第十二話:バラックおじさん
※モヒおじ回です。ゾンヲリさんは添えるだけ。
迫るグールの右拳に合わせ、地面に棒切れを突き立て、全力で空中へ飛ぶ。次の瞬間には地面に建てられた棒切れだけがへし折れる。
「ヒャアアア! 死に晒せェ!」
下り飛竜、かなり前に一回やったきりだが上手くいくもんだ。天上から地を這う下等生物を見下す竜って奴の気持ちはこんなもんかね。俺を見失ってキョロキョロしてるグールのツラは傑作だぜ。
眼下の間抜けに最後の一発くれてやる。
「ギャアアアアアアッ」
安物のダガーでもう一個の目ん玉抉ってやったぜ、ざまぁみやがれ。
「ガハッ」
ダガーがグールの目に完全に入った。それはつまり、俺はグールの顔面に無防備で張り付いている状態だ。あまりにも簡単に、掴まれちまうんだ。
肺に爪が刺さりやがった。やっぱ……無理か。戦いってのは勇敢な奴から先に死んじまう。分かっちゃいたんだがな……。
「オデオデオデノメダメダマママママ!」
グールは俺を掴み、地面に叩きつける。
「グハッガッ……」
次に蹴鞠のように蹴飛ばす。
「ユルユルユルザンガアアアアッ」
ゴロゴロと地面を転がりながら村の方へと転がり込む。
「ぐあっあああっがあああああっ」
皮装備は剥げ、布地は擦れ、皮も剥げ、外皮が露出した部位から手当たり次第に血と肉が露出する。叩きつけられた衝撃でアバラも折れ、腕も一本イカれちまった。
「ガアアアアアアアアッ」
グールの目を潰したおかげでそれ以上の追撃はなかった。だが、ふつーのおっさんでしかねぇ俺には。十分過ぎる程に、致命的な致命傷だった。
「クソ、ガ、いてぇ……いてぇよぉ……」
身体を起こし、何とか立ち上がる。だが、片腕が意思に反してだらりと垂れ下がる。
一瞬何かが横を通り過ぎて行ったが、何なのかわかんねぇ。いてぇ。とにかくいてぇんだ。
「クソ、ふざ、けんじゃねぇよ。こんなん……」
まだ、クスリの効果が残っててこれか。
「ちく、しょう、が……」
歩く、どこに? 分からねぇ。だが歩く。結局これだ。クソ野郎の人生って奴はこんなもんだ。最後にくだんねぇことでカッコつけるからこんな目に遭う。やっぱ、女に見栄を張るとロクな目に遭わねぇよな。
「いてぇ……けど、やっぱ、死に、たくねぇよ……」
頭から垂れてきた血で視界が塞がる。拭う事すらもできない。ああ、分かる。俺はもうダメなんだろうな。こりゃあ。
「…………!」
小動物が何かキャンキャン喚いてやがる。
「アン、聞こえ、ねぇよ」
世界は赤から黒一色へと変化する。音も理解できねぇ。ブチブチと一斉に全身の筋肉が破裂していく。ああ、これが死ぬって事か。
「……………………!!」
「ゴボッ、死にたく、ねぇよ。スト……」
……
……
…………意識って奴はまだ残っていた。
痛みも、感触も、臭いも、音も、何も感じねぇ。何もねぇ。こりゃあ、最悪だな。まだ消えちまった方が楽なんじゃねぇか?
「なら滅してやろうか?」
聞き覚えのない女、それも少女の声が響いた。誰かは分からねぇ。
「私は元大魔公のネクリアだ。本来なら貴様のような下賤なおっさん如きが触れる事すらも許されないような存在と知れ」
全く威厳のねぇジャリ声から発せられるお堅いセリフ。虚勢張ってんのが丸わかり何だよ。ふと、人肌に包まれているのかのような温かさを覚える。
ああ、握られてんのか。俺は。
「んで、そのネクリア様とやらは俺に何の用だよ」
魔族国の四大魔公が一人、屍麗姫ネクリア。
俺達の間ではそう通っちゃいるんだが、とてもそうは思えねぇな。ニセモノってのがオチだろ。
「口の減らない無礼なおっさんだな。まぁいい、急ぎだから単刀直入に言うとな、お前はもう死んでいる」
「ハァ? まぁ知ってんけどよ。俺はこれからどうなるんだよ」
「お前にとり得る選択は三つある。一つはゾンビとしてもう一度立ち上がる事。二つ目は私に滅される事、三つ目はそのままこの場に残り続け、いずれアビスの住人の贄になる事だ。まぁ、本来ならば有無を言わさずお前をゾンビにしてやるんだが、私も色々と反省しているから選択権くらいは与えてやる」
「なんだそりゃ? クソみてぇな三択だな。一番と二番目はまだ分かるが三番目は何だよ」
アビス、聞いた事も無かった。そもそも、死後の世界がある事なんてことも知らねぇ。イリス教の寝ぼけた連中は神に愛されるなら復活出来るとか抜かしてたっけな。
「お前ら人間の宗教的概念で言えば、地獄がそれに近いな」
はぁ、やっぱり楽なもんじゃねぇ。死んだら天使の処女777人を食い散らかせる宗教だって存在するってのによ。
「天国行きってヤツはねぇんですかね」
はなからそんな所行けるだなんて思っちゃいねぇが。
「ない。死んだ者は皆例外なくアビス行きだ」
「それで、そうなると俺はどうなるんだ?」
「お前が今経験したような死をアビスでは幾千幾万と経験する事になる。永遠に殺し合いを続けるんだ。その後、アビスの住人によって魂の至る所、骨の髄までいたぶられた挙句に食われる」
……ふざけてんな。理不尽にも程があるだろう。こんなくたびれた人生の末路がソレかよ。本当に救いがねぇな。まぁ、生きる事を諦めた連中の行き先なんてそんなもんか。はぁ。
「で、ゾンビ化した場合は俺はどうなるんだ?」
「……アレを見てみろ」
「ああ?」
グールに飛びかかる一匹の傷ついたワンコが見えた。大剣を口に咥え、暴れまわるグールの攻撃を掻い潜り、突き刺す。
「……ッ!」
ワンコははたき落とされ、臓物をぶちまけるが再び立ち上がり、グールに再び飛びかかる。
「アレがゾンヲリ。まぁ、私の従者みたいなモノだな」
「すげぇもんだなありゃあ。もしかして痛みとかないのか?」
「逆だ。むしろ死んだ時以上の痛みが残り続ける。その状態で傷を負えば痛みはさらに膨れ上がり、獄門のような苦しみを受けながら生き続ける事になる」
まぁ、そんな都合の良い話はないこって。
「はぁ……」
また犬が攻撃を喰らった。
「……ッ!」
ワンコが攻撃を喰らう度にこのジャリガキとくればビクっとしてやがる。つまり、そういうこった。 正直、もう一択だよな。こりゃ。
「消してくれ、と言いたい所なんだが、ちとやり残した事があるんでゾンビにしてくれ」
「いいのか?」
もう大魔公らしさのクソもねぇな。雌の顔しやがってむかつくったらねぇぜ。
「まぁ、最後にガキの顔くらいは見てから消えてぇしな」
「そうか、ならばもう一度立ち上がり、己の使命を果たすがいい【ネクロマンシー】」
元の俺の身体だった無残な死体に吸い込まれる。途端気がつく。激烈なまでの痛み。
クスリが切れて一斉に断裂した筋肉が、目から溢れる血の涙が、折れた腕から発せられる痛みが、穴の空いた肺から漏れ続ける血流が。
「いてええええええええええ!ガアアアアアアアアッ!」
「おじさん!」
いてぇ、いてぇ、いてぇ、消えちまった方が楽じゃねぇかよ。クソが。
「おじさん!」
「アアッ!イテェンダヨ!ウルセェゾ!」
痛くて上手く喋れねぇ。
「おじさん!」
鬱陶しいガキが纏わりついてきやがる。
クソ、クソクソクソ、死ぬほどいてぇのに死ねねぇのかこれは。ゾンビって奴は最悪だな。
「ナンダヨ、ストネ」
「良かったおじさん。生きてる」
「イヤ、俺ハモウ死ンデル」
「なんで、おじさん目を覚ましたのに」
「命ヲ借リルニャ、利息ッテ奴ガツクンダヨ」
まぁ、借金なんぞするもんじゃねぇよな。ほんと。あ"あ"いてぇけど頭がすっきりしてきたぜ。
「おじさん……」
「ストネ、よーく覚えておけ、死ぬってのは死ぬほど苦しいんだ。どんなクソな人生でも産まれちまったからには生きてる方がまだマシだ」
「うん……」
「ちっとばかし無様さらしちまったがよ、あそこで騒いでる奴くらいは道連れにしていってやるよ」
「だめだよ……おじさんはずっと生きてよ」
「いいか、そんな都合のいいもんはねぇんだよ。それはお前も知ってんだろ」
「うん……」
まぁ、見知った連中の死なんて生きてりゃ腐る程見かけるもんだ。俺を看取る奴なんて誰も居ないとばかり思ってたが、案外運が向いてきてるもんだな。
「ストネ、ゴリラババアになるくらいまで生きぬいてみろや」
「おじさん……」
立ち上がり、歩いてみる。自分の身体とは思えねぇ程に重てぇ。高々一発受けただけでこの体たらくだってのに。あの半分ミンチになってるワンコの頭ン中はどうなってんだろうな。
同情するよ。
「クソ、ヤッパイテェナ。ストネ。火ヲクレ」
着火石をストネに渡してやる。
「はい、おじさん」
「ワリィナ」
あ"あ"あ"あ"、やっぱご機嫌の煙草はたまらねぇぜ。
「チットイッテクルア。ジャアナ、ストネ」
「さようなら、バラックおじさん。ずっと覚えてるから」
人助けってのはするもんだな。ほんと。
ワンパンでアッサリ即死する。それがモヒカンってもんだ。
もうちょっとだけモヒおじ回は続く。
この辺にヒロインやサブヒロインを差し置いて5話もメイン回を貰えるモブのおじさんが居るらしい。
・設定補足
【下り飛竜】
対ワイバーン用技
リューサン・イン・ザ・スカイ
つまり火トカゲってのはソレなのだ。
槍を使った棒高飛びで数mの垂直跳躍の後、
重力加速に任せて槍で突き刺す技である。
ただ、本編では槍が折れてるので代わりにダガーを刺している。