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第十一話:不死隊、あるいは、不滅隊


 黒鎧は再びグレートソードを後ろに引き摺りながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。あえてゆらゆらとゾンビ同然の緩慢とした動きをする意図は計り知る事はできなかった。


 黒鎧の動きを凝視し、一瞬の動作も見逃さぬように間合いを徐々に詰める。カラカラと剣が地面の上を引きずられ、ガチャ、ガチャと金属鎧の擦れ、石床を爪で引っかく音が交差し、反響する。


「ッ!」


 突如、黒鎧は前に倒れこむようにして姿勢を下げながら、石床を蹴った。


「ギヒィッ!」


 次の瞬間、黒鎧はグレートソードで石床を擦り裂きながら、必殺の間合いにまで踏み込んでくる。ガリガリと火花を散らしながら、突進の勢いに任せた下段からの瞬速の切り上げ。


 瓦礫と土埃が舞う。


「ぐっ! おおおおおっ!」


 斬撃をサイドにステップを踏んで躱し、顎に咥えた血錆びた大剣で薙ぎ払う。後の先を狙えば回避は困難。だが、黒鎧に刃が触れる事はなかった。


「何ッ!」


 剣で受けるでもなく、跳んで避けるでもない。後ろに倒れるようにして黒鎧は一瞬視界から逃れていた。膝と背筋の力のみで上体を浮かせて大剣を躱したのだ。


「ギッヒィ!」


 黒鎧は合理性の欠片もないその回避動作の後、背筋のみで上体を元に戻し、片手を鞭のようにしならせ再びグレートソードを振るった。


「クッ」


 バックステップで辛うじて直撃を避けるが、鼻先を掠めて腐った血が飛び散った。


「おい、ゾンヲリ! 大丈夫か!」


 先に被弾した私を見て、少女は慌てた様子で叫んでいた。以前の戦闘のダメージが重なり、身体が黒鎧の動きに付いていけない。


 さらにバックステップで距離をとり、黒鎧の間合いから逃れる。


「大丈夫です。ネクリア様」


 後ろには少女、下がりすぎるのは不味い。頭を縦に振って少女に合図し、再び黒い鎧を視野に捉える。



 黒い鎧はただ嘲笑っていた。


「ヒヒッ知レ、死ヲ、痛ミヲ、ヒヒッ、ヒヒィ」


 再び、カラカラとグレートソードが引きずられる。その耳障りな音は不快な笑い声と共に徐々に大きくなる。


 戦いは劣勢だ。もしも、死したる獣の身体でなければ恐怖という感情に負けていたのかもしれない。単独でここに踏み入れていたのならば、逃げる事も選択肢に入れていた事だろう。だが、今の私には退けない理由があった。


 大地を両方の後ろ足で勢いよく蹴り、攻撃に転じる。もはや後ろ右足を庇う必要はない。捨て身の一撃で黒鎧ごと葬り去ればよいのだから。


「おおおおッ!」


 黒鎧は片手を鞭のようにしならせながらグレートソードを上段まで振り上げ、迎撃の切り落としを繰り出す。それを避けずに胴体で受けながら、そのまま突進の勢いに任せて血錆びた大剣を横に振るう。


 背中を切り込まれ、黒鎧の胴体を切り刻んだ。


「ガアッ」「ギヒッ」


 互いに斬撃を加え合った事で威力は相殺され、背骨を叩き割られる程には至らない。吹き飛ばして仰向けに倒れた黒鎧が見える。好機だった。


 黒鎧に追撃を仕掛けるために四足で跳ぶ。


「おおおおおっ!」


 空中からの断罪の剣を黒鎧に目掛け、振り下ろす。


 しかし、寸前の所で勢いよく立ち上がり、黒い鎧はグレートソードで受け流そうとする。全体重を乗せた一撃はグレートソードをへし折り、そのまま黒鎧の右腕を切り落とした。


 赤黒い血を豪快に噴出しながら、主を失った右腕はビチビチと蠢いていた。


「痛イ、痛イゾ。ギッヒィ」


 地面に深々を切りこまれた大剣を引き抜く暇はない。咥えた大剣を放し、そのまま追撃を加えようと黒鎧に肉薄した時、異変は起こった。


 緑色の鱗がビッシリと付いている右腕が即座に生えてきたのだ。産声を上げた悍ましい3本の鉤爪には、腐った粘液がこびり付いていた。


「な、化け物め……」


 思わず怯んでしまった。


 黒鎧はアンデッドである不滅性に加え、不死と思える程に異常で歪んだ再生能力を持っていたのだ。傷ついた部位は腐り果てながら、より強靭な肉体へと生まれ変わる。


 弱点を一撃で切り飛ばさなくては勝機はない。頭か、心臓か、あるいは。迷っている暇はなかった。


「死ィ!」


 両の裂爪を武器に黒鎧は肉薄してくる。それに引導を渡すべく覚悟を決めた。


 

 狙うは頭、その一点に尽きる。

 


 どのような存在であっても、頭部を失えば無事では済まないはず。ならば普段通り、犠牲を払って対価を得ようではないか。死と肉しか持たぬ私にはソレしかないのだから。


「おおおおおッ」


 突撃を繰り出し、対する黒鎧は右の裂爪を突き出した。その裂爪を甘んじて喉元に受け、激痛に耐えながらも黒鎧の頭部を目指して大口を開ける。


「ガアアアアアアッ!」


 バキッゴキャ。


 金属ごと頭蓋を噛み潰し、首から上をねじ切って捨てた。


 黒鎧は首から上を無くし、赤黒い穢れた血を勢いよく噴出させながら呆然と立ち尽くしていた。血が出るなら殺せる。ゾンビだって頭を失えば行動は出来ない。だからこそ、勝利を確信した。してしまった。


 次に、感じたのは心臓に鋭利な物が突き刺さる痛みだった。


「グハッ馬鹿な……」


 首のない黒い鎧は左手の裂爪を私に突き刺したのだ。体内をグチャグチャと抉られる。臓物を引き千切られながら抜かれる。


「ガアアアッアアアアアア!」


「ゾンヲリ!」


 それは今までに感じた事のない痛みだった。痛みには底がない。生きたまま臓物を抉られる。それで死ぬ事が出来ないのだ。体内からはよくわからない液体と固形物がドバドバと流れ出てくる。  


 がむしゃらに首のない鎧を押し飛ばし、無様に身体を引きずりながら距離をとる。


 首の無い黒鎧にはいつのまにか頭が生えていた。緑色の鱗がビッシリと生えた爬虫類めいた顔が見えた。それは、歪んだ笑顔だった。


「イタイ。イタイナァ。ギヒィッ」


 不死、それが背負う痛み。私は何処か甘く見ていた。

 黒鎧は折れたグレートソードを拾い、満身創痍の私にゆっくりと近寄ってくる。


 そして、臓腑を貫かれた。


「グアアアアアアッ」


 苦痛に果てはない。真の重苦を前にしては悶え蠢く事しかできない。死ねぬ事を後悔しながら、頭が潰れるまで生き抜くしかないのだ。


「痛ミヲ知レ」


 黒い鎧は満足に動けぬ私に再び突き刺す。爪をグレートソードを。何度も、何度も、何度も、頭を潰さずに。何度も突き刺す。痛みを教えるため、丁寧に、ていねいに。


「ガアアアアアッ」


 爪を突き刺し、臓物を抉る。グチャ、グチャと。


 心臓、胃、膵臓、脾臓、肝臓、肺、腎臓、大腸。ありとあらゆる箇所を丁寧に抉って見せる。死体嬲りといっていい程に。それは、時間をかけて行われた。


「ガアアアアッアアアアアアアッ!? アアアアアアッ」


 脳を焼き尽くす程の痛み。理性が飛ぶ。思考を捨てる事は許されない。ただ叫ぶ。あらゆる穴という穴から血をぶちまけながら。


「もう止めろ!【ソウルスティール】」


 少女が【ソウルスティール】を詠唱完了するまでの間。私は嬲られ続けた。その後、少女は黒鎧の魂を引き抜き、握り潰したのだ。黒い鎧は動かない。私も動けない。


「カヒッ……ヒィ……」


 上手く喋れなかった。少女は慈悲のおみ足で私の頭を潰してくれたのだ。優しく。私は救い上げられ、少女の中に招かれた。


 涙は流れない。魂は泣けないのだ。


(ね、ネク、リア様)


「この、馬鹿が! なんであんなの相手にあんな無茶な戦い方をした」


 何故、だろうか。そうだ。私にはソレしか出来ないからだ。格上の存在に勝つには、犠牲や策なくして勝利などできない。だから、私は己が身を犠牲にして勝利を捧げるのだ。少女に。

 

(ダイ、ジョウブです。私ハまだ、戦えます。その身体を下サイ)


 少女に懇願する。不死の身体を。化物の身体を。優しい少女には少しばかし痛々しく見えるかもしれない。


 だが、少女の体力もそろそろ限界が近い。"次"が来たとしたときにも戦える肉体は必要なのだ。痛みを気にしていては戦えない。犠牲を気にしても戦えない。


「ゾンヲリ、お前どうして……」


 ああ、やはり少女に悲しい顔をさせてしまった。内臓を抉られる痛み以上に辛いものがある。


 弱いとは、それだけで罪なのだ。

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