第八話:モヒカンが手に取る金貨1枚の重み
最初はゾンヲリさん。次は生き残った孤独のモヒカンさんの視点です。
「もし仕事を探しておいででしたら南の農村に向かわれるとよろしいでしょう。ニンゲンの支配地域と近いため、ビースキン程安全ではありませんので多少荒事は起こるかもしれませんが……それと、もし気が変わりましたら私は大抵衛兵の詰所におりますので何時でも声をかけてください」
明日の生活にすら難儀する少女に対し、青年の獣人ベルクトは別れ際に道筋をつけてくれた。
城塞都市ビースキンは天然の岩壁に囲まれているので武力に対してはそれなりに堅牢だ。しかし、城塞都市という性質から都市機能の大半を市場と居住性に特化しているため、食料や鉱物などの資源を生産する能力までは保有していない。
それを補う形で造られた大規模農地や鉱山は獣人国の生命線でもあったのだが、今は人間に奪われてしまっている。だからと言って、そのまま放っておけば貧困と飢餓に襲われるので食料を作らないわけにはいかないのが現状だ。
南の農村も獣人国の食糧を支える生命線の一つであるため、仕事と荒事は絶えないのだろう。
「恩に着ます」
「あの、すみませんが最後にもう一回だけアレをお願いしてもよろしいでしょうか……?」
竜王ベルクトはモジモジしながら問いかけてくる。
少女が彼の財布を破滅させてしまった以上、せめて私がその分を報いてやろうと思う。故に、精一杯のあざとい表情を浮かべ、声の調子を整える。
「はいっお兄様っ♡ありがとうございましたっ♡」
「はうっ……」
胸を抑えて悶えるベルクトを席に残し、高級菓子屋を後にした。
(なぁ、ゾンヲリ、私はああ言ったけどお前も本当に断っちゃうのか)
客観的に見ても獣人国が人間と争って勝てる可能性は限りなくゼロに近い。少なくとも、帝国軍の本隊はおろか、金目当ての傭兵団程度にすらも殲滅されかねない程に、人間と獣人では種族としての力量差が存在する。
「はい、勝てない戦にネクリア様を参加させるわけにはいきませんので」
ベルクトの言葉に乗せられて安受け合いする道理はなかった。私一人の命で済むならばそれでも問題ないのだが、少女の命は替えが効かない。
(でもゾンビを使えば大丈夫じゃないか?)
「では死体をどのようにご用意致しますか? 勝利の為に生贄となる獣人の死体は少なくとも数百以上は必要になります。ご命令とあらばお作り致しますが」
(うっ……それは、嫌だな。前回のでゾンビを休まず作り続けるのは懲りたよ)
少女の性格であれば当然やらない選択だ。近いうちに獣人国が滅びを迎えるのであれば、弱者の取り得る手段は一つだけ、逃げるか隷属する事だけだ。
「ネクリア様、次の移住先はなるべく早いうちに考えておいた方がよいかもしれませんね」
(なぁ、ゾンヲリ。見捨てるのもちょっと可哀想じゃないか? 何か今の私みたいだしさ)
少女は住処を焼かれて追い立てられてきた。魔族国西地区に住まう者達の中には獣人国への亡命を目指す者もいるだろう。次にそうなるのが獣人達になる事を少女は懸念している。
「……ではどう致しましょうか?」
(なぁ、ゾンヲリ。私に考えがあるからとりあえず薬草摘みに南に行ってみないか?)
そういえば、孤児院の働ける者達も薬草採集に行っていた。ある程度集めて売れば金銭も得られる。行っても損はないだろう。
「分かりました。ネクリア様がそう仰るのであれば私はそれに従いましょう」
(うむ)
城塞都市ビースキンの大通りを歩きながら街中を見渡す。閑散としていて活気がなく、昼間であっても浮浪者が目立っていた。街工房からは火と鉄の音が聞こえず、客足の途絶えた品薄の露店、一言で形容するのであれば仕事を取り上げられた街だった。
露店側から喧騒が聞こえてきた。視線を移せば、果実売りの商人と小さな子供の獣人が口論していた。
「おう、こらガキ、商品盗んでんじゃねぇぞ! おら、服の中身見せてみろ」
「言いがかりつけるなよ! ほらよ」
子供は時間をかけ、ゆっくりと隠せそうな箇所を晒して行き、それを商人は注意深く見ていた。
しかし、今言い寄られている子供は単なる時間稼ぎの囮だ。本命は商人の背後で、果実に手を伸ばす影の方だった。
「チッさっさと消えろ。ガキ」
「ヘッ馬鹿が」
互いに言い捨て合うと、子供達は路地の闇へと消えていった。
「クソッやられた! あのクソガキ共が!」
ようやく商品が盗まれていた事に気がついた商人は恨み言を叫んだ。
(何か、嫌な感じだな。こういうのって)
「貧しくなればどこもこうなりますよ」
(私は文無しだけどやらないぞ)
「ええ、ネクリア様はその強さを大切にしてくださいね」
(何だよゾンヲリ、意味深な事言うなよな)
この荒んだ環境に居てもなお、他者を思いやれる心を持てる者はそうはいない。食うか食われるかでしか物事を判別する事が出来なくなる。それはそのうち他者への憎しみへと変化する。
周囲を憎み、環境を憎み、やがて全てを憎むようになる。憎悪はより多くの憎悪を集めて螺旋のように周囲を巻き込み膨張し、最後には全てを腐らせるものだ。
「いえ、ちょっとだけ昔を思い出しただけです。気になさらないでください」
少女には悲劇という火酒に酔いしれながら、憎悪で身を焦がすという快楽に浸る事に慣れて欲しくはない。
かつての俺のようにな。
(変なゾンヲリだな)
〇
「……というわけで、捕まえた獣人奴隷に逃げられてしまったんですよ」
「既に期日が過ぎてるわけだが」
「申し訳ございません」
生き残ったら生き残ったで面倒くせぇのなんの。スカした顔しやがってよ。少女趣味の変態市長が。
「前払いにしてる依頼料は返金だ」
「申し訳ないんですが、他の奴が使っちまった分までは返金できませんぜ」
「ふざけるなっ!」
「グボッ」
右の頬をストレートで打ち抜かれる。クソが。馬鹿が酒や装備に変えちまった金を返せるわけねぇだろうがよ。穴の空いちまった装備なんて修繕費の方がかさむってもんだ。
「この責任はどうとってくれるわけだ?」
チッデブ親父め。
「返金したいのは山々なんですが、俺も生活がかかってるんで勘弁してくださいよ。次はヤバイ依頼も引き受けますので何とか手打ちにしてください」
此方に非がありすぎる分、どうしようもない。裏の家業は実入りが良い分、リスクも多い。だが、仕事は選んでられない。
「チッまぁいい。なら荷運びでもやってもらおうか」
禁制品の薬物か薬草か、まぁ金になるなら何だっていい。重要な事じゃない。
「それで? 一体何を運ぶんで?」
「"食料"だ。前金で帝国金貨1枚、成功報酬で金貨20枚だ」
……長年の経験からこういう仕事はロクでもないと相場が決まっている。
俺も25年間冒険者をやってるからな、金貨一枚稼ぐ大変さはよーく知っている。飛んでる火トカゲ一匹倒すのとどっちが大変か分かったもんじゃない。
だからヤバイんだ。こういう仕事は。
だが、断るという選択肢はない。ソレを見越した上で俺に言っているんだ。このデブ親父はな。
「はいはい、分かりましたとも。それで何処に運べばいいんですかね? その"食糧"とやらは」
「奴隷獣人共が働いている北にある国境付近の香辛料畑まで運べ」
デブが指さした地図に描かれた場所は、最近獣人共からぶんどったらしい領地だった。元々そこに住んでた連中は全員奴隷になっちまったようだが。哀れなこった。
「それだけで良いんですかね?」
「貴様と同じ依頼を受けた奴と一緒に組んでもらう。今日の正午にこの場所に行けば後はエージェントが説明する」
帰って来た直後だってのに休む暇すらもねぇのかよ。やっぱり寝ててよかったな。
「分かりましたとも、ご期待くださいませ、市長様?」
「ふん、分かったらさっさと準備しろ」
デブ親父に一瞥くれてやり、鉱山都市の裏ギルドを後にする。
こういう時はエルフ女の娼婦でも抱きたい気分になるが、今は生憎その金すらない。
昔は女の方から寄って来た。依頼にだって困らなかった。だが、おっさんになっちまった俺に寄ってくる女なんて金目当ての奴だけよ。所詮小物のおっさんである俺に表の依頼はもう回ってこない。
あ~やんなるね。
そこらにある街灯にケリを入れてやる。
荷物を取りにボロ借家まで向かうとデブの女将の顔が目に入った。ゴリラと殴り合えそうなレベルの女は世界広しと言えどコイツくらいだろうな。
「バラック、家賃の支払いはまだかい」
「うるせぇな、次の山が終わったら払うよ」
「3か月分待ってるんだがね、いい加減にしないと追い出すよ」
「わかったわかった。これでいいか?」
金貨をくれてやる。
「これ一体どうしたんだい。アンタにしちゃ随分と気前いいじゃないか」
「ちっと野暮用でな。また暫くどっか出る事になるわ」
この山を終わったら裏から足を洗ってどっかに隠居でもするかね。金貨20枚もあればもう死ぬまで遊んで暮らせる。
そう、死ぬまでな。
まぁ、フラグです。はい。
モヒカンFことバラックさんは44歳です。何処にでもいるふつーのモヒカンです。
色んなヒャッハーがいるんですよ。
そんなヒャッハーの物語がちょっぴり挟まります。
余談ですが冒険者35歳というフリーゲームがあります。
時間が経つ度にステータスがどんどん加速度的に下がって行き、
婚活では足元を見られていくというゲーム。
人間のピークは28歳。
それを過ぎると劣化していき、冒険者という家業を続けられなくなっていくのだ。悲しい。




