第三話:飴と鞭はSMの基本
※ネクリアさん十三歳視点が後半にあります。ようはオチです。
「私が獣人狩りから人質を取り返そう」
「どうして? 君には関係のない話でしょ」
放っておけと言っても無理矢理助け起こした者のセリフがコレか。
「おかしな話だ。貴女は人を助けるのに理由が要るのか」
「もう、君はさっきまで死にかけてたんだよ? 今だってそう。それに、まだ子供じゃない」
今の私は子供の身体だ。普段使う大剣も今はネクリア様が持っているので使えない。仮に持っていたとしても十分に振るえる筋力もない。
侮られるのも仕方がない話。だがこのままでは埒が明かない。
「少なくとも人殺しもしたことがないような貴女より、私は"敵"の事を知っているつもりだ」
武術の心得があってもそれを実際に敵に振るうのでは全然違う。試合形式でサフィと決闘すれば私に勝機は欠片もないだろう。
だが、殺し合いならば勝てる。
それは"敵"にとっても同じ事が言える。卑劣な手段を用いらないとは限らない。少なくとも、お人よし過ぎるこの女性は殺し合いに向かない。そう思った。
「……少し子供っぽくないと思ってたけど。君って一体何者なの?」
「ゾンヲリだ」
視線でその問いに答えるのみ。やがて、サフィは観念したかのように肩を下ろした。
「分かった。でも本当に危ないよ? 人間に掴まったら酷い目に遭わされるんだよ?」
戦いになれば腕を折られ、足をもがれ、臓物を抉られ、心臓も潰される。その程度の痛みであればもう慣れている。
「知っている。心配は無用だ」
「じゃあ、ついてきて」
「貴女も不要だ。私が一人で向かうので場所だけを教えてくれ」
「そんなのダメに決まってるじゃない! 見ず知らずの子供に全部任せるだなんてできない」
子供の身体は厄介だ。歴戦の戦士であればこうはならなかっただろう。いや、サフィの場合はそれでも向かうのかもしれない。
「そうか、なら最悪の事だけは覚悟しておいた方がいい。貴女がもしそうなった時、恐らく私は貴女を助けない」
正確には助けられない。護るより、殺す方が数倍は楽なのだ。それは今までの戦いで実感している。
「君は……ううん。それでいいから急いで準備しましょう」
戦支度を行う。と言っても、孤児院に置かれている武器になるモノは限られている。使えるのは肉切り包丁、果物ナイフ、棍棒。鍋の蓋。そんなモノだ。
サフィは二丁の短刀を腰に差していた。
「それじゃ、行きましょ」
「ああ」
城塞都市の門を抜け、獣人達が襲われたと報告があった薬草の群生地へと急行する。サフィの足は速く、私は常に全力で走らなければ置いていかれそうになる。
木々や草木が生え揃い始める道に差し掛かる辺りで、サフィは振り返った。
「君、そんな全力で走って大丈夫?」
「大丈夫だ。問題ない」
やがて、誘拐現場へと到着する。拉致する際に痛めつけたのだろうか、血痕と足跡があった。どうやら痕跡を隠すつもりはないらしい。
狩人は獲物を狩った後は油断するものだ。自分が狩られる事を毛ほども考えていない。
日はすっかりと沈み込み、天を仰ぎ見れば、赤い星と黄色い星が爛々と輝いていた。今宵も死の色が濃い。赤く、黒く、吸い込まれる程に綺麗だ。
「どうしたの?」
「ああ、気にしないでくれ。先を急ごう」
〇
間抜けから念入りに絞っていたらすっかり夜になってしまった。
私を相手に禁制品の薬物を使おうだなんて身の程知らずも良い所だ。私は媚薬を開発してる側なんだから隠されたって効果なんてお見通しだ。
「はぁ、ほんと、どうしてこう男運がないんだろうな。私は」
デートでディナーを奢ると言うから期待して見れば、茶色の排泄物みたいな食い物を出される。そういうプレイもやらない事はないが、嫌いだ。
意を決して食ってみれば、臭いがきつくて痛いだけでとても食えたもんじゃないゲテモノだ。
レディに対する配慮が全くなってないんだ。 この国の獣人共は。大抵の客は他の男に抱かれるなとか、俺だけが君の事を分かってるだとか、面倒くさい独占欲を発揮してくる連中ばかりだ。
金で買っておきながら、逸物を一回ぶち込んだだけで恋人面してくるような気持ち悪い奴もいる。今回の男もそういう奴だった。
「大体、ゾンヲリの奴もゾンヲリなんだよ。人が折角目をかけてるのに素っ気無い態度してさ……」
だから、ゾンヲリだってそういう一面の一つくらいはあると思ってた。触ってやると凄く悦ぶし。
「でも流石にちょっと悪い事したかな……まっでもお金も手に入ったしまた撫でてやればいっかなっ!」
袋に入ったこの金でゾンヲリが喜ぶ物を買ってやるのも悪くない。何時も苦労してるからこれくらいの褒美をやるのが支配者としての責務だ。鞭を与えた後には飴を与える。SMの基本だな!
スラム街のゾンヲリと別れた場所へと戻る。だけど、分かれたと思わしき場所にはゾンヲリの姿はなかった。
「あれ、おかしいな。確かにここだったと思うんだけどな……」
獣人の死体を探すけれども見当たらない。不安になってきたのでその周辺の路地裏とかも探す。いない。スラムの中を歩き回ってみる。何処にもいない。
「おいっ!ゾンヲリ。居るなら早く出てこい!」
やがて、石作りの建物のカーテンが開いた。
「夜中に叫ぶんじゃねぇよクソガキ!うるせぇぞ」
「ひうっ……ご、ごめんなさい」
目立っている私を睨む幾つかの視線に気がついた。ここは魔族国西地区ではない。勝手知らない見ず知らずの土地。いつも私を守ってくれる盾も今はいない。
怖くなってきた。
とりあえず借りられる宿を探そうかとも思った。でも、そうしたらゾンヲリは丸一日放置される事になる。ふと、背後から気配を感じたので振り返る。
「ゾンヲリか……? うわっ」
体当たりを受けて突飛ばされた。その拍子に金袋を落としてしまう。ぶつかって来たのは獣人の少年。物乞いだった。
「へへっこれは貰ってくぜ。じゃあな」
「あ、おいっ! それは私の金だぞ! 待てったら!」
体勢を崩している間に金袋をひったくられ、物乞いの少年は闇の奥に消えていった。
折角のお金が、つまらない男に抱かれてまで手にした金が水泡に帰した。宿屋に泊まるという選択肢すらも消えてしまった。
私は、一体何のために、こんな事をしているんだろう。
「ゾンヲリ……お前どこ行っちゃったんだよ」
最初にゾンヲリと別れた所に戻る。やっぱり、いない。寒いので座って膝を抱きながらうずくまって風の当たる面積を減らす。
そういえば、ゾンヲリが居る時はいつも風除けになってくれていた。
「ひぐ……」
涙が出て来た。いつもいつもこうだ。自分で投げ捨てた大切なモノが帰って来ない事を後悔している。一人はそろそろ慣れたと思っていた。でも、お人よしのいる温さに慣れきった私は弱くなっていた。
やっぱり、一人は嫌だ。
「グスッ……」
いつも夜に安心して眠れるのはゾンヲリのおかげだった。怖い、悪意のある視線が、何をされるのかもわからない。ゾンヲリが居ればこんな事を気にしなくてよかった。
弱い私の代わりに嫌な相手を皆やっつけてくれるから。毎度傷だらけになって、毎回死ぬような思いをしながら。
「怖いよ……ゾンヲリ……」
夜はまだ始まったばかり。一刻が、一秒がとても長く感じる。落ち着けない。恐怖で身体が震える。
今の私が持つ唯一の味方に会いたい。
ネクリアさん十三歳の自爆芸も大分板について来たかもしれない。
ゾンヲリさんに放置プレイという鞭を与えたら、
逆に自分が鞭で打たれるという見事なカウンターを返された今日のこの頃である。
飴を与えたら鞭を与えよ。その後にまた飴を与えよ。
円滑なSMプレイはそのようにして行われるのだ。※個人の感想です。