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第十六話:ビースキン風香草煮込み 再び。

修羅場回(謎)。カレー食べてる人は注意。


(ここが孤児院か、私の屋敷よりも綺麗な所じゃないか)


 少女の悲しみ溢れる心の声が聞こえた。


 一般的だと思われる感覚で綺麗かと言えば、お世辞にも綺麗とは言えない。お人よしがオンボロと評するように、壁にヒビが入る程年季の入ったものだ。


 垂れた仕切り布を潜り、獣人の少女と共に孤児院の中へと踏み入れる。

 

「こんばんは、どなたかいらっしゃいませんか?」


「どちら様かしら、あら、貴女って確か……」


 白一角の娘サフィが奥から現れる。私の(ネクリア様)顔を知っている様子だった。そして、食い入るように近寄ってくる。


「大丈夫? あのロリコンに変な事されなかった?」


 一瞬、何のことか理解が追いつかなかったが、お人よしがロリコンと称する可能性のある男は私が知る限り一人しかいない。どうやら意外と顔が広いらしい。竜王なのだから当然か。


「ベルクトさんの事でしょうか? 大丈夫ですよ、とてもよくして頂きましたので」


 実際、良くして頂いたのは事実。薬草の売却程度では追いつかない程の金額を無償で提供するほどの男だ。


 だが、サフィが一瞬顔を引きつらせたのが印象に残った。


「安心しちゃダメ。アレは何考えてるか分かったもんじゃないんだから」


 ……サフィはベルクトの事を良く思ってないのだろうか。言葉の節には敵意すら孕んでいるような気がする。


「気をつけておきます」


(ふうん、これがお前が前に会った女か。確かにコボルトにしては胸とか胸とか胸とか無駄にデカいけど。ま、私の方が可愛いな)


 主に一部の身体的特徴を(あげつら)うその様は正しく嫉妬のデーモンだった。私は戦闘に邪魔なだけな胸の事など気にしない。いやむしろ、ない方が健全であるとさえも思える。


 少女の方が可愛いくて強いという意見にも同意だ。

 

 だがしかし、それは今重要な事なのだろうか、いやよそう、私の勝手な思い込みで……


「何か変な事考えてる?」


 おっと、思考を巡らせすぎた。


「あ、ああ、少しぼーっとしてしまったみたいだ。それは良いとして、お願いがあって訪問に来たのです」


 本題は獣人の少女についてだ。


「お願い?」


「魔獣に村が襲われたのでこの子を保護したのですが、既に身寄りもなく、私も今はどうにかしてあげられる程の手持ちもないのです」


 私は手を繋いだ獣人の少女に視線を向ける。


「大変でしたね…… 良ければおばあちゃんに掛け合ってみます」


 不安そうにこちらを見上げる獣人の少女。


「大丈夫、この人は信用できる人だよ」

「……うん」


 私の失言を白一角の娘は聞き逃さなかった。


「あの、失礼ですが、私と貴女は初対面、ですよね? 確かに一度すれ違いはしましたけれど…… それに孤児院(ここ)の事をどうして淫魔の貴方が知っているんでしょうか」


「あ、はははっベルクトさんが教えてくれたんですよ。その、私も"こういう見た目"ですので勧められまして……」


(おい、ゾンヲリ。こういう見た目ってどういう意味だ。私が幼児体型だとでも言いたいのか?)


「あ、い、いえ、あ、ははは……」


 ……状況が非常に不味い。サフィはベルクトの事をロリコンと称する程なのだから、彼ならば孤児院を知っていてもおかしくはない。


 そう思って、失言が失言を呼んでしまった。


「あのロリコンめ……」


 そして、私の咄嗟(とっさ)についた嘘は彼の名誉を大きく傷つける事になった。


「それより、サフィさんこそベルクトさんとはどういった関係なのでしょうか?」

「えっ?」


 ……言葉遣いを気にするあまりにまた失言をしてしまった。白一角の娘はまだ名乗っていない。


「あ、いや、貴女の事をベルクトさんが気にされていたようでして……」

「アレが……? そんな事があるわけない! それなら、私も父さんもこんな目にあってないもの」


(おい、ゾンヲリ。無視するな。答えろ)


 もはや収拾がつかない所まで来てしまった。少女の声に反応するわけにはいかないし。サフィはお人よしとは正反対とも言える程の剥き出しにした怒りを隠さない。


 いわば、触れてはならない禁忌を犯したのだ。私は。


「あ、いえ、急にごめんなさい」

「いえ、こちらこそ不躾な事を聞いてごめんなさい」

(……後でじっくり聞くからな)


 思考の整理が追いつかない。が、二人とも一先ずは落ち着いてくれたようだ。安心したら少女のお腹から虫の音が響いた。


「よければ晩御飯、食べていきますか?」

「す、すみません……頂いてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん」


 少女は育ち盛りなので食べないといけない。そして、先日と同じようにビースキン風香草煮込みがテーブルに出された。


「また香草煮込みかよ~」

「昨日もこれ食べたばっかだぞ~」

「わーい!」


 孤児は口々に文句を言う。一人、獣人の少女は喜んで口に運ぶ。私にとっても"御馳走"なのでソレを口に運ぼうとする。


 しかし、身体が動かない。


 いや、少女に身体の制御権を無理矢理奪われている。


(ネクリア様?)


 少女は食器を置いた後に再び身体の制御権を明け渡す。


(ゾンヲリ、お前このゲテモノを食うつもりか? 信じられないぞ!)


 少女の口から出て来たのは明確な嫌悪だった。小声で「どういう事でしょうか」と嫌悪の理由を尋ねると。


(これを見てると私の嫌いなプレイの後始末をさせられてた事を思い出すんだよ。それにどうみても刺激物だ。こんなものを舌に乗せるだなんて嫌だ。絶対に嫌だからな!)


 嫌いなプレイ……と聞いて"ネーア"の事だと推測できた。そして、焦げ茶色の食事から連想させる後始末といえば一つの答えに思い至った。


 ……やっぱりハゲの者は鏖殺(おうさつ)するべきだな。一度そう考えてしまうと、そういうモノにしか見えなくなる。幸福であったはずの食事が、どうして……こんなことに……。


 深い絶望、そうとしか形容できなかった。

 

「……貴女は香草煮込み、嫌い?」


 こういう時に限って気遣われると気まずいものだ。少女は香草煮込みの色と見た目を嫌っているだけだ。ならば食べてしまえば美味しいと思うかもしれない。


 これは"普通"の食べ物だ。食わず嫌いはよくないと思うのだ。


「あ、いや、そういうわけではないんです。食べます!」

(おい馬鹿やめろ。ゾンヲリ。うわあああああああああっ!!!!辛い!!!!!!! 痛い!!!)


 少女は再び私の身体の制御を奪うも時既に時間切れだった。


「辛い!!!!からひぃ!!!!!水、水、水」

(やっぱりおいひぃいいい♡♡♡)


 ああ、思考が焼かれるこの感覚。たまらない。香辛料で焼け付く舌が、喉が、腹が。マグマのように熱を帯びる。死者の身体よりも鮮明に、その熱を感じ取れる。


「ああ、辛いの駄目なら言ってくれればよかったのに」


 私はむしろ好きだった。だが、少女の反応は尋常ではない。


「お腹が痛い! と、トイレは何処だ!」

「あっちだけど大丈夫?」

「うわああああああああっ」

 

 お腹を抑えながらトレイの個室に駆け込む少女。



「ねぇ、本当に大丈夫?」


 個室越しに優し気に声をかけてくれるのは白一角の娘。


「大丈夫じゃない! ああああっ!」


 それから、私に対する恨み言をひたすら呟き続けながら、少女は便座の上からずっと微動だにしなかった。事後になってソレの壮絶さを思い知る事になる。


(も、申し訳ございません。ネクリア様)

「ひぐ、お尻、痛いよ。ひぐっ」


 少女は熱で焼かれて泣きだしてしまっていた。私にとっては快楽だが、少女にとっては地獄のような苦痛だったのだ。そして、少女の胃がとても弱かった。


 元々淫魔(サキュバス)の食事とは精液であり、口から摂取する食事はあくまで副次的なモノなのだ。乳製品を好むのも色や見た目を重視しての事なのかもしれない。


「"ゾンヲリ"の馬鹿、馬鹿、馬鹿、頭まで腐ってるのかお前は。ひぐっ。私は痛いのは嫌いだって言っただろうがっ! ひぐっ」


(も、申し訳ございません。ネクリア様)


 幾百と少女に対する謝罪の言葉を連ねる。一時の食欲に負け、私は取り返しのつかない事をしてしまったのだ。少女がトイレの個室から出て手を洗った後、険しい顔でこちらを見るサフィに気がついた。


「ねぇ、ゾンヲリって誰なのかしら」


 そう、白一角の娘は問いかける。隠しておくつもりだったが、面倒な事になりそうだ。

実はロリ体系にコンプレックスを抱えているネクリアさん十三歳のそんな一面が見られるお話。


ネクリアさんと同じ苦しみを味わってみたい人はブートジョロキア辺りかじってみれば分かるかもしれない。


唐辛子のカプサイシンの成分は油に溶かす事でより強烈に感じられるのだ。

中和するなら乳製品を飲むのが一番


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