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第九話:逃走の果て


 少女の安住の地となる獣人国を目指し、可能な限りの全速で平野を駆け抜ける。


「ゾンヲリ、もう後ろに来てるぞ」


 私の背中の毛を掴み、耳打ちしてくる少女の声には余裕がなかった。それもそのはず、背後から轟くのは軍馬共が大地を踏み鳴らす音。帝国特務兵団の追っ手がすぐ近くまで迫っているのだから。


「撃て!」


 帝国兵によって号令が叫ばれた直後、爆音が何十にも響き渡り、幾つかの銃弾が真横の空気を裂き進み、幾つかの弾丸が私の胴体部にめり込んでいった。


「ぐっ」


「ひいっゾ、ゾンヲリ。もっと急げないのか」


 敵に側面まで回りこまれでもしない限り、寝そべった姿勢で私にしがみついている少女に銃弾が当る事はない。それだけが救いだ。


「申し訳ございません。ですが、三足ではこの速度が限界です」


 暗爪獣(ダルガロウ)の持てる本来の襲歩速度であれば、帝国軍馬如きに遅れを取るわけがない。だが、先ほどの黒騎士との戦闘で右後足に受けた凍傷により、全速を引き出せないでいた。


「あの魔獣の体力は底なしか、このままだと馬が先にバテる。脚を狙って速度を殺せ」


 後脚を完全に破壊されてしまえば逃げる事が困難になる。揺れる馬上からの精密射撃は困難であるとはいえ、攻撃機会を何度も与えてしまえば帝国軍の目論み通りの展開になってしまうだろう。


「ネクリア様、このまま真っ直ぐ獣人国まで駆け抜け、帝国兵を振り切るのは困難です。付近に魔獣の巣や暗い洞窟のような場所はございませんか?」


 ダメージは耐えればよいが、暗爪獣の脚を欠損させてしまえばロクに歩けなくなってしまう。大切な少女の肉体で銃を持つ多数を相手にするのも危険極まる。仮に潜伏したとしても、血を垂れ流し続ける暗爪獣の身では多くの痕跡を残してしまうのだ。


 別の魔獣を巻き込んで三つ巴状態にするか、暗所に引き込み銃を封じる。それが血路だ。


「え、ええっと。そうだ。古代文明の遺跡がある。そこなら――」


「撃て!」

 

 帝国兵の号令と銃声で少女の声はかき消される。それを合図に力強く大地を蹴って斜め前方へ跳ぶ。その後、鉛の時雨が地面を抉り取っていった。


「チっあの魔獣は我々の言葉を理解して避けている。厄介だな」


「斉射を二度に分けるぞ。跳んだなら着地を狙え」


 獣の聴覚から聞き取れたのは、同じ手は二度と通用しないということだ。次の一度目の一斉射撃の直前に進路方向を変えるフェイントを入れ、二度目の射撃を跳躍で回避した。


 その後、逐次変更される帝国軍の作戦に対応しながら、少女の案内に従い、舗装された道から外れ、木々が生い茂る山道へと紛れ込んだ。道幅の狭い山道であるならば、帝国軍は横に戦列を展開できず一斉射撃を封じる事が出来る。


「何だ、こんな所に霧だと?」


 気が付けば周囲にはじめっとした霧が立ちこめ始めていた。突如後方から軍馬の(いなな)きと帝国軍の動揺の声が上がったのだ。


「ヒヒーンッ!」

「うわっ何だ!」

「クソ、馬が怯えてやがる!」


 そこで帝国軍の追跡の手は弱まり、呆気なく追っ手から逃れる事が出来た。背後を振り返っても、すぐに帝国兵がやってくる様子はない。


 ここは、虫の声すらも聞こえない程の不気味な静寂で支配されていた。


「ネクリア様、何とか撒けたようです」


「いや、それよりお前大丈夫か? 色々身体中穴だらけになってるぞ」


「これくらいでしたら慣れてますので平気です。それより、これは一体……」


 視線を感じる。


 しかし、振り返っても生命の気配は感じられない。そして、再び背後からも視線を感じる。再び振り返っても何もいない。確かに、霧の奥には何かいるはずなのに、何も見えないのだ。


 少女の方に顔を向けると、神妙な顔つきで山道の道の先を睨みつけていた。


「ゾンヲリも分かるか? これは死霊が集まってきているんだよ。天然物の性質が悪い方のな……」


「何故、このような場所にアンデッドが自然発生するのでしょうか」


「死霊は特定の力場に引き寄せられる性質を持つんだよ。例えば私の屋敷の地下室の儀式場がそうだな」


 生命を殺した直後はその場に魂が残り、暫くするといつの間にか何処かへ行ってしまう。殺した敵をすぐにゾンビ化しない場合は、魂呼びを執り行って動力となる魂を補充しないとゾンビ化できないのだ。


 ここに魂が残っているのだとすれば、一つ方法が思い浮かんだ。


「では、この周辺の死霊達を【アニメート】で味方にして帝国兵にけしかけるというのは」


「それは無理だよ。周辺にいるのはとっくに邪霊(イービルスピリット)だらけさ。支配の術は抵抗されてしまえば意趣返しされる事だってある。魂の質を見極められない状態で迂闊にかけるのは危険なんだよ」


 このまま古代遺跡に向かった場合、死霊と帝国兵の三つ巴の状態で戦う事になる。当初の予定通りとはいえ、状況がどう転ぶか掴めずにいた。


 立ち止まり、少女の方に向き直る。


「……戻りましょうか?」


 ここが分水嶺だ。死霊と戦うか帝国兵と戦うか。今の私の肉体では単独で帝国兵を相手にするのは困難を極めている。どちらに進むにせよ、覚悟を決める必要があった。


「いや、帝国兵を相手にするよりはマシだし進もう。それに、少し気になる事もある」

 

「気になる事ですか?」


「これ程沢山の死霊を呼び寄せる程の元凶が何か……な」


 少女は腰かけてあった皮装丁の本を胸に抱き、古代遺跡の方角を見据える。普段は可愛らしい表情がいつになく険しく見えた。


 山道の奥地に進むにつれて枯れ腐った木々が目立つようになった。霧は日の光を遮る程に深くなり、得体の知れない視線もより強く感じられる。いつの間にか少女は私の毛並みを小さな手で掴んでいた。


 山道を抜けた先に、それはあった。


「これが、古代遺跡ですか」


 外観は遺跡と言うよりは洞窟霊廟だった。崖に備え付けられた巨大で荘厳な金属扉はかんぬきで封印されており、来る者を拒み、出る者を逃さないといった風だ。暫く人が踏み入れたような痕跡がないにも関わらず、窓の穴からは朱色の光が漏れていた。


 外にかけられたかんぬきを外すと、金属扉はひとりでに開き始める。引きずられる重苦しい音が鳴りやんだ時、洞窟の奥からは匂い立つ程に色濃くなった死の気配が吹き抜けていった。


「うっ」


 少女は大きく身震いしてみせた。


「ネクリア様、大丈夫ですか」


「いい、平気だ。これでも私は死霊術師(ネクロマンサー)なんだから死霊共の相手くらいお手の物なんだからなっ。それより、ゾンヲリの方こそしっかりと私の事を守るんだぞ」


 少女は努めて明るい笑顔を見せてくれた。内心では不安が見えそうになっているのだが、少女の精一杯の虚勢に報いるよう努めよう。


「お任せ下さいネクリア様」

「……うむ」


 少女は小さな手で私の毛皮を掴み、私が歩き進めるのを待っていた。だから、何も言わずにそのまま地下霊廟の中へと足を踏み進める事にする。


 ゆっくりと石階段を踏み叩く音が、やけに冷たく聞こえたような気がした。

旧九話は評判が悪かったため大幅改稿。

より、帝国軍に追われてる感を強調する事にしたのだった。

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