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第八話:明日

※ヴァイス君の視点です。


 ここは、虚空。俺は、死の先には何もないと思っていた。心というものだけが、残っていた。


 そんな何もない世界に、俺は取り残された。


「何故、無抵抗だったんだ?」


 不意に声をかけられる。先ほどの大魔公の少女の声だった。


「少し、考え事をしていた」


「呆れ果てた奴だな。そんな理由で私のゾンヲリに殺されたのか?」


「ああ、やはり、あの獣は貴女の使い魔だったのだな」


 身を挺して少女を庇う姿。それは、俺がかつて憧れた騎士の姿だった。


「そうだ。私の自慢の下僕だぞ。ま、お前も結構私好みの顔だから下僕にしてやってもいいぞ?」


「お断りします」


 姫を守る騎士は一人で良い。仕事を奪っては申し訳が立たない。

 

「そうか、それで何を考えていたんだ?」


「戦う理由が、分からなくなった」


 平民の血と謗りを受けながらも、がむしゃらに前だけを見ていた頃は良かった。それが、魔族との戦いを終わらせ、帝国臣民の為になると思っていたからだ。


「一体いつから、こうなってしまったのだろうと」


「ふむ」


「最初は、戦争なのだから敵国の民を切り殺すのも仕方がないのだと思っていた」


 慈悲を乞うた者、泣き喚く者、怒りに震える者。それらも全てを切り捨て、断末魔を聞き続けるうちに、気がついた。彼らは悪魔ではなく、ただ、明日を生きたかっただけの者達なのだ。


「仕方がないと言い続けているうちに、自分が何なのかが分からなくなっていた」


 帝国の為、名誉の為、功績の為、そう言って、無抵抗で弱い者達を、俺は切り捨てた。国の意思だから、上官の命令だからと、そう言って、自分の責任を全て、他人に擦り付けた。


 その時から、俺は俺ではなくなっていた。


「やがて俺は、ただの人殺しへと成り果てていたのだ。騎士の位などという、何の形のない物を求めて」


 そして、あの小さな少女に出会って思い出した。もう一度、小さな者達のために剣を振るおう。そう、思っていた。


「俺は、自らの手で散々切り殺して来た者達の明日を、守りたかったのだ」


 だが、人殺しを犯した罪は永遠に消えない。俺の今までに築き上げてきた地位が、力が、かつて抱いていた理想を再び抱くことを許してはくれなかった。


「それを、あの獣と淫魔の少女を見ていて、思い出した」


「人間も大変なんだな」


 大魔公の少女は一言でそう言ってくれる。


「ああ、そうだな。だが貴女はもっと大変だぞ。早い所、この場から逃げた方がいい」


「どうして私を狙う?」


「内通者との取引の条件、だそうだが、俺には詳しい事は分からない。ただ……」


 村を焼いた理由、それは王国の銀狼騎士団を弱体化させるためだ。魔族西地区に先行させた銀狼騎士団を滅した後、周囲の村もまとめて焼く事で、収奪によって得られる兵糧を完全に絶つ。それで、帝国に反抗できる勢力はいなくなる。


 全世界を敵に回したとしても、全てを手中に収める事が出来る。そんな下らない理由で燃やしていたのだ。


「そうなる理由は、恐らく貴女自身の方が分かっているのではないか?」


「やっぱり、そうか……じゃあ、私はもう魔族国には居られないんだな」


 少女は力無くうな垂れる。


「それと、近隣諸国に繋がる道は帝国特務兵団によって封鎖済みだ。辛うじて、獣人国へと続く道だけは包囲網が緩くなっている。もし、亡命するならばそこに向かうと良い」


「ああ、ありがとう。だが、どうして私にそんな事を教える」


「少なくとも、貴女は俺の知る者達より邪悪ではない。今回の戦いを主導した者達の意に反する事、それが今の俺に出来る事なのだ」


 己が私欲のためだけに、自国の民すらも燃やし尽くす魔族と手を組む者に利を与えればどうなるか。次にもまた、下らない利を求めて争いの種をまくだけだろう。


 そうなれば、あの少女のような報われない者達は増える。望まぬ戦いに出なければいけない者達も増える。肥え太り、ひたすらに餌を求め続ける豚共だけが得をする。


「そうか、最期に何か望みはあるか?」


「私の隣に居た淫魔の少女に謝らせて貰えないだろうか? 守れなくてすまない。と」


「それくらいは、お安い御用だ」


「ありがとう」


 〇


 倒壊した家宅の屋根には血で彩られた足跡が付着していた。外壁にも同様の跡がついており、何か大きな獣が屋根を足場に村の外へと脱出していた。


 付近には二人の首の無い帝国兵の死体が無造作に捨てられており、そこから離れた位置には黒騎士と淫魔の少女が寄り添うように横たわっている。


「隊長、これは……」


「放っておけ、淫魔の色香に惑わされた愚か者だ。お前たちは急ぎこの足跡を辿れ、恐らくはヴァイスとそこの二人を殺した者が居る。決して油断するな」


「はっ」


 黒いサーコートの隊員達はその場から離れると、上官は黒騎士の顔に布を被せ、天を仰ぎ見る。


「ヴァイスよ。お前はやはり甘いな」


 上官は淋しそうに、そう呟いた。


某蘇芳色の般若面の御方の魂の選定ですね。

本当にあり〈殴



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