第十七話:死食
サフィさんがアップ始めるのは実の所もうちょっと後だったりする。
「んん? ゾンヲリは私の護衛のゾンビ戦士だけど、それがどうかしたのか?」
少女は素直に聞かれたままに私の正体を明かす。
「ゾンビ!?」
「ああ、ん~何かちょっとややこしいから出てこいゾンヲリ。お前が代わりに話してくれ」
少女から身体の制御権を受け取る。孤児院には長居するつもりはなかった。私という化物に対して良い印象を持っていないからだ。
「ゾンビウォーリアだ。昨夜ぶりになるな」
「君、なの?」
「ああ」
白一角の娘サフィは固唾を飲んで少女を見つめる。
「じゃあ、昨日出会った時の子供の姿は……」
「その場にあった適当な依り代だ。私も、その肉体の持ち主も既に死んでいる。単なる死者だ」
「そんな……」
「それで、"化物"の私に何か用でもあるのか?」
白一角の娘は深く頭を下げる。
「あの、昨晩の事はごめんなさい。あの時は色々と混乱していて、君を傷つけたから」
一般的な婦女子であれば、半裸に剥かれた状態で平静を装える方がおかしい。戦士として見るならば落第点ではあるのだが。
「私に貴女から謝罪を受ける程の資格はない」
「えっ?」
謝罪を受ける事を拒絶する私の反応が予想外だったのか、白一角の娘きょとんとした表情を浮かべる。
だが、私がこの者達から謝罪を受ける資格がないのは本当の事だ。なんせ私は、"化物"、だからな。
「サフィさん。失礼ですが貴女が孤児院暮らしになった経緯を聞いても?」
突然の質問を受けて困惑した様子を見せるサフィ。
「ええ、と…… 数年前に人間との戦争で父が人間の狂戦士に殺されたわ。それで、私は独り身で生きていく事になったの」
竜王に成った臆病者と娼婦に堕ちたお人よしの関係から推察すれば、一つの答えが導き出される。
「もしや、貴女の父は先代の竜王では?」
「えっ? もしかして父を、グルーエルをご存知なんですか?」
「いえ、知りませんよ。多分そうだと思っただけですよ」
「そうですか……」
ただ、これで確信に至った。
「サフィさん。貴女はオウガが憎いですか?」
ビクっと反応する白一角の娘。
「君はどうしてそんな事聞くの?」
「単なる娼婦の身でその実力を身に付ける意味がないからですよ」
「……ッ!」
獣人国で最も優れた武を持つ者がベルクト、そして、次に優れた武を持つ者がサフィだ。これまで見て来た衛兵、村の警備兵の実力は大幅に劣る。今の私であれば一人で殲滅する事も容易に可能とする程に、弱い。
それ程までにコボルトという種族は弱い。装備も、膂力も、技術も、魔術でさえも人間には劣る。
それでも尚、分不相応な実力を身に付けようとする娼婦に宿る感情。それは……憎悪だ。復讐、そのためにサフィは力を求めている。
「オウガが憎いですか?」
「……憎いです。父を殺したニンゲンが、私やあの子達をあんな目に遭わせたニンゲンが、憎い」
そう言葉を紡ぐ白一角の娘には、もはやお人よしの面影はない。歯を剥き出しにして憎悪に歪む復讐者としての顔が、印象に残った。
悲劇という火酒に溺れ、力を求める者が持つべき顔だ。
「であるならば、やはり私は貴女の謝罪を受けるべきではない。それに貴女のその望みは近日中に叶うだろう」
「えっ? 君は一体何を知ってるの?」
「私が知るのは殺し方だけですよ」
この国に来てからようやく思い出した事がある。
死んでから私に唯一残った記憶が殺し方だけだったわけではなかった。生きていた頃から、私はソレしか知らないのだ。なんせ私は、"化物"、だからな。
もう、ここには用はない。
「あの少女の事は頼みます」
「ええ、任せて」
元々、孤児院に来た目的はこれだけだ。戦士の遺児に理不尽よりはマシな不幸な生活を与えるためだけ。
孤児院の出口でサフィに対して別れの挨拶をする。サフィの手に握られているのは獣人の少女。ストネだった。
「おねいさん。さよーなら」
「さようなら」
手を振る少女に別れを告げ、次の目的地を目指す事にした。日はすっかりと沈みきり、雲一つない暗黒の空に赤い星が輝いていた。
(なぁ、ゾンヲリ。やっぱりさっきからお前おかしくないか?)
兵舎に続く路地を進んでいると少女は語りかけてくる。
「おかしいでしょうか?」
(うむ、なんかさ、黙って話聞いてると以前より怖さみたいなモノが増してきてるぞ。嫌な感じだ)
「そうでしょうか?」
(そうだよ。お前は私の従者なんだから、あんまり他に威圧したり悪影響与えるような真似は慎めよ)
「申し訳ございません」
(なぁ、ゾンヲリ。お前本当にそう思ってるか?)
「はい」
(なら、いいんだけどさ……)
少女に気にかけられる程なのだから、余程なのだろうな。何か一つ思いだす度に、後ろ暗い過去ばかりが浮かび上がる。背負っている血錆びた大剣と同じ、洗っても洗っても血が消えないのだ。
「ネクリア様にもありますか?」
(何がだ?)
「殺したい程憎い相手が」
(ああ、止めろ。そういう事聞くの今度から禁止だ)
「はい」
(目的を間違えるなよ。お前は私の忠実なる奴隷なんだから私に対する奉仕以外の事は考えちゃダメなんだからなっ)
「はい、心得ました」
結局、それが今の私にとって一番楽な生き方なのだと思えた。
「ですがネクリア様、もしもこれから、この国の"戦争"に関わろうとするのでしたら一つ覚悟して頂きたい事があるのです」
(なんだよ。ゾンヲリ)
「恐らく、獣人国が人間相手に戦いを始めて仮に勝利をしたとしても、何一つ良い事は起こりません。ですがその結果の責任だけを負う事になります。それでも関わろうとするのですか?」
(だって放っておけないだろ? それに、アビスの影がチラついてる以上、そのままにしておくわけにもいかないんだ)
少女には少女の思惑があった。アビス、以前遭遇したディープワンがそこに住まう住人だ。アレ単体でさえもグールに相当するほどに強さを持つ。だが、それでさえも下位の存在であると少女は言っていた。
そのような存在に立ち向かおうとする少女の意志は固い。
「ネクリア様はどうして、そうまでしてアビスに関わろうとするのですか」
(魔王様も親父も兄上も、皆浮かばれないからな…… それにもう、残ってるのは私しかいないんだしさ。ゾンヲリ、ちょっと体返して)
「はい」
少女に身体を受け渡す。そして、一冊の魔導書を手に取ったのだ。
(これは?)
「これ、ネクロノミコンって言うんだ。原本じゃなくて複製なんだけどな。簡単に説明するとアビスの連中がすごーくおぞましい連中だって事が書かれている本なんだ」
少女はペラペラとページをめくって見せてくれる。深淵という地獄の存在。そこには死者の魂を冒涜する存在が居た。いわば邪神の類の晩餐会場が深淵である。
そして、1000年に一度、死の星が太陽を喰らい尽くす時、逃れる事の出来ない死が訪れる。
それが『死食』、異界の住人の晩餐が始まる。
太陽の光は失われ、アビスゲートが完全に開かれると、深淵の住人が現世にあふれ出し、生ある者は例外なく邪神の供物として捧げられる。そこに住まう者共の恐ろしさはベリアルの比ではない。
その本によれば"死には一切の救いがない"と言う事実が淡々と述べられていた。
(……これは事実なのでしょうか)
「うむ、大抵の連中は信じないだろうけどさ。事実だよ」
これを少女一人に背負わせるとは、この世界の創造神は実に性格が悪い上に惨い事をする。切り刻んでバラバラに引き裂いてやりたい程だ。
「はは、私は最初これを見た時は怖くて夜に眠れなくなっちゃったからな。いや、今だって怖いんだぞ」
少女は自分の身体を抱いて悪戯っぽく笑って見せた。
「だからさ、放っておくわけにはいかないだろ?」
(そう、ですね)
死という理不尽は誰にでも訪れる。それと正面切って向き合える少女は、強かった。
はい、どっかで見かけた設定ですね。
ゾンヲリさんから迸る闇の波動。
ここまで露骨にやると章のオチや展開まで読み切られそう。
・設定補足
『死食』
1000年に一度訪れる。生ある者達に訪れる逃れられぬ死。
魔族国の最上級ユニットであるベリアル一匹がどれくらい強いのって言うと、
(T )←ワロイス将軍閣下と同じくらい強い。




