第十三話:深きものども
敵を全て滅ぼした事で束の間の休息をとり、地下霊廟のさらに奥地へと歩みを進める事にした。
「邪魔だ」
鈍い動作で襲いかかってくる動く死体を切って捨てる。
同じように道中、死者や死霊に遭遇してきたが、少女によってもたらされた新たな力、【ソウルイーター】で全て滅した。もはや、不死隊も敵ではない。切って殺せるならば可愛いものだ。
地下へと続く石階段を少女と共に降りていく。
「これは……」
霊廟の最奥に行き着き、真っ先に目を引いたのが石壁に空いている大穴だった。辺り一面に転がっているのは破壊されて残骸となった壁の石材。大穴の先は人の手が加えられていない空間、自然洞窟へと繋がっていた。
「ゾンヲリ、恐らく地下霊廟に邪霊を呼び寄せている存在はこの先にいるぞ」
「でしたら、出口を目指しませんか。私は兎も角、ネクリア様はもう限界が近いように見えます」
「今引いたってこのままじゃオチオチ野宿も出来ないだろ。それにお前なら負けないだろ?」
少女は期待を込めた眼差しで笑って見せる。確かに、ソウルイーターが切れた状態で邪霊に襲われては私ではひとたまりもない。少女の安全を最優先にするならば、後顧の憂いは断たねばなるまい。
「確かに、負けはしないでしょう」
幸い、現在の私は不死の身、そして、肉体は少女程ではないが強靭な肉体を会得している。その代償に全身の痛みが身体を蝕むわけだが。力を得られるなら安いものだ。
「なら進むぞ。【ブライトネス】」
少女は魔法を唱えると周囲は日が射したように明るくなった。以前使用していた太陽術の応用なのだろう。
「凄く便利な魔法ですね」
「ふふんっ世界広しと言えど、私一人だけが唯一使える魔法だ。もっと褒めてもいいんだぞ?」
「ははー流石ですネクリア様。私には到底実現できないような事をいともたやすくやってのけます」
満面のどや顔で慎ましい胸を張る少女を前にしてしまっては、地に正座して伏せ、額を地面にこすり付けて見せる。
これが、私の最高の服従姿勢だ。
「ゾンヲリ、それやめろ」
「……誠意が足りませんでしたか」
少女は私の平伏をお気に召さなかったらしい。
くっ……どうすれば良い。
私はこれ以上の少女に対して敬意を表する手段を知らない。
足を舐めれば良いのだろうか。手の甲に口づけをすればよいのだろうか。だがそれは、禁じ手。鉄の掟に反する。それに、私のような汚物が少女に触れて良いはずがないのだ。
「違うわ。おいゾンヲリ、お前、私を何だと思っているんだ。普通もっと他にあるだろ」
「例えば、どのように崇め奉ればよろしいのでしょうか」
少女に対し、私は誠心誠意を込めなくてはいけない。そこに、一切の不義があってはならない。少女の期待に応えなくてはならないのだ。
先ほど少女を傷つけてしまった大罪はこの程度で償えるものではない。
じっと見据え、少女の次の言葉を待つ。己の腕を百本引き千切れという罰が与えられるのならば、その罪を償ってみせよう。
「ごめん。私が悪かった。お前はそういう奴だよな……」
少女は呆れたように首をすくめてみせたのだ。私はどうすれば良かったのだろうか。
「いいから顔上げろ。いくぞ、ゾンヲリ」
「はっ」
自然空洞の中へと歩みを進める。通路を抜けた先には広大な空間があり、見渡す限りの大穴が口を開けていたのだ。
「お気を付けください。崖です」
「うわっ……怖っ」
右手側にある通路を除けば、見渡す限り闇が広がっていた。魔法による光源を以てしても穴の底は見えず、通路反対側の壁も見えない。試しに手頃な石を大穴の中に転がしてみるが、音は帰ってこなかった。
闇の穴の底から、亡霊の呻き声のような音を出して風が吹き抜けていく。
「ひっ」
少女は私の右腕を掴む。利き腕なので咄嗟に戦闘になると困るのだが、背に腹は代えられない。私を崖側に、少女は壁側を歩いて行く。
「ここは一体、何なのでしょうか」
「これだけ霊が溜まるんだ。ただの洞窟じゃない。多分、ゲートがある」
「ゲート、ですか」
この世界にはまだ見ぬ神秘があるのだろうか。少女の深刻そうな趣から、触れてはならない類のモノのように思えた。
「ロクでもない連中がこっちに来る際に通ってくる道だよ。……もし、もしだぞ。ヤバそうなのが居たら私の言う事だけは絶対聞けよ」
「承知致しました。一体どういう連中が現れるのでしょうか?」
「魂を弄んで喰らうような連中だ。此処に呼び寄せられている邪霊は奴らの餌なんだよ」
少女の協力なくしては触れる事すら叶わない悪意の塊。それを餌とする程の存在。死を司る上位者。
「そのような存在に太刀打ちできるのでしょうか?」
「おい、ゾンヲリ、お前がそんな弱気でどうするんだよ。本当に危ない奴が現れているなら"この程度"じゃ済んじゃいない。だけど油断だけは絶対にするなよ」
"この程度"とは、不死の化物と邪悪な霊が徘徊し、その犠牲者はゾンビとなって動き回る魔窟と化した地下霊廟の事。
歴史を通して生まれた死者の数は計り知れない。
それらが一斉に人の生活圏に現れる様な事が起これば、死が新たな死を呼び、それらが災禍となって広がり未曾有の被害を引き起こす。
「ネクリア様は一体何を知っているんですか。どうしてそのような存在に関わろうとするんでしょうか」
「まぁ、私の家系……死霊術師の宿命みたいなものかな。今のお前にはちょっと上手く説明できないけど、とにかく放っておくわけにはいかないんだ」
少女が知る敵、それは人の世の理から外れた者達。人間と魔族の争いの裏で死者を冒涜する者共が暗躍している。
今の私に推測できる事なんてこのくらいだ。だが、裏にどのような存在がいようと、私のやる事は変わらない。少女の為に戦い、少女の為に死ぬ。それが私の使命なのだ。
「ネクリア様がそう仰るのであれば、善処致しましょう」
「悪いな、ゾンヲリ」
大穴の空間を抜け、その先の通路を抜けた先には部屋があった。
瘴気と呼んでも遜色のない程淀んだ空気が部屋の中から吹き抜けてくる。生物、いや、魂が本能的に告げるのだ。この先は行ってはならない。と。
だが、少女がこの先を進むと決めた以上、私は進む。
部屋の中央に見えるのは、薄目を開けた人の眼を模ったかのように青白く光る楕円形の魔法陣。
「よかった。まだゲートは殆ど開いていない。今なら閉じる事が出来る」
少女は安堵していた。魔法陣の縁は正円。もし、人の眼を模っているのであれば、完全に瞳が開かれた時、ロクでもない何かが起こるのだろう。
「ゾンヲリ、中央の瞳を潰せ」
「はい」
大剣を手に持ち、魔法陣に突き立てるために進む。この身体は寒気を感じる事はないが、全身に悪寒が走った。死を前にした瞬間のような。
「随分と早く選別が終わったのかと思えば、今度の魂は生きが良い」
底冷えする程に冷淡な声が響く。ゲートの瞳から声の主は姿を現した。
蒼黒色のフードで全身を隠し、その骨の手で握るのは命を刈り取る血濡れの鎌。表情を覗き見れば歪んだ髑髏が嗤っているのだ。
骨の足を地に付けず宙を浮かび、肉を一切持たぬ存在。もし、死神と呼ぶ者を必要とするのであれば、これ以上に相応しい存在はいない。
「ディープワン……深淵の住人がもう出現しているのかっ!」
少女は驚いた様子だったが、髑髏を睨んでいた。深淵に住まう者共。ディープワン。それが目の前の死神の正体。
「一つ聞く。選別とは何だ」
「痛みによって磨き上げられた魂。それこそが我々にとっての至上の供物となるのだ。さぁ魂を捧げよ。収穫の時だ」
髑髏は血濡れの鎌を構える。応えて大剣を構える。
不死隊、彼らはこの存在に食われるためだけに、終わる事のない殺し合いを繰り広げていた。不死の殺しを遂げた者が最期にこの死神によって収穫される。
そういう筋書きなのだ。
この髑髏にとっての不死隊とは家畜そのもの。上位者によって冒涜され続け、歪んだ魂。その者達が安らかに眠れる時を作るには、この存在を滅ぼすしかない。
「残念だったな。貴様に捧げる魂などない」
私のこの魂は少女に捧げるもの。決して得体の知れない髑髏に渡すものではない。ゾンビにも死を選ぶ権利はある。故に滅ぼす。
ディープワンの設定は〇ァー〇ン〇ゥーガ準拠。パク……リスペクト元だからね!
設定補足
・【ブライトネス】
松明の代わりに周囲を照らす太陽光源を作りだします。
太陽術なのでネクリアさん以外に使用者は存在しません。
なんでネクリアさんがそんな術を覚えているのかは、色々あるんです。




