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第十五話:眠れるゾンヲリさん


 無事、お花摘みを終えた少女が駆け寄ってくる。そして、私はその様子をマジマジと見届けてしまった。常識が、何か大切なモノが私の中から砕け散っていった。そんな気がしたのだ。


 人殺しが今さら常識を語るというのもおかしい話なのだが。


「なぁゾンヲリ、いい加減落ち着けよ」


「私は落ち着いておりますネクリア様、ですが、もう少しは人目を気になさるべきだと思います」


「お前は私の親父かよ。別に減るもんでもないんだからいいだろ!」


 少女は開き直った様子で言い返すが私にも反論がある。


 減るモノはある。


 主に私の精神力と正気度がガリガリと減っていくのだ。超えてはならない一線を踏み越えてしまわないかと不安になるのだ。既に三途の川を踏み越えてしまってる身で今さら思う。


「ネクリア様……」


「大体、こんな場所でなりふり構ってられないし。それに、タダで見せてやってるのはお前くらいだよ。むしろ光栄に思えよ!」

 

「……そうですね」


 私は少女に対する説得を色々と放棄した。


 それに、この場において少女の発言に正当性がある。少女が気にしないと言うのであれば、その方が色々とやりやすいのだから。


 実に、世知辛いものだ。


「じゃあ、出口を探すか」


「ええ、ですがネクリア様、ちょっとよろしいでしょうか」


「何だ?ゾンヲリ」


「散らかした死体を片付けてもよろしいでしょうか」


「好きにしろ。でも意味なんてあんまりないから時間かけすぎるなよ」


「はい、ありがとうございます」


 私は地下霊廟の"掃除"を行った。何故そのような行為に思い至ったのかは分からない。


 だが、不死隊やこの霊廟の犠牲者となった者達は眠るべきだ。人知れず痛みを受ける事を強制され続けた者達。二度と魂を搾取され続ける事が無いように。


 潰し、肉片一つ残さずに、喰らう。霊廟ごと焼いてしまえば楽なのだが、野暮な話だろう。不死の身体などあってもロクなモノではない。身体に残る痛みがそう教えてくれる。


 途中、私の行為に見かねたのか少女に掃除を手伝わせてしまった。松明の炎で燃えつきた不死隊の遺灰は空の石棺の中に戻しておいた。


「お疲れゾンヲリ。その返り血と腐汁は落としておけよ」

「はい」


 少女と共に入った方と違う出口の方に出る。天上から射す光は朱色。既に黄昏の時まで時間が経過していたのだ。


「ふぁぁ……地上はえらく久しぶりな気がするよ」


 少女は沈む太陽を眺めながら大きく欠伸をする。非常に眠そうに見えた。無理もない。魔力はとっくに使い切ってる状態なのだから。


「ええ、随分と長い間戦っていた気がしますね」


「ほんと、疲れたよ。こういうのはもうこれっきりにしてほしいよ」


「全くですね」


 獣人国へと続く舗道を進む。


 もうじき夜がやってくる。疲れて満身創痍の少女を狙う獣は休む事なくやってくる。


 私の戦いは終わらない。今回の夜も、次の夜も、その次の夜も、少女に安息が訪れるまでは終わらないのだ。


「ゾンヲリ」

「何でしょうかネクリア様」

「お前は今の内に寝ておけ」

「私は大丈夫ですよ」


「お前は何日寝てないんだ」


 何日だったか。もう数えてはいない。少女に名を与えられてから私は一度も睡眠をとった事がない。


 この身体では痛みで眠れないし。寝不足さえ我慢すれば眠る理由もない。


「じゃあせめて休め。こっちこいゾンヲリ」


 少女は手頃な切り株に座って私を手招きする。意図が読めぬまま、言われるがままに少女の元へと近寄る。


「隣に座れ」

「はい」

「寝ろ」

「えっ?」


 切り株のスペースは狭い。辛うじて少女に触れない程度のスペースしかないのだ。少女はちょんちょんと自身の膝を指さす。


「あの、ネクリア様?」

「いいから寝ろ! 二度も言わせるな」


 私の身体は不死隊。腐った血と体液で身体が汚れきっている。ねとねとしてべたつくこの身体で、そんな事はできない。


 戸惑っていると少女にぐいっと頭を掴まれて無理矢理引きずり倒される。暖かい感触が私の顔を包んだ。


「ネクリア様、汚れてしまいます」


 少女の一張羅のゴシックドレスを私の汚液で汚染してしまっていた。


「ゾンヲリ、今更何言ってるんだよ。この程度気にしてちゃ死霊術師(ネクロマンサー)なんてやってられないんだよ」


「ですが……」


 このまま少女の温かさに溺れてしまうのはダメだ。だが、意識でそう思っていても抵抗できない。この暖かさを知ってしまえば、手放したくなくなってしまう。


 溺れたくなってしまう。


「いいかゾンヲリ。ゾンビを長く使い倒す方法を心得ているのが一流の死霊術師だ。そして、すぐにゾンビを壊して使い物にならなくする死霊術師は三流だ」


 少女は私の頬を撫でる。恐らく適当な事を言っている。だが、淫魔の術中にはまってしまった私は黙って聞いてしまう。

 

「なぁゾンヲリ、それとも怖くて眠れないのか」


「……っ!」


 少女は私の心などとっくにお見通しだった。瞳を閉じれば、またあの虚空に戻されるのではないかと不安だった。


 光のない世界が怖い。何もない世界が怖い。滅びが怖い。痛みのない身体が怖い。戦ってる時だけはソレを忘れていられる。


「大丈夫だ。死霊術師の私が言うんだから間違いない。だから寝ろ。ゾンヲリ」


「ですが、魔獣に襲われては……」


「その時はすぐに叩き起こしてやる。だから安心して眠れ」


「は……い……」


 瞳を閉じる。


 朱色の世界が終わり、黒一色の世界がやってくる。前に試しに瞳を閉じた時には感じ取る事が出来なかった温かさが残っていた。


 この黒の世界と虚空は違う。暖かさがある。暖かさと心地よさに溺れ、意識がまどろみに溶けていく。


 これが、眠り、なのだろうか……ぼんやりとした映像が視界に映る。


 豪華な屋敷、そこには小さな女の子が居た。その女の子は、笑顔を向けてくれた。何故だろうか、非常に懐かしく感じた。そして、それを見ていると無性に悲しくなるのだ。


 ……夢かと気づいた時には映像が途切れた。


 暖かさは残っていた。夢の中に居る時も、少女の温かさはずっと感じていた。


 身体に当てられる光の感覚だけは消えていた。何か私のではない粘液が顔に垂れている。「すーっすー」という息の漏れる音が聞こえる。


 目を開けるとそこには、熟睡した少女が、涎を垂らしていたのだ。時は既に深夜。それは闇夜に生きる魔獣の狩りの時間だ。


 そんな時間を、少女は私を抱きながら無防備極まった姿勢で寝ていたのだ。


「ネクリア様……」


 二度と少女に甘えまいと心に誓う。


 洒落になっていないのだ。今、単に運が良かったから生き延びている。少女にはその自覚が一切ない。


 草木が揺れる音、付近には獣の気配がしていた。本当に運が良かった。少女が倒れこまないように支え、起こさないように慎重に切り株の上に寝かせる。


「グルル……」


 以前に見かけたお客様(ダルガロウ)

 その攻撃手段も全て知れている。

 だが、油断してやる道理がない。


 地面に刺さった大剣を引き抜く。

 体の調子もすこぶるいい。


「ネクリア様の眠りを妨げる(ケダモノ)共には死あるのみ。対価としてその血と肉の全てをネクリア様のために捧げよ」


「ガルルァッ!」


 いつも通り、獣狩りの夜が始まる。夜は長い。暇つぶしを望むのであれば、存分に付き合ってやろうではないか。


 対価はその生の全てだ。

ネームドや同格相手にはボコボコにされるクセに。

相変わらず(経験値稼ぎという名目で)獣相手にはイキリ倒すゾンヲリさん。

ロリコンの業は深いのだ。

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