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第十三話:ソウルイーター

過去の遺物、ゴルゴン牧場編の内容が残ってました。そのうち修正します。

 3体の不死の化物に斬られ、殴打され、串刺しにされながら吠え続ける狂戦士。

 1対3という圧倒的な不利な闘いであっても、我が身を一切顧みない捨て身の猛攻で大剣を振るい続けている。


 その闘いぶりは痛々しく、とても見ていられるものではなかった。


 ゾンヲリはいつも気丈に振舞ってやせ我慢ばかりしているが、【ソウルコネクト】を通じて伝わってくる感情は己の生に対する嘆きだった。簡単に"痛みに慣れる"とは言ってのけるが、そんな事ができるわけない。死者が正気を保っている事、それ自体が奇跡のようなものなのだから。


 今、彼からは一層激しく痛みと嘆きが伝わってくる。


「死ね、死ネ、死ネ!死二果テロオオオオッ」

 

 槍で心臓を貫かれたまま、背中を大斧で切り込まれた状態のまま、ゾンヲリは狂ったようにグズグズになった肉塊に大剣を振り下ろし続ける。


 今、3体目の不死隊の肉体は完全に破壊された。だけど、そんな事を続けていても意味がない。邪霊を倒さない限り、何度だって蘇るのだから。


「ゾンヲリ! クソッ何か、何かないのかっ」


 急いで死霊秘法書ネクロノミコンのページをめくり、使えそうな魔法を探す。指に汗が滲んでページが捲りにくい。

 

 【ソウルコネクト】で繋がっていなければ別の亡者と見分けがつかなくなる程に、彼は今、死に憑りつかれていた。


 このまま戦い続けていればきっと元に戻れなくなる。


「ガハッ、グギィアアアッ」

「おいっゾンヲリ、しっかりしろ。正気を保て」


 だから、何とかしなければいけない。【ソウルスティール】を悠長に何度も唱える余裕もない。


 私にはあの場に立てる勇気がない。今だって震える足が挫けないように立っているのがやっと。本来、私が受けるはずの痛みを彼はいつも肩代わりしてくれている。

 

 そんな義理なんてないはずなのに。


「どうして、私はいっつもこうなんだろうな……」


 肝心な所ではいっつも他人任せ、嫌な事を全部人に押し付けた結果、皆潰れていってしまった。


 結果、私は独りになった。


 今、目の前で戦っているゾンヲリだって、私の代わりに潰れそうになっている。こんな自分が死ぬほど嫌いなのに、思いついた名案は結局他人任せにすることだった。

 

「ゾンヲリよ。その身の業を剣に宿し、我が敵の魂を喰らえ【ソウルイーター】」


 あの黒騎士が用いた魔法剣を参考に、死霊属性付与エンチャント魂砕(ソウルクラッシュ)の呪を剣に施し、死霊を引き裂く業魔の剣を作り出す事。


 ゾンビウォーリアー、彼に全てを委ねる事にした。他人任せにし続けてきた私にお似合いなのかもしれない。 


 〇


 痛みは嫉妬に代わり、憎しみは憎悪へと代わり、目の前の肉を叩き潰す事以外考えられなくなる。ああ、痛い。イタイ。思考を捨ててしまえれば楽になるのに。思うがままに憎悪の剣を振るい続ければ何かが変わるのだろうか。


「オオオオオオッ」


 痛い。心臓から流れ出る赤黒い血液が逆流し、口から溢れ出る。脳味噌が潰れる度に大事な記憶が抜け落ちていくような気がする。私に、俺に大事な記憶なんてあったのだろうか。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 何かが聞こえるような気がした。キンキンとした耳鳴りに代わる。そうだ。鼓膜が壊れてしまっている。もはや自分が何を叫んでいるのかも分からない。


「オオオオオオッ」


 ただ、叫ぶのだ。目の前の肉を潰すために。色も見えない。とっくに目が潰れている。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 この感覚、覚えがあった。


 戦いに戦いを続けた先にあるのは、なんだったのだろうか。剣を振るい、敵を殺し続け、残ったのは。そうだ。何もない。虚空だった。そこは黒一色の世界。あれだけ怖くて、忌諱してきた無の世界がそこにあった。


「!!!!!!!!」


 叫び方が分からない。声の出し方とは、どうやるのか。何も見えない。聞こえない。痛みだけが残る世界。がむしゃらに腕を振るう。振るう。

 でも死ねない。死ねないのだ。何か理由があった。そのために剣を振るい続けて来た。殺し続けて来たのだ。


「オオオオオオッ」


 叫べる。喉がある。耳が聞こえる。

 まだ殺せる。見える。肉がまだ7匹も残っている。

 五感が戻った事で痛みがより鮮明になる。

 

「ゴロス、ニク、オオオオオオッ」


「ゾンヲリッ!」


 煩い。今は肉を喰らわなくてはいけない。

 

 何のために? 


 考えるのも面倒だ。喰らえば分かる。


「ギヒィ、ヒトツメ」


 集まっている肉の一体を黒い鉄板で串刺しにする。刺した瞬間に肉はあっけなく動かなくなった。齧り付く。不味い。次の肉は旨いかもしれない。


「フタツメェ」


 不味い。


「ミッツメェ」


 不味い。


「オオオオオッヨッツゥウウウ」


 食えた物ではない。次だ。


「ゾンヲリ!目を覚ませ!」


 煩い。

 

「イツツメェ!」


 肉。


「ムッツ」「ナナツ」


 気が付けば動く肉がなくなった。不味い。不味い。どれもこれも食えた物ではないのだ。食えそうな肉を探して辺りを見渡す。


 何だ、まだ肉があるじゃないか。


「ニク」


「ゾ、ゾンヲリ……」


 さっきまでの肉とうって代わって柔らかくて美味そうだ。舌なめずりしたくなる。目の前の肉はふるふると震えるだけで動こうとしない。


「ニク、食ウ」


「……良いよ。ゾンヲリ、好きにしても」


 肉は無防備に前に歩みでてくる。何故だ?

 何だっていい、肉を食べるチャンスだ。

 無防備な肉の肩に掴みかかる。


「いっ痛っせめて優しくしろよな」


 暖かい。爪がめり込み、柔らかい白い肌から鮮血が流れる。

 綺麗な赤色だ。白い肌がまとわりついて来る。暖かい。心地よい。

 食べたら動かなくなる。冷たくなる。それは嫌だ。


「ニ……く?」


「肉じゃない、ネクリアだ。 お前の脳みそはそこまで腐ってしまったのか?」


 何か大事な事を忘れている気がする。


「う、うう、うぐ……ぬ、くりあ?」


「二度も言わせるな。ネクリアだ。それと様を付けろ。頭が高いぞ。ゾンヲリ」


「う、あ、ああああああ、申し訳ございません。ネクリア様」


「ようやく正気に戻ったか。良かった。本当に……」


 少女は大粒の涙を流して私を抱きしめていた。もう少しで私は自らの手で少女を手にかける所だった。狂っていた時の事は覚えている。


 少女にあんな顔をさせてしまった。言葉でいくら謝っても謝り足りない。


「ネクリア様、私は……」


「いや、いい。許す。許すから、次はもう、二度と同じ事やるなよ」


「ありがとう、ございます」


 全ての不死隊は倒れていた。狂っていた私が倒したのだ。何故か、一刀で不死隊は動かなくなっていた。最初はあれだけ叩いても切っても起き上がって来たというのにだ。


 今、この手に持っている禍々しい黒いオーラを纏った大剣。これは恐らく少女の魔法によるものなのだろう。結局、私はまた少女に助けられたのだ。最初から今までずっと。少女に救われてきたのだ。

設定補足

・【ソウルイーター】

 死霊属性を武器に付与する事で霊体に直接ダメージを与えられます。

 生身を相手にした場合、肉の身体から霊を無理矢理引きずり出して千切ります。

 魂縛の呪がのってると霊体を剣に纏わりつかせる事もでき、魔法の肉壁に使う事も。


 なお、肉壁にされた霊体は絶叫をあげて消滅します。


 なので邪霊もトーフのように切り殺せたり肉壁にできるようになりました。

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