第十二話:死の輪舞
あ、うん。またなんだすまない。グロ注意なんだ。
サクーシャ基準ではグロかな?と迷う程度なので多分グロだと思う。多分きっとそう。
【ネクロマンシー】によって不死の身体に入り込んだ。死者の身体に憑依する度に、その身体のこれまでの経験と歴史を感じるのだ。
痛みとなって。
不死の部位を切り落としたとしても、身体は新たに生成される。それは、癒えるのではない。増えるのだ。身体に残ったままのぶつ切れの神経が、新しく作り上げられた発達した神経からなる肉体の痛みが、全身を駆け巡るのだ。
「グァアアアアアッ!」
「おい、ゾンヲリ。大丈夫か!」
悶絶し、無様にのたうち回っていた所を少女に声をかけられて我に返る。余りにも情けない話だった。
不死の肉体を手にすれば強くなれる。そんな甘い話など何処にもない。
不死の強さとは、その壮絶な生を超えて来たからこそ成り立っているのだ。死ぬほどの痛みを受け続け、それでも尚、歩き続けられる精神が求められる。
「だ、大丈夫、です。思ってた、よりも、不便な、身体なようですね。これ、は」
「本当に大丈夫か? お前のその痛がりようは明らかに尋常じゃないぞ」
「ええ、大丈夫。です。慣れて、みせますので」
始めてのゾンビの身体も腐り落ちる激痛から始まった。だが、今となってはソレもいい経験だと思える。その経験がなければ、恐らくこれには耐えられなかったからだ。
「……本当に、どうしようもない所だな。此処は」
「ええ、そうですね」
痛ミヲ知レ。死ハ幸イナリ。
この身体の持ち主が放った言葉。
ソレは不死としての生き様そのもの。
死する事を許されず、延々と再生し続ける肉体の檻に閉じ込められ、最期は狂気に逃れる他なかった。そのような存在を作る者達に対する憤りが少女にあるのだろう。
「……嫌な気配がどんどん強くなってくるな」
「身体は動きます。急ぎましょう」
「分かった」
立ち上がり、置き捨てられた血錆びた大剣を回収する。この特大剣も嫌いではないが、なるべく手に馴染んだ武器の方が良い。そう……不思議と、手に馴染むのだ。
左手は裂爪のおかげで上手く両手で大剣を握れない。なので、剣で爪を叩き折ってみるが、すぐに元通りになる。幸い、片手でも両手同然に振り回せる膂力があった。
少女と共に、死臭と腐臭でむせ返る地下霊廟を進む。
「ううっ……」
少女は道中の惨状を目にし、目を覆った。私の後ろに付いていた少女だが、やや駆け足気味に距離を詰めてくるのだった。
この廊下を渡り、狂死した悪魔や獣人達。その表情は恐怖と絶望で彩られていた。次にこうなるのはお前だ。と、犠牲者達はそう語りかけてくるのだ。
今にも動き出しそうだが、幸い邪霊が付近に居ないため動く事はない。足早に廊下を過ぎ去ると、部屋への入り口が目に入る。
「ネクリア様」
「何だよ。ゾンヲリ」
少女を制止する。この先から感じ取れる気配は異様そのものなのだ。金属を打ち付け合う音。剣戟の調べ。痛みで呻く声。それは、戦闘が繰り広げられている事を意味する。
死者達の住まうこの場に相応しくない熱気に包まれた空間。
「この先は、危険です。私が先行して見てきましょう」
「ダメだ。私を置いてくなよ」
少女は不安そうに私の片腕を掴み、上目遣いで見つめてみせる。この場でなければ、鉄の掟を破りそうになる程の庇護欲が沸き立つ。……守るべき者が居る時、人は冷静になれるのだ。
「ですが……」
「それにお前じゃ霊の対処できないだろ?」
「分かりました」
結局、私が前に、少女は後ろで部屋に踏み込む。部屋の中にあったのは、おびただしい数の死体の山。いや、死体ではなく、戦闘不能になっている黒鎧達の群れ、不死隊だった。
立ち上がっている数名の不死隊は、互いに全力で殺し合いを続けていたのだ。それに何の意味があるのかは分からない。
「オオオオオオッ」
叫びと共に倒れ伏す一体の不死隊。
「オオオオオオッ」
切り殺した不死隊に背後から襲いかかる不死隊。
「オオオオオオッ」
それをまた背後から爪で串刺しにする不死隊。
倒れていた者達もそのうち再び起き上がり、壮絶な殺し合いの輪の中に混ざっていく。多くの武器が戦場に刺さっていた。
グレートアクス、フランキスカ、ポールアクス、ウォーハンマー、
グレートソード、クレイモア、ツヴァイハンダー、ロングソード、
スピア、ランス、ハルバード、パイク。
ありとあらゆる殺すための道具が墓標のように地面に突き刺さっていた。起き上がった者達はそれを手に取り、そして。
殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、それでもなお、殺し合いを続けていた。死ねない身体で、動けなくなるまで殺し合い続けているのだ。その異常すぎる惨状を前に、少女と私は立ち尽くしてしまっていた。
「うあっ……ゾ、ゾンヲリ、わ、わた」
少女は震え、足が竦んでしまっていた。不死隊の業を垣間見て、平然としてられる方がおかしいのだ。やがて、一体の邪霊が室内へと現れると、動かない不死隊の身体の中へ憑依する。
「オオオオオオッ」
不死隊は新たに起き上がり、戦いの渦中へと混ざっていく。此処は、殺すための訓練場なのだ。不死の肉体で永遠の戦闘を繰り返して研鑽を積むための場所。
まともではない。
ペキッ。戦場であるとはいえ、目立つ物音。少女は死体の骨を踏んでしまったのだ。恐怖のあまり、足元への注意が疎かになっていた。
「あっ…… いやっ……」
数体の不死隊が視線をこちらに向けた。戦いに夢中になり、視線を向けない者もいる。
「死ノ選別ヲ」
不死隊の内の一体は剣を引きずりながら近づいてくる。加えて2体、それに追従してきた。向けてくる感情は殺意。対話の余地など一切ない。
「ネクリア様、私が戦って時間稼ぎを致します」
幸い、今の私は死ねない。いくら刺されても、彼らのように起き上がる事が出来る。ならば死の輪舞に混ざるのも、悪くない。
「ダメだ。一緒に逃げよう」
「追われたまま挟まれたら逃げ場がなくなります。ネクリア様は一人で奥にお進みください」
実は少女の基礎的な戦闘能力はそこそこ高い。鈍重なゾンビ程度であればまだ切り抜けられるはず。
私が少女の身体を借りてる時に縦横無尽に大剣を振るう事が出来るのは、少女の身体の持つ強さのおかげなのだから。だから、少女を信じるならば時間稼ぎに徹するべきだと思った。
「ダメだって言ってるだろ! お前を1人で残すくらいなら私も戦う」
「ネクリア様に何が出来るのですか、貴女にはもう満足に魔法を放てる余裕もない」
少女には魔力損耗による疲労だって見えているのだ。この数の不死隊を【ソウルスティール】で対処する時間も魔力も残っていない。
今ある手札での勝利は絶望的。ならば、少女の助かる可能性が高い方にかけるべきだ。
「うるさい! それを今から考える。つべこべ言わず戦って勝ってみせろ」
「ええっ……分かりました……」
以前から薄々と感じてはいたが、少女は一人になる事を極端に怖がっているようにも見受けられる。だが、もう考えている時間はない。
右手で大剣を握り、地を走らせながら不死隊へと肉薄する。
「死ヲ捧ゲヨ」「死ヲ捧ゲヨ」「死ヲ捧ゲヨ」
「ならば自らの死を捧げろ。いい加減に眠れ」
返しの上段切りを躱しながら、不死隊の肉を大剣で薙ぎ払い切り裂く。
「ギヒィッ」
鎧ごとの寸断が可能な膂力であるから可能な一撃。力づくでバラバラに引き裂いてやろう。再生する間も与えずに。
「おおおおッ!」
すぐ様に追撃の振り下ろしを上半身部分に叩き込み、潰す。だが足りない。これではまだ再生する。もう一撃。
「ガハッ」「オオオオオッ」
背後からロングスピアで貫かれる。続けざまにクレイモアが突き刺さる。
一体にずっとかまけていては当然こうなる。だが、無視する。どうせ死ねない。痛みは蓄積し続ける。ならば脳髄が焼き切れるまで愚直に同じ事を繰り返すのみ。
身体に得物が突き刺さったまま、振り下ろし続ける。肉片一片残さず。ミンチになるまで大剣を振り下ろす。大剣は真っ赤に染まり、ビチビチと蠢く肉片がこびりつく。
「アアアアアッ死ね。死ね。死ねええええ!」
ぶちぶちと体の内部が千切れていく。痛みが、痛みが、込み上がる。
「死ねぇえええええ! ゲハッ」
「闘争ヲ」「憎悪ヲ」
不死隊の爪で左目を潰される。もう一匹の爪が肺に刺さる。痛い。だが分かる。これではまだ死ねない。
潰す。潰す。どの程度潰せば死ぬのか。まだ足りないのか。頭部も心臓部もとっくにミンチにした。だが、既に下半身から胴体が伸び始めている。
ならばそちらも潰す。
「潰れろぉああああああ!」
下半身の脚を残して潰す。これだけやってようやく動かなくなった。
だが、邪霊はミンチと化した肉塊から抜け出ると、次の不死隊の身体へと入り、何食わぬ顔で起き上がって見せるのだ。
「オオオオオッ」
変な笑いがこみ上げてくる。ここにある動かない不死隊の身体は腐るほどある。魂まで滅さない限り、その戦いは何時までも続く。
痛みも戦いも死も、永遠に続く。それが不死の戦い。
「ガハッ、良いだろう。ならばトコトン。ブベッ」
私を囲んでいた不死隊の一体の振るうクレイモアで頭を吹っ飛ばされた。痛覚が身体の方に残るという感覚。死ねないわけだ。
「オオオオオオッ」
頭が生える。グチャグチャになった胴体も新しく生成される。痛みが上書きされていく。思考が真っ白になっていく。戦いの事しか考えられなくなっていく。
手当たり次第に動ける不死隊を大剣で潰して潰して。潰す。殺して殺して殺して。殺されて。そして、殺す。
「ゾンヲリ!」
一瞬、少女の声が聞こえたような気がした。私は一体、何のために戦っているんだったか。
Q:不死隊さんはどうすれば死ぬの?
A:物理的に殺すなら全身ミンチにすれば多分死ぬよ。クラゲみたいなもんだよ。