第十一話:屍食鬼(グール)おじさん VS モヒカンおじさん
最近モヒカンの出番多くない?
と疑問に思う読者は多いかもしれないけど今回もモヒカンおじさん回
辺鄙で寂れた村の門の前に着いた。これでコイツともお別れだ。
「じゃあな。後は乞食でも何でも好きにしろや」
だが、コイツは手を放そうとはしない。不安そうに見上げてくるだけだ。
「おい、さっさと手を放せ。早くしねぇと見張りに見つかっちまうだろうが」
「おじさんも!」
やっぱりガキに手なんぞ貸すもんじゃねぇな。
「そこのニンゲン、何者だ。お前は、ストネ。生きていたのか」
あ~あ、獣人の見張りに見つかっちまったよ。
「ああ、このクソガキ置いてさっさと出ていくつもりだから見逃してくれや」
「ニンゲン、何のつもりだ。いや、村の居場所を見られたからには生かして返すわけにはいかない」
だろうな。分かってたわ。
「やめて、おじさんは私を助けてくれたんだよ」
「ストネ、お前が村の場所をニンゲンに喋ったのか」
衛兵の獣人はガキを睨みつけている。
「うう……」
だから一人で行けって言ってたんだがな。これだからガキって奴はよ。面倒事ばかり増やしやがる。
「あ~あ、よしてくれや。俺は別にガキから場所なんぞ聞いちゃいねぇよ。お前らの住処の大半なんて人間様にゃあ既に筒抜けよ。なんならこの地図でも見てみるか? 笑えてくるぞ」
「なんだと?」
獣人狩りは獣人国周辺の地理情報を把握するためでもある。農場、獣人共の隠れ家、狩場、ビースキンへの最短かつ安全な進軍ルート。まぁ、ここまで調べるにゃ数か月かかったがな。
そしてこのボロきれの地図は既に複製もされている。ま、近いうちにどうなるかは分かりきってる話だ。
「何という事だ……」
地図の中身を見てがっくしと肩を落とした見張りのツラは傑作だったぜ。
「じゃあな、クソガキ。それとてめぇもさっさとこのクソガキを連れて行け。ボウガンで撃ち殺すぞ」
人間様の文明の利器を見せつけてやる。
「ひぃいいいっ」
見張りとくりゃあ得物持ってる分際で、プルプルと生まれた小鹿のように足を震えさせて逃げるだけだ。チッこれだから腰抜けなんだよ。
「おじさん!」
「あ"あ"あ"あ"、だから何でついて来るんだテメェはよ」
コイツときたら、折角見張りの注意を引いてやった恩まで仇で返しやがる。
「そっちに行かないで! ひっ」
こっちに来ようとするガキの足元にボウガンの矢を撃ち込んでやる。もういい加減ガキの御守も面倒でうんざりだ。
「いい加減分かったろ? ニンゲンと獣人ってのはこういうモンなんだよ」
「おじ……さん……」
クソが、そんな目で俺を見るんじゃねぇよ。ほんとケッタクソ悪いったらねぇよ。ガキを置いて樹海の方に戻ろうした頃、ソレはやってきやがった。
「ゴォアアアアアアアアア!」
耳を劈くけたましい咆哮。木々がへし折られる音。鳥達は一斉に飛び立ち、獣達は我先にと逃げ惑う。まぁ、大抵こういう現象がみられる時ってのはロクな事が起こらない。
ついてねぇよなぁほんと。
「一体何だこりゃあ、アレは……」
「ひ、やだ。怖い」
樹海の奥から姿を現したのは猫背の黒い巨人。っという程でもないな。精々人の1,5倍くらいの体格はあるが、ゴリラほどじゃあねぇ。
犬歯のように肉を抉り食らうために発達した奥歯、獣のように大口を開けて涎を垂らし、狂気で血走った瞳には一切の正気もない。
深い黒毛に覆われていても分かる程に発達した筋肉、長く伸びた太い尻尾。鋭い爪。獣人よりも獣らしいとすら言える。まぁ、アレが元人間なんだから面白い話だが。
「屍食鬼、こりゃまた何でこんな所にこんな奴が出てくるんだよ」
グールに目星すると見覚えのある衣服の切れ端が所々にくっ付いていた。ああ、つまりあれか。
「ガアアアアアアアアアッ! ニクウウウウウウウ!」
「人間、辞めちまったわけかい。ほんと、どうしようもねぇな」
"食料"ってのは邪術師の調合したグールパウダー入りのブツだったわけだ。農場奴隷を全部グールにして獣人にでも吹っかけるつもりだったのかね。獣人が暴れた事を理由にして全面戦争でも吹っかけるつもりと。
少女加虐思考も極まると大概だな。クソデブ市長が。じゃあ、あの得体の知れない女も人外か。
最近裏じゃ話題になってたが、帝国が邪術の人体実験を始めたという噂も案外眉唾物じゃなさそうだな。
「いやああああああ」
ガキは小便チビって動けなくなっちまうしやべぇな。こりゃあ。正直ゲロっちまえば魔術師が居ないなら逃げちまうのが一番なんだが。
「はぁ、やれやれ、俺も本当に焼きが回っちまったようだわ」
ボウガンに弾を込める。戦闘に入っちまえばもう弦を引く余裕なんてねぇからな。
「おじ、さん、何、するの?」
「アアッ? 冒険者がやる仕事ったら化物退治に決まってんだろうが」
まぁ、十数年間忘れてた仕事だがな。
「だめ、だよ。しん、じゃうよ」
まぁ、死ぬだろうな。本来は4,5人でリンチしてようやくまともに相手できるような奴だ。
おっと、もう時間がねぇな。最後の仕事では結局使わず仕舞いだったコレも一本いっとくか。
「ガ、効くねぇ。ストネ、動けるようになったら村の連中を逃がせ。早くしねぇと皆殺しにされるぞ」
パワードリンク、瞬間的に筋力と反射神経を増大させ、興奮と沈痛作用のあるクスリだ。まぁ、お高い上に副作用がヤバイんだが。この際はどうでもいい。
「バラックおじさん……」
「安心しな。伊達に無駄に長生きはしてねぇよ。さっさと行け」
おっと忘れちゃいけないのがまだあった。タバコ。こいつがねぇとな。
「チッ……しけってやがるぜ。いいぜ。来いよ化け物。ドタマかち割って生首にしてやる」
さて、長槍、コイツを握るのも久しぶりだが。……獲物を見つけて舌なめずりとは余裕なこった。
「ゴァアアアアアア!」
来る。ドタドタと品のないガニ股走りっぷりだが、人外如きにゃあお似合いだな。ボウガンをグールの顔面に向ける。当てるだけならこの距離でも十分だが、引き付ける。
チッ指が震えて照準がブレやがるな。
「オラッ喰らいなっ」
眼前まで迫り、腕を伸ばしてくるグールの右目に向けて矢を放つ。威力はあるが、コイツ相手に普通に当てても豆鉄砲にしかならねぇ。
だから目を狙って動きを止める。
「ギャアアアアアッガァアアアアア!」
「ハン、汚い血を垂れ流して喚き散らすとは余裕なこった。ならこっちから行くゼッ」
片目を抑えて無様に悶えてるグールをよそに、ロングスピアに装備を持ち替える。
「シャア! オラッ!」
槍で表皮くらいは貫けるとは思っていたが、表面に傷付けるのがやっとかよ。まぁ、安物じゃあこんなもんだな。
「チッ硬ぇな」
「ガアアアアアッ」
グールの右腕から繰り出すカギ爪が顔面に迫る。……ありゃあ食らったら間違いなく死ぬな。だが見える。クスリのおかげで身体も一応まだ追いつく。
「おっと、あぶねぇな」
バックステップで後ろに跳び抜くが、爪が顔面を掠めた。これだけヒリつく狩りは久しぶりだな。初めての依頼で巨大ゴキブリを退治した時以来か。
呼吸を整えて次の攻撃に備える。次はもっと深く踏み込んでぶっ刺してやる。
「オラッさっさときやがれ」
「ガアアアアアッ!」
グールから繰り出される左カギ爪を掻い潜り、一閃突きを膝に突き立ててやる。手ごたえは薄い。これだから安物はダメだ。
「ヒャアアアア! オラッ! チッほんとかてぇな!」
「ガアアアアッ」
「ウオッ」
グールの剛拳が振り下ろされる。横に跳び転がって回避するが、地面は抉れ弾け飛ぶ。あの場に残ってたらミンチだな。
「ああ、案外イケるかと思ったが、やっぱやべぇな。こりゃ」
ここまで3合、たった3合だが既に3回も死線を潜っちまった。一回避けるだけでも俺にとっちゃあ奇跡みてぇなもんだ。こんな奇跡は何時までも続かねねぇ。
それに、時間も余りねぇ。クスリが切れたら終わりだからな。
「オデノニクウウウッヨゲルナアアアア!」
「チィッ」
やっこさんプンプンになってやがる。今までは遊び半分で獲物に殴りかかってきてたが、攻撃に殺意が混じり始めた。
切れ目が全然見えねぇ。クソが
「ニク、ニクニク、オニクニク。ジネエエエエ」
駄々っ子みたいにガムシャラに左右の腕を振り回すグール。一見アホっぽいようだが、デカくて早けりゃそれだけでやべぇんだ。
1度、2度、3度、逃げ腰だから何とか避けられるが反撃は無理だ。ロングスピアの穂先も折られた。これだから安物はダメだ。もう手元に残った"まとも"な武器は暗殺用に使うダガーしかねぇ。
こんな時に魔術師が居りゃあほんと楽なんだがな……。
「クソ、しゃあねぇ。腹くくるか」
こんな気持ちで戦うのは本当に久しぶりだな。
モヒカンとは、
自分より圧倒的に強いやべー奴相手に一切怯まず立ち向かい。
仲間が倒されても仲間のために立ち上がって戦い、
例え御上の癇癪で理不尽に踏みつぶされようとも、ヒャッハーと叫びながら汚物を消毒する。
残念ながら次回もモヒカン回なのだった。
設定補足
・グールパウダー
ゾンビパウダー(笑)と違ってモノホンのヤバイ薬物。
飲んだら精神を破壊され、化物と成り果てます。
グール自体はとある存在の成りそこないでしかない。
・パワードリンク
普通身体能力を強化するような薬って劇薬ですよね。
効果が切れると筋肉が一斉に断裂し、悶絶する事になります。
下手をすると失明することさえも。
ノーリスクで強さが得られる。そんな都合のいい薬物も魔法もありません。
全治までには運が良ければ1ヶ月くらいで完治するでしょう。