第十六話:駄犬へのご褒美
時は未明、空が白む前の時間。日課は終わり、まだお休み中の少女を見守りながら一息をつく。
「ふぁ……寝てたか。ゾンヲリ、おはよ」
どうやら姫君がお目覚めになったようだ。ごしごしと瞼こすり、寝ぼけ眼で私を見る少女。
私は大剣にこびり付いた血肉を払い捨ててから地面に突き刺し、少女の前に跪く。
「おはようございます。ネクリア様」
「なぁ、ゾンヲリ、そういう仰々しいのは止めろって」
「はい。次は気を付けます」
どうやらこれも少女のお気に召さないらしい。服従の姿勢の探求は遠い。
「はぁ……目覚めの度に見せられるコレも二度目にもなると慣れてくるな。はむっ」
少女はゴルゴンチーズを取り出して頬張る。目覚めの空きっ腹の食事には重い気がするが、少女の主食はピザなので問題は一切ない。
少女の言うコレとは死屍累々の惨状を示す。獣の死肉が死肉漁りを呼び、さらに別の獣を呼び寄せ続ける。来るものを拒まず、去る者はいない。
それがいつもの夜明けだ。
「ネクリア様、寝ぐせが立ってますよ」
「どうせお前しか見てないんだから気にするな。気が向いたら直す」
少女はずぼらに言い返すが、小さな手でペタペタと髪を気にしてる。ちょっと恥ずかしそうなのだ。そこが少女の微笑ましい所である。
身支度を終えた少女は駆け寄ってくるのであった。
「ネクリア様、移動はどうしましょうか」
「それならゾンヲリがこの暗爪獣になればいいじゃないか」
「それではこの肉体を脱ぎ捨てる事になってしまいますが……」
不死隊の肉体はそこそこ強い。少なくとも純粋な戦闘能力においては私が獣となるより一段上回る。
「別にいいんだよ。というかそんな肉体さっさと脱げ。臭いしぬめぬめするし見た目もグロい。こっちの犬の方がまだ可愛いだろ」
「暗爪獣をゾンビ化して乗ってしまえば楽だと思いますが」
「もう魂どっか行っちゃってるし、【アニメート】で制御し続けると疲れるからヤダ。お前がいい」
少女は駄々をこねる。だが少女の負担を考えれば当然の答えなのかもしれない。
目的地の獣人国まで進めと命令してもゾンビは進んでくれない。死霊術者の知らない道はゾンビも知らないのだ。そして、ゾンビは他者を気遣う事を知らない。命令されなければ動けないのだ。
故に、少女が満足できる乗り物と成れるのは私だけなのだ。私だけが少女とゾンビの地位向上に貢献する事が出来る。それが私の誇りである。
「分かりました」
「その肉体は辛いだろ」
「……はい」
残留した千切れた神経は痛みを主張し続ける。腐敗しながら再生を繰り返すこの身体で生きるというのは拷問に近い。それが不死の力を得るための対価。
「それにな、ゾンヲリ。魂は身体に影響されてくるんだ。だから、そんな邪悪な身体はさっさと脱ぎ棄てろ。それがお前のためでもあるんだからな」
不死よりは獣、獣よりは人、力を求めれば求める程に人間性は蝕まれていく。私の身体を気遣う少女の優しさに心をうたれた。
「ありがとうございます。ネクリア様」
私は不死の身体を脱ぎ捨て、獣と化した。少女はさり気なく【ソウルコネクト】を私にかけ、獣の身体にしがみ付く。
毎度こればかりは慣れない。
毛皮越しに感じる温かさを意識せざるを得ないのだ。無心だ。何も考えないようにするのだ。別にネクリア様の慎ましい胸が当たっている事について、私は邪な思いは一切抱いていない。
「ふふん、生意気に考えないようにしてるな~ゾンヲリ」
「い、いえ、別に」
「言っておくが、わざと当ててるんだぞ」
小悪魔っぽく笑って見せる少女。
これは、いけない。鉄の掟第三十九条。少女に欲情するべからず。菩薩の心で見守るもので……。
「幼気な少女に欲情する変態」
「はうっ」
「今、お前の欲望に触れたぞ。なぁ? ゾンヲリ」
背にしがみついているせいで少女の表情は見えないが、口角がつり上がった凄く悪そうな顔をしているに違いない。わからないけど多分きっとそうだ。
不味い【ソウルコネクト】を前にしては、私の思考は少女に筒抜けなのだ。
「ね、ネクリア様、ど、どうか、ご慈悲を……」
「駄犬」
少女は、私の身体を一撫でする。
「はうっ」
全身が震える。
抗う事は出来なかった。
人は言葉だけで脳髄を焼く事ができる。それは、魔法と呼んでも良いのかもしれない。
「ふふん、薄々思ってはいたがやっぱりお前。マゾなんだな」
「あっあっあっ」
何か言い返そうにも言葉が詰まるだけだった。嗚呼、嗚呼、嗚呼、何という事だ。ついに少女に知られてしまった。
異常性癖だけは隠そうと思っていたのに。あまりにもあっけなく、無慈悲にバレた。
「いいんだぞゾンヲリ~。別に私はお前がロリコンでマゾの駄犬だったとしても気にしないぞ? そういう連中は世の中腐る程居るんだからな~」
少女はねっとりと粘り付くような口調で私の羞恥心を煽る。性癖を受け入れようとする少女の優しさが私の身を焦がしていく。
「ち、違います。私は少女性愛者でもなければ被虐性愛者でもありません。本当です」
「そういうセリフがよりホンモノっぽくなるって前に言ったよな? ほらっ駄犬、ご褒美に撫でてやるぞ。うりうり」
「~~~~~っ!!!!」
「うわっ」
思わず少女を振り落としてしまった。頭がどうにかなりそうだった。欲望に身を委ねた先で自我を保てる自信がなかった。
「も、申し訳ございませんネクリア様。ですが、ほ、本当にこれ以上はもうおやめください。お願いします」
足腰が震えて上手く立てなかった。
「……ごめん。ゾンヲリ。ちょっと悪ふざけがすぎたよ」
少女は蝙蝠の翼を垂らして真剣な趣で謝ってみせる。
可愛らしい見た目で忘れそうになるが少女は淫魔、異性の扱い方は一段も二段も上手なのだ。
「あの、撫でるのは本当にもうやめてくださいね? ネクリア様」
「本当にごめん。ゾンヲリ」
それ以降、少女はかなり慎重に私の身体をよじ登った。ちょっと悪い気がした。けれども、それがお互いにとって丁度いいのだと私は思うのだ。
本当は旅立ち編なんてなくて、メギドフレイムの次くらいから獣人国編だったわけなのだが。【ソールイーター】を体得させておきたかったがためにイベントが入ったらしい。