第七話:竜王ベルクトと貪食のデーモン
※最初はサフィさん視点、次がゾンヲリさん視点になります。
先ほど、今代の竜王とすれ違った。
かつて最強であった私の父が戦死し、その後釜で繰り上がっただけの男。私は全てを無くして、後方に居たあの男は全てを手にした。今だって幼気な少女を引き連れて遊んで良いご身分な事だ。
やめよう。虚しいだけだ。
今はあの子に会って先日の事を謝らないといけない。
「よう、サフィちゃん。今晩は一緒にどうだい?」
「ごめんなさい、今日は別件でここに来たの」
スラム街で馴染みの客達に何度か引き留められる。それらを全て断り、以前あの子が居た場所に向かう。
だけど、そこにあの子は居なかった。おびただしい血溜まりの跡と、それを見学に来た人だかりだけが残っていた。
スラム街は多少治安が悪いとはいえ、これ程の刃傷沙汰はおかしい。
「あの、ここに居た獣人の子供を知りませんか」
「知らねぇよ、それにソイツは昨日の朝の時点で死んでたよ」
一瞬、何を言っているのか分からなかったので聞き返してしまった。
「えっ?」
……少なくとも昨日の夕方時点であの子は生きていた。動いて、食べて、走っているのを一緒に見ているのだ。
「誰だか知らないが死体掃除したかと思いきや、また昨晩には同じ場所に居たんだとよ。怖いよなぁ」
「え、ええ」
「朝にハラワタぶちまけながら立ってたとか寝ぼけた事言ってる奴まで居てな。一種のホラーだよ」
「それで結局、その子はどうなったんでしょうか?」
掃除中の獣人は視線で路地裏の方を見て答えた。点々と続く血痕、それはあの子の進んだ痕跡となる。
「何の事かは分からんが、面倒事に首を突っ込むのはやめておいた方がいいぞ」
「ありがとう」
あの子は、生きていたはずだ。呼吸が安定しない。手に冷や汗が滲んでいる事に気がついた。
路地裏の闇の中へ、一歩、一歩と進んで行く。そこにあの子が居たのだ。昨日別れた時の姿から、さらにボロボロになった状態で。
「なんて事なの……」
あの子が冷たくなって倒れていた。四肢至る所にある無数の噛み傷、折れ曲がった左腕、腹部から漏れ続ける腐った血だまり。
「き、君、生きてるの?」
返事はない。ただの屍であると、その有様で主張していた。
痩せこけた肉体が膨らんで黒ずんでいた。肩に触れてみる。ブヨブヨな触感、臭い。触れる事自体に嫌悪感が沸き上がってくる。
「ねぇ」
返事がない。ただの屍のようだ。
私は、取り返しのつかない事をしたのかもしれない。あの子に対して謝罪する機会を失った。あの子が最期に見せた悲しそうな顔が、ずっと頭に焼き付いて離れない。
〇
少女は無我夢中で大量のクリームと果実の盛られた特大パフェを貪っている。そして、その様子を苦笑しながら見守るのは好青年の獣人だった。
「ハム、ハフハフ、ハフッ!」
「ははっ……よく食べるね……」
「私は育ち盛りだからなっ!」
少女の食べたスイーツを累計すると230コバル相当にもなる。頬っぺたにゴルゴンミルククリームを付けながら。
貪食のデーモンの如く貪り尽くす。
私は少女の代わりに体内でお留守晩する事になったのだ。味は一応感じるが、胸焼けがしてきそうな甘ったるさに包まれていては正直よくわからない。
「あの……ネーアちゃん? 確かに幾らでも食べて良いとは言ったけど、私の財布の中身が底に着きそうなので程ほどに……」
(ネクリア様、そろそろ遠慮して差し上げても……)
「むう、もう終わりか? まだ私の胃袋は収まっちゃいないぞっ」
まだまだイケるというアピールを欠かさない貪食のデーモンを前にして、紳士で好青年な獣人はただうな垂れるのみである。本性を曝け出した淫魔を前にしては男など無力に等しい。貢ぎ、捧げ、尽す事以外の選択肢など取り得ない。
「ほんとに君ネーアちゃん? 別人としか思えないんだけど……」
「ふふん、私こそがネーアだっ。でもしょうがないからこれで勘弁しといてやる」
慎ましやかな胸をピンと張り、頬っぺたについた生クリームを舐めとる少女。一緒の席に座ってさえいなければ魅力的なその顔を前にして、大きなため息を吐いて見せる。
「はぁ、それではネクリア様、そろそろ本題に入らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
ピンッと少女の尻尾が逆立った。
「私の事を知っているのか」
「貴女の事は前大魔公ネウルガル様よりかねがね伺っております。こう見えても私は今代の"竜王"に就任しておりまして、ベルクトと申します、どうかお見知りおき下さい」
発達した筋肉、隙の無さ、道中での足運び、どれも歴戦の戦士たる風格を醸し出していた。ただ一つ問題があるとすれば、紳士であることだろう。私も人の事は言えまい。
「竜王?」
「私には過ぎた大層な名前でしょう? 大昔に我々獣人を破滅からお救い下さったのが龍なのです。それ以来、最も武術の優れた獣人がその名を冠して国を守る事で縁起を担ぐのですよ」
竜王、それはコボルトの国の将軍のようなものなのだろう。確かに、目の前の好青年は非常に強い。少なくとも白一角獣の娘よりは。
だが、その程度だ。魔族は愚か、人間の強者と相対しても生き残れるかは怪しい。それが私から見たベルクトの強さだった。
「ふ~ん? じゃあお前って結構強いんだなっ」
「ええ、先ほどまでの貴女でしたら実の所一戦交えてみたかったのですが……一体どういう事なのでしょうか」
見る人間が見れば、少女と私が別人である事はあっさりと見抜かれる。
「ならゾンヲリ、お前が代わってやれ」
(はい)
体の制御が私に移る。指が動く、蝙蝠の翼が動く、尻尾もふりふり動かせる。
「お兄様、先ほどはお世話になりました。ゾンビウォーリアーと申します。わけあってネクリア様の中に居候させて頂いております」
「えっ!?、貴女が本当のネクリア様ではないのですか?」
……好青年の獣人は私をネクリア様と勘違いしていたらしい。
(失礼な奴だな! おっと)
少女に体の制御を即座に奪われてしまう。
「失礼な奴だなっ! 私こそがネクリアだぞ」
「これは大変失礼致しました」
非礼を詫びる獣人の好青年。彼とは美味い酒が飲めるかもしれない。元の身体があれば、だが。少女に相対して従順な姿勢を貫く姿には感心できた。
「ふふん、それで、本題って一体何なんだ?」
「今、我々の獣人国に危機が迫っているのです。それで、現大魔公としての貴女のお力を多少なりともお貸頂ければと存じております」
「いや、無理だろ」
少女はきっぱりと断った。それには私も同じ意見だ。
「ええっ……」
「いやだってそうだろ? 私にもうそんな地位も力もないし」
少女は自信満々に言うのだった。これまでの少女を見守って来た視点から言うならば、正論だ。
「ですが……」
「そもそも、私の領地なんてとっくに更地だし? 兵なんてゾンヲリ一人しかいないし? だからこの国まで無一文の旅を血反吐流しながらやってきてるんだし」
「一体、何があったのですか?」
「人間の騎士団に殺されかけ、同じ大魔公のベルゼブルに領地焼かれてきたところだ」
「それではお忍びで獣人国の視察に参られたというわけでは……」
「ないな。今の私が欲しいのは寝床ただ一つだ」
静寂が辺りを支配する。別の客が注文を頼む声がはっきりと聞こえる程に。
「一応話だけでも聞いていきませんか?」
「じゃあ多分ゾンヲリの方が適任だな。話を聞いてやれ」
(はい)
再び少女に身体を受け渡される。
「どうぞ」
「コホン、"獣人狩り"を知っていますか」
「ええ、先日遭遇して切り殺した所です」
「えっ!? でしたら話は早い。単刀直入に言いますと、ヤツらを何とかしたいのです」
獣人狩り、一言で言ってしまえば山賊だ。
「軍を組織して鎮圧すればよいのではないですか?」
「それをやると不味いのです。彼らはニンゲン共によって組織された収奪部隊なのです。大っぴらに軍で討伐しに行くと、逆にニンゲン共に軍を差し向けられかねないのですよ。我々はそうなってはおしまいなのです」
……獣人国最高の実力者がこの程度では、一度軍を送られれば皆殺しにされるのが良い所だろう。故に、山賊の横暴を黙って見過ごすしかないというわけだ。
「だが、今までは大丈夫だったのではないですか?」
「ええ、一年前まではまだ"魔族の後ろ盾"があったのでニンゲン共も積極的に攻めては来なかったのですが、ネウルガル様が亡くなられてからはそれも無くなってしまいましたので……奴らの横暴は留まる事を知りません」
力こそ全て、弱き者は全てを奪われるのが定め。国であってもそれは例外ではない。
「軍を組織して反撃をすると報復としてコバルト鉱山や香辛料畑をニンゲン共に奪われ、奴隷売買は平然とまかり通るようになり、ここ1年間は苦渋を舐め続ける日々でした」
街中の活気のなさ、スラム街で放置される餓死者、それらが獣人国の現状を物語っているのだろう。近いうちに崩れる海辺の砂で出来た城。それが獣人国なのだ。
「それで、結局どうして欲しいわけですか?」
「我々はこれ以上奪われたくないのです。そして、できれば生活の基盤である農地と鉱山を取り戻したい。そのためにお力添えを頂ければ……と思ったのですが」
「それは無理な相談ですね。私一人で賄える範疇を超えています。それに、ネクリア様の身体をそのような戦いの渦中に引きずり込むなど以ての外です」
一人で軍と戦うなどと馬鹿馬鹿しいにも程がある。確かに、銀狼騎士団の中枢で見かけたあの人間の英雄ならばソレを実行できる。その領域ならば千の軍勢であっても単独で切り伏せる事も可能だろう。
だが、仮に私がネクリア様や目の前の男の身体を使って軍と単独で戦った所で、殺せて精々50から100が良い所だ。やり様によっては不可能ではないが犬死するのがオチだろう。
「そうですね……貴女程の実力者であればあるいは、と思ったのですがやはりそうなりますか」
獣人の好青年は肩を落とす。
「我々は、滅びゆくのが定めなのでしょうか」
「力無き者は奪われるのが定め、それはどこであっても変わらないでしょう」
悲しい話だが、それが覆る事はない。嫌ならば奪われないために力を身に付けるしかない。どれだけ理不尽であろうとも、それを咎める者は己以外にいない。
だから力を求め、勝ち続けなくてはならない。殺して喰らい、そして、殺し続けるのだ。誰よりも殺し尽くし、屍を踏み越えた先にあるのが途だ。
「貴女は怖い眼をしますね。まるで先代竜王を殺した戦鬼のようですよ」
どうも私は自分でも気づかないうちに表情が怖くなるようだ。
「怖いとはよく言われます。ところで先代竜王とは?」
「彼は間違いなく、獣人の英雄でした。強く、気高く、勇敢な。間違いなく最強の獣人でした。彼が獣人国を守っていた間はニンゲン共に一切手出しさせなかったほどですから、ですが、数年前の戦の最中、突如現れた戦狂いな鮮血のオウガが振るった凶刃で殺されてしまったのです。私はソレと相対して……逃げました」
なんてことはない。戦場ではよくある話だった。強い者はより強い者に喰らわれるのが定め。だが、彼らにとってはそれが死活問題なのだ。彼らは人間程強くない。
紛れもない、弱者、だった。
「そうですか、ではベルクト殿はそれ以上に強くなろうとは思いませんか。今度はそのオウガを殺してやりたいとは思わないのですか」
「難しいですね……」
獣人の好青年は肩をすくめてみせる。露出した肌に刻まれた鍛錬の跡は彼の努力の軌跡だ。しかし、鍛錬だけで強くなれる程甘い話はない。死線を潜った先にだけ、途はあるのだから。
彼は、竜王と呼ぶには余りにも臆病だったのだ。
「……でしたら運命を受け入れる他ありませんね」
強くなる事を放棄した者は家畜と同じだ。
「そうですか……ではこの話はなかった事にしておいてください。一応、私のポケットマネーで良ければ幾分か生活費くらいでしたら渡す事もできるのですが、その……今回の食事代で殆ど使い切ってしまいまして……」
(テヘッ)
少女の魂の声が響いた。
やはり少女は大魔公であり淫魔なのだ。人々を恐れおののかせる器の持ち主であられる。
ここにきてようやくオウガに触れるらしい。
・設定補足
竜王:獣人のチャンピオン的な何か
英語で言うとゴブリンチャンピオン(殴
大昔に現れた龍達が獣人に害をなす存在を根こそぎ狩りつくしたらしい。
なのでそのご縁を賜って竜王と名乗っている。
それなりに給料はよかったりする。ただし、
1か月分の給料はネクリアさんの腹の中に納まってしまったらしい。
オウガ:力に溺れ、暗黒道に堕ちた人間の行き着く先がコレ。
冥い精神波動を垂れ流し、同じく力を求める人間を狂化していく。
まるでどっかの設定(ry