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第四話:イチゴの味は酸っぱい


 念のため、倒した人間達の装備を物色しておく。その中で目ぼしい物と言えば魔女や女神官が所持している装飾品の類だ。魔石のはめられたイヤリング、指輪、ネックレス、これらには魔法に対する感応性を高め、少量だが魔力を引き上げる効果が秘められている。


 ネクリア様に捧げる程の価値があるとは到底思えないが、かさ張る物でもないので一応回収しておく。


「全ての死体を持っていくのは無理、か」


 女共の死体は利用価値が低い、リングメイルや服を破り捨てて同胞達が食いやすいようにして放置しておく。丸ごと回収する価値があるのは戦士の死体のみ。彼ならば立派な同胞としてネクリア様に忠義を尽くしてくれるに違いない。

 


 そうして、魔族国西地区の大通り、通称『ゾンビロード』と呼ばれる区域まで戦士の死体を背負ってきた。この道はネクリア様の汚屋敷から魔族国西地区の出口まで一直線に繋がっている舗装された道だ。零れ落ちた肉片などが掃除されずに未だに残ってたりするので外観は汚らしい。


 通行中の頭に毛が生えていない筋骨隆々の魔族と目が合った。


「けっ汚らわしいゾンビが」


 ハゲの悪魔は顔をしかめて唾を吐き、侮蔑の視線を送ると立ち去って行った。別にこれは珍しい事でもない。鍾乳洞に向かった際には同伴していた同僚達がストレス解消ついでにハゲの者に滅ぼされているのだから。


 ここ、魔族国においてはゾンビの立場とは廃棄物も同然だった。


「うっ、ゾンビなんか見ちゃったわ。気持ち悪……」


 ネクリア様と同じ種族、淫魔(サキュバス)と呼ばれる魔族の女性が通りがかり、私を一目見るや否や鼻をつまみながら足早に路地へと駆け込んでいった。淫魔の女性は妖しく、美しく、女性的な魅力のある者達が多い。一人一人が絶世の美女と比較しても遜色ない程だ。


 そのような女性に蔑まれるのは……。

 

「なるほど、これは中々…… 」


 気持ちいいと呟きかけて我に返る。同僚達は話しかけても私に反応してくれないが、魔族達は私を視界に捉えると嫌悪してくれる。それが嬉しくも感じられる。そんな私と対話までしてくださるネクリア様はなんとお優しいのだろうか。より一層尽くし、奉仕しなくてはと心に決める。



 ゾンビロードの半ばにある繁華街に差し掛かると、路地裏の方面から聞きおぼえのある声が聞こえてくる。


「ねぇ♡パパ♡私、イチゴちゃんが欲しいな~♡そしたらデートしてあげるね♡」


 普段の声から一段階高さが上がっていたので気づくのに一瞬遅れたが、間違いない。ネクリア様だった。猫のように甘ったるい声を上げ、年ごろの少女とは思えないような際どい衣装を身を包んでいる。その少女の熱視線の先に居たのは筋骨隆々でハゲのデーモンだ。


「くっさ、お前からは1週間死んだまま放置されたオルゴーモンの臭いが漂ってくるんだよ」


 一瞬、ネクリア様の表情が凍てつく。だが……


「待って、生チョコバナナでもいいから! ねぇ!」


 必死の形相で食い下がるネクリア様。


「ええい鬱陶しい。臭いと病気が移る。放せ!」


 少女に掴まれた腕を邪険に振り払う筋骨隆々のハゲのデーモン。


 そんなネクリア様の周囲には続々とギャラリーが集まり始め、どっと失笑の渦が広がっていった。やがて、笑いの列の中から一人の淫魔が前に出て、筋骨隆々のハゲのデーモンの腕を取り、豊満な胸に抱いた。


「ねぇ♡おに~さん♡そんな臭いのほっといて私と一緒に行きましょう♡♡」


 扇情的で豊かな胸がひしゃげる程にくっ付けられ、ハゲのデーモンは二ヤケ顔になった。あれ程の女性に誘惑されて抵抗できる男など、居るはずもなかった。


「うへへ、そうだな。こんなジャリガキよりは愉しめそうだぜ」


「ま、待って!」

 

 ハゲのデーモンと絶世の美女は路地裏の闇に消えていった。


 未だに地面に膝をついて手を伸ばしているネクリア様の姿は、より一層哀れに映った。少女に手を差し伸べる者がいるどころか、その姿を見て笑い者にする者達は増える一方だ。恩人の惨めな姿を前にしてハラワタが煮えくり返りそうになった。


 何故だ。何故、少女にイチゴを買って渡してあげる事くらい出来ないのだろうかと。


「グッ!」


 少女の前に割って入ろうと思った。だが、それは出来なかった。


 今、少女が笑い者にされている一番の原因……それは、ゾンビと関わっているせいなのだ。非力で臭いの元でしかない私が少女の元へと駆けつけた所で、少女の名誉を傷つける結果にしかならない。


 私は、生まれて初めて、自身がゾンビの肉体である事を憎んだ。


「あ、そこのおにーさん♡」


 不屈の闘志で立ち上がり、涙を拭い払い、表情と声を作るネクリア様。それがより一層痛々しく見えてしまった。


「あ、俺臭いフェチではあるけどロリコンじゃないんで」っと一蹴するハゲのデーモン。


 また、ネクリア様は崩れ落ちた。もう、見てはいられなかった。


 私の身分はゾンビ、せめて、ネクリア様が帰ってきた時に、ダイニングルームにイチゴが置かれている環境を作ろう。そう心に決めた。


 私はゾンビロードの繁華街を後にし、屋敷の地下室に戦士の死体を安置する。死体置き場の中から、鉄仮面を装備している死体を探して一つ拝借し、顔に取り付ける。ボロボロの甲冑を脱ぎ、男魔術師の死体から全身を隠せる黒いフードを拝借する。流石に臭いは誤魔化しきれないが、顔くらいは誤魔化しようがあるはずだ。


 鍾乳洞で手に入れた戦利品を元手に西地区の貴金属店に向かった。


「お前、くっせーな身体洗ってんのかよ」


「すまない。私はネクロフィリアでな。ちょっとそこいらのゾンビで致してきたところなんだ。許せ」


「うわっ……」


  店主には心底軽蔑されたが、気にせず戦利品をばらまく。


「ところで、これは幾らで売れるかな?」

「1万5千D(ディモール)だ」

「恩にきる」

「もう二度とくんなよ!」


 ……見事な商売根性だと感心するがどこもおかしくはないな。次に向かうのは青果店だ。当然、ネクリア様の求めるイチゴを購入するためだ。道行く魔族達とすれ違う度に振り向かれ、目を(しか)められる。


 青果店に着く。当然店主にはいい顔をされない。

 

「お前臭すぎだろ。商品に近寄るな!」

「すまん、そのイチゴを箱ごと買うから許してくれ」

「1万5千D(ディモール)だ」

「済まない恩にきる。次があればまた来る」

「もう二度とくんなクソ野郎が!」


 実に人の好い店主達で助かった。これでネクリア様にイチゴを届ける事ができる。木箱ごと買ったのはイチゴに直接手を触れないようにするための措置だ。


 箱を持ったまま例の繁華街まで向かう。すると、『テクノブレイク』と大きくカラフルな文字で書かれた建物の中から、ネクリア様が一人で出てくる所を目撃する。若干衣服が乱れていた。


 少女の表情は怒り心頭と言ったところだ。

 

 [クソ、性欲お化けめ、足元を見て5000Dまで値切った上で、好き放題やった挙句に3発も出しやがって……私は痛いのは嫌いだと言っただろうが……まぁ、腹が膨れるだけマシか……はぁ……ん?」


 ブツブツと愚痴を呟きながら、ネクリア様は私を視界に捉えた。表情がみるみるうちに可愛らしい笑顔に変わっていく。思わず、動かない心臓が高鳴ってしまった。


「あっ♡そこのパーパ♡イチゴちょーだい♡]


 数秒前まではドスの利いた声であったのに、一瞬で甘ったるい声に切り替えるネクリア様。このまま少女の愛と笑顔に溺れてしまいたい気分になりそうだが、私は気合で正気に戻った。


「はい、イチゴです。ネクリア様」


 イチゴの木箱を差し出す。が、ネクリア様は受け取らない。


「臭ってかゾンヲリ。お前かよ。何やってるんだよ"こんな所"で」


「鍾乳洞で侵入者が現れましたので、一度ネクリア様にご報告をと思いまして…… その、これはつまらないものですが、侵入者から奪った金品でイチゴを購入して参りました」


「……お前まさか、見てたのか? "アレ"を」


「はい。ネクリア様はイチゴがお好きなようでしたのでせめて……と思ったのですが」


 ネクリア様は大きくため息を吐く。羞恥と呆れが入り混じった表情だった。


「お前、やっぱり頭まで腐ってるバカか? イチゴって言ったら1万5千Dディモールの事だ。こんなもん食いたいわけないだろうがっ」


「そうなのですか…… それでしたらこれは……」


「そんなものより現金で貰った方が嬉しいに決まってるだろ……」


 ようやく今になって気がついた。イチゴとは隠語であり、このような如何わしい店で致す際の金品相場の事を言っていたのだ。


「まぁいい。帰るぞ。話は後で聞く」


 ひょいっとイチゴを一つ取って頬張るネクリア様。


 それがたまらなく、嬉しく思えた。


「はい」

「ちょっと酸っぱいな」


正直この作品に踏み切ったのはこのネタがやりたかっただけだったりする。


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