第十三話:アンクルスディサイド
※モヒおじ最終回。相変わらずゾンヲリさんは添えるだけ。
健康な身体ってのは良いもんだ。失ってから初めて、今まで満たされていたって事に気がつくもんだ。明日があるってのはそれだけで恵まれてる。
歩ける事がこんなにありがたい事だとは思わなかったぜ。
「ガアアアアッ!オデノメガアア!ゴロズウ」
グールの野郎は背中にくっ付いたワンコに夢中で俺の事なんて全く眼中にねぇ。
「チッイテェナ」
重い足、折れて動かねぇ利き腕、クスリの副作用で破裂した筋肉が動く度に擦り潰れていきやがる。もはや戦闘中に落としたボウガンすらロクに拾えねぇ。
まぁ、弦が引けねぇんじゃ拾っても意味ねぇがな。
「ガウッ」
「ジャマダアアアッ!」
だがな、そんなザマの俺でもこのグールをぶっ飛ばす方法があるんだぜ。鉱山採掘用爆薬の材料である非活性イグニシウム粉末。コイツは火が付くと一気に燃え広がり爆発するシロモノだ。
以前の依頼でちょろまかしたブツだったが今まで使いどころがなかった。暗殺者共が大勢で来やがったらまとめてぶっ飛ばしてやるつもりだったが、予定は変更だ。
「ヘッ余所見してて余裕だな。ウスノロが」
ベルトに取り付けたイグニシウムの入った筒を取り出し、蓋を開ける。タバコとは別の硝煙の匂いが広がる。本来は安全に爆破するには導火線で点火してやる必要があるんだが、そんな大層なモンもこの場にはねぇ。
グールの奴はもう目と鼻の先に居る。
「おいっ! ワンコ! そっから離れとけや!」
「ガウッ」
「ガアアアアアッ!」
ワンコも離れた。後は覚悟を決めるだけだ。ブンブンと腕を振り回してるグールの足元まで近寄り、筒の中身をグールの足元にぶちまけてやる。
あ"あ"やっぱ最期の一服はうめぇなぁ。
「フゥー、ブベラッ」
ざまぁみやがれってんだ。
〇
暴れる屍食鬼の腕が動く死体の顔面を弾き飛ばした。死体の指から零れ落ちた煙草が、黒色火薬の元へと吸い込まれるようにして落ちていく。
僅かに燻る種火は粉末に触れた瞬間に燃え広がり、グールの身体を炎が包みこむ。途端、朱色の閃光が走り、爆発したのだ。
「ゴアアーー」
「バラックおじさーーーーーん!」
その轟音は屍食鬼の咆哮をかき消し、その爆風は屍食鬼の肉体を弾き飛ばした。後に残ったのは燃え滓と黒煙のみ。
おじさんであったモノは原型すらも留めていなかった。
「グルゥ……」
戦士の最期を見届けた死狼は唸り、主の元へと帰って行く。獣人の少女はかつてのおじさんであったモノの前に駆け寄り、泣き崩れた。
「おじさん……えぐっおじ、さん……うああああああああああ」
獣人の少女に声をかける者は何処にもいない。彼女と縁のある者は、モヒカンおじさんの他にいないのだ。その場に流れ続ける音は、少女の慟哭だけになった。
〇
……二度目の死ってのもやっぱ楽なもんじゃねぇよな。いてぇもんはいてぇんだ。二度も女を泣かしちまった。
「やれやれ、女を泣かすのは趣味じゃねぇんだがな」
「なら、もう一度ゾンビとして蘇ってみるか?」
この淫魔は心底性格が悪い奴だな。ガキは殴りたくねぇがコイツは別だ。
「よしてくれや。死ぬ度にガキがピーピー泣く上に、死ぬ程の痛みと延々と付き合い続けるなんて死んでも二度とゴメンだ。それよりてめぇはさっさとボロボロの騎士様でも気遣ったらどうだ? ええ」
「う、うるさいな。私のゾンヲリはアレくらい慣れっこだから良いんだよ」
このアマのからかい方は覚えたぜ。
「まぁいい、だが一応礼は言っといてやるよ。あの人でなしを始末するチャンスをくれてありがとよ」
「ふん」
このアマは可愛げなく無い胸を張りやがった。
「なぁところで、やっぱりゾンビって苦しいのか?」
「は? 死ぬほど苦しいに決まってんだろ。いっぺん内臓抉られてみりゃあわかるぞ。ああ?」
自分で死ぬほど痛いと言っておきながら聞くのだから意味の分からん質問だ。
「だよな……」
アマは納得したように相槌を打ってみせる。
さて、どうするか。未練はないかと言われれば嘘になる。むしろ出来ちまった。
「やっぱりどうにもならねぇもんかねぇ」
「あの少女の事か?」
「まぁな。テメェ勝手な話だが、どうにかしてストネの面倒みてやってくれねぇか」
集落の連中を見る限り、ストネ一人残すのは気が引けた。
「そんなの私に言われても困るぞ。私だって家も金もないんだからな」
大魔公と聞いて呆れるとはこの事だな。
「お前どうやって生きて来たんだよ」
「ゾンヲリが大抵何とかしてくれるからなっ」
性懲りもなく無い胸を張りやがるコイツも相当おめでてぇ奴だったわ。つくづくあのワンコには同情すんぜ。お互いガキの面倒を見ると苦労するもんだ。
「まぁ、後は頼んだぜ」
「うむ。ゾンヲリに任せておけ」
……不安だ。ああ、らしくねぇな。ほんと。結局どうにもできないクセにどうにかしようと考えちまう。
「……お前の遺志は継いでやる。安心しておけ」
そういう顔されちゃ了承するしかねぇな。
「わりぃな」
話はひと段落した。心残りは多少あるが、仕方ねぇもんは仕方ねぇ。
「ところで一つ聞くぞおっさん。あのグールは何だ? 何故ここに現れたんだ」
「そら、鉱山都市の市長がグールパウダーを盛ったからだろ」
「お前はグールパウダーがどういうものか分かってるのか?」
「アアっ? 邪術師の調合した人間を化物に変えちまう秘薬だろ?」
噂程度の話だが。
「アレは調合で作るモノではない。単にアビスの果実を粉末状にしたものだ」
「は? どういう意味だよ」
「人間がアビスの果実を喰らうとグールになる。それ以外でも限定的だが変異する事もありえるが……。つまり、アビスからグールパウダーを持って来る者が居るって事だ」
地獄から帰ってきて現世にお土産を持ってきてるたぁ。また妙な事が起こってるわけだな。
「それで何が不味いんだ?」
「どこかで既にアビスに繋がるゲートが開いている。それもお前たち人間の国でな。このまま放っておけば恐ろしい事が起こるぞ」
そら、大変なこって。この能天気アマの険しい表情を見てるとただ事じゃないんだろうよ。
「具体的にどうなるんだよ」
「そうだな…… 人間の国が丸ごとグールと死霊の国に入れ替わるかもしれないな」
「ぞっとするな」
一匹だけであの強さだってのにそれがワンサカ現れるんじゃたまったもんじゃねぇよな。
「はぁ…… なんで私の代になってこんな事になるんだろうな」
「まぁ、頑張んな」
「おっさん、他人事だと思ってるな」
「実際今となっちゃ他人事だからな。もういいだろ? さっさと消してくれや」
「一応最期に言い残す事があるなら伝えておくが」
「もう言ってあるからいらねぇよ」
案外このアマも律儀な奴だな。
「分かった。ならばこれを以て汝の魂を砕かん【ソウルクラッシュ】」
まぁ、俺にしちゃ、上等な人生で幕を下ろせたな――
一撃必殺、ス〇ィ〇デサイド
をやりたいがためだけにこうなった。
というおじさんの決断。
正直爆発までを前話に含めた方が良かった気がする。
アビスが絡んだという事でネクリアさんのヘイトが本格的に鉱山都市に向きました。
・設定補足
【ソウルクラッシュ】
実は2章のアンデッドの話でもやってる。魂砕術。
【グール】
元人間がグールパウダーを摂取したりカニバリズムに走ると変貌します。
また、ディープワンやアビスの上位者の使う死霊術を喰らって魂が変質した場合にも変貌します。
暗黒道に堕ちた人間が邪悪な儀式をする事によっても稀によく変異したりする。
生物に対する敵対者として好き放題暴れまわって貪り食らう。それがグール。
かなりじゃあくな存在と言えるけど、弱い部類。
バイオハザード的に言うとゾンビくらいの強さ。




