兵の一人だった。
「何が起こった?」
「また黒い化け物がビースキン近郊に現れました!」
「何だって!」
「このままでは外の民は全滅してしまいます」
ビースキン近郊、難民達の仮設テントが張られていたのは通りがかりに見かけている。餌の匂いに釣られてグールはやってくる。
獣人国最大の戦力であるベルクトは既に手負い。中途半端な戦力を当てても、あの強靭な外皮を持つグールに対して傷一つ付ける事は叶わない。
「分かった。すぐに援軍を出そう。お前は難民達の誘導に向かってくれ」
己の力だけでこの獣人国の窮地を乗り切るのであれば、難民は見捨てるべきだ。だが、竜王としての立場がそれを許さないだろう。
「はっ」
衛兵は持ち場へ向かい、走りだしていく。
「……ゾンヲリ殿」
「なにか?」
「私の独断で竜王、グルーエル様の肉体を提供致します。それでどうか我々を助けて頂けませんか」
理想だけでは何も救えない。その事をベルクトは理解している。だからこその決断だった。一番苦虫を噛み潰したいのは他でもない。ベルクトなのだ。
「承知した」
それから、ビースキンの外れにある共同墓地に案内される事になった。
簡素な石材に文字が掘ってあるだけの墓が立ち並んでいた。獣人国での死者の弔い方は土葬。土の精霊へと御霊を捧げる事で死後の安息を得る。とのことだ。
先ほど少女から伝えられた死後の真実を知らなければ、私がゾンビでさえなければ、その言葉は素直に信じられたのかもしれない。この場に埋められているのは単なる死体の群れ。ゾンビの素体でしかない。
そう割り切るのは、悲しい話だ。
「こちらへ」
偉人を祭るための荘厳な建物へと招き入れられる。そして、獣人国の英雄、竜王グルーエルがここに眠る。と石板に刻まれた玄室の中へと立ち入る。
光の一切が差し込まない部屋の中央に安置された石棺の元まで近寄る。
「申し訳ございませんグルーエル様、私が至らないばかりに、貴方様の眠りを覚ます事をお許しください」
ベルクトは石棺を開けるとむっとした臭いが広がった。死臭ではない。全身を布で包まれた一角獣人のミイラ。竜王グルーエルだった。
「ネクリア様」
(分かった)
少女は肉体の制御権を私から取り戻し、【ネクロマンシー】の呪文を唱える。
「どうだ? ゾンヲリ」
「ええ、動けます」
身体を起こす。死蝋で固められた身体は動きにくいと思ったが、意外とそうではない。むしろ身体が軽いとさえ思える。竜王の鍛えられた肉体、血の流れない身体。抜かれた臓腑。
今までの肉体で最も戦いに適した身体だった。これならば、存分に最低限の戦技を振るえる。
「……本当に、このような事が許されるのでしょうか……私は……私は……」
ベルクトの先代に対する敬意と己の無力感から来る自責。それは、彼が本来はこのような手段を取りたくはなかったという意思の表れだ。
「悔やむ暇があるのならば力を身に付けろ」
「ゾンヲリ殿は酷い御方だ」
「よく言われる」
「戦いに望む際には私の防具を使ってください。竜王が身に付ける物ですので防具としての性能は指折りのものです。利き腕の小手は前の戦いで壊してしまいましたが」
「十分だ」
〇
深夜、本来であれば人々は寝静まり、静寂が支配する時間帯。しかし、今夜は異様な程の熱気と喧騒に包まれていた。
「ニクガアアアアアッゴゴニィイイッ!」
「うわあああああっ化物だああああああ」
黒い化物は逃げ纏う獣人を見つけては飛びかかる。
「ひぎゃあああっ」
両の手で獣人の青年を掴み、頭から貪り食らう。ぶち、ぶち、と肉の千切れる音。ゴリ、ゴリと頭蓋をかみ砕く音。力無く垂れ下がる獣人だったモノの両手。
血だまりはグールの足元に広がっていく。
「ひぃっひぃいいいいいい」
「いやああああああああ!」
投げやりに死体を投げ捨て、次の獲物を見つけては舌なめずりするグール。
それを見て、我先にと木々をかきわけ逃げ惑う難民達。呆然とその様子を眺めるだけの獣人の兵士達。
「無理だ…… あんなのと戦えるわけがない」
「いつになったら援軍が送られてくるんだ」
難民キャンプは、阿鼻叫喚となっていた。この場に残るのは狩る者と狩られる者のみ。
「なんだ、アレは」
逃げ纏う者達の中で、一人だけグールの元へと歩み寄る者がいた。
水鏡のような光沢を纏う真銀鎧。胴体は竜鱗を模したスケイルメイル、後頭部に生えた二本の角と額から伸びる一角は竜の顔を模したものだ。
そこまでであれば、神々しい銀竜のように思えた。
しかし、破損した右手からは包帯で巻かれた手が剥き出しになっており、その手に引きずられるのは黒く血錆びた両手剣。
カリカリと石ころを弾きながら、ソレはゆっくりとグールの元へと近づく。
「ベルクト様か?」
「いや、違う。あれは、何だ」
「ニク、ヂガウウウウウ!」
グールは近づいてくる異物に気がつくと敵意をあらわにする。目の前の異物に食べられるような部位が無い事を知り、怒りを爆発させた。一匹の黒い獣はドタドタと近づき、狂爪で異物を薙ぎ払わんとする。
「死ね」
異物に目掛けて振るったグールの腕は空を薙ぎ、そして飛んだ。割れた大地に食い込んでいる両手剣にはドス黒い鮮血が付着していた。
大地を割る程の膂力で、グールの腕は無理矢理ねじ切られたのだ。獲物は自らが狩られる側だと気がついた時にはもう遅かった。
「ゴア――」
「肉と成れ」
血錆びた両手剣は逆袈裟にグールの胴体を引き千切る。その段階で戦いは既に終わっていた。
だが、終わらない。
両手剣は目にも止まらぬ速度でグールを撫で斬りに下ろしていく。一の太刀走れば血が地面に走り、二の太刀、参の太刀まで振るわれる頃にはその場に残るのは単なる肉だった。
しかし、未だ終わらない。ただひたすらに宙に浮いたままの肉を切り刻み続ける。
剣の狂葬曲を終え、後に残った細切れの肉塊を見て賛辞を贈る者は誰も居なかった。
「糧にも成れぬ貴様にはその姿がお似合いだ」
銀竜は無感動に踵を返す。その全身は返り血で赤黒く染まっていたのだ。肉塊と見紛うような両手剣が地面に引きずられていく度に、血の筋が伸びていく。
衛兵達は銀竜に声をかけるでもなく、ただ、戦慄していた。
「ナンなんだよ……アレは……」
ゾンヲリさん無双の始まりであった。
ただ、これ。誰かさんの地雷踏みぬいてたりしますが。
戦闘はカウンターで腕を切り飛ばした後にバラバラに引き裂いて終了。
「我が剣舞にて安らかな眠りを・・・レクイエム!」
で通じる貴方、かなりマニアックかもしれない。