第十四話:倫理的にギリギリセーフ
倫理的にギリギリオケかな?アウトだったらやだなぁ
低空に浮かぶ死神を睨む。
ディープワン。その死神が手に持つ命を刈り取る鎌から放たれる邪気が視線を釘付けにする。何故かは分からないが、アレに触れてはいけない気がするのだ。幸い、不死の身体は敵に恐れおののき動けなくなるような醜態を晒す事はない。
「ゾンヲリ、深きものどもは低位の住人だ。お前ならきっと負けない。だけど油断はするなよ!」
背に居る少女からの声援、これだけで私は戦える。少女のお墨付きを貰っては致し方ない。ここは打って出る。
「キキッ」
瞬時に肉薄し、左から胴体を切り上げる。が、空を薙いだ。二の太刀を振るう暇がない。視界から敵が消えたのだ。
「ゾンヲリ、右だ」
「収穫の時間だ」
少女の言葉を頼りに敵を再補足する。視界の端から血塗れの鎌が喉元に迫っていた。
「舐めるなっ」
鎌を潜りぬけて再び大剣で切り上げる。しかし、死神はふよふよと剣の届かぬ間合いまで浮かび上がり、真横へと回り込んでくる。地を這う者の視点からでは空からの攻撃は厄介極まる。死角を取られれば目視での捕捉に遅れが生じる。その隙を死神は見逃さない。
「ゾンヲリ、上だ」
空中から縦に振り下ろされる血刃。
大剣で受けるのは危険、横に飛んで避ける。血塗れの大鎌の刃は地面へと突き刺さる。好機と思われた。地面に突き刺されば引き抜くまでに猶予が生まれる。
だが、岩盤を、一切の抵抗もなくバターのように切り裂いたのだ。骨の死神は此方を見て満足げに嗤ってみせた。
「ほう、これも避けるか。素晴らしい、唯の死霊魂ではないようだな。これほどの魂を捧げればあの御方もさぞ御喜びになるだろう」
「あの御方とは何だ」
「全ての生と死を統べる、いと尊き御方だ。だが、その前に」
髑髏はネクリア様を無表情なまま睨む。殺意の向ける先が私から変わった。
「うっ」
身じろぐ少女、ネクリア様は死神の攻撃を避けることはできない。
「不味い」
「痛みも知らぬ脆弱な魂は要らぬ。消えよ」
死神はデスサイズを投げた。大鎌の回転は円盤と見間違うが如く加速し、少女の首を目掛けて一直線に飛んでいく。
「うわああああっ」
「させない」
デスサイズに向けて大剣を投げて弾き飛ばす。弾かれた大鎌は死神の手へと吸い寄せられるように戻っていった。
「あ、ありがとう、ゾンヲリ」
「ネクリア様。気を抜かないでください」
「気を抜かなくても私じゃあんなの避けられないよっ」
「さぁ、魂を捧げよ」
死神は再度私に狙いを絞る。武器をその手から失った私に対し、一方的に薙ぎ、振り下ろす。私は身をよじり、跳ね、潜ってひたすら避ける。
反撃がない事が分かりきってるため、攻撃の手は休まらない。眼前を横切る大鎌、裂ける地面。どれもいつまでも回避し続けられるほど甘い攻撃ではない。
「くっクソっ」
……実に不味い。少女を庇いながら戦う事がこれ程難しいとは思わなかった。
敵の狙いは私の魂。だから少女を意図的に残しているのだ。私から武器を奪う目的で少女に危害を加える。何とか武器を拾えても、このままでは劣勢を崩すことはできない。
「ゾンヲリ……」
転げ回りながらデスサイズを避け続けて、何とか再び大剣をこの手に戻す。
死神は再び少女を睨む。無表情な髑髏から伺い知れないが、ニタニタと嗤っているようにも見える。少女を狙うのは何度でも有効だ。回避策はない。
いつまでも戦い続けるのは駄目だ。覚悟を決めなくてはいけない。いつもやってきた事だ。
己の身体と痛みを引き換えにして敵に致命傷を与える攻撃、捨て身の一撃だ。
「おおおおっ」
なりふり構わず髑髏へと突っ込む。自分の肉を切らせて相手の骨を断つ、肉斬骨断。
髑髏は振り向いてくれた。身体と引き換えに敵を殺せるならば、安い……。
「ゾンヲリ! ソレだけは絶対駄目だ、鎌は避けろ!」
私が捨て身を仕掛ける意図を読み取ったのか、少女は叫んだ。
「深淵の深徒と化すがいい」
「なっ」
振るわれた血鎌は黒い邪気に塗れた。黒鎌を潜りぬけ、反撃に切り上げるが回避される。
少女の声がなければ回避に遅れていた。
「その鎌は、私の【ソウルイーター】と同じなんだ。食らったらお前はタダじゃ済まないんだ!」
【ソウルイーター】と同等、それ即ち魂を直接刈り取る攻撃だ。いくら不死の肉体であっても抜け殻では意味がない。この収穫者が不死隊を餌とする理由が良く分かった。
「深淵の力を知るか。脆弱な魂よ」
死神は少女に対して訝しんでみせる。そして、少女に対する敵意を深めていく。
「ううっ……」
死の眼光に晒され、身じろぎする少女。死神は脅威の対象を私から少女へと変更したようだ。宙に浮かび、黒鎌を振り上げ、少女へと肉薄しようとする。
だが、それが命取りだ。戦場で同等の敵を前にして脇見をする事の意味を知れ。
「貴様の相手は私だ。滅せよ。ネクリア様へと刃を向けた事を後悔しながらな」
空中で油断しきった死神へ向けて黒い大剣を投擲する。不死隊の筋力によって放たれる弾道は、城塞破壊巨大弩にも匹敵する。
「ガアッこれは、存在が、消える。馬鹿ナ」
胴体を【ソウルイーター】の施された大剣で貫かれた死神は地面へと垂直に落下する。墜落した髑髏はカタカタと蠢こうとするが、既に勝敗は決していた。
「ナルホド、ソウイウコトカ。ダガ、私ヲ滅シタタトコロデ、何モ変ワラヌ。既ニ贄ノ準備ハ整ッテイル。愚者共ニヨッテ多クノ魂ハ捧ゲラレ、アノ御方ハ間モナク降臨成サレルデアロウ。ククックククッククククククッ」
嗤い終えた骨は動かなくなる。もはやこれは返事がないただの屍だ。
「か、勝ったのか」
「そのようです。ネクリア様」
「はぁ……怖かった。ちょっとチビッたぞ」
少女は下腹部を抑えてもじもじしていた。視線を合わせると赤面してみせるのだ。
「ネクリア様。その発言はちょっと」
「う、うるさい。良いからさっさと"次"が来ないうちに魔方陣の目を潰せ」
「はい」
物言わぬ骨から大剣を拾い上げ、ゲートの魔方陣に描かれた目に突き立てようとするが、得体の知れない抵抗に阻まれる。
次第にバチバチと雷が周囲に迸り始める。
「ぐっ」
一層力を込めて刃を目に突き刺す。するとやがてズブズブと大剣は突き刺さりはじめ、地を貫いた。
魔方陣は光を失い、瞳は閉じた。終わったのだ。
「やったな。ゾンヲリ」
「これで、この地下霊廟に邪霊が集まらなくなるのでしょうか」
「そうだな。ゲートが閉じているから邪悪な魂が集まってくる事はなくなるはずだ」
死者の安息は守られる。これからは機会があれば清き正しいゾンビとしての生を全うできる事だろう。
「なぁ、ゾンヲリ。ちょっといいか」
少女はもじもじしながら声をかけてくる。
「その、ちょっとその辺で用を足すから、近くで見張っててくれないか」
「えっ」
思考が止まった。いや、倫理的にアウトではないだろうか。流石に絵面としてどうかと思うのだ。確かに鉄の掟には反しないが、
その……困るのだ。色々と。
霊廟に残った邪霊を見張る以上、全方位は警戒しなくてはいけない。それはつまり……
「いや、流石にこれ以上漏らすのは嫌だぞ。下着これだけなんだからなっ」
「えっ」
少女からは羞恥心が一切感じられない。欠落していると言い切ってもいい。そのことに困惑を隠しきれなかった。
「お前既に私の身体を使ってるんだから分かりきってるだろ! 細かい事は気にするなよ!」
私は少女の肌の柔らかさを知っている。寝ているネクリア様が涎をだらしなく垂らして布団を汚してしまう事も知っている。少女が嬉しい時、蝙蝠の翼がパタパタするのも知っている。少女の身体にお邪魔している時、私は少女の行為の全てを見届けているのだ。
だからと言って、今、肉の身体を持つこの私が! 少女をお花摘みの様子を目の当たりにしていいわけがないのだ。
「ネクリア様……あの……」
「や、やめろ。ゾンヲリ、それ以上考えるな。言っておいて何だけど私まで恥ずかしくなってきた。だけどその、一人は怖いだろ」
それは、切実な話だった。
冒険者の類は大抵異性同士で組んだりはしない。何故ならこういったトラブルを引き起こすからだ。極限状態のダンジョンではデリケートな所に踏み込む事になる。
よっほど信頼しているなら別なのだが。
「なるべく見ないように致しますね……」
「別に見てもいいけどさ」
「えっ?」
「そういうのも結構やるからな」
「ネクリア様……」
一体、誰が少女をここまで歪めた! 誰が! ゆ"る"さ"ん"。ハラワタが煮えくり返るとはこのことだ。俺が必ず殺してやる。ハゲか、ベルゼブルか。
「もういい、ここでやるよ」
少女はおもむろに下着を下ろし始めた。
「あああああっ!」
真面目な話、敵が跋扈するダンジョンの中でお花摘むのってどうするんだという疑問があるのだ。
やっぱりオムツが発達しているのかもしれない。
そういう意味でもカイル君のハーレムPTは異彩を放っている。
設定捕捉
・ディープワンさん。
深淵の住人の種族の中ではほぼ最弱。眷族よりは辛うじて強い程度。
登場したのは固体としてはまずまず強い。けど雑魚。
ゲートからぬるっと登場しておきながらこの扱い。
鎌で刈り取られると魂は変容し、異形と成り果てます。
本当は【ブラッドファイア】くらいは使わせようかと思ったけど、
戦闘がさらに長引くのでやめました。
【ブラッドファイア】
血のように赤黒い炎で魂ごと焼き尽くし、焼かれた魂は異形へと変容します。
死霊術と精霊魔法の複合術。