第十四話:騎乗する者とされる者
少女は戦士の魂を握りつぶした。すると、今まで棚引いていた少女のスカートや髪が次第に重力に従い始める。
「ふう……」
一仕事を終えた少女は大きく息を吐き、額をこすって見せる。
「お疲れ様です。ネクリア様」
「ゾンヲリ、お前また随分とボロボロになったな」
黒獣人には叩き落され、カギ爪で引っかかれ、掴まれては投げ落とされたので、所々骨や臓物が潰れており、私の毛皮は血で濡れて真っ赤になってしまっている。
「面目ありません」
少女に勝利を捧げると誓っておきながら、このザマだ。先ほどの戦士による命を賭した自爆がなければ、少女の肉体でアレと戦う事を強いられていた。
だがそれは最終手段だ。
少女に対する肉体へのダメージは簡単には癒えない。万が一にも被弾するなどあってはならないのだ。
「グールとその身体じゃ地力が違うからしょうがないよな」
少女は気にせずと言った風に撫でてくれる。それがたまらなく悔しい。
狼牙の通らぬ強靭な皮膚、一切の理性を感じさせぬ狂暴性、不死隊かそれ以上の膂力、ある種の理不尽を体現したかのような存在、それがこの獣の肉体から見てのグールという生き物だった。
「アレは、何だったのでしょうか」
「元人間さ、不完全に本来の力を取り戻した姿でもあるけどな」
「本来の力、ですか」
「オウガ、それが人間が本来持っている力だ。なんかたまに居るだろ? 桁違いに身体能力が高い奴」
「そうですね」
銀狼騎士団の中枢に見かけた戦士などがそうだ。人の丈程のグレートソードを片手に持ち、目にも止まらぬ速度で振るう。それから繰り出される戦技は魔を切り裂き、大地すらも叩き割る。
幾度もの死線を超えて鍛え抜かれた戦士は、やがてその領域に至る。人はそれを"英雄"と呼んでいた。
最も、そのために積み上げられる屍の数は計り知れない。国を崩すに足る程に殺戮しなければ届かない領域だ。まともなモノなど、何一つありはしない。
「なぁゾンヲリ、お前なんか心当たりあったりするのか?」
……今は【ソウルコネクト】の最中だった。
「いえ、それよりもこれからどうしましょうか」
「む、話題逸らすとは怪しいな、うり」
少女は頬を膨らませながら私の顎下を撫でる。
「はうっ、ネ、ネクリア様、あうっ」
たまらず尻尾が左右してしまい、足腰が立たなくなる。こうなっては少女の支配下に置かれる他に術がない。
「ふふん、あまり隠し事をするのはためにならないぞ」
少女は私の事を愛玩動物か何かと勘違いしているのか、最近はやたらと触りたがってる気がする。
「ネクリア様、ひどいです」
ひとしきり私をいじめ終えた少女は満足そうにして離れた。
「そういえば、おっさんから頼まれ事をされていたんだったよ」
「頼まれ事ですか?」
彼の勇敢な戦士の死霊魂は数少ない私の同胞でもある。命がけの頼みを無下にするのも忍びない。
「うむ、あそこの獣人の子供、身寄りがないらしいから助けて欲しいそうなんだ。ゾンヲリ、お前に何かアイディアはないのか」
少女が視線を向けるのは焦げて黒ずんだ戦場跡地。そこで泣き崩れているのは村民に助けを求めた獣人の少女だった。
獣人の少女に手を差し伸べたのは他でもないネクリア様だけだったが。
「ネクリア様のお望みとあらば……私に一つ心当たりがあります」
孤児院。あそこならば身寄りがなくても生きていけるだろう。決して楽な暮らしではないが、不幸でもない。私にとってはあまり良い思い出がある場所でもないが、あのお人よしならば恐らくは受け入れてくれるだろう。
「おおっそれなら何とかなりそうだなっ」
少女は安心した様子で獣人の少女にゆっくりと近寄り、手を再び差し伸べる。
「一緒に、行こうか?」
獣人の少女は目をこすり、握り返すのであった。
「……うん」
それから、僅かに残った燃え滓をかき集め、村の外れに形見のボウガンで墓標を立てた。
国境沿いの村で最低限の準備を整えた後、城塞都市ビースキンへの帰路につく。
「お犬さん痛くないの?」
「ワン!」
ペタペタと包帯でぐるぐる巻きになった部位に触れる獣人の少女。その度に中からじわっとした液体が滲み出てくる。
死臭と痛覚を誤魔化す薬草で作った調合液を包帯に含ませてある。魔獣の類に襲われないようにと工夫を凝らしたのは少女だ。
最も、既に崩れかけである私の身体には焼け石に水なのだが。
「ゾンヲリ、歩くのって結構大変だよなぁ」
少女は初めての徒歩の旅で得た経験をそう語る。
「ウゥ、ワウ!」(頑張ってください。ネクリア様)
「む、やっぱり乗っちゃお」
むずっと背中に飛び乗り跨る様子は慣れたものである。
「くぅ~ん」
「おねいさん、お犬さんが可哀想だよ」
「コイツは少女を背中に乗せると悦ぶ駄犬だから大丈夫だぞっ」
……否定できない自分が憎い。最近はむしろ騎乗されていないと満足できない身体になりかけている。
やはり、戒めが必要だ。
「ほんと?」
少女の言葉に疑心を持つ獣人の少女、だが、少女が少女に対して疑心を持つことなどあってはならない。仲を取り持つのも駄犬の務め。
「ワン!」
「私も乗っていい?」
私の背中に少女が乗るスペースは二人分ある。少女にそう求められて断れるマゾ犬が何処にいるだろうか。
いや、いない。
「ワン!」
「やった!」
おずおずと背中によじ登る少女。その際に、骨で内臓が掻きまわされるような快楽が全身に染み渡った。
「ほれみろ、やっぱり駄犬じゃないか!」
ああ、やっぱり戒めが必要だった。私はロリコンではないというのに。最近はもうロリコンで良いんじゃないかと思い始めている。
仕方がないではないか!
例えこの身が腐り崩れ落ちようとも、少女の笑顔を護る事こそ絶対なのだ。そこに一切の私情は介していない。
それに、彼の戦士の遺児だ。背に乗せる資格は十二分に、ある。
「なぁ、ゾンヲリ、お前のその思考、やっぱり色々おかしいぞ」
少女に冷静に戒められてしまった。
「くぅ~ん……」
「?」
「気にするな、何時もの発作だから」
訝しげる獣人の少女に少女はそう語ってみせた。否定できない自分が憎い。
やがて、黄昏時になる頃には城塞都市ビースキンの入口付近へと辿り着いた。役目を終えた私の肉体はそこで一生を終え、魂は少女の体内へと還る。
「お犬さん、動かなくなっちゃった。どうしちゃったの?」
「不味いなぁ……」
獣人の少女は隣人の死を経験した後だ。そして、私という屍狼と一時を過ごしてしまった。
私と少女にとって当たり前の死は、獣人の少女にとっては当たり前ではなかった。それに気がついた少女は言葉を詰まらせるのだ。
(ネクリア様、少しお借りしてもよろしいでしょうか。後は孤児院までご案内致しますので)
少女は頷くと身体の制御権を得る事ができた。
「二人を乗せて歩いて少し疲れたので一時眠るだけですよ」
「そっか、でもここに置いていって大丈夫なの?」
「元々野生ではそう生きてきたのですから大丈夫ですよ」
「おねいさん?」
……ついうっかり何時もの調子で話してしまうのは悪いクセだ。
「あ、はははっそういう事だから早く行こうか」
「うん」
一日中、少女を背中に乗せて来た屍狼はここでひっそりと幕を閉じる。もう二度と誰の目にも止まらず、触れられる事もない。ゾンビの末路とはいつもそういうものだ。
人知れず生まれ、人知れず勝手に滅ぶ。
獣人国編もようやく中盤に突入。
ゾンヲリさんの朝は早い。少女を背に乗せ薬草を採りに行ったと思えば、
グールにミンチにされかけ、少女二人を背に乗せて数時間の帰路を歩く。
・設定補足
【オウガ】
Ω<オウガは実は人間だったんだよ! ΩΩΩ<ナンダッテー!!
なので本世界における人間は実は化け物で、
リアル人間に近いのは獣人だったりする。
なので人間は成長すると音速で剣を振り回したり岩石投げしたりします。