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第四話:人間も案外すぐには死なない


 攫われた獣人の痕跡を追跡していくと木造建築の山小屋が見えた。恐らくは獣人狩りの野営地、あるいは活動拠点なのだろう。


 物陰に隠れながら白一角獣人の娘サフィと共に様子を伺う。入口には一人、無頼漢(ぶらいかん)が見張りとして立っていた。


 敵の武装はロングソード、副武装はダガー。防具は革製の軽装鎧、大剣を振るえる肉体であれば大した防具ではないが、今の子供の肉体の持つ膂力と武装では防具越しに致命打は与えられない。


 山小屋の側面にある木窓からは僅かに光が漏れていた。室内に敵が潜んでいる可能性は高い。


「きっとあそこにクルタ達がっ」


 ダガーを引き抜いて真正面から突っ込もうとするサフィの手を引いて止める。見える範囲の敵を撃破するだけならサフィでも容易だろう。だが、誘拐実行犯は情報によれば最低で三人以上いる。増援の数は未知数だ。


「待て、せめて敵の人数を確認してから突入するべきだ」


「どの道見張りを倒さなきゃ」


「私が先に偵察し、可能ならば敵を誘き出そう」


「君が? そんなの駄目。君の体格じゃアイツらから逃げきれないし勝てないよ」


「だからこそ、敵は私を見て油断する。見張りに増援を呼ばせずに処理できるかもしれない」


 サフィは遠目から見ても実力者である事が分かる。見張りに見つかってしまえば即座に増援を呼ばれる事になるだろう。だが、私の場合は違う。見た目は弱そうな単なる子供だ。そんな奴を相手に増援を呼んだりする奴はいない。


 仮に増援を呼ばれたとしても、外にまとめて引き付けて分断してしまえばよい。小さな体格なら木々や茂みに隠れて戦えば分はある。むしろ好都合な展開だ。


「分かった。君にこんな事押し付けるのは気が引けるけど……」


「危なそうに見えても私の事は無視してくれ、自分で引き付けた分は自分で何とかする」


 サフィは一瞬考えこむがコクッとは頷いてみせる。作戦は決まった。


 木々に隠れながら息を潜め、大回りで山小屋の側面に回り、見張りが此方を見ていないのを確認して木窓へと一気に近づく。


 まず確認しなくてはいけないのは室内の人質の状況と敵の人数。獣人の身体は聴覚に優れている。中の会話の情報を聞き取る事が出来るかもしれない。

 

 壁に耳を当てて音を探る。肉の打たれる音が聞こえる。


「オラァ!」

「ングッんん」

「反抗的なクソガキにはここでたっぷりと人間様の偉さって奴を教えてやらないとなぁ!?」


 くぐもった呻き声をあげる男の声と威圧的に声を荒げる男の声。


「ンンッ!ンンッ!」

「ゲヘヘヘッ」

「ったく、味見するのはいいが壊すなよ」


 年齢で言うと少女の声も聞こえる。こちらは今晩のお愉しみの真っ最中というわけだ。鉄の掟を破り、少女の自由意思を尊重しないとは、外道め。声は覚えた。後で必ず、殺してやる。


 敵の数は最低5人以上、少々多いな。


「……っ」


 足音が聞こえる。玄関口の見張りがこちらへと回って来た。


「おい、そこの獣人(ガキ)。何をしている」


「ご、ごめんなさい。道の迷っちゃって……寝床を探しているんです」


「チッなら寝床に入れてやるよ。こっち来な」


 無頼漢はものぐさそうに私を手招きする。当然の話だが、敵の表情に善意は一切ない。


「……」


「おい、どうした。さっさとこっちに来い」


 向かう必要も逃げる必要もなくなった。案の定懸念していた事が起こってしまったのだ。


「ハッ」


「なにっ?グアッ」


 闇夜に照らされる一筋の光が無頼漢の首筋を横切った。一拍時間を置いて遅れて鮮血のシャワーが吹き出、無頼漢は地面へと倒れ伏す。


 首を搔き切ったのはサフィだった。最高の戦闘能力、虎の子の手札を早速切ってしまったのだ。


「ほら、やっぱり危なかったじゃない。君はもう逃げて」


「人質はまだ生きている。敵はまだ最低4人以上いる。気を付けろ」


「ありがとう」


 急いで敵の持ち物からロングソードとダガーを回収して身を隠す。既に物音を立てすぎていた。勢いよく木窓が開かれる。


「何ごとだっ! 獣人の女がいるぞ」

「なんだと!? すぐに掴まえねばっ!」

「今晩はお愉しみが2倍!」


「クルタ達を返しなさい。この外道共」


 小屋の死角から成り行きを見守る。


 3人の無頼漢が玄関口からゾロゾロと出てくる。サフィは3人相手にも退かずに立ち向かおうと進み出る。一人はまだ中から出てこない。その理由は外道の取り得る行動は簡単に推測できる。


 壁に耳を当てて、再び聞き耳を立てる。


「オラッさっさと歩け」

「ンンッ!ンンッ!」


 人質だ。


「クソッこの女結構強いぞ」

「ヤアアアッ」

「グアッ手首を切られましたっ!」

「チッこのアマッ」


 ちらりと戦闘の様子を見る。


 サフィは3人相手にも優勢に立ち回っていた。短刀で剣をいなし、舞うように攻撃を躱し、反撃の一閃が光る。これが戦闘中でなければ誰もが(つるぎ)の舞に見惚れる事になるだろう。


「……っ」


 最も、敵の目的は生け捕りにする。という条件にある。サフィの優位は無頼漢側が本気で攻撃出来ない事にあるのだ。楽観はできない。サフィは致命的な弱点を抱えているのだから。


 開いたままの木窓に飛び乗り、山小屋の室内へと侵入する。扉が閉まっていない部屋を探して駆け込む。


 が、遅かった。


 既に人質の少年の方は外に持ち出されようとしていた。柱に縄で繋がれてぐったりしている獣人の少女が一人だけが残っている。少女の拘束している縄と猿轡を外し、私は自分の着ている上着を脱ぎ捨てた。


「誰?」


「これを着てさっさと逃げろ。玄関にはヤツらがいる。窓から外に出るんだ」


「え、まっ……」


 獣人の少女は何か言いたげだったが、今は手厚く気遣う余裕はない。断腸の思いで玄関口へと急ぐ。既に勝負はついている可能性が高いからだ。


 そして、玄関口まで敵に遭遇しなかった。それはつまり……。


「女、人質を殺されたくなければ武器を捨てろ」


「この、卑怯者め!」


「サ……サフィ義姉さん。ボクの事はいいから戦ってっ」


 今、喉元にダガーを突き付けられているのがクルタと呼ばれる獣人だろう。


「黙れガキ」


 クルタを拘束している男はナイフの柄で腫れ上がった顔面を殴打する。


「うわっ」


「へへっ次は手元が狂うかもしれないぜ?」


 無頼漢は下卑た嗤いを浮かべ、再びダガーの刃をクルタの喉元へと近づけてみせる。


 状況は既に最悪の事態へと発展していた。人質とそれにダガーを突き付ける無頼漢が一人、サフィを囲む無頼漢は二人、サフィが倒したと思われる死体が一人。


「クッ……やめろ、クルタに手を出すな」


「今だ、女を取り押さえろ!」


 無頼漢は二人がかりで棒立ちで無抵抗のサフィを抑え込み、地面へと引きずり倒す。


「うあっ放せっ外道共っやめっあああっ」


 無頼漢の一人はサフィの両腕を押さえつけ、もう一人はサフィから武器を取り上げ、防具を剥ぎ取ろうとする。


「放せっ放せぇ!」


 サフィは足をばたつかせてもがくが、二人係で抑え込まれているためどうにもならない。


「へへっこうなっちまえばこっちのモンだな。たく、雌犬の分際で二人も殺しやがってよ」


「ゲッヒャヒャ、こいつは中々の上物だな。鉱山都市で娼婦か性奴隷にして高く売れるぜ」


「サフィ義姉さん! 義姉さん!」


 ……私が出るのはまだ早い。ロングソードを握りしめ、息を止めて気配を殺し、人質への警戒が薄れるのをじっと待つ。


 やがて、サフィの防具を剥ぎ取り終えた男が腰のベルトを外し始める。


「ゲヘヘヘッではそろそろご開帳と行こうじゃないか」

 

「ひっやめっ」


 これから何をされるのかを察し、白一角獣人の娘は息を呑んだ。無頼漢の一人はサフィの両足に掴み広げようとする。


「いやあああっ!」


 それを見て、クルタを拘束している男は勝ち誇ったかのように嗤う。

 

「イイザマだなぁ雌犬、ついでだからいい事を教えておいてやる。本当はガキなんて売っても大した金にならねぇんだよ。お前みたいな正義感に溢れた馬鹿を釣り出して捕まえるためにわざと痕跡を残してやってんだよ。ギャハハハハッ」


 これを待っていた。勝利を確信して油断する瞬間を。


「死ね。肉塊となり果てろ」


「ハハハッ……あ? アギャアアアアッ」

「ん?おい!」


 高笑いする男目掛けて跳躍し、背後から首筋にロングソードを突き立てる。次だ。


 サフィの両手を拘束している男の顔面目掛けてダガーを投げる。


「目が、目がああああっ」


 状況を掴めず放心しているサフィの綺麗な顔が、血の涙で汚れていった。


「あっ……」


 これで2体は無力化した。後は一匹だ。殺した死体からロングソードを引き抜き、獲物目掛けて駆ける。


「てめ、ガキが調子乗ってんじゃねぇぞ」


 ロリコンの風上にも置けない外道が、私を今さら脅威と認識し、ロングソードを向け直す。貴様の声だけは覚えている。幼気な少女に暴行を加えた罪は重い。


 その罪は死を以て償え。


「あああああっ!!」


 跳躍。


 小さな私が大人の人間相手に致命打を与える方法はただ一つ。頭を狙って突き刺す事だ。それは向こうも知っている。


「あめぇんだよ。ガキが死ね!」


 ロングソードが肉を貫いた。血が勢いよく噴き出す。勝ち誇ったように笑みを浮かべたのは。


 無頼漢だった。


「甘いのは貴様だ」

「なん……ガバッ」


 私の腹部を貫通したロングソード、それと交差するように外道の頭をロングソードが貫いた。そこで無頼漢は力尽き、私は重力に従って地面に落下する。


 腹部に刺さった剣が幾つかの臓器を巻き込んで引き千切り、豪快に腹の中からビースキン風香草煮込みをぶちまけてしまう。


 痺れるような熱さが周辺の皮膚を焼いていった。


「んほっ♡」


 たまらず変な声が出てしまう。戦闘前の食事はやめておいた方がいいな。

 

「ヒィっおま、おまえ……何なんだよ」


 片目を抑えながら、恐怖で引きつった顔で後ずさる男。私は腹に刺さったロングソードを引き抜き、無造作に周辺に投げ捨て、距離を詰める。


 私が一歩近づけば男は一歩下がる。


「ゾンビウォーリア、今から貴様もそこの肉と同じになる。覚えた所でしょうがない話だな」


「た、頼む。やめ、やめてくれ。命だけは助けてくれ」


「貴様は同じ懇願をした者の命を助けた事はあるか? 生憎だが私も貴様と同類だ。死に果てろ」


「ギャアアアアアッ」


 皮鎧ごしの腹部に力いっぱい突き刺す。まだ息がある。引き抜き、もう一度別の臓器に突き刺す。


「イギャアアアアアッ」


 人間も案外すぐには死なない。前にそれで殺し損ねて痛い目を見た。やはり頭か心臓を狙うのが一番手っ取り早い。覚えておこう。


 念入りに心臓部に剣を突き立てておく。


 身体を見直すと、己の血と返り血で真っ赤に染まっていた。夜空に浮かぶ赤い星と同じように。


「ひっ……」


 私に対し、恐怖の表情を向ける獣人達。この致命傷を負っても動ける身体に対してか、あるいは全身血塗れのこの身体に対してか、あるいは……。

ゾンヲリさんのイキリ回。

なお、ドン引かれる模様。


ゾンヲリさんが喘いだ理由は、激辛料理食った後に尻や腹が痛くなったりするアレと同じです。

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