第十話:少女と草とモヒカンと少女
前半ゾンヲリさん。後半モヒカンさん。
人間の住む国境沿いにある一帯、そこは森緑の香りが漂っていた。私は道中で倒した大狼の身体を借り、少女を見守っている。
少女はぴょこぴょこと草原を歩き回っては草毟りをしている。私から見ればそうとしか思えないのだが。少女はご機嫌な様子で草毟りをしていた。
「おほーっ見てみろゾンヲリ、ラズベリアにローズリアにドスビスカスまである。宝の山じゃないか」
、……やはり草が生えてるようにしか見えない。草、草、草、やっぱり草だな。小さな実がついてたり花弁の形状が違ったり葉の形状が違ったりする。毒消し草や鎮静作用のある薬草程度なら私でも分かるが、こと草の種類に関しては全くの門外漢だ。
「ネクリア様、それは一体何に使うのでしょうか?」
「ふふん、知りたいか?」
少女は得意げに慎ましい胸を張りながら、毟った草を見せつける。この薬草の群生地が禿山になる日は近いかもしれない。
「はい」
「これらは抗菌剤とか香水の材料になるんだぞ。他にもカクテルやポーションと用途は多数あるんだ」
「ネクリア様は物知りですね。私には何が何なのかさっぱりで」
適材適所と言うべきか、それが食える物か触れて良いものなのかもわからない。図鑑や学術書を手に取れる立場であれば別なのだが。
どうやら私はそこまで賢い方の人間ではなかったらしい。草の匂いを嗅いでみると、柔らかで落ち着く香りがする。
「ま、錬金やるならこれくらい常識だぞ じょ・う・し・き。お前もこれくらいは覚えておくんだぞっ」
「分かりました」
だからこそ、この草の価値が分かる者は少ない。
「わざわざ獣人国まで香水の材料買い付けに行くより、ココに引っ越して直接毟った方が何倍も安上がりだっ」
ある者の目には塵に映っても、ある者の目には宝に見える。ゾンビもそういうカタチで目に映る事があるのだろうか。
「ふふん♪、ふん♪、ふん♪」
鼻歌を交えてしなやかな尻尾もふりふり。少女が楽しそうで何よりだ。
途中の村で薬草摘みの仕事を引き受けているので、私には藁籠が括り付けられており、既にもっさりと盛られている。
「しかしネクリア様、こんなにハーブを集めてどうするんですか」
「ん、わからないのか?」
少女は得意げな顔をして見せる。
「ええ」
「しょーがない奴だなーゾンヲリは、これで消臭剤を調合して獣人狩りの身体を借りればお前は人間の都市に潜入できるだろ。それなら相手の戦力だって分かるじゃないか」
少女は案外強かだった。タダのゾンビならば臭いで即座に怪しまれるし、1日以上の都市の滞在など不可能だ。
だが、私の体内を抗菌剤漬けにする事によって長時間の潜入を可能とする。コストは殆どかからない。拾ってしまえば全てがタダだ。
「流石です。ネクリア様」
「ふふん、もっと褒めてもいいんだぞっ」
再び頭を垂れて少女を崇め奉る。獣状態での服従の姿勢は少女から不評なのでやらない。
「しかし、ネクリア様。その前に寝る所、探しませんか?」
少女はもう既に二日ほど野宿同然の生活をしていた。
「なんかな、野宿もお前が居れば悪くないかなって思い始めてきたよ。天然毛皮でもふもふだぞもふもふ」
「流石に私を枕にするのは衛生的に不味いですよ」
ロクに処理しなければ1日もすれば腐敗臭を漂わせ始める。それがゾンビだ。
「何を今さら、私はあの腐れ屋敷で何十年も過ごしてるんだぞ。むしろ最近は…… 」
少女は魔族国の方面を遠い目をしながら眺める。
腐肉と腐汁が渦巻く汚屋敷。それがネクリア様が住んでいた場所だった。確かに、アレと比べれば衛生的だろう。最近の少女からはオルゴーモンの腐ったような臭いはしてこない。精々野宿二日目で私の獣臭と腐臭がこびりついている程度なのだ。
「私が住んでた所って随分と狭かったんだなぁって思うよ。ゾンヲリ、お前に連れ出して貰えなければこういう光景を見る事もなかったんだなって」
一筋の風が薙ぐと草木の小波が立つ。色んな草が一面に広がる大草原。花も咲いている。だが、そういう情景に浸る行為は私にとっては余計なモノでしかなかった。
「良かったのでしょうか?」
「うむ! まぁ、薬草も十分に集まったし一旦村に戻るか。今日は珍しく馬小屋で眠れそうだな」
「ネクリア様、普通にベッドで寝てくださいよ」
「そしたら私の護衛が居なくなるだろ! 安上がりだしなっ」
私の身体は獣、一応ネクリア様のペットの駄犬という形で通っている。少女は大魔公とは思えぬ程に金にがめつく、庶民派だった。
〇
仕事も寝床も金も全てほっぽりだして、今まで散々狩りつくした獣人のガキを連れて樹海を進む。クソガキの情に絆されるなんざ、らしくねぇ。
「おじさん、お仕事はいいの?」
「ああ、クソみたいなデブ親父の依頼なんて知ったこっちゃねぇよ」
ああ、違うな。俺は死にたくないだけだ。あの場に残るのは最悪手、だからガキを連れて逃げるんだ。ついでにデブ親父の金貨も仕事も無駄にしてやった。
ざまぁみやがれってんだ。
運が良けりゃ獣人国にでも亡命でも……できるわけねぇよなぁ
「ねぇ、おじさん」
「アアッ?」
「何でコボルトとニンゲンって仲良く出来ないの?」
この後に及んでクソガキとくりゃあ、いっちょ前に自分は人間様と対等だとでも思ってやがるわけだ。
「よーく覚えとけクソガキ。"仲良く"、なんてのは偉い奴が弱い奴に対して言うセリフだ。てめぇがそうやって生きてられるのは俺の気まぐれでしかねぇんだよ」
「でもおじさんは私と仲良くしてくれてるよ?」
ああ、やりにくいな。ここでコイツの首を絞めてやったらどういう声で泣くものかね。だが、俺はこれでもいい歳したおっさんだ。
ガキの挑発に乗ってやる気はない。
「じゃあ仲良しごっこもここで終わりだ。後はさっさと自分の足で歩け」
樹海を抜け、遠くには集落が見える。プランテーション奴隷農場の方ではない獣人の集落だ。人間の衛兵が居なけりゃ鉄柵もない。
ガキは相変わらず手を引こうとしてきやがる。
「おじさんも一緒にいこ?」
「ああ!?無理に決まってんだろ。俺はニンゲンだぞ? てめぇのお仲間にぶっ殺されんのがオチだ」
「話せば皆分かってくれるよ」
「んなワケねぇだろ」
クソガキの手を振りほどいてさっさと樹海の奥に戻ろうとする。が、クソガキとくれば、のこのことこっちに付いてきやがるワケだ。
「おじさん!」
「ついて来るんじゃねぇよ。鬱陶しい」
「やっぱり私が要らない子だから、おじさんも嫌なの?」
ああ、本当に、やりづれぇ……このクソガキは仲間に見捨てられたから俺に懐いてるってワケか。どうしようもねぇな。どうしようもねぇのは俺の方もだけどよ。
「チッなら集落まで連れてってやるよ」
「やったっ!」
殺ったっ!ってか。何がそんなに嬉しいのかさっぱりだがな。
俺もつくづく甘いな。後ろ髪引かれようが振り切っちまえばいいのによ。まぁ、もうどうでもいいか。何もかもな。
「はぁ、俺も焼きが回っちまったな」
クソガキの手を引きながら、ゆっくりと集落まで歩いていく。その間におじさんおじさんとアレやコレやと聞いてきやがる。
「おじさんは普段何してるの?」
「お前みたいなクソガキを攫って変態共に売りつけてるよ」
「売られた子ってどうなるの?」
「さぁな。運が良けりゃ屋敷暮らしで食い物には困らないだろうよ。運が悪けりゃ裸に引ん剝かれて色々やられるだろうな」
「運が悪くても今とあんまり変わんないね」
……このクソガキには虐待の跡がある。まぁ、大方口減らしついでに囮用に連れて来られただけなんだろうよ。どいつもこいつも貧しい連中の考える事は皆一緒ってわけだ。
「まぁ、お前にとっちゃあそうなんだろうな」
「じゃあ、おじさんが私を売ったら儲かるの?」
「今の俺にゃそんなツテもねぇよ」
「そっか……」
まぁ、アレだ。救いがねぇよなぁ。
「おい、ガキ、何なら楽にしてやろうか?」
「ううん、それはヤダ」
ま、死にたくないのは皆同じか。
「そうかい」
「おじさんは楽になりたいの?」
「そうだな、俺はもうくたびれちまったよ。色々とな。なんつうか、不公平だよなぁ世の中って奴は」
俺より生まれも育ちも良い奴、俺より若くて才能のある奴、俺よりダチに恵まれた奴、そういう奴は御上として楽しく生きてくだろうさ。
だが、俺より運が悪い奴、そういう奴も腐る程いる。昔っから悪運だけはやたらと強かったおかげで無駄に長く生き残っちまった。
昔馴染みで同期の冒険者も火吹きトカゲに燃やされちまうし、裏で会った馴染みも皆俺だけを残して殺されちまうし。昨晩もアレだからな。生まれが良くて才能があっても運が悪けりゃそれまでだ。
「そうかな?」
「お前もそのうち分かるんじゃねぇか?」
俺もコイツくらいおめでたい頭が欲しかったぜ。
「ねぇ、おじさん、名前なんて言うの?」
「バラックだ。まぁどうせすぐ忘れられる名だ」
今となっちゃゴリラババアくらいしか覚えてねぇ名前だ。
「私はストネって言うの」
「まぁ、冥途の土産に覚えとくよ」
ガキの手ってのは小さいもんだな。今まで散々握りつぶしてきたけどよ。
草生える。そこにミントの種を植えよう。こんもり生えて野生化する。
薬学知識のない脳筋のゾンヲリさんには草の効能は分からない。
ようやくネクリアさん十三歳がアップを始めたようです。
だが、草は色々なモノに応用可能だ。
お茶、香水、ローション、軟膏、精神安定剤、鎮痛剤、湿布、オイル、服、劣化ホルマリン、
ファンタジーならポーションの材料にもなるだろう。
草の知識一つでも大金を稼ぐ事も可能だ。リアルではお茶や香辛料一つで戦争が起こる程である
かつて、薬草で疫病を払い、村を救った賢い女性をウィッチと呼んだそうだが。
協会の利権が絡んでしまったために魔女として火炙りにされるのが中世である。
かなりじゃあく。
次回急展開。




